第13話 第一の試練『宝探し』――⑩


 気が付くと、そこはいつも見る夢の中だった。


 薄暗い林に面した、大きな池のある庭園と豪奢な寝殿がある――平安時代の日本風の屋敷に、いつの間にか迷い込んでいた。

 まぁ、風景自体はその時によって変わるのだが。決まって、ここに訪れる時は、己が夢の中にいると分かる明晰夢状態で――引きずり込まれる。


 最初に見たのは、最初に落ちたのは、最初に迷い込んだのはいつのことだったか――もう覚えていない。


 もしか、すると。

 

 が最初に生まれ落ちたのは、つまりは生まれ変わったのは――こっちの世界の方で。


 いつも見ているのが、いつも生きていると思っているあっちの世界の方こそが、僕が見ている――夢の世界で。


 僕の魂的なものは、僕の本体的なものは、この世界にあるのかもなんて、たまに思ったりもするが、すぐにそれを否定する。


 だって、この世界には、陽菜はいないから。


 この世界には、僕と――謎のおっさんしかいない。

 そんな世界、こっちの方から願い下げだ。


 僕の世界は、僕が決める。俺が生きたい世界こそが――僕/俺の物語の舞台だ。


「ふっ――本当に無礼な小僧じゃ。魂の年齢から考えれば、既にお主も立派なではないのかえ?」


 俺の背後からそんな不快な声が聞こえる。


 振り返るとそこには、黒い羽根を撒き散らす、背中に生えた黒い翼を大きく広げる――カラスのような男がいた。


「……小僧と呼びながらアラサー呼ばわりとは。一行で矛盾してるぞ――ジジイ


 烏の翼を広げるその男は、見た目こそは妖艶な色気を放つ美少年だ。


 だが、それは男の本質ではない。


 次の瞬間には、男は灯籠の上に腰掛ける少年に変わる。

 次の瞬間には、男は縁側に横たわる中年のオッサンに変わる。


 そして、次の瞬間には、寝殿の屋根の上からこちらを見下ろす――老爺へと姿を変えている。


 この男にとって、外見年齢など何の意味も持たない。

 指を鳴らすだけで歪めることが出来る風景と同じく、その時の気分で変えられるアバターでしかない。


 烏のように漆黒の、この腐り切った魂こそが、この世界でたった一つの異物たる怪物の正体。


 いや――異物なのは。


 この世界の異物なのは――おそらくは、きっと。


「そもそも、前世と今世で合わせて何年生きたから、本当の年齢は何才だとかいう転生ものにありがちなそういう設定自体、ナンセンスだと俺は思うね」


 ただ単純な経過時間では――人の成長は決まらない。


 人を形成するのは、魂を成長させるのは――積み重ねる経験と、それに応じて変化していく環境だ。


 例えば、同じ一週間を何百回も繰り返す少年がいたとして。

 それを一万年分繰り返せば、ソイツの精神年齢は一万才かと言われれば、そうではないだろう。


 オッサンの身体を経験していない者は、ジジイの環境を経験していない者は、どうしたってガキでしかない。


「――子供ガキしか経験していない奴は、どうしたって、子供ガキでしかねぇよ」


 俺は屋根の上から見下ろす男を、睨み付けるように見上げながら言う。


「ていうか、魂年齢云々でいうなら、お前はどれだけ爺だっていう話だよ――妖怪野郎」


 老爺は俺の言葉を聞くと「ふぉふぉふぉふぉふぉふぉ!」と、高笑いを上げながら、遂にはその異形の翼を広げて空を飛び、薄暗い空の上から――俺を見下ろして言う。


「言うに事を欠いて、この儂を――この儂を! 妖怪呼ばわりか! ふぉふぉふぉ――はっはっは! さもありなん!」


 実に愉快と、いつの間にか絶世の美少年に、文字通り変貌していた男は、その美貌を醜悪に歪めながら。


「では、この妖怪が問おう! 世界の異物たる、迷い込んだ異界の魂よ!」


 ――


 下らない真理を問うが如く、何もかもを嘲笑うように言う。


「……それは、この強制的にテンションが下がる悪夢空間のことを言っているわけじゃねぇよな?」

「人の心象風景を随分な言いようじゃが、まあ、そうじゃ。お主が『夢の世界フィクション』と宣う、お主が第二生を楽しく過ごして居る――じゃよ」


 俺が、主人公ヒーローを見つけた世界。


 世界は真っ暗だと思っていた。

 世界は極寒だと思っていた。


 世界は地獄だと思いながら死んで――生まれ変わって、それでもやっぱり地獄じゃねぇかと吐き捨てた、神様なんていねぇんだと、優しく教えてくれた世界。


 そんな俺へと手を差し伸べてくれる主人公ヒーローが実はいた、案外捨てたもんじゃねぇんだと、そう思わせてくれた――フィクションの世界。


「そう。お主はそのように定義したな。この世界はフィクションの世界――土御門陽菜という主人公ヒーローの為にあるフィクションの世界だと」


 ああ――俺はかつて、同じ問いにそう答えた。


 土御門陽菜つちみかどひなに救い上げられて――土御門愛樹つちみかどあきとなった日の夜に、この夢の中に迷い込んだ時。


 この妖怪の問いに、俺は胸を張ってそう答えたのだ。


「あの時の答えは、今も変わりないか?」

「当然だな。この世界の真理なんだから」

「それは、を見つけても尚、揺るがない答えかと問うておる」


 他の主人公。

 土御門陽菜ではない、この世界を生きる、この世界の中心となる人物キャラクターたち。


 それぞれの物語の主役として、それぞれの物語を生きる――魂たち。


「お主も見た筈じゃ。お主が物語の舞台だと、そう推測したこの魔法学校には、様々な主人公たちが集結しておる」


 例えばそれは、獣を殺せない猟師の子供だったり。


 例えばそれは、何もかもを殺してしまう極寒を宿す子供だったり。


 例えばそれは、弱肉強食を骨身まで刻み込まれた子供だったり。


 例えばそれは、敗北に溺愛されているが故に勝利を渇望する子供だったり。


 例えばそれは、世界に選ばれたが如く魔法の才に溢れた子供だったり。


 例えばそれは、誰からも見放されても決して箒を手放さなかった子供だったりすると。


 妖怪のような男は、滔々と、まるで全てを見てきたかのように語る。


 お前も見てきただろうと、子供に言い聞かせるように――楽しそうに。


「この世界は、本当に、たった一人の人間の為に用意されたフィクションの世界なのか? 当たり前のように主人公に溢れた、当たり前の世界ではないのか?」


 この世界は、漫画でも、アニメでも、ゲームでも、小説でもなくて。


 科学を凌駕する魔法が現れただけの。科学を凌駕する魔法使いが変えただけの。


 ただの――現実ノンフィクションの世界かもしれないぞと、背中に異形の羽根を生やした妖怪のような男は、嘯く。


「お主もまた、この世界の主人公かもしれぬぞ?」


 妖怪というか、悪魔みたいな囁きだな。


 ああ、それは本当に甘美だ。正しく、子供ガキのテンションがぶち上がりそうな熱い展開だな。

 不幸な前世から転生して、第二生で幸せになる物語の主人公。


 なるほど。

 実に王道で、実にテンプレで――実に、つまらないオチだこと。


「燃えねぇなぁ。そんなんで――俺の心は」


 いっそ、凍えるように――冷たいままだ。


「俺の主人公ヒーローは陽菜だ。それ以外の物語を生きるつもりはないし、それ以外の夢を、見るつもりもない」


 分かったら、さっさと消えろよ。


 そんな下らないことを聞く為に、こんなテンションの下がるばしょに引きずり込むんじゃねぇ。


 今――いいとこなんだよ、と、俺が拒絶するように腕を振ると、世界そのものがぐらりと歪む。


 夢から覚める時は、悪夢から出る時は、決まってこんな演出だった。


「ふぉふぉふぉ。。それもまた、『子供』らしくて実に良かろう。それにお主の『知識』によると、学校とは子供が夢を見つける場所という一面もあるというしの」


 お主も見付けられるとよいな。いつか、お主が主人公になれるような、自分だけの夢を――そう言い残しながら、歪みゆく世界の中に、異形の翼を生やした美貌の青年は消えて行った。


 それは、まるで、あの妖怪に似つかわしくない――己が子へ囁くような、柔らかさを伴った言の葉で。


「………………」


 俺は、自身の表情が無くなっていくのを自覚しながら。


 目を覚ます為に――目を瞑った。




 

 

 ◆ ◆ ◆






「な――に、してるのッ! 死にたいのっ!?」


 ぐいっと、身体を持ち上げられるというか、引っ張り上げられるような感覚によって、俺は強制的に目を覚まさせられた。「ぐえッ!」という、蛙が潰れるような声と共に。


「……あー、さんくす。助かったわ――フィア」


 俺はいつの間にか箒に跨っていた。

 フィア・ライトヘイムが操る箒によって、間一髪で地面への顔面キス自殺を免れたらしい。


「いきなりカッコつけて飛び降りていった癖に、何の術も発動せずに落下していくものだから斬新な自殺かと思ったわよ!!」

「俺ってば発作的に夢の中にダイブする持病があってな。……それより」


 俺はバイクに二人乗りするような距離感で、箒を巧みに操りながら機械竜の周りを旋回する運転手たる少女の背中に言う。


「随分とじゃねぇか。ほんのさっきまで陽菜の背中に隠れてびくびくおどおどしてたってのに。何か吹っ切れるようなことがあったのか?」


 初めてコイツを見た時は、って思った。


 これまでに何人もいた、陽菜にただ救われるだけの思考停止ヒロインの一人だと。

 何かあったら勝手に全部助けてくれる主人公ヒーローに依存するだけの――害悪ヒロインだと。


 そんな奴がまさか、大して仲良くもない男子を助ける為に、誰よりも先に危険地帯の中に飛び込んで助けるなんてムーブをこなすなんて――素直に驚いた。


「……私には箒飛行術こんなことしか出来ないけど……それでも、出来ることは、やろうって決めたの。悪い?」

「いや、見直したよ。助けてくれてありがとな」


 ここでギュッと背中に抱き着いて「……ありがと」とか言ったりしない。そんなことが許されるのは美少女ヒロインだけだ。

 

 だからこそ、感謝の気持ちはきちんと行動で示した。

まだ魔力も碌に回復しきってないだろうに無理させてるからな。運転してもらうんだから交通費分くらいのお返しはするさ。


 機械竜ではなく、何故か俺らに向けて放たれた翡翠色の雷を防ぐ為に、俺は術符で盾で作り出す。


「きゃ――ッ!?」

「うお、マジか」


 だが、その翡翠の雷は俺の術符一枚分の盾を硝子のように砕く。

 何とかフィアが超絶テクですぐさま箒を操作したお陰で無傷だが、これじゃあ礼になったか怪しいもんだな。


「……なんか、こわーいお兄さんがお前を狙ってるぜ」


 翡翠の雷が飛んできた場所には、こちらに向けて長い杖を向けている美少年がいた。その視線は俺なんぞ無視して、細められた翡翠色の瞳は真っ直ぐに――箒で空を飛ぶフィアへと向けられている。


 そして、そんなことには俺に言われるまでもなく――翡翠色の雷が放たれた時点で、あるいはもっと前から気付いていたのか。


「…………兄さん……ッ!」


 ギュッ、と、己が跨る箒を握り締める力を、まるで震える手を誤魔化すように強めたフィアは、明らかに怯えが籠った呟きを漏らす。


 そして再び放たれた翡翠色の雷と共に、冷たい刃のような言葉がここまで届いた。


「――何故、再び私の前に現れた? 愚妹」


 今度の翡翠色の雷は、狼の形をしていた。

 無論、デザインが凝っているだけではなく、そこに込められた威力も相応に凄まじいのだろう。


 牽制の矢で砕かれた俺如きの盾で防げるようなものではないのは明らか。


 だが、そんなことは織り込み済と言わんばかりに、頼りにならない同席者たる

俺の代わりに――白い炎の鳥が、翠の雷の狼を喰らう。


「…………土御門陽菜」

「思ったよりすぐに会えたね、ライトヘイムくん」


 俺は顔を青ざめさせるフィアに指示を出して、陽菜の元へと誘導させる。


 ライトヘイムくんと呼ばれたあの美少年と距離を置いた場所に着地していた陽菜と合流した俺たち。


 そこから少し離れた所で、同じく俺の後に次いで『竜の巣』へと着地したであろうレオンが――半裸のパンイチ少年に襲われていた。無論、暴力的な意味で。


「はははははは!! まさか、こんな場所で会えるなんてなぁ! 狩人!!」

「僕は会いたくなかったよ! 心底な! 野獣!!」


 決して線は太くない、未成熟な身体。

 だが、その少年が腕を振るう毎に、まるで空気が裂かれるような轟音が響く。


 レオンは白い猟銃のような魔道具デバイスを取り出しているが、その形状からして見るからに中長距離用だ。ガンガンに距離を詰めて来る野獣少年に対し、バックステップで距離を取ろうとすることしか出来ていない。


 だが、そんな一方的な展開を、突如として半裸の少年を包み込むように発生した氷が強制的にストップさせた。


「……またテメェか……ッ、いい加減にしろよ! 人の食事おたのしみを邪魔するんじゃねぇって何度言ったら分かるんだ、女ぁ……ッ!」

「何度言っても理解しないのはアナタ。いい加減にするのもアナタ。私の前でレオンに手出しはさせない」


 そもそも――と、あのエヴァが少し熱くなり、感情的に言葉を発する。


「……あれから随分とダメージを負ったみたいね。今のアナタじゃあ――どう足掻いてもレオンには勝てない」


 いつも無表情のエヴァが、掌を向けながら睨み付けて言ったその言葉に「……ハッ! それが、どうした――!」と。


 氷漬けにされた身体を、衣服すらも殆ど剥がされた傷だらけの身体を、それでも無理矢理動かすように――野獣は筋肉を膨れ上がらせて笑う。


「それが、喧嘩をしねぇ――戦わねぇ理由にはならねぇだろうが!!」


 黒い獣は、そう吠えながら――氷の戒めを破砕する。


 瞠目するエヴァが再び掌を、歯噛みするレオンが真っ直ぐに銃口を向ける――それよりも早く。


 その通りだ――と。聞き覚えのある声と共に。


 と、空間に罅が入るような音が響いた。


「――――っ!」


 箒から降りたフィアの息を吞む音が聞こえる。

 俺も、陽菜も。こちらを睨みつけていたライトヘイム兄様も。

 そして、レオンも、エヴァも、半裸少年も――ここにいる全ての者たちの注目が、異音の発生源へと集中する。


 そこには、腕にブロンズの腕輪を巻いた、漆黒コートのロン毛少年がいた。

 

 木の枝のような――魔法の杖を持って。


「それがお前の魔道具デバイスか? カッコいいが、お前にしてはテンプレだな? ザ・魔法使いって感じだぜ」

「そうか? 魔法使いのテンプレっていうなら、そこの天才様みたいなのだろ」


 俺のコレはよく小枝かよって馬鹿にされたもんだぜ――と、ジーク・シュバルツは言う。


 内心でダラダラと汗を掻きながら「そ、そうか。日本おれのくにじゃあ、魔法使いのデバイスって言えば小枝スタイルだったからな」と震える声で言う。背後で陽菜の「そうかなぁ?」と首を傾げる声が聞こえた。うるせえ。合わせやがれ。

クソ。あの夢を見た後は前世知識が浮き上がり易くなる。百害あって一利なしなんだよ、あの爺面談。


 俺がどうにかして誤魔化さなくてはとテンパりかける中、「――そう。俺はずっと馬鹿にされ続けてきた。ずっと――負け続けてきたんだ」と皆の注目を浴びて気持ちよさそうにジークは自分語りに入る。いいぞ、厨二病。もっとやれ。


 そんな俺のふざけた心中とは裏腹に、ビギッ、ビギギっ、と、空間が軋む音は勢いを増し――杖を構えるシュバルツの背後の宙空が罅割れていくことで、全員の表情がみるみる険しくなっていく。


 フィアは震え、レオンも唾を呑み込む。

 エヴァが目を細めて、ヴェルグが笑い、セル・アルヴ・ライトヘイムは表情を消して。


 そして、陽菜が――術符を指に挟み込んでいるのを横目で確認しながら、俺は真っ直ぐにジーク少年を観察する。


「何度地に叩き伏せられたか知らねぇ。啜ってきた泥はリットル単位だ。ああ、控えめに言ってロクでもねぇ負け犬人生だ。だが――それでも」


 ――


 そう言って、ジークがカッコよく杖を真横に振ると――ビギギギギ、パリン、と。


遂に、明確に――空間に、『穴』が開いた。


「―――――っ!」


 穴。正しく、穴だ。

 俺の視界の一部分が欠けているのかと思える程にはっきりと、ぽっかり世界に穴が開いている。まるで猫型ロボットのタイムマシンの出入り口かのように。異次元へと入口かと言わんばかりに。


 それを他でもないジークが開けているのは明らかで。

 黒い闇を放つ少年の杖が、その黒闇の勢いを増す毎に――奴の腕に刺青タトゥーのような紋様が浮かび上がる。


 それは、少年の瑞々しい体を侵食するように――まるで、蛇が這い上がっていくが如く、ジークの全身へと広がっていく。


「あらゆる手を尽くし。あらゆる物を捧げて。それでも俺は、この手でありとあらゆるものを屈服させてみせる」


 まるでひとりの少年が、世界に呪われていくかのような光景。

明らかに尋常ではない危険を伴っていると分かる魔法を発動させながら――それでも、負け犬と己を称した少年は、笑う。


「これは俺の――宣戦布告だ。覚悟しろよ、選ばれし者ども」


 俺の魔法は、質が悪いぜ――そう吐き捨てたジークは、再び指揮者のように短い杖を鋭く振るう。


 空間の穴が広がる。

そのぽっかりと開いた口から、禍々しい瘴気が漏れ出す。


 全員が身を固め、そこから現れる何かに対して備えようとそれぞれが魔道具デバイスを構えた――その瞬間。


 ビィィィィン、と、魔法の世界に相応しくない、無粋なる機械音が響いて。


「チッ――時間切れか」


 言うが、早いが。

 ここまで思わせぶりにと匂わせていたジーク本人が、誰よりも早かった。


「ヴェルグ!! こっちに来い!!」と同じ寮のパンイチ少年を己が元へと呼び寄せて、一目散に何処かへと走る。


 次に行動したのはセル・アルヴ・ライトヘイムだった。

 フィアの方を一瞥して「――チッ!」と舌打ちをすると、すぐさま雷と化してその姿を完全に消す。


 迅速に動けなかったのは、この空間においては新参者である俺ら黄金鳥ゴールドバードの面々だった。だが、あのメンバーが揃いも揃って、まるで何かから逃げるように去って行ったのだから――その答えは、もはや一つだった。


 この空間の中心、ここまでやけに大人しくしていたボスキャラ――人工的な幻想たる魔法機械生物。


 機械竜は、天を仰いでいた。

 その口腔内で渦巻かせた魔力を――灼熱の炎へと変えて。


「…………………げろ」


 ここまで大人しくしていたのは、単純な予備動作チャージだった。

 逆に言えば、こんな怪物がそこまでの溜めチャージをしなくては放てないような攻撃を放つということで。


 ジーク・シュバルツが。セル・アルヴ・ライトヘイムが。

 迷わず回避行動を選択するほどの――大技が、繰り出されるということで。


「逃げろぉぉぉぉぉオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」


 遅まきながら、ようやく俺たちも動き出した。


 エヴァがレオンを、陽菜がフィアを抱えて、全速力で離脱を図る。

 だが、今から再び高さのある『竜の巣』の入口を目指しても間に合わない。


「こっちだ! 急げ!!」


 故に二人に対し、俺が目指すべき『逃げ場所』を指差す。


「な――!?」


 ヴァーグナーたちが、ずっと身体を縮こませて隠れ潜む一角を。


 そして、俺たちがそこへ飛び込むのと同時に。


 機械竜の咆哮ブレスは――放たれた。



「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!」



 天を仰いでいた機械竜は、そのまま勢いよく地を向いて、真っ直ぐに業炎を吐き出す。


 機械竜が放った炎は、そのまま放射状に広がり――竜の巣を炎の海と化した。

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