11

「人でなしだよ、あいつ」

 戻ってきた宇和島はそう言い捨てた。鶴巻が背中をさすってやると、その身体は微かに震えていた。

「井戸って言ったって、どこの井戸なんだ?」

 三田村が頭を抱える。鶴巻がノートパソコンの画面を一瞥した。

「国土交通省が公開している地下水資料台帳によれば、東京だけでも三五〇〇弱の井戸があります」

「候補が多すぎる……」

 寺田が机に拳を落とす。

「落ち着け」仙堂は自分にもそう言い聞かせていた。「奴は俺たちにゲームを仕掛けている。奴のゲームにはルールがある。どこかに手掛かりがあるはずなんだ」

「逆さ吊りでは、数時間から半日程度で死亡した事例もあります」

 鶴巻はそう言って絶望的な目を壁の時計に向けた。すでに時刻は夜の八時半を過ぎている。

「吉野を確保したのは今日の午前十一時過ぎ……九時間経っている。仮に吉野が今朝誰かを逆さ吊りにしたのなら、半日以上経っている可能性もある。マズいな……」

 仙堂は吉野のもとへ向かった。


***


「ああ、仙堂さん。素敵な人じゃないですか、宇和島さん。面白い時間が──」

「どこの井戸だ」

「嫌だなあ。せっかくひとつカードがめくられたのに、バラバラにしちゃうんですか?」

「ターゲットは誰だ?」

 吉野は口を噤んだまま、目を細めた。笑っているのだ。仙堂は吉野のそばに立って机を叩いた。

「お前の妹に尋問してもいいんだぞ」

 耳元でそう言うと、吉野の眉がピクリと反応した。

「妹は関係ない」

「いや、どうだろうな?」

 吉野は顔を赤くして奥歯を噛み締めた。

「妹が場所を知っているわけないだろ。あいつは無関係なんだから」

「お前が喋らないなら、お前のことを知っている人間に訊くしかない。じっくりとな」

 吉野は立ち上がって、拳を思いきり机の上にぶつけた。大きな音がする。その音で、待機していた取り調べ監督官が顔を覗かせる。

「つまらないことをするなッ! 俺とお前の勝負なんだ!」

「誰がそんなものに参加すると言った?」

 吉野は思い切り腕を動かして、何度も机を叩きつけた。

「卑怯だぞ! 仙堂ッ……!」

 仙堂は笑った。

「お前に言われる筋合いはない」

 吉野はなおも腕を動かし続ける。拳が赤く滲み始める。


「いけない!」

 鶴巻が叫ぶのと同時に、寺田が飛び出して部屋に滑り込んだ。

「仙堂さん、これ以上はダメだッ!」

 椅子の中で暴れる吉野を寺田と、後からやって来た三田村が押さえにかかる。監督官が場を収めるように声を上げているが、効果がない。

「ゴミクズの分際で、俺に楯突こうとするな!」

 吉野はそう叫んで二人の男を引き剥がそうとする。彼の手から血が滴り落ちる。三田村と寺田が必死にその両腕を椅子に押しつける。

「場所を言え」

 仙堂が吉野に顔を近づける。

「仙堂さん、これ以上はやめて下さい!」

 鶴巻がやって来て、悲鳴のように声を上げた。二人の男に羽交い絞めにされた吉野は血走った眼で、目の前に現れた鶴巻の姿を見上げた。

「あんたか、鶴巻ってのは」

 依然として吉野は両腕を引き千切らんばかりにもがいていたが、部屋の中に身体が震えるほどの怒号が飛んで、時間は停まったようになる。

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