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 怒りに満ちた言葉だが、吉野の顔には笑顔が貼りついていた。感情が乖離した吉野におぞましさを覚えて、仙堂は背筋に冷たいものが走るのを感じた。

「それは誤解だ。俺がお前の母の存在を知るはずないだろう」

「母の葬儀を終えて、あの駅のホームに立ったんです。そこで、母の事故の真実を全て知った。あなたがどこかのゴミクズを執拗に追いかけなければ、母は死ななかった」


 鶴巻が早口で言う。

「どうして吉野が回りくどい方法で犯罪をデザインしたのか解りました。彼の母の死と同じように、複数の出来事の巡り合わせを表現しようとしていたんです」

「つまり、母の死に自分の犯罪を重ね合わせている?」

 寺田の半信半疑の言葉に鶴巻は大きくうなずいた。

「殺人犯の中には、過去の殺人を模倣するように犯罪をデザインする者もいます。彼らは自分が影響を受けたものを再現しようとするんです。吉野にとっては、それが母の事故なんです。だから、殊更に偶然性や運命というものを掲示していたんでしょう」

 寺田は吉野を見つめた。終始、自信ありげに笑みを浮かべるその姿に、寺田は恐怖を覚え始めていた。


「お前の言うことが本当だとしても、お前の母親を返すことはできない」

 仙堂が重々しく口にすると、吉野は笑った。

「僕を子ども扱いするのはやめて下さい。そんなことは判っているんですよ」

「じゃあ、なぜそんなことを言ったんだ?」

 吉野はニコリと笑った。

「僕の母を返して下さいよ」

「何を言っているんだ、お前は……」


 鶴巻がハッとしたように息を飲んで、目の前のマジックミラーをノックした。向こうで仙堂が振り返る。彼は立ち上がって机の上のタブレットを掴むと、寺田たちのいる方へ戻ってきた。

「どうかしたのか?」

 鶴巻が歩み寄る。

「吉野は実現不可能な要求を繰り返して我々に精神的な圧力をかけようとしています。彼の話を真正面から受け取ってはダメです」

「だが、奴から情報を聞き出さなければ、次の犠牲者を出してしまうことになる」

 寺田が冷静に応じる。

「三田村と宇和島が吉野を調べるために出て行きました」彼はそう言って向こうの吉野を指さした。「あいつは僕たちを愚弄しようとしているだけです。情報源にはなり得ない」

「奴が犠牲者に最も近い人間なんだぞ」

「でも、あいつは遊ぼうとしているんですよ。次の犠牲者がいるというのも本当かどうか怪しいじゃないですか」

『無能な警察のせいでまた誰かが死にますよ』

 向こうで吉野が声を上げている。何か楽しいことでも始めようというような表情だ。

「あいつ、楽しんでる」

 視線を向こうに投げかける寺田の目には憤りが満たされている。その姿を見て、仙堂はいくぶんか落ち着きを取り戻したようだった。

「一旦、奴は留置場に戻ってもらおう。今後の方針と次の犠牲者がいるのならば、それを救出する手を考える必要がある」


***


 三人はOCASの部屋に戻って、そこにいた宇和島と合流した。

「三田村は?」

「ああ、斎くんは一課の人と出て行きました」

「一課の?」

「あの~……誰だっけ」宇和島が手をクルクルさせる。「乙部さんの腰巾着みたいな」

「皐月ちゃん……!」

 鶴巻が咎める横で仙堂が、

瀬古せこか」

 と声を漏らす。


***


 取調室から出た三田村はずんずんと廊下を進んでいた。

「ねえねえ、斎くん、何するの?」

「だから、吉野のことを調べるんだよ」

「何を調べるの?」

「そりゃあ、色々だよ」

「絶対ノープランじゃん」

 三田村は鬱陶しそうに宇和島を見た。

「そういうお前は何しようとしてるんだよ」

「私は、第一の事件と第二の事件に、次の犠牲者のヒントがないか探すつもり」

「ヒントぉ?」

「だって、あんだけ現場にメッセージ込めてんだから、何かあるかもしれないじゃん」

「一理ある。じゃあ、そっちは頼む」

「頼まれんでもやるわい」

 調子づく宇和島を牽制するように三田村が睨みつけると、ちょうどそこに瀬古が姿を現した。二人の視線がぶつかるのを見て、宇和島はそそくさと退散していった。

「何か聞き出せたのか?」

「いえ、特には……」

 三田村は立ち止まって、瀬古の出方を探ろうとした。瀬古は三田村を品定めするようにしながら近づいてくる。

「少し前までは、お前と組んでいたのに、今はこんなことになるとはな」

「俺にもよく分からないんですよ、正直なところ」

「OCASの印象は最悪だぞ」瀬古は静かに微笑んだ。「乙部さんはお前たちを目の敵にしてる」

「まあ……気持ちは分からなくもないです」

「吉野を尋問してるんだろ。なんでこんなところにいる?」

「奴の周辺を調べなきゃいけないと思いまして」

「奇遇だな。俺たちもこれから出るところだ。乙部さんは吉野の周辺から被害者との接点が見つかると考えてる」

 三田村は瀬古の言葉に安堵している自分に気づいていた。自分の考えが担保されたように感じていたのだ。

「久しぶりに一緒に動くか?」

「え? マズいんじゃないですか?」

「乙部さんのことだから、吉野の尋問について情報共有を突っぱねるだろう。内心では情報がほしいはずだ。俺は乙部さんに吉野の尋問内容を共有できる。お前は一課の捜査内容を仙堂さんに共有できる」

「ああ、そういう意味ですか」三田村は少し考えてうなずいた。「分かりました。行きましょう」

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