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 瀬古と三田村は新宿にあるマーケティング会社に車を走らせていた。そこが吉野の働いていた場所だったからだ。

「デカい会社なんですけどね」

「半年ほど前に退社してる。確か、群馬の事件では半年ほど前に前園として猟銃の回収話を持ち掛けていただろ。その時期にすでに今回の事件は動き出していたんだ」

「実行するとなって、会社を辞めたってことですか」

 三田村は運転席から雲が厚さを増す空を見上げた。夕闇も近づいてきて、街は鈍色だ。

「そう考えると、奴はこの事件で何もかも吹っ飛ばすつもりなんだろうな」

「でも、家族は妹が一人いるんですよね」

 瀬古はタブレットで情報を確認する。

吉野鏡花よしのきょうか……奴の六歳年下の妹。今は事情を聞くために居場所を探してる。……まあ、自立しているわけだし、奴に犯行を思い留まらせるような存在ではなかったんだろうな」

 ハンドルを握る三田村はやるせない思いで溜息をついた。

「怒りの根底には孤独があると聞いたことがあります。他の何物でも埋めることができない孤独……吉野も孤独だったんでしょうね」

「あんな奴に同情など不要だ」

 二人の乗った車は吉野が働いていた会社に到着。対応したのは、吉野の所属していた部署の部長、長崎ながさきだった。痩身で髪に白いものが混じっているが、見た目よりは若い。

「吉野は優秀でしたよ。ただ、仕事上のチームワークは苦手なようで、いつも何かしら仕事を抱え込んでいました」

「勤務態度はどうでした?」

「至って真面目でしたよ。遅刻もなし。成果物も余裕を持って上げてくれるし」

「それがなぜ半年前に急に……」

 長崎は口角を下げて眉を持ち上げた。

「私にも分かりません。ただ、やりたいことがあるから、と言っていました」

「具体的なことは言っていませんでしたか?」

「いえ、何も。こっちとしても、引き留めるように説得をするよりも、次の人材を探すことに頭を切り替えていたので、深くは聞かなかったんです。よくあることですしね」

「ここには何年在籍していたんですか?」

「三年……かな」

「前職は?」

「同業他社です。腕が良いと聞いていたし、一緒に働いてそう実感しました。なので、ウチに来てもらうように頼んだんです。それまでは、前の会社で五年くらい働いていたはずですよ」

「その前は?」

「ええと……なんだったかな……、確か出版関係だったと思いますけどね」

 瀬古がメモ帳にペンを走らせる間に三田村が口を開く。

「ここでの彼の人間関係はどうでしたか? 気の合う仲間とか」

「まんべんなく周囲の人間とやり取りしていたようですよ。飲み会にも必ずやって来たし、だからみんなで不思議がっていたんです。なぜコミュニケーションは取れるのに、仕事は一人で抱え込んでいるんだろうって」

「何か不満があったんでしょうか?」

「どうでしょうね。あったとしても口に出さなかったでしょうし、分かりませんでしたね」

 長崎は最後に信じられないと言った様子で二人に聞いた。

「本当に吉野が人を殺したんですか?」


***


 二人は会社を後にして車に乗り込んだ。三田村はスマホに落とした目を丸くした。その横顔を瀬古は目敏く見つけた。

「どうかしたのか?」

「島原さんと倉敷さんが仙堂さんが所属する社交クラブのメンバーだったそうです」

「なんだと?」

「今、OCASで残りのクラブのメンバーの安否確認を行っているようです」

 瀬古は首を振って窓の外を眺めた。苛立ちを隠し切れない様子だ。

「なら、次の犠牲者はその中の誰かということか……」

 瀬古のスマホに電話が着信する。

「もしもし……、ああ、分かった。それはそっちで進めていてくれ」

 すぐに電話を切る。

「吉野の妹が見つかった。これから最寄りの警察署で話を聞く」

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