第三章 運命の共有

1

「どういうことなんだ」

 乙部がOCASに乗り込んできた。走って来たからなのか、怒りからなのか、頬がやや紅潮している。仙堂は彼のドスの利いた声を悠然と受け止める。

「島原さんの胃の中から検出された本の一ページに残されたインクの染みから……」

「経緯を聞いてるんじゃない。なぜ独断で奴をしょっ引いた」

「彼が進んで任意同行に応じたんです」

 乙部は目を吊り上げて仙堂の目の前に歩み出て、人差し指で胸を小突いた。三田村があわあわと仲裁に入ろうとして躊躇う。

「捜査はチームワークだ。情報の共有が基本だというのを忘れたのか、仙堂?」

「一課が追う可能性のひとつを潰そうとしたまでです」

 乙部は一歩引いて、理解のできない相手を見つめるように不快感を露わにする。

「あとはこっちでやる」

 乙部が部屋を出て行くのにOCASのメンバーがついていく。

「我々が取り調べを……!」

 寺田が追いすがると、乙部は取り付く島もない様子でどんどんと歩を進めていく。

「君たちの仕事はもう終わった!」

 唖然とするOCASのメンバーを置き去りにして、乙部は吉野が押し込められた取調室に向かった。


***


 マジックミラーの向こう側に、椅子に腰かける吉野の姿がある。その顔には始終笑みが浮かんでいた。

「ニヤニヤしやがって」

 乙部は舌打ちをして、そばの刑事に顎で指示をした。十秒後に吉野のいる部屋に刑事が現れる。

「あれ? 仙堂さんたちのチームじゃないんですか?」

 目を丸くして吉野が尋ねる。向かい側の椅子に腰を下ろす刑事が鼻で笑う。

「別に、誰が取り調べしても同じだ」

「同じじゃないですよ。低教養低知能のゴミクズと話をしても意味がない」

 吉野があまりににこやかに、そして、何気なく口にするので、刑事は思わず聞き返してしまった。

「なんだって?」

「僕は仙堂さんたちとしか喋りませんよ。お引き取り下さい」

 吉野はドアが開いたままの取調室の入口を親指で示した。物を見るような目つきだった。

「お前に選ぶ権利なんてないんだよ」

 吉野はニヤニヤと嘲笑を浮かべ、じっと刑事を見つめた。

「捜査一課の刑事は、蟻のように動き回って、僕の足跡に溜まった泥水を啜るしか能がない。そんなことをする権利を赤いバッジに代えて我が物顔で掲げるような厚顔無恥の原動力は一体どこから湧いてくるんですか?」

 愉快極まりないと言った様子で吉野は言葉を投げかけた。

「おい、口を慎めよ」

「お前こそ口を慎めよ」吉野は冷たい目を目の前の刑事へ向けた。およそ人を見るような眼差しではない。「なぜ無価値な存在の分際で、僕と同じ場所に座っていられると思えるのか理解に苦しむよ」

 こめかみに血管を浮き上がらせて拳を握る刑事を、吉野は笑った。

「あ、怒らせちゃいました? 人間並みに感情は持ち合わせてるんですね」

「ふざけるなよ!」

 刑事が机を叩くと、大きな音が室内に響く。吉野は微動だにせず、血を昇らせる刑事の顔をじっと観察している。歯を見せながら、楽しそうに。

「刑事が取り調べで被疑者を殴りつけたら、警察はどこまで揉み消せるんですか?」

 やってみろとでも言わんばかりの声色に、刑事は思わずたじろいだ。刑事は、机に置いていた二つ折りの紙ファイルに手を伸ばして、足早に部屋を出た。

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