10
部屋に現れた宇和島を、吉野は目を丸くして出迎えた。
「冗談みたいだ。本当に刑事さん?」
「まあ……、一応は……」
宇和島は顔に精一杯の愛想を貼りつけて、吉野の向かい側に座った。
「宇和島さんだったよね?」
「そうっすね……」
「僕の想定を超える早さで図書館を特定したのは、君がいたからだ」
「いやぁ、どうでしょうかね……」
始終挙動不審の宇和島を吉野はにこやかに見つめた。鶴巻がつぶやく。
「声色が少し柔らかくなりましたね」
「図書館を割り出した手順について詳しく訊きたいんだ」
吉野が言うと、宇和島はたどたどしく答えた。
「画像認識みたいなもんです。インクの染みをデータに置き換えて、図書館名文字列のスライス断面を検索して行き当たったのが正解の名前なんで……。あとは、鶴巻さんが、犯人は東京周辺に住んでいるかも、みたいなこと言ってたんで、東京の図書館を優先的に探したって感じですかね」
「鶴巻さんっていうのは?」
「私の先輩です」
吉野は宇和島の目を覗き込んだ。
「さっき僕と仙堂さんが話している時に、あの窓を叩いたのはその人かな?」
宇和島はびっくりしたように吉野の顔を見た。返事はそれで十分だった。
「OCASは面白いチームだね」
宇和島は愛想笑いを返す。今にも部屋を出て行きたそうに腰を浮かしている。
「じゃあ、ひとつヒントを上げよう。向こうでもみんな聞いてるんだろう?」
突然の展開に、宇和島は居住まいを正した。
「秀吉の頭脳だった黒田官兵衛は知っているかな?」
「まあ、はい……。昔、ドラマでやってた……」
「その黒田官兵衛と共に〝両兵衛〟と呼ばれた竹中半兵衛には甥がいた。竹中重義だ。彼はキリスト教弾圧を熱心にやったことで有名なんだ。キリスト教信者に信仰を捨てさせるためにいくつもの拷問を考案した。中でも素晴らしかったのは〝穴吊り〟という拷問で、汚物を入れた穴の中に人間を逆さまに吊り下げたんだ」
鶴巻がノートパソコンを素早く操作する。穴吊りの様子を描いた当時の絵が出てくる。彼女は仙堂に顔を向けた。
「おそらく、次の犠牲者の殺害方法です」
吉野は愉快そうに頬を緩めた。
「人間は逆さまに吊り下げると死ぬんだよ。洞窟の中で逆さまの状態のまま身動きが取れなくなった人間は二十八時間後に死んだ。人間は逆さまの状態に極端に弱いのさ」
寺田が口を開く。
「共犯者じゃない。奴は犠牲者を吊り下げたんだ。だから、死亡するまで時間がかかると知っていた」
「でもどこを探せば──」
三田村の言葉を仙堂が遮る。
「まだ何か話すぞ」
「穴はもともとあった井戸を利用した。そこに鉄パイプで釣瓶を作った。穴吊りでは、穴の中に汚物を入れたが、僕は汚いものが嫌いでね、井戸の中にあるのは地下水だけだ。縛り上げたけど、片手は使えるようにしてあるから、頑張れば頭を上げることはできる。だけど、いつまで寝ずの努力が続くかな?」
そう言って歯を見せる吉野を宇和島は冷たい眼で睨みつけた。そのまま彼女は立ち上がって、部屋を出て行った。
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