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 OCASの本拠地は警視庁内にある狭い空き部屋だ。顔を揃えた面々を前に、仙堂はホワイトボードにペンを走らせていた。

「つまり、こういうことだ。犯人は防犯カメラの設置業者とジャパン・キーパー、そして施設担当者の間に立って、彼らがお互いにやり取りをしていると思い込ませていた」

 宇和島が興味深そうにニコリとした。その隣で、鶴巻が情報を整理する。

「例えば、犯人はジャパン・キーパーの村橋として設置業者の佐々木さんに連絡を入れる一方で、施設担当者にもメールをしていた……ということですか?」

「そうだ。今回の件にジャパン・キーパーは一切関わっていない」

「じゃあ、つまり、その村橋と名乗っていた人物が犯人?」

 寺田がまとめ上げると、仙堂は大きくうなずいた。

「今、捜査一課にはメールのやり取りや電話番号から探ってもらってる」

 三田村はニコニコしながら拳に掌を打ちつけた。

「これは、OCASの手柄なんじゃないですか?」

「絶対そんな甘くないよ」

 宇和島が悟ったようなことを言うと、三田村は興を削がれたように彼女を睨みつけた。寺田は無表情のまま仙堂が書き記したホワイトボードに熱い視線を注いでいた。

「何か思うところがありそうだな」

「犯人はなぜこんなことを?」

 三田村が宇和島への恨みを引き剥がすように近づいてくる。

「簡単ですよ。被害者を樹のオブジェに括りつける時に防犯カメラに映らないため」

「映らないためにやったことで、こうやって尻尾を掴まれてる。本末転倒だろ」

「いや、まあ、そりゃあ、そうですけど。そこまで考えてなかったんじゃないですか」

 向こうの方で、鶴巻も遠慮がちに声を発する。

「私にも少し違和感が。佐々木さんの証言では、犯人は防犯カメラを運んできたと言っていました。その時には警察も野次馬もいた、と。つまり、犯人は犯行現場に戻って来たということになります。それも、警察と消防がひしめいているタイミングで」

 仙堂はホワイトボードを眺めながら、鶴巻に先を促した。

「犯人の行動について、どう見る?」

「一見すると、放火犯のように、建物が燃え盛る非日常と化した現場を見物するような心理に見えますが、胃の中に本の一ページを残すなど、捜査状況に関心があるように思えます。それも、不安からではなく、明確にメッセージを残しているところから見ると、自らの優位性を誇示するかのように感じられますね。被害者の歯を引き抜いていることから見ても、犯人はどこか被虐的な思考を持っていると考えられます」

 仙堂は小さくうなずくと、宇和島の方を見た。

「現場のスキャンは?」

「完了しましたよ。複数のスキャンデータを統合し終えたところです」

「オブジェの制作会社の方はどうだ?」

 仙堂が寺田と鶴巻に目を向けると、彼らは重々しい表情を返した。

「ちょっと、こっちもきな臭い感じになってきましたよ。オブジェの制作会社に企画を持ち込んだのは、猪田いのだという男なんですが、ネットを調べてもアーティストとしての活動歴がなく、謎の存在でした。しかも、設置の日取りを調整していたにもかかわらず、当日姿を現さなかったとか」

「顔は?」

 仙堂が尋ねると、寺田は待ち構えていたようにタブレットを操作して、一枚の画像を全員に共有した。

「制作会社の入口にある防犯カメラの映像が残っていました。それが、猪田と名乗った男です」

 細身でパーマのかかったような黒い髪。色の白い顔に切れ長の目。

「なんかごく普通のお兄さんって感じ」

 宇和島が感想を述べると、仙堂はタブレットを掲げた。

「一課に言って、佐々木さんに村橋という男の顔を確認してもらう」

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