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 向こうから三田村と宇和島がやって来る。

「仙堂さん、中庭のスキャンは終わりました。あとは、この建物のまわりをスキャンしていきますんで」

 機材を持って行こうとする三田村たちの背中に仙堂が声を掛ける。

「現場の残留物や遺留品を3Dスキャンして、ここの空間データに反映させることもできるのか?」

「できますよん」

 宇和島が即答して行ってしまう。慌ててその後を追う三田村を眺めながら、寺田は納得が行かないように細い息をついた。

「犯行現場をデータ上で再現して、何ができるんでしょうか?」

「分からん。とりあえず、やってみるだけさ。俺たちは何かを残さなければならない。そのことは、君も分かっているはずだ」

「……はい」

 鶴巻は二人の間に張り詰めた空気をじっと見つめていた。同じチームの仲間でありながら温度差がある。口を挟めないでいると、仙堂が水を向けてきた。

「他にも変な木片があっただろ?」

 鶴巻は慌てて返事をした。

「オブジェを作成した会社に確認したところ、こういうものは作っていないとのことだったので、これも犯人が残したものかもしれません」

 タブレットに表示されているのは、横八センチ、縦十センチほどの木片で、その表面にはナイフで、半円に蓋をするように直線が引かれた、ポーラーハットのようなマークが刻みつけられていた。

「遺留品は異常値じゃないが、これは異常値と言えるかな」

 寺田が言うと、鶴巻は苦笑いでごまかした。そのそばで、仙堂は捜査一課長の関永譲せきながじょうが言っていたことを思い出していた。


***


「犯行現場をデータ上で再現することで、犯行のシミュレーションを行うことができるだろうというのが、上の考え方らしい」

「そんなに簡単に行きますかね?」

 関永は目尻に皺を作って、仙堂の怪訝そうな瞳を覗き込んだ。

「捜査に携われるという感謝を噛み締めろよ」

 そう言われてしまうと、仙堂は含み笑いで返すしかなくなる。


 七年前、敏腕で名の通っていた仙堂が被疑者を事故で死なせたという知らせは、捜査一課に大きな衝撃をもたらした。もっとも、以前からその兆しを感じて警鐘を鳴らしていた人間もいたようだったが。路上での車の爆発炎上は、周囲の交通機関を一時的に混乱させ、たちまちニュースとして全国に知れ渡ることとなった。仙堂の処分は免れないことだった。捜査一課を出て他部署を回り、八か月前にOCASが新設されるタイミングで、仙堂にはそのチームリーダーの任が命ぜられたのだった。


「現状、お前たちに回す案件はこっちで選定している。いわば、人間の眼で異常犯罪の別を見極めているということだ。将来的には、これをAIで自動的に峻別していきたい」

 仙堂は曖昧に返事をした。警視庁にも、AI信奉者ともいえる人間が数多く存在している。彼らの多くは、AIを魔法のようなものだと考えていて、そのアルゴリズムの裏に人間の血の滲むような努力が結実していることを知らない。関永は受け売りの夢を語り出した。

「ゆくゆくは、発生しうる異常犯罪をシミュレーション上で予測し、未然に防ぐようにしていくことができれば、お前たちの名は捜査史に残るだろう」

「私は名誉が欲しくてやっているのではありません」

 関永はそばに寄って来て、声を低めた。差すような視線を仙堂に向ける。

「お前がこの場所で信頼を取り戻すには、この手に賭けるしかない。でなければ、一生腐り続けるだけだぞ」

 仙堂は奥歯を噛み締めた。関永は追い打ちをかけるように言う。

「最近、良くない連中とつるんでいるという噂を聞く。部下が馬鹿なことを考える前に、首輪をかけておくのが上司の仕事というものだろう」

「あれはあくまで噂です。私を貶めようという……」

 関永は口元を緩ませた。少しだけ歯が覗く。

「どこにでも妬み嫉みは転がっている。そいつを掻き消せるかどうかはお前次第だ」

 関永はそう告げて仙堂の肩を叩いた。

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