第14話 第一の試練『宝探し』――⑪


 魔法を使う全ての生物は――体内に魔力を生成する機関を備えている。


 その形や性能は種族によって様々だが、御伽噺に登場するような伝説的存在――神話ファンタジー種ともなれば、その出力たるや冗談抜きで容易く世界のバランスを揺るがしかねないものだ。


 魔法を科学の上位互換とするのならば――正に、核兵器級の存在であるのが神話ファンタジー種であり、魔法学校の『卒業生』であったりするのだが。


 そんな神話ファンタジー種に君臨するドラゴンの魔力生成機関は、通称『龍核』とされる極大の宝玉だ。


 ドラゴンの体内に存在する『龍核』は、この世界で最も魔力生成能力が高い物質であるといわれている。『龍核』によって、無尽蔵に供給される莫大なる魔力こそが、ドラゴンを世界最強生物として君臨させている最大の要因であるといっていい。


 そんなドラゴンの必殺技こそが――『ブレス』である。


 ドラゴンさんの最大のセールスポイントである、規格外の魔力生成機関『龍核』――そんな『龍核』で生成されたての魔力を、ダイレクトに物理的破壊力へと変換させて吐き出す、ただそれだけの必殺技フィニッシュブロー


 その威力は、ただ吐き出すだけで全てを破壊する――チートであり。


 そんなチート技を、このラスボス機械竜さんも、当然のように再現可能だったってわけだ。

 

 だが、そこは常識を何処かに忘れてきたことでお馴染みの魔法学校といえど、最低限度の模範解答として――いわゆる攻略の隙を、我々生徒に用意してくれていた。


 このラスボス機械竜は、その必殺技たるブレスを発動する前に、あからさまな予備動作チャージ時間が設定されていた。

 今から大技を打つからお前ら対処しろよという教師側の優しさに涙が出そうだ。この閉鎖空間をまるごと火の海に変える、まともに喰らったら死亡確実な凄まじい威力を普通にぶっ放している光景を考えれば、果たして優しさとは何かという哲学を考えさせられるが、本物のドラゴンならそんな予備動作チャンスすらくれずに構わずブッパなので、まあ優しさでいいだろ。


 それじゃあ、さっさとその予備動作チャージの間に機械竜をスルーして宝玉だけを掻っ攫えばいいじゃねぇかと思われるだろうが、そこは流石に最難関たるラスボス戦だ。

 最悪、誰もクリア出来なくてもいっかという教師陣の心中が醸し出されているもう一つの仕掛けがバッチリと用意されている。


 機械竜は、その咆哮ブレス予備動作チャージを、宝玉の真上に立って直上で行うのだ。それも、自身を中心に球状のバリアを形成しながら。そんじょそこらの魔法ではビクともしないレベルのかったいを奴を。


 最強の矛たるブレスと、最強の盾たるバリア。

 これらを攻略しなくてはクリアできないのが、この試練におけるラスボスたる機械竜戦というわけだ。


 既にブレスもこれが三度目だ。

 まあ、三度目は途中参加者たる黄金鳥ゴールドバードの連中をもてなす為に無駄に費やしたのだが、回避自体は黒銅竜うち白銀狼しろいのも最早手慣れたものだった。


 ブレスが宝玉の上、つまりは宝の山たる巣の上を中心に、この『竜の巣』全体の足下を覆うように放射状に広がると分かっているのだから、炎の波を防げるような防波堤となる障害物の裏へと逃げ込めばいい。


 それに気付いたからこそ、ずっと一歩も動かずに安全地帯の中で身を縮こませている黄金鳥のビビりくんたちが、隠れ続けている横穴へと、ジャパニーズ陰陽師野郎は飛び込んだんだろうしな。


 だが、これじゃあ埒が明かない。

 試練の終了時間たる日没は着実に近付いている。


 これまでのインターバルを考えれば、恐らくは次の『ブレス』辺りがタイムアップだろう。


 ブレスの予備動作チャージに入れば、あの絶対防御たるバリアが張られる。

 だからこそ、攻略のチャンスとしてより確実性があるのは、通常動作時の機械竜だ。


 通常モードでも、流石はドラゴンの再現体ということで基礎戦闘力も凄まじいが、宝玉を守るという制約の元、この閉鎖空間の中ということで巨体の機械竜は素早い動きも封じられている。加えて通常モードの時はブレスは撃たないという保証付きだ。相手の攻撃を掻い潜り、こちらの攻撃を当てるくらいは、ここに居るメンツならば難しくないだろう。


 つまり、残る問題は――皮膚。

 ドラゴンの特徴の一つである、物理攻撃を弾き、魔法攻撃を散らすとされる、天然の盾である『竜の鱗ドラゴンスケイル』だ。


 獲得すればどんな鉱石で生み出すそれよりも遥かに強固な鎧となるとさえ謳われる伝説の素材。

 ドラゴンが最強の存在とされる理由の一つだが、厄介なことに、この機械竜はそれすらも再現していやがる。


 わざわざバリアなど張らなくとも、あのメタリックの皮膚は――生半可な攻撃を無効化しやがるのだ。


 あの皮膚を貫き、機械竜にダメージを与えるには、こちらも相応の必殺技を叩き込む必要がある。


 恐らくは、あの天才児様も、それを狙っているだろう。


 この炎の放射が終わり、機械竜が息継ぎをしたタイミングで(機械の息継ぎというのもおかしな表現だが)、それぞれが最後の勝負へと動き出す。


 それが、この祭りのクライマックスになる――そう踏んだ俺は、ブレスの間は特にやることもないので、暇つぶしに天才様を揶揄うことにした。


 業炎が轟々と放射され続けている中、俺は少し離れた大岩――ドラゴンのブレスに耐えきるこんな大岩とかも、教師陣が用意した攻略の為のお助けギミックなのだろう――の裏に隠れているだろうセルに向けて言う。


「それにしても、無様だなぁ天才少年様。魔法に愛された一族の末裔とやらが、機械仕掛けの玩具に防戦一方じゃねぇか」


 同じく炎の波をやり過ごすだけの己が身の上を棚に上げて、俺は声を張り上げ続ける。


「こんな状況じゃあ、御自慢の『ライトヘイムの雷』とやらの、宝の持ち腐れだなぁ、おい?」


 無論、噂の天才児、世界で最も貴き魔法一族といわれるライトヘイムの最高傑作様なら、試練用に調整された機械竜を圧倒することも可能だろう――これが、一対一タイマンならば。竜の巣を炎の海へと変える『ブレス』すら、翡翠の雷で上塗りすることも可能な筈だ。


 だが、そんな規模の魔法を、こんな逃げ場のない密閉された空間で放てば、奴以外の全員がただでは済まない。


 そして、ここには、俺らのような目障りな敵だけでなく――『長』として、己が守護すべき『個体』がいるのだ。


「……………セル様」

「……………」


 それを奴も理解している。

 だからこそ、あの時も黄金鳥ゴールドバードのライトヘイムたる義妹への折檻を中断してでも、守るべき同寮生徒を庇うべく離脱したんだ。攻撃に攻撃を返すのではなく、ただ回避と防御を選んだ。あのライトヘイムの御曹司様がだ。


 内心は屈辱で燃え上がっている筈だ。この炎の海のように。

 だから俺は、そこに積極的に薪をくべていく。


「足手纏いを外に捨ててきても構わないんだぜ? 黄金鳥ゴールドバードの奴等が来た際に入口は塞がれているようだが、お前なら瞬間移動でソイツらと一緒に外に出られるだろう?」


 勿論、そうすれば、俺らが白いのも含めて宝玉おたからは全て戴くがな――と、しっかり付け加えるのも忘れない。


 実際問題、最難関だ、ラスボスだとか言ったが、。セルもまた、俺らがいなければ、さっさとこの試練をクリアしていることだろう。足手纏いを二人同席させたとしてもだ。


 確かに、あのバリアもブレスも新入生用とはとても思えない鬼畜難易度だが――。セルの野郎も同様だろう。アイツならば単純な魔法威力でバリアもスケイルも真っ向から打ち破れる。そもそも奴の場合は打ち破る必要すらなく、宝玉を手に入れるだけならば、ただあのバリアの内側に瞬間移動すればいいのだ。それをしていないのは、俺が全力で嫌がらせをしているからだが。主に、群れの弱い個体を狙うという当然の戦法で。


 奴にとって不幸なのは、この場所に俺ら黒銅竜ブロンズドラゴンとほぼ同時に辿り着いたということだな。少しでも早く到着していれば、その時点で試練を終わらせていただろうに。


 だが、それはそのまま俺らにも言えることで――。


「――俺をよほど外に出したいようだな、黒い害虫め。それはつまり、俺がここに残る限り、貴様らが宝玉たからを手に入れられることはないという自覚があるからだろう?」


 炎の向こうからそんなイケメンの御声が届く。

 確かに天才様の仰る通りだ。俺は奴に対する嫌がらせをするのが精一杯で、奴がこちらを本気で妨害しようとしたら、それを掻い潜りながら機械竜を相手にするなど現状では不可能だ。奥の手を切るならまだしも。それをするほどのメリットはないしな。


 何故なら、こうしている今こそが、ある意味では俺の目論見通りなんだから。


「別に構わないぜ。俺はいつまでもお前とトークしていても。このままずるずるとタイムリミットになって、いまいち締まらない結末を迎えても。一向にな」

「……何?」


 恐らくは現在の魔法界においてナンバーワンの才能を誇る選ばれし天才少年の戸惑う声に、愉快な気持ちを存分に表に出しながら、俺は口元を歪めて言う。


「俺は、お前への嫌がらせの為に、わざわざこうしてここまで来たんだからな」


 本当はセルに銀色の宝玉を奪い返された時点でリタイアしてもよかったんだ。

 黒銅竜おれらのこの試練における目的は『王』の選抜。その選抜戦にヴェルグがリタイアした時点で俺の王位は確定した。その時点で、今回の試練に対する俺のモチベーションは終了していた。


 だが――それじゃあ、面白くない。

 何よりやられっぱなしは趣味じゃねぇ。勝てなくても、勝ち目がなくても、嫌がらせくらいはさせてもらう。


「俺らが手も足も出なかったお前の翡翠の雷を見て、俺はすっかりテメェのファンになっちまったんだよ、ライトヘイムくん。だから、その綺麗な雷を、出来る限り近くで、たっぷりと――」


 この目に焼き付けておきたいんだ――そう、俺は炎の向こうへと囁く。


 ああ、そうだ。

 今の俺では、今の黒銅竜おれたちでは――セル・アルヴ・ライトヘイムには勝てないだろう。


 あの圧倒的な翡翠の雷に対して、こちらに打つ手なんかなんもねぇ。


 俺の奥の手を使えば別だが――それは今、切るべきカードではないということは分かっている。さっきはついテンションが上がって切りそうになったが、無論、全てをお披露目するつもりなんざなかった。


 だから――ここは負けるべきターンだ。どう転んでも負けイベントだ。


 俺は、ここで、コイツには勝てない。


 ――? 


 俺たちは、敗北を恐れない。

 百回連続で負けようと、百一回目に勝てば――それが勝利だ。


 自らの屍と共に布石を重ね続けるのが、負け犬の戦い方だ。

 啜った泥水でたぷたぷの腹で、みっともなく勝利を掴み取ってやる。


 それが、俺の人生で。それこそが――ジーク・シュバルツの物語だ。


「……………」


 セルの声は聞こえない。

 嘲りも、憤りも、何も届かない。


 煽りが足りなかったか、と、俺が再び口を開こうとした時――俺のコートを引っ張られるのを感じた。


「そ、それじゃあ……それじゃあ、僕の分の宝玉は!? ぼ、僕はどうなるんですか!? 見捨てるっていうのか!!?」


 俺に縋りつくようにしてコートを引っ張るのは、俺とヴェルグ以外の、この場にいる最後の黒銅竜――未だ宝玉を手にしていない、小柄で眼鏡の少年だった。


 ソドム・ボット。

 コイツが『竜の巣』の崖の下でウロチョロとしていたから、俺らはこうして此処にやって来て、最後の祭りに参加できているわけだが――。


「――甘ったれんな」


 俺はそんな恩人を引き剥がすように、その柔らかそうな腹にヤクザキックを叩き込む。


 危うく安全圏から叩き出され、炎の海にダイブしそうになったソドムは、そのまま炎と俺から距離を取るように後ずさり、怯えがたっぷり詰まった瞳で俺を見上げた。


「テメェのことはテメェで何とかしろよ、ソドム。そもそもそういう取り決めだったろ?」


 黒銅竜は、自分の分の宝玉は自分で探すルールに設定した。他でもない、この俺がそうした。

 何なら本来は同じ黒銅竜同士ですら奪う合うルールなんだ。それを考えれば、これは非道でも何でもない。むしろ、サービスし過ぎなくらいだ。


「感謝して欲しいくらいだぜ、俺は。残った最後の一つの宝玉を奪わねぇでやるって約束してやってるんだからなぁ。お前ひとりじゃあ、この『巣』まで辿り着くことも出来なかったろ? こうしている今も、外をうろつく本物の竜に怯えて、崖の下でうじうじしていただろうさ、テメェは。そうだろ?」

「…………」


 ソドムは何も言い返すことが出来ないのか、俯いて目を合わせることすらしない。


 俺はそんなソドムの元へと歩み寄って、未だ立ち上がることすら出来ねぇ少年の両脚の間に右足を振り降ろして「ひっ!」と怯えるソドムを見下しながら言う。


「ここまでお膳立てされて、キーパーの目の前までボール運んでラストパスまで出してやって、それでもゴールを決められねぇような奴は――俺の黒銅竜には要らねぇんだよ」


 口を開けて鳴いてさえいれば餌を貰えると思ってるような雛なんざ、目障りなだけだ。


 これから先、俺が一緒に青春を送りたいと思えるのは――親鳥に噛みついてでも飢えを満たそうとするハングリー精神を見せるケダモノなんだよ、眼鏡ボーイ。


「死ぬ気で結果を出せ。十二才の若さで、全てを失いたくねぇんならよ」




 

 

 ◆ ◆ ◆






 薄汚い野良犬共が内輪揉めを始めた頃、未だ宝玉を得ていない、愚鈍なる個体の内の一体が私に向かって言葉を投げ掛けてきた。


「せ、セル様……どうか……私たちに……構わず。その御力を、その雷を、存分に振るってください」


 女――マルシア・ウィルソンは、手と声を震わせながら、この私にそう宣う――が。


 それがどれだけ愚かな言葉なのか、何も理解していない愚鈍共に、私は嫌悪感を隠しもせずに吐き捨てる。


「――何を寝惚けたことを抜かしている。貴様らは、ただ泣き喚けば母乳を与えられて飢えを満たせると考える赤子のままなのか?」


 私は手の中に雷撃の剣を作り出しながら、それを真横に薙ぐように振るい――我々が身を隠している大岩の上半分を吹き飛ばす。


 それにより、炎の海の侵食が更に奥へと手を伸ばし、「ひっぁっ!!?」と、もう一人の愚鈍である男の方――ジェイス・リックマンが頭を抱えながら突っ伏す。

 マルシアもまたしゃがみ込むようにして、小さくなった岩の後ろに隠れて炎をやり過ごそうとする中。


 私は――雷の鎧で己を包み込むことで、炎の海の中で屹立しつつ。


 真っ直ぐに、愚鈍共へ雷撃の剣の切っ先を向けながら言う。


「理解しているのか? 残る銀の宝玉は一つ。つまり、貴様らの内の一方の死は、この時点で既に確定しているのだ」


 魔法学校からの退学とは、すなわち魔法使いとしての死である。


 そんな当たり前のことすら脳内から忘却している愚か者へ、私はやはり当たり前のことを言う。


 あの野良犬共すら理解していることを口にしなくてはならない屈辱に耐えながら――群れの『長』としての務めを果たす為に。


「思い出せ。これは『選別』だと、私はそう言った筈だ。『群れ』に何の貢献も齎さない愚鈍なる個体を、私は残すつもりはない」


 あの機械竜を試練としているのは

 この雷撃の剣を初め、大規模な出力などなくとも、この程度の標的ターゲットなど私にとっては試練でも何でもない。


 貴様らは――傍観者ではいられないのだ。


「いい加減、自覚するがいい。お前たちは――瀬戸際にいるのだ。今、この時こそが――貴様らの命が繋がる最後のチャンスなのだ」


 炎の波が岩を打つ。


 その火の粉の飛沫を――ひとりは青い顔で怯えながら腕で防ぎ、もう一人は、唇を噛み締めながらも、避けることなく浴びた。


 私は、それを――ただ、見据える。






 ◆ ◆ ◆






 炎の海の向こうから聞こえる、黒銅竜くろいの白銀狼しろいのの、そんな会議の声に。


「――だ、そうだが。お前らは、その最後のチャンスとやらを、こうしてここで蹲ったまま棒に振る気か?」


 俺は振り返り、背後の穴の中でモグラみたいに引き籠っている、三人の少年たちへと問う。


 ヴァーグナーとその愉快な仲間たちは、俺たちにドラゴンをけしかけてまで先んじて乗り込んだ『竜の巣』にて、残念ながら何の成果も得ることは出来ないでいたようだった。


 機械竜という理不尽難易度の標的ターゲットに加え、黒銅竜と白銀狼からそれぞれ最高戦力レベルのリーダー格が出揃って争い始める始末。


 結果、三つ巴の争いの渦中に放り込まれ、何をすることも叶わずにこうして穴倉に逃げ込むことしか出来なかった――そんな顛末らしい。


 この穴倉も、三人ならばともかく、いきなり更に五人が這入ろうとしても入りきれるような大きさではない。


 結果、入口を更に陽菜が盾で蓋をする形で何とか炎をやり過ごしている――が。


 俺の皮肉めいた――このままじゃ、君たち、死ぬよという忠告も空しく、穴の奥ではお互いを責め立て合うような声が聞こえる。


「や、やっぱり無理だったんだよ! ドラゴンの巣から宝玉を手に入れるなんて!」

「――ちッ! マーク! テメェ、今更なに言ってんだ!!」


 マークと呼ばれた弱音を零した取り巻きその一を、ヴァーグナーは胸倉を掴み上げて怒鳴り散らす。


「ヴァーグナーくんの分の宝玉はもう手に入れているじゃないですか! それでヴァーグナーくんだけでもクリアすればよかったのに!」

「ふざけんな! それじゃあ駄目なんだよ!!」


 どうやらヴァーグナーたちは、少なくとも一つは宝玉を手に入れていたらしい。

 それは当然のようにリーダー格であるヴァーグナーの手元に渡っていて、それでもヴァーグナーは、この最上位危険地帯の宝玉の獲得を強行したらしい。


 それだけ聞けば、まるで仲間の合格も何として勝ち取らなくてはという、ヴァーグナー少年の意外な仲間思いの一面とも取れる。だが――。


「それじゃあ…………駄目なんだよ……ッ!」


 マークの胸倉を掴む手を、肩を、そして瞳を震わせながら、そんな風に呟くヴァーグナーの様子は。


「………………」


 仲間の為、というより――。


「――大丈夫」


 俺がヴァーグナーを観察している中、そんな風に、何もかもを己に引っ張り込む声が聞こえる。


 問答無用に、力尽くで、己が求める未来へと引きずり込む――強き者の傲慢がふんだんに篭った言の葉が。


「大丈夫だよ。私たちが――みんな纏めて、何とかするから」


 せっかく同じ寮に入学できたのに、あっという間にお別れなんてつまらないもんね――ニコッと。機械の竜も、炎の海も、黒銅竜も白銀狼も、何もかもが、どうでもいいと。


 どんな困難が立ち塞がろうと、どんな強敵が待ち構えていようと――みんな纏めて何とかして、自分が求める未来へと繋げてみせると。


 それ以外は認めないと、そんな傍若無人な笑顔で――土御門陽菜は、はっきりと言う。


「私、ハッピーエンド至上主義なの」


 全ての弱音を黙らせ、全ての絶望を吹き飛ばし。


 世界の流れを、思うがままに変える。


 これこそが――だからこそ。


「――だ、そうだ。うちの姫様がそうお望みとあらば」


 俺はただ、忠実にそれに従うまでだと、彼女の横に立って、同じ高みから、彼らを見下ろして、更に問う。


「ヴァーグナー。お前は何が出来る?」

「な、何がって――」

「魔法だよ、魔法」


 お前も、魔法使いになりに来たんだろ――俺は彼にそう言うと、ヴァーグナーはたどたどしくも、己の扱う魔法を言う。


 なるほど――やっぱり。

 ここぞという場面で必要なピースが揃う。

 まるで彼女の願いを叶える為にと言わんばかりに。


「――いい魔法もん持ってんじゃねぇか、最高だ。ヴァーグナー、お前は俺が合図したら、俺の指定した魔法を使え。


 後は俺らが何とかしてやる――そう言って俺は、まずは言い出しっぺの陽菜に指示を飛ばした。


「陽菜、ヴァーグナーたちそいつらを此処で守ってやれ。そんで――今が切札カードの切り時だ。を呼び寄せとけ。もう仕事は終わってんだろ。――俺もを使う。用意を頼む」

「アレを? ……いいの?」

「ああ。恐れるだけじゃ、何も変わらない。遅かれ早かれ、最終的には使いこなさなくちゃいけねぇ魔法ちからだからな」


 分かったと頷く陽菜から目線を逸らし、俺は炎の海を見詰める。


 この死の世界の中で――今も俺を見詰めているであろう瞳を、強く睨み付けるように。


「…………」


 そして、その炎の勢いが弱まり――そろそろ機械竜の『ブレス』が終わりに近づき始めているのを感じて「――レオン。エヴァ。そしてフィア。お前らの力も貸してもらうぞ」と、躊躇なく周りを巻き込む。


 エヴァは陽菜と同じく分かったと素直に頷き、フィアはえ、私もと言わんばかりに表情を消して――そして、レオンは。


「――策はあんのか? 黒い龍の怪物と、白い狼の天才、そして機械仕掛けの竜。コイツ等を纏めてどうにかする『すーぱーぷらん』が」

「ハッ。こんなもんに、奇想天外なトリックなんざ必要ねぇよ」


 レオンの言葉に、俺はドヤ顔を返す。

 

主人公陽菜がそうしたいって言ってんだ。だったらそうなるに決まってんだろうよ」


 この物語世界は、そういう風に出来てんだからな。


「…………」


 そう言って、波が引くようにして消えて行く炎の海を眺める俺の横顔を、レオンはただ黙って見詰めていた。

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