3
「なんだと?」
愕然とした表情で関永が声を漏らす。仙堂が歩き出す。
「我々が奴を取り調べます」
「待て、仙堂」
行く手を阻む乙部に仙堂が声を大にする。
「奴が我々としか話をしないというなら、それに応じるまでです。ここで小競り合いをしていても、何も解決はしない」
関永が仙堂の肩に手をやる。
「分かってるだろうが、取り返しのつかないヘマは踏むなよ。必ず奴から情報を引き出すんだ」
乙部は口をきつく結んで虚空を見つめていた。仙堂はそれを黙認とみなして、近くのデスクからタブレットを引っ張すと、歩き出した。その後に、OCASのメンバーもついていく。
***
マジックミラー越しに見る吉野は、じっとこちらを見つめている。仙堂はOCASのメンバーや刑事たちに目をやって、吉野が待つ部屋に入って行った。吉野の表情がパッと明るくなる。
「ああ、やっと来てくれましたか」
「すまんな。少し手続きの行き違いがあったようだ」
「ついでなんですけど、あの向こうにいる仙堂さんのお仲間以外も消えてもらえるとありがたいんですが」
仙堂は部屋の壁にはめ込まれた鏡を振り返った。マジックミラーの向こうでは、刑事たちが舌打ちをしてぞろぞろと部屋を出て行った。
「なんてことを……」閉まるドアを横目に、鶴巻が肩を落とした。「彼の狙いは私たちを分断することなのかも……」
「だとしても、俺たちがやるべきことをやるだけだ」
寺田がそう返す言葉に、鶴巻はうなずくしかなかった。マジックミラーの向こうで、仙堂が咳払いをした。
「まだ犠牲者がいると言ったそうだな」
「そのおかげで仙堂さんがここに座れたんでしょ」
「ハッタリをかましたのか?」
「いや、本当のことですよ。しかも、運が良ければ助けられるかもしれない」
「まだ生きているのか?」
吉野は答えずに、嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
「もう死んでるかも」
「どこにいるんだ?」
餌に食いついた獲物を見つめるように、吉野が笑った。
「答えがそんなに簡単に出てくるなら、苦労はしないですよね」
二人の様子を見つめる鶴巻が眼鏡に手をやった。
「ゲームをするつもりですね」
「ゲーム?」
宇和島が首を傾げる。寺田が言う。
「あいつは俺たちが次の犠牲者を助けられるか試している……」
「どこまで腐った野郎なんだ」
三田村が睨みつける向こうで、吉野が不満げに口を開く。
「世間は今回の殺人でさほど騒いでませんよね。なぜなんでしょう?」
「次の犠牲者は誰だ?」
「所詮、集客力の低い連中だったんですかね?」
「……何を言ってるんだ?」
「あの二人ですよ。島原と倉敷。関心を集められるような人間じゃなかったんですかね」
冷徹な物言いに、仙堂は薄気味悪さを感じていた。
「人をなんだと思ってるんだ……?」
吉野はニコリと笑った。心の底からこの状況を楽しんでいるような純粋さが、この場所には全く不釣り合いだ。
「小学生の頃、気に入らなかった奴を用水路に突き落としたことがあったんです。あいつ、ワンワン泣いてましたよ。学校で担任に咎められる時に、僕はあいつにいじめられているんだと言った。担任ってのは馬鹿だから、喧嘩両成敗を好む。あいつ、クラスじゃ嫌われ者だったから、最後にはあいつが悪いって結論にクラス中が飛びついた……。その時に気づいたんですよ。この世の中は、僕の思惑通りに動いているんだって」
吉野の真意が知りたくて、黙って彼の顔と表情を凝視していた仙堂は、諦めたように深い息をついた。
「今まさに奪われようとしている命があると思うと、お前の話を興味深く聞いてはいられない」
吉野は何度もうなずいて笑った。
「素直でいいじゃないですか。人は他人の生命の危機に無関心ではいられないものです」
「お前はそうじゃないような口振りだな」
「生きてる状態っていうのは、綱渡りみたいなものですよ。死は地面を歩くようなものです。命は地面に置いてある方が正しいんですよ」
「お前も生きているだろ」
「僕は、生きていようがいまいが、僕ですよ」
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