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「本当にそこに……?」

 半信半疑の面々の前に、件の図書館前で自撮りをする宇和島の写真が提示される。

「勝手に行って来たのか?」

 寺田が眉を顰める。

「すんません。興奮しちゃって、徹夜明けのテンションで」

 鶴巻が頭を抱える。

「単独行動はダメだよ、皐月ちゃん……」

 仙堂が一同を制する。

「そこはひとまず、どうでもいい。で、結果はどうだったんだ?」

「まず、これが載ってる『Les styles français』は、大森中央図書館の蔵書にあったことは確認しました。だけど、今年の五月十四日に貸し出されてから、返却されてませんでした。で、これが、その借りパクして行った奴の利用者カードの情報」

 吉野善よしのぜんという名前と生年月日、電話番号と住所の表が画面に映し出された。

「全然善じゃないな」

 三田村がボソッとつぶやく。鶴巻が密かに一瞥する。

「図書館の防犯カメラの映像は残ってませんでした。でも、吉野善の住所は実際に存在してて、このグランハイツっていうアパートの二〇五号室がこいつの部屋」

 地図上のポイントとストリートビューの画像が呼び出される。仙堂は立ち上がって宇和島に詰め寄る。

「ここに行ったのか?」

 宇和島は何度も首を横に振った。

「行ってないっす! なぜならちょっと怖かったから!」

 仙堂は腕時計に目をやる。

「よし、一課に伝えて──」

「いいんですか?」寺田の刺すような視線。「もし間違っていたら、僕らはまた一課の笑い者です。だったら、僕たちだけで行ってもいいんじゃないですか。それに、OCASに箔をつけるにはちょうどいい機会ですよ」

「寺田さんまで……」

 鶴巻が小さな声で嘆く。仙堂はじっと考え込んでいた。そして、四人の顔を見回す。

「五人なら逃走経路を塞ぐことはできるだろう」

 鶴巻が鉛でも抱いたかのように椅子の上で崩れ落ちる。

 仙堂たちは急いで駐車場へ向かい、OCASのバンに乗り込んだ。運転席の三田村が目を輝かせる。

「よーし、燃えてきましたねえ!」

「宇和島のお手柄かもしれないな」

 寺田の言葉を受けて、宇和島は笑みをこぼす。

「まあ、私もやる時はやるんすよ」

「鶴巻、気合い入れていけ」

 仙堂に喝を入れられると、浮かない表情の鶴巻は渋々うなずいた。


***


 すぐにバンは発進した。年の瀬で忙しない東京の街を、都心環状線から羽田線に向かう。助手席の寺田が後ろの席の仙堂を振り向いた。

「任意で引っ張るのを拒否されたらどうします?」

「突き飛ばされろ。公務執行妨害で引っ張る」

 鶴巻が卒倒しそうな顔で二人のやり取りを見つめている。宇和島がその背中を優しく撫でているが、何の慰めにもなっていないだろう。

 バンは二十分ほどで吉野の住むアパートの近くに到着した。五人は素早く車外に降り立つ。外は深まる冬の冷気が足元から立ち上るようで、一同の吐く息は白い。遠巻きにアパートを確認し、仙堂は言う。

「部屋の入口と裏手の窓を押さえる。入り口は俺と寺田、裏手は三田村と鶴巻と宇和島」

 仙堂はすぐに歩き出す。裏手組は駆け出して、アパートの裏に向かっていった。

「いつも慎重なわりに、こういう時は心配になるくらい前のめりですよね」

 寺田が皮肉る。仙堂は笑った。

「その言葉そのまま返すぞ」

「また被疑者を死なせることにならなければいいですけどね」

 辛辣な寺田の一言に、仙堂は立ち止まった。その目の奥に、オレンジ色の炎が立ち上っている。

「寺田、余計なことは考えるなよ。お前がヘマをすれば、全てが水の泡だ」

「分かってますよ」

 強い語気で返す寺田を睨みつけて、仙堂は再び歩き出した。アパートの階段を軽やかに上って、二〇五号室の前に立つ。メッセージアプリで裏手組が位置に着いたのを確認すると、仙堂はインターホンを押した。

『はい』

 温もりのある優しげな声だった。

「警視庁の仙堂と申します。少しお話を伺えますでしょうか」

 数秒間の沈黙があった。仙堂は隣の寺田と視線を交わす。

『ああ、意外と早かったですね、仙堂さん』

 想定外の応答に二人が混乱していると、ドアがゆっくりと開いた。細身でパーマのかかったような黒い髪。色の白い顔に切れ長の目。猪田と名乗っていた男と同じだ。

 吉野はにっこりと笑った。

「さ、早く行きましょう」

 あまりの無抵抗に肩透かしを食らった仙堂は、目の前の優男をまじまじと見つめた。

「ちょっと待て。お前は──」

 人懐っこい笑顔が返って来る。

「僕のことを探してたんでしょう? 島原と倉敷を殺したのは僕ですよ」

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