第5話

 4年前の11月、孫の七五三を祝うために私は、朝早い新幹線に乗り込みました。

 降りる駅は三島。神社は三嶋大社です。しかしその前に沼津に住む娘一家と合流するために、三島で新幹線を降り、タクシーで沼津の家に向うといった行動予定を立てていました。

 私は車両の前から3番目、通路側の席に座っていました。

 新幹線が三島の一つ手前、新富士駅に入る間際のことでした。軽くブレーキがかかった時、私の真横の通路で老婦人が転んでしまったのでした。

「あっ!」と声を上げた私に、

「大丈夫です。足が弱いから早目に席を立って来たんですよ」

 そう言いながら、座席の手すりに掴まり、その婦人はなんとか立ち上がりました。

 その時車内に新富士到着のアナウンスが流れ、私の回りに座っていた人たちが降りるべく、大勢立ち上がりました。そして少しずつブレーキがかかる中、老婦人はあちこちに掴まりながら、人波と共に出口に向かって歩き出しました。

 その時私の前の座席に座っていた女性2人が立ち上がったのを見た瞬間、私はその2人に頼み事をしていました。

「あちらの方、今ここで転んでしまって。すみませんが降りる時、足元を見てあげてくれませんか?」

 とよりによって私はその女性2人に丸投げをしてしまっていたのでした。

 すると女性2人は突然にも関わらず、心良く引き受けてくれ、1人が

「降りる所の段差がこわいから、腕を組んで行きましょうか!」と老婦人の腕を取ってくれたのです。更に驚いたのは小さい声で頼み事をしたにもかかわらず、降りようと立っていた人たちが、足を止めその女性2人が老婦人の傍につけるよう、手で合図してくれたことでした。

 更に何より私が嬉しかったのが、心配で立って見ていた私に、女性の1人がにっこり微笑んで、頷いてくれたことでした。

 『後は私たちが……』そう言ってくれたように感じました。

 私の勝手な丸投げを快く引き受けてくれたこと。その女性2人を老婦人の傍に誘導してくれた、回りの人たちの優しさ。たくさんの優しさが一つの場所に集まった、とても嬉しかった出来事でした。

 本当は私自身が腕を取り、老婦人を新幹線から下ろし、また乗込めばよかったのですが。

 なんせ新富士駅で降りる人は多く、非常に混雑していました。

 ごめんなさい。これは明らかに言い訳です。


 ここまで私の心に残る5つのお話を書いてきました。

 私はこれまでに出会えたたくさんの素敵な方たちに感謝しながら、生涯忘れずにおこうと思っています。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

70歳の私を支える、心に残る5つのお話 mrs.marble @mrsmarble

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る