第7話 第一の試練『宝探し』――④
黒い獣が、たったひとりの細身の男に抑え込まれている。
丸太のように、大木のように、太く大きく膨れ上がった――黒獣のヴェルグの両腕を。
オリオン・ヴァンプ・メイザースと名乗った怪しい大人は、小さな十字架一つで完璧に受け止めていた。
「おい……なんでテメェまでが出しゃばりやがるメイザース……ッ! これはテメェら教師共がやれと命じた試練——殺し合いだろうが……ッ!」
「うーん。分かってはいたし、あわよくばこのままスルーを決め込もうかとも目論んでいたんだけれど、思った以上に君たちのテンションが上がっているみたいだから、やっぱりきちんと修正しておこうか」
そう嘯いたメイザースは、下からヴェルグの両腕を受け止めていた筈のキーホルダーのような小さい十字架を――彼の拳の上から叩き付けるように振るい、石塊が如きその両拳を、そのまま地面へと突き刺した。
「――ッ!?」
完全に目で追うことは出来なかった。
かろうじて、そういう動きをしたのだろうと後から予想してみただけだ。
決して肉体派には見えないのに、あのヴェルグを手玉に取っている――正しく、大人が子供をそうするように。
僕もエヴァも呆然と眺めることしか出来ない中で――メイザースは地面に突き刺したヴェルグの両拳を片足で踏みつけて、両手首に腕輪を嵌め込んだ。まるで手錠を掛けるように。
「ほら。直しておいたから、ちゃんと着けときなよ。せっかく君にお似合いなんだからさ」
それは僕が撃ち砕いた右の腕輪、そしてヴェルグが自ら砕いた左の腕輪だった。
完全に使い物にならなくなっていた筈のそれらを、メイザースはいつの間にか新品のように修復し、彼の手首に嵌め直したらしい。
獣から人間へと生まれ変わるように、膨れ上がった身体が年相応の少年のそれへと巻き戻されるヴェルグから足を退けながら、チャラついたオッサンは飄々と言う。
「本来ならここまでの直接的な介入は褒められたものではないんだけれどね。担当生徒を
元気いっぱいの子供たちに、大人として当たり前のこと言おう――と、メイザースは僕とエヴァ、そして背後から己を殺意たっぷりに睨み付けて来るヴェルグに向かって言う。
「当然ながら、魔法学校としては生徒同士の殺し合いを認めていない。一応は教育機関だからね。不慮の事故ならばともかく、明確な殺意を持った殺害行動は諫めさせてもらうさ。教師として――大人としてね」
「……よく言うぜ、クソが」
ヴェルグは立ち上がりながら、牙を剥くようにメイザースに食い下がった。
「お前は――
「無論、限られた
まだ、ね――と、そんな風に含みを強調しながら、メイザースは煙草に火を着ける。
自然の中に紫煙が吹き込まれていく光景に、僕は思わず眉を顰めるが、そんな僕の視線に気付いたのか、メイザースは携帯灰皿を取り出して灰を落すと、へらへらと笑いながら「そんなわけで、僕ら教師陣もこうして森の中を巡回しているというわけだ。それはちゃんと事前にルールとして言っておいただろう」と、いけしゃあしゃあと言ってのける。
そんなメイザースに、僕は思わず棘のある言葉を言った。牙を剥かないだけ勘弁してほしい。
「だったら、もっと早く止めに来て欲しいもんだ」
「いやあ、そこはごめんね。そこのお嬢ちゃんと同じく、僕も銃声を聞いてから急いでここに駆け付けたんだ」
このだだっ広い森の中を、たった三人で見回っているものでね――と、そんな風に言うメイザースに、殺し合いは認めていないという学校側の名分に対して、果たしてどこまで信憑性があるものかと疑問に思う。
この
それこそ魔法学校の全教師を総動員しても足りないだろう。それが無理というのなら、森全体の様子をモニタールームのような場所で一律に監視できるようにして、異変を察知したらすぐさま現地に転移できるようなシステムを導入すべきだ。
まさか、それが出来ない魔法学校ではないだろうし。そうしていない時点で、ヴェルグの事前に明言していなかったという言葉と、そしてメイザースの、不慮の事故ならばという言葉、そして、まだ、という、それらの言葉こそが――魔法学校としての本意なのだろうと、判断せざるを得ない。
超一流の、魔法使いを育成する為の機関——教育機関。
超一流の魔法使いとは、すなわち――。
「…………」
僕は思わず銃を握る力を強めてしまう。
そんな僕を、エヴァから見詰めているのを感じながらも――僕は。
「……まぁ、それに――」
そんな風に奥歯を噛み締めながら俯きかける僕に向けて―—メイザースは、そんな僕の顔を上げるように、真っ直ぐに僕の目を見ながら言った。
「――君なら、大丈夫だと思ったからね」
メイザースのその瞳は、冷たく、それでいて、余りにも鋭かった。
まるで、僕という、ちっぽけな存在の何もかもを見抜いているかのような――全てを読み取る、鏡のような、その恐ろしい瞳に。
「…………っ!」
僕は思わず凍り付き、指先一つ動けなくなった。
すっと、そんな僕を影に隠すように――エヴァが僕の前に立つ。
「……………」
エヴァは、恐らくは僕に向けるよりもずっと冷たい――それこそ、相手を凍り付かせるような、あの蒼色の眼を、メイザースに向けている。
メイザースは「……過保護だねぇ」とぼそっと呟くと、再びへらっと笑って。
「それに、もし、僕が君を助けるつもりで直接介入していたら、君の転送水晶を強制的に発動させてロビーに転送させなくちゃいけなくなっていた。君としては、そっ地の方がいいかい?」
「………………」
それに関しては、
・試練の間、回避不能のトラブルに巻き込まれ、教師に助けを求めた場合、または求めずとも教師が命の危機と判断して試練に介入した場合は、その時点で教師から該当生徒の転送水晶を発動する。
つまり、今回の場合は、メイザースはあくまでヴェルグ自身の危険な暴走を停止させる為に介入したのであって、僕のことを助けたわけではない――ということか。
君なら、大丈夫だと思ったからね――か。
「僕の見たところ、君は逆にやり過ぎるくらいがちょうどいい《《》》――殻を破ることが必要な少年であるように視えた。担当外の生徒だけれど、おじさんらしく若者にお節介を焼いてしまったという部分もある。これからの為に、ね」
「……ああ、本当に――大きなお世話だ」
僕が不機嫌さを隠そうともせず、餓鬼っぽくそういうと、メイザースはまるで大人が子供に向けるような優しい目つきで、僕達に手の甲を向けるようにしっしっと振った。
「というわけで、話は終わりだ。ほらほら、試練を再開しなよ、君達。無論、やっぱりさっさと転送して試練を終了させて欲しいというのなら、今からでもそうするけどね」
メイザースは僕たちにそう言うと、振り返って――血走った眼で担当教師を睨む教え子を見据えた。
「問題は君だよ、ヴェルグくん。彼らはともかく、君はまだ
そんな風に煽りながら、それでも絶対に僕たちと
目を瞑り、ボサボサの己の髪を掻き毟って、「——興が削がれた」と、先程までの熱を無理矢理に醒ましたような声色で、そう呟いて。
「——確かに、まだ焦るような時期じゃねぇ。俺たちの
ヴェルグはそう己の中で折り合いをつけると、ニヤリと、まるで獣のように。
敵意たっぷりに、殺意たっぷりに――友達に向けるような笑顔を、僕に向けて言った。
「じゃあな、レオン・ノヴァーク。貴様の牙は、いずれ必ず、この俺が圧し折ってやる」
そう勇ましく吠えると、黒獣のヴェルグは、僕やエヴァやメイザースにあっさりと背中を向けて、真っ暗な森の中へ一直線に突っ込んでいった。
エヴァが僕をレオンと呼んだのと、僕がうっかりノヴァーク家と口に出してしまったから、僕のフルネームに行きついてしまったのか。
しばらくは警戒していたが、やがて完全にその気配が消えると、僕は思わず息を吐く。全く、厄介な
そんな風に思わず脱力してしまっていると、未熟な子供を微笑ましがるように、僕に向かって生温かい笑みを向けたメイザースが「それじゃあ、僕も消えるとしますかね。これ以上はお邪魔虫だ」と呟きながら僕たちに向き直る。
「――それじゃあ、若人。精一杯、青春を楽しみな」
この森を――そして、魔法学校を。
「君でも、きっと楽しめると思うよ」
そんな言葉と共に、オリオン・ヴァンプ・メイザースは――本当に消えた。
怪崎のように風と共にですらなく、まるでそこには初めから何もなかったかのように。
初めから、僕の妄想の産物であったかのように――僕の欲しい言葉を残して。
「…………」
僕でも、楽しめる。
それは魔法生物に囲まれて育った僕でも、この森は楽しめるという意味なのだろうか。
それとも、こんな僕でも――この学校は、楽しめるという意味だったのだろうか。
魔法を、好きになれるという、意味だったのだろうか。
「…………なぁ、エヴァ。君は――」
それ以上考えると、余りにも自分に都合のいい解釈をしてしまいそうで、僕はエヴァに話を振った。
コイツにも言いたいことはあったのだ。
そもそも、なんでエヴァは此処に――と、そんな風に口を開こうとして。
強制的に、閉ざされた。
ヴェルグが去り、メイザースが消えて――二人きりになった途端。
エヴァが僕に、いきなり抱き着いてきたからだ。
「…………え……あ――」
再び無様に、まるで凍り付いたかのように動けなくなる僕。
そんな形容とは反対に、みるみるうちに上がる体温、そして紅潮する顔。そんな顔をこの子に見られたくなくて、思わず天を仰ぎながら、パクパクと強張る口から何とか言葉を吐き出そうとして。
「…………無茶、しないで」
その、いつも氷のように不動な彼女の――震える言葉に。
いや僕は巻き込まれたんだけど、とか。何もしなければ普通に殺されていたし、とか。
そもそも――無茶をする為に。
無理矢理に自分を変える為に――魔法学校に来たんだけど、とか。
やっぱり、色々と、言いたいことはあったけれど。
とりあえずは、そんなのは全部呑み込んで――僕の腕の中で震える少女を、震える腕で、抱き締め返した。
「……ゴメン」
我ながら薄っぺらい言葉だった。本心なんて一切込められていない。そもそも悪いと思っていないし――また同じ状況になったら、僕は間違いなく無茶をするだろう。
それでも、彼女はもう、何も言わなかった。
僕の胸に顔を押し付けて、言葉に出来ない不満と不安を、無理矢理に僕へと染み込ませようとする。
言葉で言ったって分からない愚か者に、それでも伝われと、そうするように。
僕は甘んじて、許嫁に甘えられながら――天を仰ぎ続ける。
「…………」
流石は魔法学校。一筋縄ではいかない。
きっとこんなものは序の口で、この世界に浸かり続けるほど――僕はもっと、魔法使いになれるのだろう。
望むところだ――そう口に出さずに、己に言い聞かせながら、僕は許嫁の温もりを、ぐっと強く、己のちっぽけな心へ押し付けた。
◆ ◆ ◆
私は熊に追われていた。
白いイヤリングが揺れる音と、千切り乱れる呼吸音、バクバクと悲鳴を上げる心臓の音がやけに耳に響く。
猛獣に背中を狙われる恐怖に心を凄まじい勢いで削り取られながら、それでも私は――必死に足を、前に動かす。
蔓や枝を必死で振り払いながら――いとも容易く樹木ごと薙ぎ飛ばして、私に接近してくる機械仕掛けの大熊から、とにかく遮二無二に逃げ続ける。
「………………っっ!!」
やだ――やだ――やだ――どうして、どうしてこんなことに。
成す術がなかった。
溢れる涙を拭う暇もなく、ただ恐怖と焦燥感に突き動かされるがままに走り続けることしか出来なくて。
そのせいか――私は遂に、樹の根に足を取られて無様に転び、受け身も取れずに倒れ込んでしまう。
「————ぐっ!?」
怖くて、情けなくて、私は思わず――
それはほんの一瞬。
何もかもがどうでもよくなって、生きる為の行動をやめてしまった。
立ち上がるのを。逃げ続けるのを。たった一瞬——それだけで、愚か者が当然の末路を迎えるには十分な時間だった。
機械仕掛けの大熊は獲物に追い付き、躊躇なくその巨大な爪が振りかぶる。
「…………あ」
今更が身体を起こそうとして、顔を上げたけどもう遅い。
当たり前に間に合わない。何もかもが手遅れ。助かる手段なんかない。
残された最後の逃避行動は、ただただ必死に――自分の心を守ろうとする悪足掻きのみ。
大丈夫。これは学校の試練だ。
いくら魔法学校とはいえ、本当に子供を見殺しにする筈がない。
あんな風にルール説明で脅していたけれど、いざという時はきっと安全装置かなんかが発動する筈。
大丈夫——何もしなくても助かる。
そんな風に、この期に及んで、
「————ッ!!」
本当に――死んでしまいたくなった。
「まだ生きていたのか。——愚妹め」
瞬間――
唐突に降り注いだ翡翠の雷に貫かれた機械仕掛けの大熊は、たったの一撃でその機能を停止させられた。
『
土煙が晴れ、機械熊の巨体が倒れ込んだことで――その人物の姿を私は視認することが出来た。
だが、視認するまでもなく、私には分かっていた。
その翡翠の雷を、その冷たい声色を――私は誰よりも知っていたから。
「………兄さん」
未だ腰を抜かし続け、立ち上がることすら出来ない私を――彼は
冷たい瞳で、翡翠色の瞳で――彼は、私を、
セル・アルヴ・ライトヘイム。
私の偉大なる兄は、出来損ないの妹を――この上なく、嫌悪していた。
「20ポイント……この程度の障害に、尻尾を巻くことすら出来ずに逃げ惑っていたのか。つくづく使えない奴だ。本当にお前は、私の妹なのか?」
「………助けていただいて……ありがとうございました。兄さん」
兄の言葉に、何も言い返すことが出来なくて。
合わせる顔がなくて、私はただ、俯きながら立ち上がろうとしたら――。
眼前に――杖の先端が突き付けられた。
「————え?」
顔を上げた、私の視線の先には――そんな私の目を、貫かんばかりに向けられた魔法の杖と、射抜かんばかりに向けられる、細められた冷たい翡翠の瞳があった。
「勘違いするな。私はお前を助けたわけではない。ただ一つ、お前が野垂死ぬ前に、問い質したかったことがあるだけだ」
兄さんは――セル・アルヴ・ライトヘイムは。
血の繋がらない妹へ向けて、血の通っていないかのような、冷たい言葉をぶつける。
ああ、いつも通りの兄さんだと、いっそ安堵すら感じる中、その問いは私に届いた。
「お前は、どうして――この
兄さんは杖を下ろさない。
あと少しでも突き出せば、私の眼球を潰せるであろう姿勢のまま微動だにしない。
まるで、いつでも殺せると、そう言わんばかりの距離感。
一向に近づかない、見えない壁が存在し続けるような距離感。
それはあの頃と同じ、あの頃からまるで変わらない――私と彼の距離感だった。
「お前に入学試験の水晶が渡ったことには疑問はない。あれはその一年の間に齢十三になる世界中の魔法の資質を持つ子供全てに行き渡る代物だからな。だから、解せないのは――あれをお前が解くことが出来たということだ」
理屈だけで言うならば、魔法学校には魔法の資質を持つ全ての者が入学するチャンスが与えられる――だが、それはあくまで入試会場に入れるというだけで、その殆どの者がただの記念受験に終わるものだ。
世界中で、たったの三百名。
その狭き門というにも余りに狭すぎる門を――どうしてお前が通過することが出来たと、兄はそう問うている。
一族の中で、誰よりも魔法の才に乏しい落ちこぼれであるお前が、と。
「元々何の期待もしていなかったが、
私のローブに貼られた紋章——黄金の鳥の紋章を睥睨しながら言った。
「お前はどこまで異端なのだ。フィア・ライトヘイム」
兄に名前を呼ばれたのはいつ振りだろう、とか。
この期に及んでそんな現実逃避みたいなことを考えながら――私はあの時のことを思い出す。
一族の期待を一身に背負い、儀式場の中で大人たちに見守られながら入学試験に挑む兄たちを他所に。
暗い部屋の中で、本当に私なんかの元にも送られてきた水晶を、恐る恐る両手の中に包み込んだ、あの時のことを。
もしかしたら、私なんかでも――そんな夢を抱いてしまうくらいには、あの水晶の光は本当に綺麗だった。
「だから、私は今、こう見えて本当に驚いているのだ。
もう一度だけ問うぞ、愚かなる妹よ――兄は。
一族始まって以来の才児と謳われる天才少年は、本当に、その知的好奇心を満たす為だけといった調子で、私に向かって問い掛ける。
「お前はどうしてこの魔法学校にいる? ——お前は、どうして」
それは、あの時。
美しい光を放つ水晶に――問われたのと、同じもので。
あの時——私は。
この問いに――私は。
「————ッ!」
だけど――今は。
あの時のように、瞳を輝かせて、手を伸ばすことは出来なくて。
何も出来ない無様な私に。何の期待も覗かせない――兄の、瞳に。
「………………っっ!!」
夢なんて――見ることなんて、出来なくて。
「……答えることも出来ないか。なら別にいい。ちょっと気になっただけだ」
それは私もよく知っている詠唱文だった。
私が成す術もなかった怪物を一撃で沈めた――美しい翡翠の雷を呼ぶ詠唱。
「ここでお前を見つけられたのは、ある意味で好都合だった。入学して間もなく行われる試練——ここで退学となってくれれば、我が一族の汚点が世界に広まるのを防ぐことが出来るだろう」
あの必殺の雷を――妹である、私へ向けて放つ為の詠唱。
「安心しろ、殺しはしない。一応はお前もライトヘイムの名を持つ者だ。一応な。だから――試練が終わる日没まで、ここで大人しく眠っていろ」
そうすれば晴れて、私は――退学。
この森ではなく、あの森へ――故郷たる、牢獄の里へ、逆戻り。
「さらばだ。愚かなる、愛すべき妹よ」
ああ、死んだ――と、私は思った。
殺しはしないとは言ったけれど、手心を加えるような兄じゃない。
私を再起不能にするだけの威力を、この雷はちゃんと備えている。
日没まで、息をしているだけの、黒焦げの私が――危険な魔法生物がうじゃうじゃと跋扈しているこの森に放置されて、無事に生き残れるなんて妄想できるほど、私は楽観的じゃない。
その間、頼りになる兄が、付きっ切りで護衛してくれるなんて光景は想像すら出来ない。なんなら、雷を放ち終わったからって、こうしている今にも背中を向けているかもしれない。そういう人だ。そういう兄なのだ。
だから――これは、死だ。私という出来損ないに、やっと齎された終わりだ。
それを、他でもない、尊敬すべき兄から与えられた。
私に向かって降り注ぐ雷は――あの時の水晶のように、美しい光だった。
「なんだ。ちゃんと分かってるんじゃない。そう――きょうだいは、愛すべきものなんだよ」
だが、翡翠の雷は私の体に――落ちなかった。
まるで私を避けるように、見えない傘に弾かれるように、不自然な軌道を辿って、翡翠の電撃の滝は地面に吸い込まれていった。
「………何?」
案の定、既に私に背中を向けていた兄が振り返った。
だが、その視線が改めて向けられるのは――当然ながら、死に損なった私に、ではない。
「でもさぁ、一番肝心なことを、あなたは分かってないなぁ」
いつの間にか、私の頭上を、円を描くように泳いでいた――複数枚の術符。
それが持ち主の元へと帰るように――黒いセーラー服を纏った、艶めく黒髪の少女の元へと戻っていく。
森の闇の中から現れた黒い少女。
その正体不明の乱入者に、セル・アルヴ・ライトヘイムは――
「上の
飄々と嘯く少女に、誰だ――と、兄は短く問うた。
黒いセーラー服の胸元に、黄金の鳥の紋章を貼り付けた少女は。
魔法の杖を向ける兄に――ニコッと、笑顔で自己紹介をする。
「私の名前は
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