3
「被害者は
鶴巻がタブレットの画面を他の二人と共有する。被害者の生前の顔写真がそこには表示されていた。寺田が苦い顔で重々しく言葉を落とす。
「元警視庁警務部の参事官……」
「一昨日の十二月八日、午後一時二十分頃、施設利用者からこの場所で展示中のオブジェが燃えていると消防に連絡がありました。火は消し止められましたが、焼け跡から被害者が発見されて、搬送先の病院で死亡が確認されました」
タブレットには、当時ここに展示されていた木造のオブジェが映し出されている。直線的な樹木と、その周囲に果実を模した幾何学的な形状のオブジェが散在する。
「調べでは、被害者は樹のオブジェに縛りつけられ、ガソリンを被っていたようでした。私が、この案件がうってつけだと言ったのは、被害者の歯が引き抜かれていたからです」
解剖写真が表示される。黒焦げになった口元から覗く歯が数本引き抜かれてなくなっていた。
「上下左右の中切歯と側切歯……いわゆる上下の前歯計八本が抜き取られていて、現場からは発見されず」
「それが異常なのは解る」
寺田は心外だと言うように、眉間に不快感を刻んだ。鶴巻は首を振る。
「異常なだけではなく、被害者は拷問された可能性があります」
「拷問か」
仙堂が鶴巻の方を振り返る。
「司法解剖の結果も、被害者が生存中にペンチのようなもので引き抜かれたと推定しています。歯と拷問は歴史的に見ても密接な関係にあり、古今東西の政治犯への拷問や宗教弾圧、拷問を加えたとする犯罪でも、歯を折ったり、引き抜いたりするといったことが散見されます。歯を好きにできる立場にあるということを示すために行われるわけです」
仙堂はタブレットに目をやった。
「気管に火傷による生活反応があったこと、後頭部に殴打痕があったことから、被害者は気絶させられた状態で火をつけられたことが分かっている。血中から睡眠薬などの成分は検出されず……か」
「ちょっと待って下さい」寺田は手を振って、二人の会話に割って入った。「これが異常犯罪だというのは解ります。ですが、これを客観的にどう数値化して異常だと判断するんですか?」
「その方法論を確立するためにも、君の力が必要なんだよ。統計学では、異常値を検出する考えがあるんだろう?」
寺田は俯いたのかうなずいたのか、曖昧な反応を示す。
「もちろん、色々と方法論はあります。けれど、犯罪を数値化するためには、もっと確実な理論が必要だと思います」
「寺田、事件は起こってる。そして、データも収集する。試行錯誤するしかない」
「分かってますよ。でも……」
鶴巻はタブレットの画面を二人に向けて咳払いをした。
「では、これはどうですか?」
画面には、挿絵が描かれた紙を写真に収めた画像が表示されている。クシャクシャになったものをのばして撮影してある。
「被害者の胃の中から検出されたやつか」
目盛のあるカッティングマットの上に置かれたその紙は、横が約十五センチ、縦が約二十三センチの大きさだ。胃の中にあったものの、印刷自体ははっきりと残っている。
空中にある玉座に腰かけた女神が左手を挙げている。その手から真っ直ぐと糸が下りており、その先には紡錘が吊り下げられ、その下には天使が飛び回る天球がある。天球のまわりには、玉座についた三人の女性の姿がある。
もう一枚写真があり、この絵が印刷された裏側が映し出されている。そこにはフランス語の文章がびっしりと記されてある。
「これが異常値?」
寺田が首を傾げる。
「胃の中には、普通、消化途中の食物が入っているものです。おそらくは、犯人が胃の中に入れた……。つまり、これは、本来はここにあるはずがないものになりますよね」
「なるほど……」
寺田が鶴巻の言葉を飲み込むようにしていると、仙堂はタブレットの画像を指さして鶴巻に訊いた。
「こいつは何なんだ?」
「調べたところ、二〇一六年に出版された本の一ページのようです。フランス語の文章は掲載されている別の作品についての解説のようです。そして、この絵のタイトルは『Spindle of Necessity』。一八五七年の作品だそうです。作者はエドモンド・ルシュヴァリエ=シャヴィニャール……と読むんだと思います。すみません、ちょっと情報が少なすぎて、よく分からないんです」
「なぜそんなものが胃の中に……」
鶴巻は諦めたように笑みを浮かべる。
「犯人からのメッセージでしょうか……。この絵に関しては、英梨花さんの方が詳しいかもしれませんね」
仙堂はうなずいた。
「帰ったら聞いてみるよ」
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