第15話 第一の試練『宝探し』――⑫
炎の海の――潮が、引いていく。
機械竜のブレスの炎は、残り火もなく綺麗に消火されていった。
ここが密閉された閉鎖空間である以上(入口を塞いだのは俺だが、出入り口が一つで高所にある以上、足元に広がった炎の逃げ場がないという意味では同じだ)、こうして一定時間で消失しなければ、たった一度のブレスでここは炎の海で在り続けることになる。
そうなると、試練の難易度として不適切と教師側が判断した上で、毎回きちんと消火される設定にしたのだろう。
本当にゲームのようだ。
つまりこれは、ブレス後のタイミングがドラゴンの『隙』であると、ゲームマスター側である教師側――学校側が、プレイヤーである生徒たちに分かりやすく指導してくださっているということに他ならない。
ほら、今がチャンスだと。
ご丁寧なこった。教師らしく、大人らしく、上から目線で大変よろしい。
なら、有り難く頂戴させていただこう。
さぁ――攻略の時間だ。
「いくぞヴァーグナー!! 反撃の狼煙を上げろ!!」
俺の『合図』と共に、「――くそっ! やればいいんだろ、やればッッ!!」と、穴の奥から俺の横にまで飛び出してきたヴァーグナーは、その
「黒く染まれ! 昏く輝け! 全てを暗黒に引きずり込め!! ――『黒煙の暗幕(ブラック・アウト)』!!」
少年の怯えを包み隠すように、一度は赤く染まった空間を塗り替えるように――横穴から黒い煙が吹き出した。
「――――っ!」
「ハッ。今度はどんな出し物だ?」
セルとシュバルツはすぐに
ヴァーグナーの黒煙は、速度だけならば機械竜の
――『煙』。……それが、俺の『魔法』だ。
少年は、顔を背け、どこか恥ずべき秘密を打ち明けるようにそう言った。
だが、恥ずべき所など何処にもない。
確かに、十三才の、未だどこか自分にヒーロー像を求める思春期の少年としては、火や水や、それこそライトヘイムのような雷と比べるとかっこ悪いと感じてしまうような魔法性質かもしれないが――俺から言わせれば、ヴァーグナーの煙は実に有用だ。
この『竜の巣』までの
「――っ! 吸い込むな、呼吸を止めろ! 毒かもしれん!」
ボス狼くんの鋭い指示が飛ぶが、無駄だ。
確かにヴァーグナーはそんな『毒煙』も放てるのかもしれないが(もしそうなら本当にヤバい。現時点で既に胸を張って『兵器』になれる男だ)、この『黒煙』には毒性はない。だが、別の効果はたっぷりと含まれている。
その効果とは――気配遮断。
姿形は勿論、対象の魔力反応すら感知不能とするという見事な代物。それは世界最高の魔法一族の寵児たるセルや、視認すら可能という規格外の魔力量を誇る陽菜すら例外ではない。
隠密という点に関しては凄まじいの一言に尽きる、ドラゴンの目すら欺く一級品だ。ただのクソ生意気な噛ませ犬少年じゃないんだよ、どうだい
俺は、とうとう術者本人であるアイツ自身も黒煙に取り込まれていく最中、奴に最後の指示を飛ばす。
「いいぞ。そのままどんどん『黒煙』の放出を続けろ」
「――ああ! だけど注意しろよ。さっきも言った通り、この『黒煙』は姿形や魔力は隠せても――」
それ以上の言葉を、奴は発さなかった。
黒煙によって完全に空間全体が漆黒に覆われる。毒性はないと分かっていても、口を開く度に黒い煙が体内に侵入してくる感じで不快ではあった。
だが、ヴァーグナーが言葉を止めたのは、それが理由ではない。
この黒煙は、気配と姿形と魔力は消せても――音や声までは消すことは出来ないからだ。
それが弱点だと、ヴァーグナーは事前に俺へ伝えていた。
しかし、それを聞いて、俺は思わず笑みを浮かべるのを我慢できなかった。
俺の考えるショープランとしては、そちらの方が好都合だからだ。
故に、その弱点も加味した上で作成した、これから先のタイムスケジュールを、他の出演者にはしっかりと伝えてある。
別にヴァーグナーをハブったわけじゃないが、アイツの出番は黒煙で空間を満たした所で終わりだからな。
せっかくのクライマックスショーだ。
全員に見せ場を用意するのが、腕のいい脚本家というものだろう。
コツン、と。
足音だけが聞こえる。
次の主役が、俺の横を通り過ぎたようだ。
ガシャン、と、銃弾を装填する音。
ああ、そうだ。せっかくのショーなんだから。
号砲は、ド派手な方がいい。
「ハッ――そこかぁッ!」
「動くな、ヴェルグ!」
洞窟の中に残響する――猟銃の銃声。
せっかく姿を隠したにも関わらず、自ら視界を完全に無くした上で、俺はここだと知らせるような愚行。
しかも、その銃弾が、絶対に誰にも当たらない――天井へと向かって放たれているのだから、確かに意味が分からない行動だろう。
「なぁに、企んでやがんだぁ? 鳥公共?」
安心しろよ、王様。
今のはお前らに向けて放った攻撃じゃねぇ。あくまでショーの開始の合図に過ぎない。
さぁ――次の主役の登場だぜ、観衆。
テンション上げろよ――推しの登場だぜ、お兄様。
「行くぞ――」
「――――ええ!」
俺の身体を勢いよく浮遊感が包み込む。
呟くように詠唱を唱えていた少女は、俺が箒に乗った感触を合図に――その魔法を発動させた。
「――――天の怒りを、我が身に。『
すげぇな。この黒煙は、あの凄まじい雷光すらも完全に覆い隠すのか。
だが――分かる。後ろに乗る俺すらも包み込むように、あの黄緑色の光輝が、俺の前にいる少女から放たれているのは。
「言っておくけど、長くは持たないわよ! もう魔力なんか殆ど残ってないんだから!」
「ああ、分かってるよ」
まるで天に引っ張られるように、フィア・ライトヘイムは俺を乗せた箒で黒煙が充満した洞窟内を飛行する。本人の言う通り魔力不足なのか、流石にドラゴン戦の時のような速度ではないが、やはり十分だ。ここで欲しかったのは、雷光でも、雷速でもなく――バチバチと響く、この雷音なんだから。
それだけで、お前は黙っていられない筈だ。
絶対に、お前はこの光輝く『
だろ? ――世界一のエリートお兄様。
「――――ッッ!!」
空間が破裂したかのような――雷轟があった。
周囲に充満する黒煙も相まって、まるで黒く渦巻く雷雲の中から突如として現れたかのようだった。
セル・アルヴ・ライトヘイム。
世界で最も雷に愛された少年は、翡翠の稲妻を纏いながら、一瞬で俺たちの行方を遮るように立ち塞がる。
「それを――その『
妖精のように人間離れに整った美貌が――鬼の如く醜悪に歪む。
「…………っ!」
ここが、コイツの冷静さを奪う
プランを立てた俺ですらちょっとちびりそうなのだ。
それを真正面から、至近距離で、確実にトラウマであろう心の傷を抉られている少女の痛みは、果たしてどれほどのものなのか。
ごめんな。鬼畜なプランを立てて。お前のお兄様がここまで鬼畜だとは思わなかったんだよ。
だけど――だからこそ、ここなんだと。
俺は、激オコお兄ちゃんに目晦ましたる術符を飛ばして。
「――っく!?」
その隙に――前にいるフィアを、己の元へぐっと引き寄せた。
「――――ッ!」
震えていた身体を強張らせるフィアに構わず、俺は怪訝そうに鬼の形相のまま眉根を寄せるセルに言った。
「過保護なお兄ちゃんは、思春期の妹には疎まれるだけだぜ――シスコン野郎」
過保護極まるうえのきょうだいに悩まされる俺が言うんだから間違いない。
怒れる妖精鬼をムカつく顔でそう煽りながら、俺は己の元に引き寄せたフィアの肩を強く握る。
う、と呻くフィアに、無言で促す。
言ってやれ――と。
いい加減、テメェも兄離れの時だ。ブラコンを卒業しろ。
ここで何も出来ず、また俯いて目を逸らし――逃げてしまえば。
お前は一生、この翡翠を直視出来なくなる。
お前も――お前にも。
例え誰かに、世界そのものに否定されたとしても、それでも何としても実現させたい――夢が、あるんだろう。
「……ごめんなさい、兄さん」
フィアは、俺に肩を強く握られながらも――ぐっと、俺から身を離し、乗り出して。
妖精が如き鬼に、鬼が如き兄に、たっぷりと恐れおののきながら――それでも、真っ直ぐに立ち向かう。
「私は――憧れの人に追いつくために!! あの人のような魔法使いになるために! この魔法学校に来たの!!」
そう言ってフィアは、己を更に強く――黄緑色に輝かせて。
贋作の雷光に身を包ませて、堂々と、兄に向かって、きっと生まれて初めて反抗した。
「だからまだ私はあの場所に――『里』に帰るわけにはいかない! あんな私に――戻りたくないの!!」
フィア・ライトヘイムの、これまで臆し逃げるばかりだった妹の、明確なる――拒絶に。
「――――お前は…………どこまで……愚かなのだッッ!!」
翡翠の化身と成り果てた、神の怒りたる雷そのものであるかのような――世界に選ばれた天才児は。
その雷の刃を振り上げて、迸る激昂と共に――
「何度言えば分かるッッ!! 俺はッッ!! その『雷』は!! お前に!! 相応しくないって言ってんだよッッ!! フィアッッ!!!」
真っ直ぐに、己めがけて振り下ろされる刃に。
「――――――ッ!」
そして、真っ直ぐに――己へ向けて、放たれる言葉に。
瞠目するフィアの。こんな兄は初めて見たと、初めて聞いたと言わんばかりに硬直していたフィアの――肩に、再び手を乗せて。
そこに貼っていた術符に魔力を流しながら、俺は小さく囁く。
「――よく言った」
よくぞ言った。よくぞ頑張った。これでお前は――始められる。
だから――。
「――後は、任せろ」
そう言って俺は――フィアをこの場から転送させる。
「な――」
雷の刃を振り降ろすセルが驚愕する。
なんてことはない。いつも通り――ただの小細工だ。
無言術式での『守隠し』でも、この術符ならば、人間同士の座標を入れ替えることくらいは出来る。
無論、好き勝手に無条件で出来るわけじゃない。
予め――『
だが、幸いにも、この場にそんな事前準備を施した、こんなこともあろうかと、あらかじめ術符を貼っておいた――伏線を張っておいた、うってつけの人身御供がいた。
「
そんなわけで、フィアが姿を消した一瞬後――入れ替わるように、振り下ろされる雷の刃の真下に現れたのは、我らがキングたるジークくんであった。
「は――?」
ジーク・シュバルツは、突然の状況に流石に困惑していたが、何はともあれ――反射的に、それに対処してみせたのは流石だった。
あるいは、そういう魔法なのかもしれないけれど。
「くっ――――ハッ!」
苦悶に表情を歪めたと思ったら、すぐさま唾を散らすように笑ってみせるジーク。
それは、自身が巻き込まれた
「なるほど――それがお前の魔法か」
セル・アルヴ・ライトヘイムが放った、殺意満点の雷の刃は――受け止められていた。
ジーク・シュバルツの背後に開いた『空間の穴』から飛び出している、謎の一本の『腕』によって。
それは肉も皮もない、骨だけが剥き出しの右腕だった。
世界の理を壊すように、不気味にぽっかりと開けた『空間の穴』から、『腕』と共に漏れ出す瘴気は、黒煙の中でも分かるような禍々しい漆黒で。
その『腕』の正体は分からずとも、それが『よくないもの』であることは、火を見るより、闇を見るよりも明らかだった。
一体、どんな外法でもって手懐けたのやら――俺がそんな言葉を口にするよりも前に、ジークは「ハッ――」と、その額に汗を流しながらも、笑う。
「あの握手の時か……ッ! 何かしらの小細工を施したのは――悲しいぜ! 俺はお前と友情を結べたと思ったんだがなッ! ジャパニーズ陰陽師!」
「もちろんだよ、ドラゴンキング。だからこそ、お互いに毒を塗った手を、心からの笑顔を浮かべて交わしたんじゃねぇか」
それが友情じゃなくてなんだよと、俺は言う。
毒を仕込み合うのは織り込み済――それでいて、それがwin-winになると踏んでの『
俺は約束を守る男だ。例え、厨二病の野郎が相手のそれでもな。
「ぶちかましたかったんだろう? 敗北は恐れなくても――それはそれとして、ムカつくもんはムカつくもんなぁ?」
俺の言葉に、今度こそ――「――ハッ!」と、ジークは、楽しそうに笑い。
「分かってんじゃねぇか。持つべきものは親友だな――ベストフレンドぉ!!」
いつの間にか俺のことをベストフレンドに格上げしたジークは、ゴチリィッと、強く、強く、固めた拳を振り上げる。
その先にいるのは、誰あろう――世界で最も魔法の才に溢れた一族きっての天才児。
「ば、かなっ――!? 何故だ――何故、魔法が使えないッ!?」
セルは振り降ろした雷の刃を、未だに、その謎の『腕』に掴まれたままだった。
無論、セルというプライドの塊が、何もせずにそんな屈辱に甘んじていたわけではないだろう。むしろ、そのご自慢の雷で、謎の『腕』を謎なままに、吹き飛ばして迷宮入りさせようとしていたかもしれない。
だが――出来なかった。セル・アルヴ・ライトヘイムの『雷』は、その謎の『腕』に敵わなかった、というわけではない。
そもそも『雷』は発動しなかった。
世界で最も貴き一族の魔法が、発動すら出来なかった。
「――ふっ。ライトヘイムの『雷』も、どうやら『
正確には、魔法を発動出来ていないわけではない。
セルが掴まれたのは、身体ではなくて、その手に作り出していた『刃』だ。だが、我を失うほどに激昂していたセルは、既にライトヘイムの極地たる『雷化』を案の定会得していて、体得していて、それを無意識に発動していた。
故に、刃と己の体が『雷』として一体化していて――その状態のまま、『固定』されている。
魔法を発動できないのではなく、魔法をキャンセルすることが出来ない。
実体なき『雷』を掴み上げたその腕は、逃がすことなく、『雷』の性質ごと、その魔法を『捕食』し続けている。
「そう――つまり、今のお前は、俺でも殴れるただのピカピカ野郎というわけだ」
「な――や、やめ」
「悪いな――
ここで初めて、勝利しか知らないであろうセル・アルヴ・ライトヘイムという天才の顔に――怯えが生じる。
対して、これまでずっと敗北に溺れ続けてきたという、泥だらけの負け犬は。
竜の王を目指すと、そんな野望を抱えて魔法学校にまで辿り着いた――負けず嫌いの少年は。
笑みを消し、その表情に――確かな、世界への怒りを押し出して。
拳を――振るう。
「やられっぱなしは――趣味じゃねぇんだよッッ!!!」
雷と化していたセルに――その拳は、突き刺さった。
傷一つない美しい少年のどてっ腹に、謎の『腕』ではない、何度も土を握り締めてきたであろう、傷だらけの少年の小さな拳がクリーンヒットする。
そして、そのまま、セルとジークは黒煙の中に落ちていった。
黒い闇の中に呑み込まれていった、白き狼の長と、黒き竜の王。
これで後は仕上げをするのみ――と、そう考えて上を向いた時。
「清き風よ! 邪悪なる闇を祓え! 『
聞きなじみのない少女の声と共に、暴風が巻き起こり――黒煙が大きく渦を巻く。
そして、力強く闇を掻き回した風は――まるで台風一過のように、そのまま黒い煙を綺麗さっぱり吹き飛ばしてみせた。
術者の少女は――白銀狼の紋章を身に付けた、これまでただセルに守られるだけだった生徒で。
「――セル様!!」
黒い闇を祓い飛ばし――露わになった、強烈な拳を受けて正しく落雷のように凄まじい勢いで堕ちて来る、己らをずっと守護り続けた長の元へと走り出す少女。
決して間に合わないと分かっているのに、それでも必死に――彼女は一歩を前に出した。
「それが受け止めるのは世界そのもの。万物を巻き込む奔流を塞き止めろ。――『
そして、黒煙が晴れるのとほぼ同時に――黒い竜の群れからも魔法が放たれる。
小柄な眼鏡の少年が、セルと、そしてジークの落下地点へと敷き詰めたのは――巨大なシャボン玉だった。
それは白銀狼の少女が生み出した風の流れに捕まり、まるで上昇気流に乗ったかののように――セルとジークに激突する。
そして、その巨大なシャボンの中に取り込まれた二人の――落下が、止まった。
「――――?」
「…………」
いや、止まっているわけではない。
しかし、その落下は、まるでふわふわと宙を泳ぐシャボン玉の浮遊のように、緩やかになっている。
驚愕するセルのそれと、呆れたようにするジークの、その表情や口の動きから察するに――シャボン玉の内部の時の流れを遅くする魔法か。
「あ! すすすすすすすいません! そうですよね、敵まで助ける必要ないですよね!! ごごごごめんなさい僕まだそんな細かいコントロールできなくてでも助けなきゃなんとかしなきゃって必死ですいませんすいませんすいません!!」
ジークの表情から己のやらかしを察したのか、滅茶苦茶ペコペコと謝る黒銅竜の小柄眼鏡くん。だが、ジークはそんな風にペラペラと己の魔法事情を晒す方がご立腹だと思うぞ。
いやはや、しかし――やってくれる。
今回の作戦の根幹たる『黒煙』を、この密閉空間の大気で以て完全に掻き消すほどの風魔法を操る
そして、その制御や操作は未熟のようだが、小規模ながら時を操るなんて激レア能力を持つ
こんな試練のタイムリミットギリギリまで当落線上にいるような、いわゆる落ちこぼれですら、これほどの才能を持っている。
流石は魔法学校。
曲がりなりにも、その門戸を叩き、中に入ることを許された――世界でたった三百個の席を獲得した者たちだ。
この世界に――モブキャラなどいない、か。
さて、どうするか。
黒煙は祓われた。そして、今、俺は――機械竜にとってベストポジションにいる。
「―——GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
フィアを転送させたことで、俺は今、頼りになる烏たちに宙吊りにしてもらっている状態だ。
ジークとセルも墜落した今、俺は黒煙も晴れたことで、見晴らしのいい洞窟の宙空に、たったひとり——文字通り、機械竜の目と鼻の先にいる。まるでパン食い競争のパンが如しだ。
「——危ない! 愛樹! 逃げてッ!!」
ジークとポジションを入れ替えたので、いつの間にか黒銅竜エリア―—つまりは半裸のパンイチ野獣少年と小柄眼鏡少年と寄り添うように固まっていた中に無造作に放り込んでしまったフィアが(マジごめん)、逃げ回りながらそれでも俺に向かってそんな風に叫んでくれる。ホントいい子。これからはもっと優しくしてあげよう。
だが、彼女の忠告に従って逃げることは出来ない。
唐突な黒煙攻撃を受けて、機械竜はかなり警戒ゲージを上げていたらしい。
黒煙が晴れた今、すぐさま大技が放てるように――既に
「……なんだ、アレは――?」
「
レオンとエヴァの言う通り、どうやら機械竜さんは炎を吐くことに飽きたらしい。口腔内に
ブレスはブレスでも――
まぁ、どっちにせよ――絶体絶命には、変わりないが。
「何してる! 早く逃げろ!」
レオンはそう言ってくれるが、彼もエヴァも、テンションマックスの野獣から
初めて放たれるであろうビーム攻撃の規模が分からない為に、白銀狼も黒銅竜も、己らのリーダーを避難させることに躍起になっている。
そして――陽菜もまた。
俺が与えたヴァーグナーたちを守れという指示を忠実に守るべく、何も手出しをせず、ただこちらを――真摯に見詰めるばかりで。
その瞳には、一かけらの不安もなく―—こちらの身を潰すような、重い、重い、信頼だけが詰まっていて。
「——――ったく、こえーな。うちの
ビームで貫かれる前に死んでしまいそうだ。
だが、だからこそ――俺は、逃げられない。
俺が逃げて、洞穴の外でのフィア対ドラゴンの追いかけっこのように逃げ回って――この『竜の巣』全体に振り撒かれるようにビームを掃射されたら、それこそ大惨事。全滅の危機だ。
故に、俺がやるべきことは――と。
フィアやレオンの絶叫、エヴァや陽菜の視線を、その身に受けながら。
限界までチャージが完了し、今、正に――機械の竜の口から光線が放たれる、そのタイミングで。
俺は、黒煙の中でも何度か使用した――このショータイムの前に、陽菜から返却された、その『黒い術符』に魔力を流して。
【――――】
俺の――
そして、俺の身体を――目を潰す程に眩い、翡翠の雷光が包み込む。
「え―――?」
何処かで、少女の呆ける声が聞こえて。
「な――――」
何処かで、少年の絶句する息遣いが聞こえる。
それもその筈だ。
これは、正真正銘――『ライトヘイムの雷』であり、その極地たる『雷化』の魔法。
その――『
まぁ、正確には、贋作ですらない――『模倣』なのだが。
しかし、その効果は折り紙付き。しっかりと忠実に再現している。原作リスペクトは欠かさないさ。こちらはお借りしている身だからね。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
機械竜が大きく仰け反る。
まるで、太陽を至近距離で直視してしまったかのように。
別に雷を至近距離から浴びせたわけではない。
ここで俺が利用したのは、雷撃でも、雷音でもない――雷光だ。
俺はレオンのような専門家ではないが、ここまでの試練で何体もの
そこで、何より俺が注目したのは――その変態的なまでの『再現度』の高さだった。原作リスペクト度ともいう。
そのいかにもメカメカしい外見を除けば、魔法機械生物は余りにも生物的だった。
挙動も、戦闘も、まるで病的な拘りが如く、生物よりも生物であろうとしていると――本物よりも本物らしくしようとしていると踏んだ。正しく『贋作師』のように。
俺には分かった。そういうのには詳しいんだ、俺。
他の誰でもない――俺には伝わる、そんな想いが、そんな
だから――こそ。
本来には機械には必要ないかもしれないけれど、間違いなく、生物として、例えドラゴンだとしても、それは再現されている筈だと、俺は賭けた。
コイツを作った、コイツを生み出した――何某かは。
必ず、そんな機能を、コイツに施しているだろうと。
「そりゃあ……暗い空間に慣れた視力に、いきなりこんな閃光を間近で浴びせられたらそうなるよな」
至近距離から許容以上の光量をダイレクトで喰らったら――例えドラゴンでも、目が眩むだろう。
うっすらと魔力光を放つ財宝や鉱石が僅かにあるとはいえ、薄暗いといっていい洞窟内で一日中待機していた上、黒煙で一度、完全に視界を暗闇に慣らされた直後だ。
「――眩しいだろう。目が潰れるほどに。……よーく分かるぜ。痛いほどにな」
俺も、ずっとそうだったからな。
鮮烈なる光に、強烈なる力に、俺はずっと――その目を潰され続けてきた。
だって、目が離せなかったんだ。
それでもずっと見ていたいと、そう思ってしまうくらい――余りにも眩く、綺麗だったから。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAASSSSSS!!」
目を潰された機械竜は、それでもまるで縋りつくように、天を仰いだままビームを放つ。
だが、それは雷に溶けたままの俺には当たらない。
三羽の烏は、華麗に光線を躱しながら――この空間で最も高い場所へ。
天へと繋がる、天井へと、俺をいつも通り導いてくれる。
「よかったよかった。ビームがもしかしたら当たるかもとも思ったが」
流石に視界を潰された中でのぐちゃぐちゃ軌道ビームで焼かれるとは思わないが、可能性はゼロじゃなかったからな。ゼロじゃないならそれを普通に引き当てかねないのが俺だ。
やっぱりガンマンの腕がいいんだろうな。
注文通り、ドンピシャの座標だぜ――レオン。
「いい仕事だ。持つべきものは、やはり使えるクラスメイトだぜ」
そう呟きながら俺は、烏というよりは蝙蝠のように、天井裏に逆さまに着地し。
号砲として放ってもらったレオンの銃弾に巻いていたことで、天井裏に銃弾に縫い留められていた――『黒い術符』に。
最後の仕上げと――魔力を流す。
「さぁ、ここだ。しっかり狙え。メカドラゴン」
ようやく視力が戻ったのか、機械竜は天井裏に張り付く俺を見付ける。
俺は挑発するように、これ見よがしに雷光をチカチカと瞬かせ――黒い術符に翡翠の雷の槍を叩きつけた。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
そして、機械竜が再び――俺に向かって、特大の
俺は『雷化』で瞬間移動しながら、去り際に――黒い術符を、爆発させた。
「―――【
雷撃の槍で抉り込んだ所に、黒い術符の爆発と――ダメ押しとして、機械竜の光線が重なり。
「な、なんだ――――ッ!?」
密閉空間たる――『竜の巣』は、崩壊する。
大きな揺れと共に、遂に、洞穴の天井に『穴』が開いた。
空間の穴ではなく、物理的な穴。
岩盤が崩壊し、外界と繋がるトンネルが開通したのだ。
そこから覗くのは、既に血のような赤色の夕陽が沈みかけ、黒い夜へと変わり始めている空。
太陽は君臨していない。
だが、そんな太陽の代わりを務めるように――白く燃える存在が、真っ直ぐにこちらを見下ろしていた。
「――――ペガ、サス……」
そう、ペガサス。
白く大きな両翼を広げて、全身を白炎で包み込んだ白馬が。
本来の巣の主たるドラゴンを押し退けるようにして、まるで天の遣いが如く――物語の行末を見守っている。
ああ――長く待たせた。
脇役の仕事はここまでだ。お膳立ては済ませたぜ。
ようやく出番だ。
美味しい所、全部持ってけ――――
「陽菜ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
偽りの魔法が――夢のような魔法が解けて。
翡翠の雷が消失し、逃げるように日陰に戻りながら叫ぶ俺に。
「――――任せて」
陽菜は、ただ一言、そう告げて。
俺の方など見向きもせずに、当然のように――前を、上だけ向いて。
ああ――それでいい。
そんなお前がいい。
だからこそ、俺は魔法のような――夢を見ていられる。
「――――来て。『天空』」
白い炎の
少女の尊大な言の葉に、式神は――十二神将『天空』は、忠実にその命に従い。
燃え盛る火の玉と化して、真っ直ぐに飛来する――白き流星となって。
機械仕掛けの竜に――着弾する。
そして、『竜の巣』は――再び火の海となった。
機械の竜は、白い火の海で断末魔を上げ――溶けるように、消えて行った。
『
こうして、第一の試練『宝探し』の全ての戦いが終わり。
そして――本当の『試練』が始まる。
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