クチナシ
これは、まだ私が大学生だったころのこと。
久しぶりに実家に帰省した私は、ふとしたことから父の趣味である将棋に付き合うことにしました。
父は昭和の時代から将棋を趣味にしていて、プロの将棋棋士の先生相手に飛車と角を使わないハンデである二枚落ちをしてもらい指導対局ながら勝ったことがあるんだと、その時の記念品を取り出し自慢げにしていた記憶があります。
今でこそプロとアマチュアの力の差は縮まってきているといえど、当時は昭和。強い人がどんな手を使ったのかインターネットがないため情報がなく、強くなれるのは将棋に詳しい人が在籍するコミュニティに属する、ごく限られた人々だけだったのです。そんな中、勝つことができた父は、アマチュア有段者の中でも強い部類と言われるほどプロは途方もありませんでした。
そんな父と私との差は二枚落ち。それでも、そうこうしているうち、あっという間に敗勢に。
「何将棋やってんの?」
「姉さん?」
いつの間にか後ろに姉が立っていました。
「これどっちが勝ってるの?」
「父さんかな」
「ふーん。あんた飛車使ってないから負けてるんだよ。使っちゃえ使っちゃえ」
「あ、ははは。タイミングってものがあるんだから勘弁してよ」
「お姉ちゃんも後で将棋やるか?」
「こういうの得意じゃないからパース。部屋戻るわ」
私は姉の介入のおかげですっかり雑談モードに頭が切り替わってしまいました。
そういえば、昭和当時から強かった人はどこかのコミュニティに在籍していたはず。そう思った私は父に聞いてみたのです。
「負けたよ投了する。父さんはどっか将棋の集まりに参加してたの?」
「ん?ああ。学生時代はずっと将棋部だったし、今はなくなってるけど社会人になってからも職場にある将棋の会みたいなのにいたよ」
「ふーん。父さんより強い奴いたの?」
「もちろん。プロ育成機関みたいなのに行った人もたしかいた。他にも将棋に詳しい人は何人かいたな」
なるほど。
「知ってるか?当時の集まりで聞いたんだが将棋盤の脚はクチナシって植物の実の形をしていてな」
「見たことない実だけどそうなの?」
物は知らない方だと自負しています。
「ああ。それから将棋盤の裏の真ん中にくぼみみたいなのがあってな?」
「ほんとだ。あるね」
「これは駒を打った時の音がよくなったり色々実用的な部分もあるんだが、とある言い伝えがある」
言い伝えですか。
「別名"血だまり"という名前で、数百年前、将棋の対戦中横から口出しをするやからの首をはねて、盤を裏返して置いておくことがあってな。その首から垂れてくる血がたまる場所で血だまりだそうだ」
「いや、そんなばかな」
「嘘だと思うならインターネットでも何でも調べるといいよ」
本当?
「死人に口無しになるってな?そろそろ夕食みたいだ。今日はみんなで酒でも飲まないか?」
その数時間後のことです。
家族皆が寝静まり、私も酔っぱらってダウンしてしまっていた時に突然、妙な胸騒ぎにより起きることになりました。
姉さん?か誰かの人影が見えた気がしました。
影が向かったのは夕方に父と将棋をしていた部屋。やはりおそらく誰かいるのでしょう。蛍光灯の豆電球が光っているのが見えました。嫌な予感がしつつも近寄ってみることに。
そこで目にしたものは…、昼間、父がひっくり返した将棋盤の上に、姉の生首が置かれていたのです。驚愕しつつも声が出ない。嘘だろ…と思って近寄った瞬間のことでした。
顔がにや~っと歪み、私は悲鳴を上げてしまうまで時間はかかりませんでした。
「う、うわあああああ!」
そこからのことはよく覚えていません。
気が付くと自分の布団の上で目が覚めました。
姉は幸いにして首が切れてしまったこともなく特に何ともなし。私が見たおそらく幻覚だった姉の生首はいったい何だったのかと思いました。私は夢を見ていたのか?そう思うこともありましたが、私にはどうもあの出来事が夢だったとは思えません。その証拠に朝起きると私の手には将棋の駒が握られていたからです。
なぜ、口出しをした姉ではなく私に恐怖体験があったのかはわかりません。ただ、他人の対戦で許可なく口出しをする行為。それをするとこうなるぞと言わんばかりの出来事でした。
これがどこかの世界で現実にならないことを私は祈っています
死人にクチナシ将棋 くろーりん @chlorine7772
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