第二章 運命の導き

1

 島原光明が殺害された事件から二週間ほどが経過して、街はクリスマスムード一色となっていた。そういったものとは無縁のOCASの面々は複数の事件の整理に追われていた。

「刑事は足を使うものなのに、俺は腰が痛い」

 長時間座っていた椅子から立ち上がって、三田村が腰を伸ばした。隣で笑う宇和島の髪の色が濃い緑色に変わっている。クリスマスシーズンだかららしい。

「時代は変わるんだよ、斎くん」

「ずっと思ってたけど、なんで年下のお前に斎くん呼ばわりされなきゃいけないんだ」

「別にいいじゃん」

 宇和島は頬を膨らませる。そんな二人を遠巻きに見ていた寺田が声を飛ばす。

「おい、余計なこと喋ってないで、仕事をしろ」

 叱責されて、宇和島は背中を丸めた。小声で三田村に嫌味をぶつける。

「斎くんのせいで怒られたじゃんか」

 三田村も小声で応戦する。

「あいつはカリカリすんのが仕事なんだよ」

「もはやベーコンじゃん」

 肩を揺らして笑い合う二人を、寺田は睨みつけた。別のデスクでは、仙堂と鶴巻が膝を突き合わせていた。鶴巻がタブレットを片手に話している。

「佐々木さんに猪田を含む複数人の顔写真を見せたところ、やはり、村橋と猪田は同一人物であることが分かりました。あの事件は、犯人が犯行をデザインしていたことは明白なことですね」

 仙堂はうなずく。彼の耳朶に英梨花の声が蘇った。

「英梨花によれば、犯人は運命というものを強く意識しているようだ。多くの人間の行動をコントロールしている自分に万能感を抱いているのかもしれない」

「そう考えれば、警察に対して挑戦的なのもうなずけます。とはいうものの、一課の方では、市街地の防犯カメラ網やオブジェに関する方面から犯人を追っているようですが、未だに成果が上がっていないようです」

「となると、被害者の交友関係が鍵になるか……。犯人は被害者を拷問している。強い怨恨が絡んでいる可能性も考えられる」

「ですが、こういった劇場型犯罪の場合、拷問も火も怒りの発露とは無関係であることも多いです」

 仙堂は溜息のような唸り声を漏らして、関係者の聴取に目を通した。

「被害者の奥さんは事件の前日に被害者の様子が少しおかしかったと証言している。犯人と接触する機会があったのかもしれない。現に、事件当日は午後から会社に出る予定だったが、姿が見えないと会社の人間が言っている」

 足音が近づいてくる。寺田の気難しそうな顔がそこにあった。

「その会社がジャパン・キーパー……被害者の天下り先だったことは、事件の重要なポイントでしょう」

「事件の動機に繋がると?」

 仙堂が水を向けると、寺田は我が意を得たりといった様子で、近くの椅子を引き寄せて腰を下ろした。

「他者を蹂躙し、自らの力を誇示する人間には、その裏返しとなる力の原動力があります。鶴巻、そうだよな?」

 いきなり話を振られて、鶴巻は戸惑いながらも応じた。

「ええ、まあ、そうですね。被虐的な思考だったり、社会的弱者と呼ばれるような人は、根底に怒りを湛えていることはあります。それが犯罪という形に具現化されると、残忍性やメッセージ性といったものが浮かび上がってきます」

「ジャパン・キーパーは不必要な契約を結ばせて、利益を生み出しています。グレーな経済活動で私腹を肥やす人間の存在を、怒りを抱いている社会的弱者が知った時、今回のような犯罪の引き金が絞られるのではないでしょうか」

 仙堂は寺田の熱い眼差しに屈するかのように目を伏せた。

「一理あるだろう。だが、犯人が運命の女神を引き合いに出したのはなぜだ?」

「犯人にとって被害者は社会的強者です。そういう人間を支配下に置くことができるという意思表示……テロリズムに近い思想です」

 鶴巻は目を丸くした。ずれた眼鏡を指先で直して口を開く。

「確かに、劇場型犯罪とテロリズムは近い文脈で語られます。テロリズムという言葉を拡大解釈すれば、国を動かしている人たちに対する怒りを形にしたものです。例えば、貧困層にとって、富裕層は怒りの対象になり得ます。今回の事件の犯人がそういった格差に怒りを感じている人物ならば……」

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