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「あの野郎、喋る気がありません」
戻ってきた刑事は乙部の前でマジックミラー越しの吉野を睨みつけた。
「ちょっと待ってろ」
今度は乙部が吉野のいる部屋に入って行った。吉野は乙部の顔を見て、がっかりしたように笑みを浮かべながら、天を仰いだ。
「やっぱり、脳の造りが違うと話が通じないんだなぁ」
「話を聞け、吉野善」
「なんですか?」
投げやりな返答。
「お前は二人の善良な市民を殺した。どのみち重い罰を受けることになる。俺たちの心証を悪くしない方がいいんじゃないか。頭が良いと言うんなら、その程度のことくらい判るはずだろう」
「話が解る振りをしても無駄ですよ。おおかた、自分たちの手柄を仙堂さんたちに取られて躍起になっているんでしょう。そう考えるのは、彼らを見下しているから。ですが、その実、こうやって実力行使に出なければ無能であることを隠し通すことができないと自覚している」
乙部が溜息をつく。そして、余裕があると示すために、微笑んで見せた。吉野は先を続ける。
「島原光明は警視庁のOBです。早く犯人を捕まえろと上から言われたんでしょう? どうです、自分たちの無能で約束を破ってしまった気持ちは? 無能であることを自覚しながら、お利口さんであるように見せるハリボテの人生は、潰して捨ててもないのと変わらないんじゃありませんか」
乙部は靴音を高鳴らせて、吉野の眼前まで顔を寄せた。
「いい加減にしろよ、このクズ。さっさと取り調べを受ければ──」
「脳の腐臭が口から出てますよ」
吉野は咳のように笑い声を上げて、顔を引きつらせる乙部を見上げた。乙部が吉野に飛び掛かろうという時になって、取調室の入口にひとつの顔が覗いた。
「乙部くん、ちょっといいかな」
関永が顔を覗かせていた。
***
乙部は関永に連れられて、OCASの部屋までやって来た。
「お前たちが奴に何か入れ知恵をしたのか?」
仙堂の顔を見つけるなり、乙部がそう言って詰め寄る。
「何の話ですか?」
「奴がお前たちとしか話をしないと言っている。自分たちの手柄ほしさに、奴にそう言うように言ったのか?」
「そんなことするわけないじゃん」
向こうの方で宇和島が不満を露わにする。隣の鶴巻が彼女の腕を掴んで黙らせようとしていたが、無駄だったようだ。
「吉野がそう言ったんですか?」
仙堂の問いに答えない乙部の代わりに関永が答える。
「どういう意図があるのかは分からん。だが、そう言っている」
「別に我々はいつでも──」
仙堂を遮って、乙部が声を上げる。その言葉は関永への懇願のようだ。
「なぜOCASが? 仙堂は七年も現場を離れていました。そんな人間に任せられると思いますか? 被疑者を死なせた人間に?」
仙堂は乙部がまくし立てるのを表情ひとつ動かさずに静観していた。
「いつまでそんな昔のことを引き合いに出すつもりですか……」
三田村が一歩前に出て、声を絞り出した。関永が彼を制するように手のひらを向けた。そして、乙部を見る。そこへ部屋の外から靴音が近づいてくるのが聞こえた。慌てた様子の刑事がそこにいた。
「なんだ?」
権威を示すかのように乙部が芯の通った声を発した。
「吉野が……、まだ犠牲者がいると言っています」
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