1.3 帝ノ都 

     3 《帝ノ都》


 上空から覗き込めば、山々に囲まれた盆地に都は存在していた。

 北西にはグゥルゥ大狼と呼ばれる高い山脈が広大に構えていて、暖かい陽気が照らすいまでもその峰を白く染め、青空を背景に静かに佇んでいる。

 狼の背のようなその形から大昔より人々に馴染みがある山の一つだった。

 その昔、国中で暴れまわった妖獣を山に変えて鎮めたという言い伝えがある。

 妖獣はその身が封じられ自由を奪われたことに嘆いて涙した、という俗説も尾を引いてか、グゥルゥ山脈の麓から都まで雪解け水を含んだ大きな川が流れていた。

 まるで帝に平伏して涙する姿だ、と大昔の歌人が詩に残したことから、裾ノ川すそのかわといつしか定着していった。

 都のすぐ南を流れる川一部は人の手によって分岐され、その細い流れは用水路として街へと引き込まれている。そのあとは本流へ戻りさらに分岐する小川へと続く。

 当然、農地への水路も確立されているされている為か、耕作も盛んである。

 水も緑も豊かであるこの地は丘陵地帯が広がっていていた。


 都から伸びる大きな道のほとんどが交易路であり、各村々へ繋がる村道の分岐も多く存在する。それは森林の中にも縫うように繋がっていた。

 大地も肥沃ひよくで都から東方ひがしかたは田畑が広がり点在している。

 牛や馬を引き、茶色く塗り替えられた大地の上で、誰もが精を出している。

 商人だけでなく農民も活気で満ち溢れている表情が目立つのは、都の周辺ひいてはこの国が豊かでる証しでもあるようだった。

 そんな人々らの姿が、呼吸をするように都へと往来してゆく。


 広大な都には東西南北から伸びる主要な道が十字に伸びていて、これを人々は十文道じゅうもんどうと呼び親しんでいた。

 西側から伸びる十文道は西門道せいもんどう、東側は東門道とうもんどう、南側はこの東西と違って招来道しょうらいどうとよばれ南からまっすぐ北上すると帝が鎮座する方面の郭内かくないへと続いている。郭内から都の中心部までの道を天前道てんぜんどう、と呼び名が決められていた。

 さらに都には十文道の他にも路があり大小含めて合計で十二の路で繋がれている。

 それゆえ裏道なども含めれば網の目のような形で都中に広がっていた。

 人口が増えるにつれて都を拡張していった為、東西南北の端にある大前門おおぜんもんだけでなく往来門おうらいもんと呼ばれている門が四つ存在する。

 往来門は昔の外郭の名残でそのまま使用されているもので、主に都の中心部となる郭内や商業が盛んな場所にそれは存在していた。

 十二路八門じゅうにじはちもん、これが都の主要な出入口と主要路となる。

 そして都は大きく一から十のちょうに仕切られ一番町、二番町という具合にその場所ごとに点在していた。

 北西から順に帝が鎮座する宮内、南に下って廷内、郭内、そこから一番町を始め、という具合に配置され、上方かみかたから上丹田かみたんでん中丹田なかたんでん下丹田しもたんでん、と下方しもかたまで都の内部は大きく三分割されていた。

 一都三丹田十町いっとさんたんでんじっちょうが全体の構図である。

 都は大きく釣り鐘状のように形成されてその姿を現していた。

 

 こんな広大な都の中で人々は旺然と蠢いている。

 一見、平穏に感じられるこの場所でも人の数だけ幸せがあればそれよりも多く影も潜んでいる。目に見えるもの、見えないもの、手に取れるもの取れないもの、その中で人々は常に、自身の最善へと向かい歩みを止めない。

 時にそれは陰に踏み込むことも、いとわないという具合に。

 その深みにはまるような黒々しい陰に対処するのが都の――、ヤハトの国の護り手でもある、妖魔取締破魔役ようまとりしまりはまやくである。


 彼らは寺社じしゃ役預かりの局侍きょくじ――、つまり下部組織となる。

 帝が治める都の行政形態は八帥司はちすいしというものがあり、築事、地鎮、蔵持、寺社と四つの役所やくどころがありこれを四司ししと呼ぶ。

 そして官吏ではあるが一般大衆や常用で文官方と呼ぶことも多い。

 一方で、総令、計兵けいひょう、憲令、番刑、と呼ばれる役所は四帥しすいと呼ばれ武官方などと呼ばれている。

 外政に関してほとんど四帥が主で、国の軍事や治安維持を務めとしている。

 だがこと関して、妖魔妖獣の類になると総令の兵士ではなく、番刑の見廻り役でもなく、寺社の破魔役に白羽の矢が立つ。

 《寺社》とは主に教育、民生、宗教、祭事などを司る役所であり、国の歴史と共に重要な役割を果たし、妖魔に対するその関係性も深い繋がりをもっていた。


 この世界で人々に脅威となるものはいくつか存在する。その中でも代表的なのが妖魔、妖獣といった人間と性質が異なるだ。

 生体などはほとんど解ってない。ただ歴史上幾度となく人間に関わりそして人間と相対するように生きてきたもの、としか今のところ判断されていない。

 人を襲い、捕食し、さもそれが当然というようなふるまい方で生きている獣同然と言っていいが、獣とは毛色どころか何もかも違う。

 自身の欲望に忠実で、狡猾な生き物としか言い表せられないほどに。

 それ故、人々もまた妖魔に対して狡猾であらんとする姿勢が今現在に受け継がれている。

 それが破魔士はましと呼ばれる者達である。

 彼らの成り立ちには長い歴史がある。

 都がここまで築き上げられるのに三百年ほど、それ以前から人間と妖魔の戦いは続いているが、建国の父でもあるヤハト国の始皇、ヤマノオの祖先が勇敢に戦った歴史から始まっている。

 残された文献には《殺生なる石を用いて剣を模して魔を屠る》と記されている。

 そこから人間と妖魔の間に大きな変化が訪れた。

 なすすべなく捕食される人々が、対抗しうる術を得たことからその優劣を傾かせたのだった。

 それから人々の繁栄は進み、妖魔に対しての研究も深めていった。

 ――結果、得たのは妖魔、妖獣、人ならざる大きな力に対しての有効的な手段。

 一つが帝の始祖ヤマノオが記したと呼ばれる鉱石。

 そして誰もがそれまで気づけていなかったの二つだった。


 《妖力》とは何か、それは未だに定かではない。ただそれは人間の精神に呼応して力が発揮される、ということだけが知られていてその性質などは未だ謎が多い。

 ただ当時の研究に携わった第一人者が《妖魔のような恐ろしき不可解なる力》と記したことから転じている。

 今現在、その力を操る妖術師なる者は少なくはなく、より特異な存在だ。

 妖力はもともと人に備わっているもの、と考えられ人によっては得意不得意と別れてその力は存在すると伝えられている。

 つまりは誰しもが簡単に使用できる――、ものでもなかった。

 扱える者は妖魔に対しても有効ではあるが、簡単に扱えない者にとっては無用の長物――、とも言い難かった。

 その要因となるものがである。

 古ヤハト文字ではそれを《ヒイイロノカ》と記されていた。

 それから現代の言葉に翻訳され殺生鉱石という呼び名で定着していったのだ。

 殺生鉱石は鉄によく似た性質をもっているが、決定的に違うものは妖力に反応して妖魔に対する力を発揮するというものだった。

 鉱石自体は鉄と何ら見た目は変わらないが、妖力を通すことによって淡く青白い光を放つ、という点が特徴だ。

 さらに大きな違いは、鉄と比べて産出量がとても少ない。

 今現在ならなおさらのこと。

 有効的な手段を得た人々はその歴史上、幾度となく妖魔と戦い、そして殺生鉱石を採掘していった。数ある武具はその歴史とともに消え、いま現存する殺生鉱石だけで構成されたものは至宝として宮内宝物庫に厳重に保管されている。

 いま世に出回っている物はすべて、と称され鉄鉱石と殺生鉱石を製錬して作られていた。

 それでも、妖魔妖獣に対しては有効であり、宝物庫に所蔵されているものと遜色ないほどに技術は高まっていると言えた。

 だが、殺生鉱石の製錬と加工の難しさが今でも職人たちの頭を悩ませている。

 加えて殺生鉱石には寿命が存在し、鉄のように強度不足や経年劣化で錆びて痩せるというものではなく、妖力に頼れば頼るほど寿命が短くなる、というものだ。

 それがいつ訪れるかは定かではない。ゆえに不安定な代物ともいえた。

 これは鍛冶師の職人たちだけではなく、破魔士の頭も悩ませる問題でもあった。

 妖術師のように大きな力を持たないものにとって、この武器は必要不可欠だ。

 もちろん、現存する武具をもってすれば討つことも可能ではあるが、そういった達人は少ない。というよりは圧倒的に死亡率が高いため、生き残っている者が少ないといえば正しい。

 ゆえ、妖魔妖獣の厄事やくじに関わる者はすべて《殺生鉄》を織り交ぜたとされる得物を持ち合わせていた。

 その所持者の多くは妖術師や破魔士であり、国に仕え、人々の手助けをする目的を持った人間達だ。


 天前道へと、歩みを進めるヒュウジとタツタもその類の人種であった。



 都の中で十番町は一番の広さを保持している。面積は横に長く、招来道の大きな道幅が二つに割っている。人々らはその二つに割れる十番町を西十番、東十番と呼んでいる。

 どちらも居住する建物が多く、目立つのはずらっと並ぶ木造の長屋だ。

 どれも年季を感じさせ色褪せている。

 壁は染みや剥がれが目立ち、木枠は黒ずみ木板を組み合わせた屋根は、長年に渡り日差しを浴びた所為か分厚い先端が若干反っている。

 これらは《平長屋》とよばれ多くの庶民が暮らしていた。

 六畳一間一台ろくじょうひとまいちだい の間取りには多い家族で六人が住んでいる場合もある。

 狭いが店賃たなちんは他の番地と比べれば格安だ。

 といっても平長屋で暮らす人々の所得は少なく、日々の生活でさえ余裕があるとは言い難い。それでも長屋が建ち並ぶ場所はいつも活気に満ち溢れ、狭い長路を子供たちが元気に駆け回る。

 女たちは各場所に設けられた水場で洗濯をしながら談笑し、静かに内職をする男や忙しい足取りで荷を運ぶ者まで、皆表情は穏やかだ。


 ヒュウジとタツタは見分を終えた場所から長屋通りの入り組んだ道を進んでから、道幅の広い招来道へと出る。

 ギノキの指示通り、二人は《破魔屋》へと向かっていた。

 その間、眠たさを抑えながらヒュウジは両方の袖口を合わせながら、中で腕を組んで考えに耽っていた。

 ひと時、仮眠をとったのが救いだなと何度も頭に浮かばせながらも、自身とタツタの見分で得た情報を精査していた。

 もちろん絶対的自信があるわけではなかったからだ。

 何か見落としはないか、見誤って読み違えてはいないか、再確認しているようだった。

 どうも胸のつかえがとれないような感覚がいまだにある。原因は、現場に残された女の亡骸であろう、と自身でも理解していた。

 半魔ならまだしも、何故その女に手をかけたのかが解せないでいた。

 自身で見分した手前もあるが、それでもまず、というところが不可解でならない。

 それに草鞋わらじの跡、という点も気にはなってはいた。

 草鞋や草履ぞうりは今現在、誰でも身に着けているものではあるが、都の流行りなのか、今時ではばきとよばれる《革編み履》などが多い。

 動物の丈夫な革を鞣して細く割いたあと鋲打ちなどをして形成するものだ。

 他にも雪駄せったや下駄を愛用する者もいる。


 それのどこに気になる点があるのか、それは価格によるものだった。

 足袋たびと履き合わせる草履や草鞋は安価で誰でも手にできる。

 返って革編み履や雪駄と少し手の込んだ物はそれなりの値がするのだ。

 庶民が口を減らしてまで背伸びするには少々、不相応でもある。

 商いが順調な者達や本当の意味で懐に余裕がある者でなければ、おいそれとは気軽に手にできるものではない。

 もちろん多くの庶民が手にできないというわけでもない。それを履いている者だって目を凝らせば居るはずだ。

 だが、革編み履にはその人気となる利点があった。

 破魔士や武人達に愛用される確たる理由が。

 それは、ふんばりが利く、というものだった。

 藁で編んだものよりも、乾いた地面で滑りにくく足取りも軽くなる、と評判でもあった。加えて総令直下の兵や刑番見廻り役、師士しし指南役の剣術流派の門下が愛用していると広まれば、商人は職人を抱きかかえてでも品を揃えようとする。

 そうすることであっという間に都から地方へとその流行りが広まった。

 もちろん、破魔士の間でも人気は高く、妖魔取締破魔役のヒュウジ達も官給品として与えられている一つでもある。

 そこで疑問が過る。

 タツタが言った名人芸ともいえる使い手の武人が、果たして草鞋などを履くのだろうか、と。

 世の武人の多くは身なりに気を使い誇示する傾向がある。他より抜きん出て他より先んじるを旨に生きている者も少なくはない。

 武術に関して有益になるものはなんでも取り入れ、そして学んでゆく。

 気質であるのか、武人の多くは目立つ事を好む。それがより身分の高い家柄の出となればなおさら。

 だが身分に関係なく共通している認識は、武を学ぶ者にとって《足運び》はとても重要なことだと理解していることだ。

 だからこそこの逸品が、疫病のように人々に広まった要因ともいえる。


 現場には《踏み込み》と《堪え》たとされる草鞋の跡があった。

 予想するにそうとう摩耗していてもおかしくはない。

 それに相手は半分妖魔といえど人外だ。勝つ見込みがあったとしても、どれだけ長丁場になるかさえ予測はできない。にも拘らず丈夫な革編み履ではないことが、下手人たる者の人物像を複雑にしていく。

 妖術師でもなく、破魔士でもなく、武人でもない、誰か、に行き着いてしまう。

 さすがに町民の類ではないだろうと頭に浮かばせヒュウジは不敵に笑む。


 半魔を斬り伏せられるほどの腕前からして、ただの得物を使ったのではないことだけは確かだ。

 鋼の類であれば刃こぼれは必至。骨まで断つ芸当を見せたのだ、その破片などは肉片に食い込むか、地面に落ちていてもおかしくはない。

 となるとやはり《殺生鉄》が含まれる物で、妖魔に有効であると解っている者の仕業と断定するのが自然だ。

 考えれば考えるほど眉が曇る。


 空を仰げば青天白日。都を行き交う人々は穏やかで活力に満ちている。

 誰もが事情をしらずに日々を過ごしている風景が、どこかきな臭く感じた。

 それは危機感というものに欠けているのを感じ取ったからなのだろうか、ヒュウジはより一層、顔を顰めさせていた。

 

 陽の光を浴びて、人々についてまわる影は、よりいっそう黒く伸びて一見平穏を装う都を徘徊しているのであった。

 

 

 

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