1.2 見分、合わせ

     2 《見分、合わせ》


 ヒュウジはタツタから見分の首尾をあらかた訊いたのちに、頭の中で自分の見分内容とすり合わせた。

 町民たちの野次馬もようやく散っていったのか、小さな境内の敷地は静けさを取り戻していた。

 ある程度の広さがある境内ではあるが、随分前から人の手は加えられていない。

 その証拠に境内を囲む茂みは手入れもされておらず無造作に生い茂っている。

 石畳はくすみや苔が目立ち、落ち葉や小枝も目立つ。

 忘れ去られたのか打ち捨てられたのか、随分と年季を感じる。

 鳥居は丸太材を組んだ簡易的な作りで、藁のしめ縄は朽ち果て鳥居から垂れ下がりそこにあっただろう、という痕跡を残しているだけだ。

 腰の高さほどある石土台の小さな社は色せ枯葉の屑が積みあがっていた。

 路地裏に面して人目にもつきにくいこの場所は、すき好んで訪れる場所ではない。

 陽も傾けば一変してさらに陰気臭さを醸し出す。

 しかし、だからこそ人と会うには好都合な場所なのかもしれない。

 特に、の者であればなおさら。


 なるほどな、と呟いたあとでヒュウジは近くに落ちてあった手ごろな棒切れを手に取った。

 おもむろに歩き出し少し離れたところで棒を掲げて見せた。

 境内の低い鳥居のすぐ側で声を発する。

 「では、まずタツタの見分からます!」

 三人の視線はヒュウジを捉えている。ジンザはぼやくように言う。

 「まだ何も聞いておらぬぞ‥‥‥」

 ジンザの言葉をよそに、ヒュウジは語るような口調で話すと動き始めた。

 

 まずは――、と立ち位置を確かめてから次に視線を合わせる。

 正面の先には女の遺体があった。ゆっくりと動作しながらヒュウジは説明する。

 「ここに踏み込んだ跡があります」

 前に踏み込んだ右足をまっすぐ見下ろす。あえて痕跡とは少し位置をずらして立ち位置を変えているようだ。

 「草鞋の底がちぎれた屑がいくつかありました。まだ新しいので間違いないです。次にここへと――、」

 大股でぎこちなく二歩進んで立ち止まると、棒を突き立てるような構えをみせた。

 「ここで女を一突き」

 ジンザは制止するように言葉を出した。

 「まてまて、まさか踏み込んでからの飛び掛かりってことか?」

 はい、と頷いてヒュウジは地面を見やる。

 「ここに両足の跡があります。踏み込みと同じでかなりの力が加わったんでしょう。草履の底が剥がれた細かい屑が落ちてます」

 訝しく見るジンザに続けて答える。

 「突き刺したあと、ここで得物を振って血払いをしています」

 足元のすぐわきに腺を描くように血が点々とはしっている。

 ジンザは腕組をした。

 「なればそこから突き飛ばしたということか」

 「はい、そうなりますね。踏み込む勢いと突き刺した衝撃で女がね飛んだ、と仮定しています」

 確かにヒュウジの前には直線で結べるように女の亡骸が存在はする。が、さらにそこから大股で二歩半といった間隔がある。

 よろけて後退りするか、もしくはやはり手足を使って突き飛ばさない限りは常識的にその位置へ倒れ込むのは難しい。

 「四肢を使わず――、つばまで突きさし押し止ったところで衝撃により撥ね飛んだと推測します。タツタの言っていることが正しければ、妖力や妖魔の残滓が無いとなるとこれが一番考えられます、といってもこんな芸当が常人に――、いえ達人だとしてもこんな技の使い手はまずいないかと」

 うむ、とジンザは添えるように言う。

 「そのような技を使う流派はこの都に存在しないだろうな」

 厚い唇を親指でなぞると付け足す。

 「いや、そもそも俺はぁ見たことも聴いたこともない‥‥‥」

 訝しむのも理解はできる。たとえ大きく踏み込んで飛び掛かった一突きだとしても、ひと一人が簡単に撥ね飛ぶとは考えにくい。妖魔の仕業でもなく妖力を用いてないとなればなおさらのことだ。

 本来、もしそれが必殺の一撃として繰り出したのだとしても、踏ん張り方ひとつで前のめりになるか、大きく態勢を崩してしまうはずだ。うまく出来たとしても、人が押し飛ぶ衝撃だ。何かしらの痕跡があるはずだがヒュウジの足元にはそれらしいものは他に何も残されていない。タツタの見分からも判るように、傷口も綺麗だということは態勢も崩さずまっすぐと、造作もないという具合に突き刺したことになる。

 刃の軌道が傾くことなく、抜き去る際も捻じれることも無く、ただ真っ直ぐ。

 女も自分が刺されたことでさえ気づかずに絶命しているに違いない。

 これが、人であって人ならざるものの仕業、と現場から浮かび上がる不可解の一つでもあった。

 「ともあれ、タツタの見分通りならば遺体の不自然さは説明がつきます。あとは残りの二体ですが‥‥‥」

 と振り返り棒切れを構えてゆっくりとした動作を見せる。

 「どう見てもの類ですね。それも不完全な。ここからはどう動いた太刀筋なのか推測は難しいですが、まず左腕が無い者を初手として――、これはきっと相手から襲い掛かってきたのだと思われます。振りかぶったところを肩の付け根から両断してからの身を捻じって首筋、そして最後は心の臓を一突き。死因は出血死とみて間違いないかと」

 黙って聞いていたギノキは静かに問いかけた。

 「なぜそやつが初手だと判る?」

 ヒュウジはギノキに視線を合わせたあともう一つの遺体に近寄る。

 「このを仕留めたあと、使はここで立ち止まっています。その証拠に不自然に小さな血だまりができています。きっとこう――、立ち尽くしたかのように得物を下げていたのだと思われます」

 確かに、多くの血痕は走ったように尾をひいて地面に付着しているが、ヒュウジは不自然なほど綺麗に円を描くように残されたものを見逃さなかった。

 「‥‥‥血が滴ったあと、か」

 「はい。青黒い血痕からすると半魔のものかと。そしてこれほど静止できるということは事が済んだあとか、間合いを見極める睨み合いの最中、この二つ」

 ギノキは言葉を添える。

 「滴った血痕に乱れがないということは、前者が濃厚」

 「はい。脅威を残したままさすがに得物は下げないでしょう。それに、この位置からすると仕留めたあと見下ろすように立っていた、というのが正解かもしれません」

 ほう、と目を見張るような頷きを見せるギノキ。

 「加えて察するに、得物は刀剣の類、鍔付きであることから小刀のような匕首あいくちではない。ですが間合いとその太刀筋、正確な刺し傷からすると長物でもない。地面との高さを考えて、得物を下げたときの滴った血の広がりをみても、一尺半ばか二尺ほどの長さ。そして傷の幅から推察するにそれに近い得物は――、」

 ヒュウジは唾を飲み込む。そして腰に手を伸ばした。

 「のものかと」

 突き出すように自身の得物を握りしめて見せた。

 ジンザはすぐさま目を見張った。

 「似たようなものはある。ちとではないか?」

 ギノキも同じ思いではあったが、愛弟子の言い分も理解していた。

 「模造もある、我々が知らぬ類なのかもしれぬ。だがジンザよ。例え半魔といえど、あのような異形の堅い皮膚を、妖力無しでおぬしは一太刀で斬れるか?」

 眉間にしわを寄せジンザは押し黙る。

 「我々が携えるでしか容易にはいくまい。可能であってもひとたび、得物は使い物にならなくなる」

 「確かに、ダンナの言う通りだ‥‥‥」

 ギノキはヒュウジに顔を向けぴしゃりと言い放つ。

 「まとめろ」

 静かにうなずくヒュウジ。そして淡々と答えた。


 解っていることはまず、三体の遺体は顔見知りであったこと、その証拠に女の遺体に乱れはない。妖魔や妖獣の類であれば亡骸は貪られているか一部持ち去られていてもおかしくはないということ。半魔の仕業だとしても同じだ。しかしながらその二体も骸と化している。

 手にかけた者は半魔を切り伏せられるほどの使い手ということ。その者の身体能力がずば抜けているということ。

 そして半魔でもない女を手をかけるほどの理由と、憎しみを抱いているのではないかということ。

 「妖魔、半魔ならまだしも、常人を手にかければは重罪です。下手人は半魔もろともという具合で女を手にかけています。それも真っ先に。そこから察するに何か理由があるとしか思えません」

 確かに、とギノキは言う。

 「破魔士はましなら尚の事、掟を破ることになる。我々とてそれは同じ、を斬ることは重罪だ」

 タツタは思い出したかのように小さく呟いてみせた。

 「・・・・・・

 四人はしばし沈黙を守った。

 役人でもある彼らは十分に理解していた。自分達の本分というものを。

 だからこそ掟を破る行為に嫌悪している部分もある。特にジンザはそれを誰よりも感じていた。

 法と掟、その両方の禁を破るという行為は重罪である。

 人の生活を脅かす妖魔同様、見逃していいものではない。

 そして何より懸念すべきは、妖魔を討たんとする同志が、くだんに関わっているということだろう。

 ヒュウジは沈黙を破って話を切り出した。

 「それと――、こんなものが半魔の周辺に落ちていました」

 袖口から取り出したそれは長方形の細長い箱だった。

 蓋の両脇にある糊付けされた紙の封は解かれている。

 どこか上品な作りの桐箱は落としたような小さな傷があった。

 「蓋は取れていた状態でしたが、中身はそのままでした」

 と差し出すように皆に向けると細長い蓋をゆっくりと開けた。

 ジンザが眉を顰める。

 「なんだこりゃあ、菓子か?」

 箱の中身は白い四角いものがぴっちりと並べられていた。

 小分けされているそれは二つだけ無くなっている。

 訝しく覗き込むなかで唯一声をあげたのはタツタだった。

 「角まんじゅう!」

 張り上げた声に驚き皆一様にタツタの顔を見た。

 箱の中身に釘付けになっているタツタの瞳はどこか輝いて見えた。

 ジンザは問いかける。

 「‥‥‥なんだそれは」

 我に返ったかのようにタツタは口元を抑えて頬を赤らめた。

 「あの、その、笑福屋の――、」

 察してギノキは添えるように訊ねた。

 「七福通りのか?」

 「はい! そうです! 七番町にある笑福屋の角まんじゅうです!」

 どこか活き活きと応えるタツタをみてヒュウジは目を細めた。

 「タツタ、詳しいんだな‥‥‥」

 首を縮めるように肩をすくませるとタツタはさらに頬を赤くした。

 「だって、有名ですよ! すごく美味しくて高いものだって! 食べたことは一度もありませんが‥‥‥」

 ジンザはさらに迫るようにに訊く。

 「なぜ食べたこともないのにそれだと判る」

 顔を俯かせ小さく呟くようにタツタは答えた。

 「どんなものか、気になって、それで、その」

 言葉を詰まらせるタツタにヒュウジが代わりに、という具合に言う。

 「軒先まで観にいったということか、まんじゅうを……」

 俯きながら小さくうなずきタツタは両手で顔を抑えた。

 ため息をつくヒュウジとジンザ。

 ギノキはやれやれといった具合に短く息を吐き、たんが絡むような咳ばらいをしたあとで気を取り直して告げた。

 

 「二人とも良い読みだった。あとは検屍けんしの結果をもってお前たちの読み通りか確かめる。今のところ収穫は上々だ。この場は我々に任せてお前たちにはこのまま調べに移ってもらう」

 タツタは僅かに首を傾げた。

 「まず《ハマヤ》に赴き、都に出入りしている破魔士を調べて我々と同様かもしくは近しいの使い手を探し出せ。小さな手がかりでも構わん」

 それからヒュウジが手に持つ桐箱を指さす。

 「次いで七番町の笑福屋を尋ねよ。その角まんじゅうを買った者を聞き出せ。高価な物だ。誰も彼も手にできる代物じゃあない。女の手掛かりにもなるはずだ」


 背筋を伸ばし、はい、と覇気のある返事をする二人を見てから、ギノキは口端に小さく笑みを浮かべた。

 「お前たちはもう一人前と言っていい。見分役として務めをまっとうしろ」

 ぽん、とヒュウジとタツタの肩に触れると踵を返し歩き始めた。

 どこか安堵したような表情を浮かべ二人は顔を見合わせた。

 認められた所為か、どこか嬉しさが浮かぶ。

 が、ヒュウジは我に返り思い出したかのようにギノキの背中に投げかけた。

 「おやっさん、俺、宿直明けなんですが‥‥‥」

 ギノキは聞こえていないのかそのまますたすたと歩を進めてゆく。

 ジンザはヒュウジの背に回り込んで言う。

 「がんばれよ、

 告げるように言うと背中の中心を掌で叩いた。

 去り際、ジンザの横顔はどこか憎たらしいほどの笑みが浮かんでいた。

 どっと疲れが圧し掛かったようにヒュウジは両肩を落とした。

 疲れが瞼にじわじわと広がり、目がしばしばとしているなか、タツタだけはどこか颯爽さっそうとした表情でいることがヒュウジにとって恨めしかった。



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