第12話 第一の試練『宝探し』――⑨
洞穴の入口を、別の洞穴のそれと入れ替えるという、文字通りの
ふん――いくら幻想の頂点たる
そもそも、いくら遊びたい盛りで外出ばかりとはいえ、自らが『巣』と決めた住処に、あんな
「――でも、これで僕たちの仕事もひと段落って所かな? 試練の間、彼を巣に戻さないように誘導するのもまた、僕たち教師の役目の一つだったからね」
そう言って森の中から現れたのは、年甲斐もなく染髪料で髪を人工的な金色にしている、ちゃらついた三十代のオッサンだった。
これだけ雄大な自然の中に煙草の紫煙を吹き込んでいやがる、教師どころか大人としての道すらも踏み外し掛けている男は、恥ずかしながら俺の同僚であった。
そして、俺がそんな奴の態度にどうこう言う前に、先に奴を咎める声が、俺たちのはるか頭上から届く。
こちらもやはり年甲斐もなく、いい歳こいて木登りに興じているのか、この辺りで一番背の高い樹の頂上に直立しながら、こちらは恰好だけはパンツスタイルのレディーススーツで決めている女は言う。
「メイザースくん。まだ試練は終わっていません。それはつまりまだ私たちの仕事はこれからだということです。そのように気の抜けた発言はどうかと思いますが。それから森の中で煙草を吹かすのも。即刻どちらもやめてください」
あなたもそう思いますよね、怪崎くん――と、俺に向かって話を振った女の言葉に俺が何を言うよりも早く、「はいはい。まったく、マルタ先生には敵わないねぇ」とメイザースがへらへらしながら携帯灰皿の中に灰を落す。
相変わらずコイツらは――と、俺はいつものように生じ出した頭の痛みを堪える為に眉間を指で抑えながら言葉を漏らす。
「……お前ら。持ち場はどうした? ただでさえ、広大な森の中を三人で見回りしろとかいう訳の分からない業務の真っ最中なんだ。こんな所で三人固まっていていい筈がないだろうが」
「それなら心配ご無用だ。もうこの森の中に残っている
「……何?」
メイザースのその言葉に、俺は反射的に疑問を呈す。
「ほんのさっきまで、エリアの端々にいくつか宝玉は残っていた筈だろう?」
「ええ。ですが、それらは既に回収されました。宝玉を手に入れている生徒たちは既に全員が各寮の『ロビー』に転送済です。つまり、残る宝玉は――」
あの『竜の巣』に隠された宝玉のみです、と、マルタは言う。
無論、宝玉を手に入れられなかったことでエリアに取り残された生徒たちにも安全の為に監視の目を飛ばしてはいますが、と言い訳がましく付け加えることも忘れずに。
だが、俺はそんな言い訳を当たり前のように聞き流すと「……どうやってだ。
此処のドラゴンほどじゃないが、それなりの難易度の、文字通りのボス級のモンスターの
「――あっという間だったよ。例の、この森に生息していない筈のペガサスによってね」
ペガサス。
この試練の間、至る場所に出現した、この世のものとは思えぬ美しさを放つ、天使のような翼を持つ白馬。
当然ながら、オリオン・ヴァンプ・メイザースも、マルタ・ローゼンクロイツも、そのペガサスに対しては何も知らない。
唐突に試練会場に紛れ込みながらも、何故か、他ならぬ『校長』によって手出し無用と判断された、そのペガサスの行動に対し。
俺は、俺の中の仮説に対する最後の答え合わせも兼ねて――こちらの何かを探り見るような視線を向けるメイザースと目を合わせて、静かに問い掛けた。
「そのペガサスの助けによって宝玉を得たのは、全て
「ご明察。まぁ、残されていたのが全て金色の宝玉だったっていうのもあるけどね」
それだけではない。
例のペガサスが襲撃したのはこちらが用意した
メイザースは、探るようなそれから、射貫くようなそれに質を変えて――俺に対して笑みを向けた。
かの伝説の黒い竜が生み出す闇のように、濃密に暗い、朗らかな笑みを。
「――怪崎先生。なんかした?」
「なんか、とは? 答える価値のない曖昧極まる下らない問いだな、メイザース」
俺の返しに、尚も笑みを崩さないメイザース。
当然だな。ペガサスは明らかに
「そもそも、あの
「……それもそうだね」
俺の言葉に、少なくとも表面上は、あっさりと肩を竦めて表情を崩すメイザース。
そして、そんな俺たちの間に割り込むように、数階建てのビルくらいの高さの樹の頂上から当たり前のように音もなく着地したマルタが言う。
「子供のような喧嘩はそこまでにしましょう。我々は大人として仕事をこなさなくてはなりません」
まだまだまだまだ仕事は残っているのですから――と、いつものように無表情で愚痴をこぼしながら、真っ直ぐに『竜の巣』を指差す。
「なにはともあれ、残る宝玉は『
「さて、どうなんだろうね」
ここでメイザースが、マルタの言葉に対してまぜっかえすようなことを宣う。
「この森の王者をお外に誘導してまで設置したあの
それとも、それほどまでに、あの『
「やっぱり
「さぁ、どうでしょうか。少なくともそんな彼に匹敵する才能を、私は今日、早くもひとり見付けましたよ。怪崎くんの
「ほう! 噂に聞くジャニーズ陰陽師少女かい? 確かに彼女の前評判も高かった。如何せん
マルタははしゃぐメイザースに、「そういう
「
「ふふ。どうだろうね。まだまだみんな野良犬といった感じだけれど――これからの育ち方によっては、面白いかもと思える子たちはいるよ。そちらの天才たちには負けるけどね」
「下らないお喋りはそこまでにしろ。
今は仕事の時間なんだろう――と、俺が皮肉を言うと、マルタは「そうですね」と素直に居住まいを正し、メイザースははいはいと言わんばかりに俺の横に並ぶ。
「そうだね。彼らが原石のまま終わるのか、それとも宝石のように輝くのかは、全てはこのクライマックス次第だ。どう転がるにせよ、ひとまずこれで彼らの試練は終わるんだから」
「何を言っている。これは始まりだ。奴等の魔法学校生活のな」
これはあくまで第一の試練。
奴等はこれから幾つもの試練を乗り越えなくてはならない――立派な魔法使いとやらになる為に。
だが、まぁ、確かに――。
「そうとも限らない。あの『竜の巣』の中には、未だ宝玉を持っていない者が六名――そして、中にある宝玉の数は、四つ」
我々が用意した三つに、さきほど謎の
「つまり最低でも、あの中にふたり、脱落者は生まれる」
ここで終わりを迎える者はいる。
戦いも、試練も――魔法学校生活も。
少なくとも――あそこにも、ふたり。
既に宝玉のない森の中を彷徨う数名と同じく、夢と魔法を失う若者――子供は、避けようもなく生まれる。いや、死ぬ。
これはそういう試練で――そういう
「それでも、どのような形にせよ、我々にはその終わりを見届ける義務があります」
そういうとマルタは、ミラーボールほどの大きさの透明な水晶をどこからか出現させると――そこに、クライマックスの舞台たる『竜の巣』の内部の映像を映し出す。
さて――お手並み拝見といこうか。
お前は白馬の騎士なのか。それとも、烏の御使いなのか。
この目で確かめさせてもらおう。
◆ ◆ ◆
俺が『竜の巣』の洞穴の入口を、別の洞穴のそれと『入れ替えた』ことによって、巣の主たるドラゴンの帰宅たる侵入を防ぐことは出来たが――それはつまり、俺たちがあの入口を使って、この巣穴から脱出することも出来なくなったことを意味した。
「まぁ、それは大した問題じゃねぇだろ。俺たちには既に他の選択肢なんてねぇんだ。竜の巣穴の宝を手に入れて、この転送水晶で胸を張って
「そう上手くいけば最高だが――その為に、僕たちは今から、楽しそうな悲鳴が
レオンの言葉通り、洞穴を奥へと進んでいくと、間もなくして通路内に響き渡るような悲鳴が断続的に届いていた。
それは正しく子供たちの悲鳴であり、『竜の巣』に用意された、この試練における最後の宝玉を求めて、一足早く――クライマックスの試練に挑んでいる者たちが上げる魂の叫びであることは疑いようがない。
「……これまでのパターンから考えるに、学校側が試練の為に配置している
そのレオンの言葉に、俺は同意する。
恐らくはそれもヒントとなっているのだろう。つまり、強い魔法生物が住処とするエリアほど、強い魔法機械生物――ポイントの高い標的が配置されていると、分かる奴には推測出来るようになっている。
ということは――つまり、だ。
三つ+一つの宝玉が用意された――『竜の巣』に。
恐らくは最高難易度の宝玉の隠し場所として設定された、クライマックスの舞台に。
学校側が用意した――ラスボス級の、
果たして、どんな魔法生物がモデルとなっているのか。この尋常ではない悲鳴をもヒントとすれば、どんな鈍い奴でも想像がつくだろう。
だからこそ俺は――顔を真っ青にしている、陽菜に肩を貸してもらいながらも歩けるようになってきたフィアへと問い掛ける。
俺たちはそもそも、コイツの為にこんなところまで来たのだから。
肝心の張本人が、始まる前から負けていたら話にならない。
「今更、怖気づいたわけじゃねぇよな?」
「……怖気づいてるよ。決まってるでしょ」
そう言いながらも、怖くて怖くて堪らないと認めながらも――ぶるぶる震える足のまま、
怒号響く、悲鳴轟く――修羅場たる、戦場へ。
此度の試練で最も熾烈極まる、クライマックスの舞台たるパーティ会場へと、自らその足を踏み入れる。
「それでも、私は――もう逃げない」
もう、私は――こんな私にだけは、敗けたくない、と。
確かに前へ歩き出した少女の背中に、俺と陽菜は笑みを交わしながら、レオンとエヴァは無表情ながらも――その後に続いた。
そして、魔法使いの卵たちの――最終試練たる『ドラゴン退治』が幕を開ける。
無事に幕が下りるのかは、恐らくはきっと、神すらも知らない。
◆ ◆ ◆
ちょうどドラゴン一体が通れるくらいの太さのトンネルのような道を最後まで踏破すると、開けた空間に出た。
この出口はちょうど外から見たらあの崖の上の洞穴と同じ高さにあって――あの高い崖の中が、まるまる刳り貫かれたように、内部は『竜の巣』になっていたんだろう。
ここから見下ろした先は、楽しそうな戦場が広がっていた。
真っ先に目に飛び込んできたのは――人工的なメタリックの輝きを放つ、不気味な機械仕掛けの怪物だった。ちょうど、ドラゴン一体分くらいの大きさの。
「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!」
巨大なスピーカーをぶるぶると震わせるような大音量で、罅割れた咆哮を響かせる機械竜。
ゴツゴツした黒色とつるつるとした銀色という肌の質感の違いを除けば、その
つまりは、
それを入学したての新入生にぶつけるのだから、やはりこの学校は中々にクレイジーだ。
これが――魔法学校のやり方かと。
俺が目を細めながら見下ろしていると「――見て」と、エヴァが真っ直ぐに、その細くて綺麗な指を指す。
「――ヴァーグナーたちの他にも、先客がいるな」
「ああ。
それは、正しく『巣』のようだった。
開けた空間の一角に――金銀財宝がざっくざくと集められている。この自然たっぷりの森の中の何処からこんなに掻き集めたと思えるほどに、一生遊んで暮らせそうな『
そんな中に、明らかに後から人為的に加えられたと思えるような、あざとい宝箱が蓋を開けた状態で混ぜ込まれていた。
中には、三色四個の――宝玉があった。
黒が一つ、銀が一つ、そして金色が二つ。
本来はそれぞれを一つずつ用意していたのだろう所に――宝箱の開いた蓋の上に
「……………」
俺がその烏を冷たく見据える中、エヴァたちは、そんな『宝』を守護するように立ち塞がる機械竜を、囲むようにして魔法を放っている三色の新入生たちを見遣る。
一角は、いわずと知れた、俺たちにドラゴンを差し向けてまで先取りを狙ったものの、未だ成果を獲得出来ていないご様子のヴァーグナー様ご一行。しかし、他の二色の勢いが凄まじいからか、あるいは機械仕掛けのドラゴンに恐れをなしているのか、彼らはまともな攻撃すら行うことなく壁に開いた横穴の中で縮こまっているだけだった。
故に、実際には、他の二色と機械仕掛けのドラゴンの三つ巴のような様相を呈している。
二対一ではなく、三つ巴と称したのは、その二色の子供たちが、協力して強力なドラゴンに立ち向かっているのではなく、明らかに、互いに足を引っ張り合っているからだ。
足を引っ張るというより、お互いにコイツ等を巻き添えにしても別に構わないといった心理が透けて見える魔法戦だった。露骨に真横に魔法を放ったりはしないけれど、当たらないように配慮したりはしねぇから勝手に避けろよといった風な。それもあって、ヴァーグナーたちは碌に前に出れずに隠れるように身を潜めているのだろう。
まぁ、確かに――仲良くは出来ねぇだろうなっていう、正しく異色の組み合わせだった。
二色の内の一色――黒い方の少年たちの内の一人が、「ガハハハハハハハ!!!」と笑いながら、巨大な岩石を壁から抉り出し、それを機械仕掛けのドラゴンに向けて放り投げる。
「最高だぜ、シュヴァルツ! まさか祭りの最後にこんな美味いデザートが残ってるなんてな! お前の言う通り、
機械竜は上半身裸のパンイチ少年が投擲した、少年の身の丈を優に超える巨大な石塊を、その機械の尾で容易く弾き飛ばす。
だろう? ――と、そんな色んな意味でワイルドな少年の背後で、怯える眼鏡の少年の傍らに立っているのは。
ポケットに両手を突っ込みながら不敵に微笑むという、相変わらず香ばしいムーブをかます、俺もこの試練の間にひと悶着あったシュヴァルツと呼ばれた少年。
黒い竜の王になると、そんな野望を語ってくれた少年は、顎を上げて見下ろすような表情で――機械竜が石塊を飛ばした先にいる、白い少年少女たちを見遣る。
「折角の祭りなんだ。一泡くらいは、天才様に吹かしてやりてぇと思っての悪足掻きタイムだ」
翡翠色の雷が、石塊を粉微塵に吹き飛ばす。
土煙が晴れた先には、背の低い赤毛の少年と、勝気な瞳に怯えの色を混ぜる浅黒い肌の少女を庇うように前に立つ――白磁の肌に金髪の少年がいた。
「……身の程をわきまえない野良犬ほど、鬱陶しいものはいない。その身で直接この雷を浴びなければ、力の差を理解できないほどに愚かであったとな」
「そう言うなよ、世の中イージーモードの天才児。人生にはこんなカオスも必要だろう? 折角の祭りのクライマックスなんだ――大いに盛り上がらねぇとなぁ」
そう言って、
来いよ、と、そう言わんばかりに両手を広げて。
シュヴァルツのその挙動で、上裸パンイチのワイルド少年も、インテリメガネの天才児とやらも――こちらを見遣る。
「…………ッ!」
「…………ひっ!」
エヴァが息を吞み、フィアが小さく悲鳴を漏らす。
レオンが拳を握り、陽菜が――楽しそうに、笑みを漏らして。
「――さてさて。役者は揃った、ってか?」
それでは、奴の言う通り――最後の祭りを始めるとしよう。
「俺たちも混ぜてくれるのか?」
「大歓迎だ。祭りは参加人数が多い程に盛り上がる」
機械竜が再び空間を震わせるように咆哮する。
それを合図に、俺たちは竜の巣へと飛び込み――戦場は、更に混沌と化す。
三色に色分けされた、羽化する前の形なき未熟な才能たちが。
卵ならぬ宝が温められる『竜の巣』にて――最後の祭りを楽しむが如く暴れ回る。
さぁ――存分に、楽しもうか。
俺は機械竜に向けて落下しながら、手に持つ術符に魔力を流した。
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