8
夜の帳が下りて、東京には冷たい雨が降り注いでいた。夜が深まれば、みぞれに変わるかもしれない。
仙堂はOCASで共有しているリストを開いた。チェック済みの欄に二つ目のチェックを入れると、忍成の行が灰色に変わる。他の行も灰色に変わっていて、寺田の担当している戸倉の行だけが白く輝いている。宇和島からの新発見の連絡は未だにないが、留置場担当官から吉野が執拗に仙堂との対話を求めているという旨の連絡が入っている。仙堂は深い溜息をついた。あの男との対話は、心をすり減らす。
スマホに寺田から電話がかかってきた。
『こっちもダメです。戸倉さんも休暇先で家族と過ごしているのを確認しました』
「そうか……」
見落としなどあるはずはなかった。リストの注意書きに仙堂が赤い文字で記した文章がある。
〝必ず本人との会話を行って安否確認完了とすること〟
***
三人はOCAS本部に戻って、再度作戦を練ることにした。仙堂がOCAS本部に戻った頃には、三田村の姿もそこにあった。
「一課にはこっちの捜査の進捗も伝えてますけど、大丈夫でしたよね?」
三田村が心配そうに訊くと、仙堂は口の端を歪めた。
「乙部さんは昔から素直じゃないんだ。報せてやった方がいい。吉野の妹はどうだったんだ?」
三田村はうめき声にも似た返事をする。
「何とも言えないというか、吉野とはごくまれに連絡を取るだけで、普段からやり取りはないそうなんです。ただ、吉野は昔から動物や人を傷つけることに躊躇がなかったという話は聞けたようです」
「ナチュラル・ボーン・サイコパスってこと?」
宇和島が口を挟むと、三田村は曖昧に首を捻った。
「とにかく、昔から人を使うのがうまかったそうです。自然とクラスの裏で人間関係を掴んでいたような、そんな印象ですね」
「母親が死んでからの様子は?」
「やはり、それが転機だったようで、その辺りで大学卒業から務めていた出版会社を辞めて、マーケティングの方に進んだようです。全く違う分野へ」
鶴巻は静かに口を開いた。
「マーケティングはビッグデータなどのデータサイエンスが基盤になっています。人の行動予測を行うという点を見ると、今回の殺人と通じている部分が少なからずあります」
「今回の事件を念頭に置いて、そういう仕事に就いたと言うのか?」
寺田の詰問口調に鶴巻は「おそらくは」と予防線を張る。仙堂はウロウロとホワイトボードの前を歩き回る。
「金蘭倶楽部の調査も空振りに終わった。やはり、吉野から情報を引き出すしかないか」
「その前に」寺田が手を挙げる。「犠牲者になり得るのは、倶楽部のメンバーだけではないのでは? その関係者も考えられますよね」
「だが、メンバーの安否確認を行った際に近しい人間が消えたという話は聞いていない。その線は薄いと考える」
寺田は不満そうに仙堂を見つめた。
「そもそも、金蘭倶楽部とは何なんですか? 倶楽部のことが解れば、僕たちも何か手掛かりを探せるかもしれません」
「金蘭倶楽部はメンバーの九人で立ち上げた交友の場に過ぎない。メンバーだけでなく、その家族も含めて会食や旅行など交流を行っているんだ」
「メンバーになるには?」
「なんだ? 興味があるのか、寺田?」
仙堂が笑いかけると、寺田は気分を害したように目を逸らした。
「やっぱり、吉野から話を聞き出すしかありませんよ。もう奴を捕まえてから半日が経っています」
三田村が気を逸らせる。
「気になっていることがあります」鶴巻が言う。「吉野は次の犠牲者を助けられるかもしれないと言いましたよね。それはつまり、事件は進行中ということです。しかし、吉野は警視庁にいます。……どういうことでしょう?」
三田村が手を叩いた。
「共犯者……!」
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