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 OCASの面々は部屋に戻るなり、情報共有のフォーメーションを組み出した。ホワイトボードの前には仙堂がいて、それを取り囲む学生のように四人が陣取る。仙堂がペンを走らせ、「群馬県殺人・遺体遺棄」と書き記した。

「被害者は、遺体発見の前日、十二月二十日の夕方以降に殺害されたとみられている。地元の人間の話では、夕方以降はほとんど人の姿はないらしい」

 三田村が腕組みをする。

「問題は、被害者がそんな場所で何をやっていたのかってことですかね。自分で穴を掘ったんですもんね」

「順当に考えれば、犯人に脅されて穴を掘ったんでしょう」

 こともなげに寺田が推測を述べると、三田村が首を捻る。タブレットの捜査資料に目をやった。

「現場近くの林道には被害者の車が停まったままでしたよね。ということは、犯人は別の車で移動したことになります。さっきの一課の連中の話でも、犯人は別の車で現場に向かっているということでしたよ。だから、別の車で現場に向かって、脅されて穴を掘るっていうのはちょっと違和感があります」

「犯人が偽の目的で被害者と一緒に現場に向かって、到着した後に本性を現したかもしれないだろ」

 寺田の鋭い反撃に遭って、三田村は思わず口を噤んでしまう。どこか空気感が殺伐としている。鶴巻がタブレットから顔を上げる。

「被害者の奥さんの話では、事件の数日前から様子が変だったとあります。被害者宛ての手紙もあったと証言していますが、その手紙自体は発見されていません。おそらく、被害者自身が処分したんだと思いますが、様子がおかしいという点は八日の事件と共通しています」

「犯人からの手紙を受け取ったことで気が動転していた?」

 ペンを走らせながら仙堂が聞き返す。

「という風に見ても差し支えはないかと思います」

 仙堂はタブレットに目を落として、資料を読み進める。

「現場に落ちていたスコップは被害者自身の物……となると、被害者自身が穴を掘りに現場まで向かおうとしたことになる」

「宝探しかも」

 宇和島が手を挙げて発言する。寺田がすかさず言葉を投げた。

「あるいは、何かを埋めようとしたのか。ですが、捜査資料によれば、被害者が持っていたスマホには現場の位置情報がメモされていました。そこに何かがあると犯人から伝えられたのかもしれません」

「本当にそこに何かがあったかどうか、疑わしいもんですね」

 三田村がそう言うと、一同はうなずいた。仙堂がホワイトボードの「犯人」から「被害者」に矢印を引いて、「おびき出した?」と書き添えた。すぐに寺田が制止するように手を伸ばした。

「いや、犯人は、八日の事件では、都会のど真ん中で被害者に火をつけて殺害するという方法を取りました。なぜわざわざ今度は群馬の山の中を指定したんでしょうか?」

 さきほどからパソコンで何かを調べていた鶴巻が「ちょっといいですか」と、モニターを指さした。鶴巻のパソコンの画面が表示される。

「この群馬の事件、どうも殺害方法に既視感があったので、調べてみたんです。そうしたら、これが……」

 どこかのウェブサイトのページが表示されている。

「初代京都の主教……聖アンドロニク……」

 仙堂たちが呆気に取られていると、鶴巻が解説を始める。

「ロシア正教会と日本正教の主教で新致命者……つまり、聖人です」鶴巻はとある文章をポインターで選択していった。「ここに、『森の中に連れて行かれ、自分で掘った穴の中に生き埋めにされ、銃殺された』とあります」

 息を飲む音がする。鶴巻は続ける。

「それで、八日の事件も気になって調べたんです。すると、今度はこれが……」

 歯の雑学を掲載しているウェブサイトに「アポロニア」というタイトルの記事がある。

「アポロニアは、キリスト教の聖人で、暴徒に歯を砕かれて自ら火の中に飛び込んで殉教しました。その逸話から彼女は歯の女神としても知られるようになったんだそうです。どちらの事件も、聖人の最期を模して行われています」

 仙堂たちは絶句してしまった。仙堂は言葉を絞り出した。

「つまり、八日の事件の被害者は拷問されたのではなく、アポロニアの最期を再現するために、ああいう状況で殺されたというのか?」

「二件の事件の殺害方法が偶然に聖人の最期と一致するとは考えにくいです」

 三田村は身体をブルリと震わせる。

「なんでそんなことを……」

 寺田は二件の事件の捜査資料に素早く目を通した。

「どちらの被害者も信仰は定かではないが……。犯人だとしても、二つの信仰を同時に持っているわけではないはずだ」

「やはり、そこには力を誇示する意思が現れていると考えられます。聖人は迫害によって命を落としました。つまり、尊厳を蹂躙された。それになぞらえるということは、犯人が意識していようといまいと、被害者を押し潰すような意図があったはずです」

 寺田は重々しく口を開く。

「英梨花さんの話では、今回の事件現場に落ちていた紡錘にも運命という意味が込められているわけですよね。犯人は執拗に殉教者の最期を模して、運命の力を誇示しようとしている……。例の木片にも意味があるはずです」

 仙堂は英梨花の顔を思い浮かべた。また彼女の知恵を借りる必要がありそうだ。これでは、刑事を辞めても自宅でサポート業務をさせるのと変わりないではないか……そう心の中につぶやいて溜息をついた。

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