12

 いつの間にか、取調室には何人もの警官の姿があって、その中に関永が立っていた。

「そこまでだ。彼を手当てする」

 監督官と留置場担当官が吉野を連れて行った。関永は部屋を出て行きざまに振り返って仙堂に鋭い眼光を投げつけた。

「ヘマをするなと言ったはずだぞ。始末書を書け」

 仙堂のこめかみからそっと汗の雫が流れ落ちた。


***


 吉野の治療が続く中で、取り調べが可能な午後十時が過ぎると、OCASの部屋に暗い溜息が沈殿した。四人が沈黙を交わすところに、三田村が戻ってくる。

「吉野は骨折もなく、数日すれば回復しそうです」

「そうか」

 部屋の奥で仙堂が生返事をする。

「それから、吉野なんですが、やはり相変わらず一課の人間と話すのを拒んでいるようでした」

 意外そうな顔で鶴巻が瞬きする。あの場で一挙に信頼関係が瓦解したのを感じていた彼女にとって、吉野のその姿勢は不可解なものだった。そして、彼女の脳裏に、あの濁流のような出来事の中でふと自分を振り向いた吉野の眼差しが何度も繰り返されるのだった。

「仙堂さん」長い沈黙を最初に破ったのは寺田だった。「なぜあんなことを? あれはいくら何でもやりすぎですよ」

 全員の視線を受けて、仙堂は頭を垂れた。

「すまなかった。焦っていた。妹を引き合いに出した時の奴の反応に、そこが唯一の突破口だということばかりが頭を占めてしまったんだ」

 鉛のように重々しい後悔の念を口にして、仙堂は息をついた。まるで体内の瘴気をガス抜きするかのようだ。

 部屋の外から二つの足音が近づいてくる。現れたのは、乙部と瀬古だった。

「仙堂、お前のせいで警察は汚点を作ることになった。吉野は病院で治療を受けた。記者がこの件を嗅ぎつけるのも時間の問題だぞ」

「分かっています」

「分かっているだと? 舐めた口を利くんじゃない」

 乙部の憤りが再び熱を帯びる。寺田が哀願するような表情で乙部を見つめた。

「我々は捜査から外されるんでしょうか」

「吉野は依然としてお前たちとの対話を望んでいる。俺たちの理解の及ばない人間だ。今後、お前たちには一課から提出する内容のみを尋問してもらうことになる。実働的な捜査は、捜査陣の風紀に影響をもたらす恐れがあるため禁止とする」

「いや、でも、それでは……」

 食い下がる寺田だったが、続く言葉を探しているうちに乙部は部屋を出て行ってしまった。残された瀬古は同情を寄せるように眉根を上げた。

「一課はこれから吉野が連行される前の行動を徹底的に洗う予定です。次の犠牲者と接触している可能性が高いですから」

 瀬古はそう言い置いて、踵を返そうとする。何か言いたげだったが、彼は無言のまま部屋の外に向き直って靴音を鳴らせていった。その靴音の残響が止むまで、OCASのメンバーは身動ぎひとつしなかった。

「牙抜かれた感じ」

 宇和島がそう言って、ようやくみんなが呼吸を始めたようなものだった。寺田は力なく椅子に座ったまま、弱々しく笑みを浮かべた。

「名実ともに一課の便利屋になりましたね」

 なすべきことがないままにもかかわらず、誰一人として帰宅しようという者はいなかった。夜が更けて、五人は思い思いの場所で眠りについた。長い十二月二十八日が終わろうとしている。

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