10
「本当にそこに……?」
半信半疑の面々の前に、件の図書館前で自撮りをする宇和島の写真が提示される。
「勝手に行って来たのか?」
寺田が眉を顰める。
「すんません。興奮しちゃって、徹夜明けのテンションで」
鶴巻が頭を抱える。
「単独行動はダメだよ、皐月ちゃん……」
仙堂が一同を制する。
「そこはひとまず、どうでもいい。で、結果はどうだったんだ?」
「まず、これが載ってる『Les styles français』は、大森中央図書館の蔵書にあったことは確認しました。だけど、今年の五月十四日に貸し出されてから、返却されてませんでした。で、これが、その借りパクして行った奴の利用者カードの情報」
「全然善じゃないな」
三田村がボソッとつぶやく。鶴巻が密かに一瞥する。
「図書館の防犯カメラの映像は残ってませんでした。でも、吉野善の住所は実際に存在してて、このグランハイツっていうアパートの二〇五号室がこいつの部屋」
地図上のポイントとストリートビューの画像が呼び出される。仙堂は立ち上がって宇和島に詰め寄る。
「ここに行ったのか?」
宇和島は何度も首を横に振った。
「行ってないっす! なぜならちょっと怖かったから!」
仙堂は腕時計に目をやる。
「よし、一課に伝えて──」
「いいんですか?」寺田の刺すような視線。「もし間違っていたら、僕らはまた一課の笑い者です。だったら、僕たちだけで行ってもいいんじゃないですか。それに、OCASに箔をつけるにはちょうどいい機会ですよ」
「寺田さんまで……」
鶴巻が小さな声で嘆く。仙堂はじっと考え込んでいた。そして、四人の顔を見回す。
「五人なら逃走経路を塞ぐことはできるだろう」
鶴巻が鉛でも抱いたかのように椅子の上で崩れ落ちる。
仙堂たちは急いで駐車場へ向かい、OCASのバンに乗り込んだ。運転席の三田村が目を輝かせる。
「よーし、燃えてきましたねえ!」
「宇和島のお手柄かもしれないな」
寺田の言葉を受けて、宇和島は笑みをこぼす。
「まあ、私もやる時はやるんすよ」
「鶴巻、気合い入れていけ」
仙堂に喝を入れられると、浮かない表情の鶴巻は渋々うなずいた。
***
すぐにバンは発進した。年の瀬で忙しない東京の街を、都心環状線から羽田線に向かう。助手席の寺田が後ろの席の仙堂を振り向いた。
「任意で引っ張るのを拒否されたらどうします?」
「突き飛ばされろ。公務執行妨害で引っ張る」
鶴巻が卒倒しそうな顔で二人のやり取りを見つめている。宇和島がその背中を優しく撫でているが、何の慰めにもなっていないだろう。
バンは二十分ほどで吉野の住むアパートの近くに到着した。五人は素早く車外に降り立つ。外は深まる冬の冷気が足元から立ち上るようで、一同の吐く息は白い。遠巻きにアパートを確認し、仙堂は言う。
「部屋の入口と裏手の窓を押さえる。入り口は俺と寺田、裏手は三田村と鶴巻と宇和島」
仙堂はすぐに歩き出す。裏手組は駆け出して、アパートの裏に向かっていった。
「いつも慎重なわりに、こういう時は心配になるくらい前のめりですよね」
寺田が皮肉る。仙堂は笑った。
「その言葉そのまま返すぞ」
「また被疑者を死なせることにならなければいいですけどね」
辛辣な寺田の一言に、仙堂は立ち止まった。その目の奥に、オレンジ色の炎が立ち上っている。
「寺田、余計なことは考えるなよ。お前がヘマをすれば、全てが水の泡だ」
「分かってますよ」
強い語気で返す寺田を睨みつけて、仙堂は再び歩き出した。アパートの階段を軽やかに上って、二〇五号室の前に立つ。メッセージアプリで裏手組が位置に着いたのを確認すると、仙堂はインターホンを押した。
『はい』
温もりのある優しげな声だった。
「警視庁の仙堂と申します。少しお話を伺えますでしょうか」
数秒間の沈黙があった。仙堂は隣の寺田と視線を交わす。
『ああ、意外と早かったですね、仙堂さん』
想定外の応答に二人が混乱していると、ドアがゆっくりと開いた。細身でパーマのかかったような黒い髪。色の白い顔に切れ長の目。猪田と名乗っていた男と同じだ。
吉野はにっこりと笑った。
「さ、早く行きましょう」
あまりの無抵抗に肩透かしを食らった仙堂は、目の前の優男をまじまじと見つめた。
「ちょっと待て。お前は──」
人懐っこい笑顔が返って来る。
「僕のことを探してたんでしょう? 島原と倉敷を殺したのは僕ですよ」
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