第8話 第一の試練『宝探し』――⑤


 土御門陽菜つちみかどひな

 そう名乗った、これまで一言も口を聞いたこともない同寮生は――真っ直ぐに兄と相対する。


「そうか。私の名前はセル・アルヴ・ライトヘイムだ。別に覚えなくていい。――土御門。見ての通り、きょうだい喧嘩の最中なんだ。部外者は引っ込んでいてもらえるか?」

「ごめんね。余計なお節介だとは分かっているんだけど。仲の悪いきょうだいに、仲直りしてもらうのが、私の趣味みたいなものなの」


 兄は、にこやかに笑いながら言う土御門さんの言葉に「なるほど。正しく余計なお節介だ。うちにはうちのやり方というものがある」と無碍なく返しながら――魔法の杖を、土御門さんに向けて。


「——これ以上、首を突っ込むな。痛い目をみるぞ」


 杖に装飾された緑玉エメラルドに翡翠色の魔力を灯し――バチバチと雷を瞬かせながらそう告げると。


 土御門さんは――それでも。にこやかに、微笑み続けながら。


「他人様の家の事情に踏み込むんだもの。——覚悟の上だよ」


 可憐な少女の、そんな涼やかな立ち姿を見て――初めて。


「…………ほう?」


 兄さんは――笑った。


「————ッ!」


 思わず私が息を吞むのと同時に、兄の杖から雷の矢が放たれる。


 音よりも遥かに速く到達する衝撃に、私はただ目を瞑ることしか出来ない――が、しかし。


「………っ!?」


 ゆっくりと、恐る恐る目を開けた私が目撃したのは――まるで星のように白く輝く術符が、宙に浮いて彼女を守護まもっている光景だった。


「——ふっ」


 兄が再び、口元に笑みを浮かべながら雷矢を放つ。


 二発、三発——複数撃同時に放たれるそれを。


 二枚、三枚と、自由自在に宙を動く術符が、微動だにしない土御門さんを見事に守りきってみせた。


「……………ッッ!!」


 兄は――詠唱を唱えていない。

 故にこの雷矢は本来の威力よりもずっと落ちている筈。だけど、その分、放たれる速度は正しく雷速――魔力の充填チャージ時間も格段に短く、兄の実力ならば予備動作も術式予兆も全く感じ取れない筈だ。


 ノーモーションから放たれる雷速の矢。

 そんな理不尽極まる攻撃を、彼女は微笑みを崩すことすらなく完璧に無力化させている……ッ。


「——陰陽師、か。千年近く進歩のない、極東の骨董魔法だと長老ジイサマたちは馬鹿にしていたが……なかなかどうして侮れない」


 ノブハ・ツチミカドによる革命によって生まれ変わったとは知っていたが、現代陰陽術がこれほどとはな――と、兄は感嘆する。


「………」


 兄は――セル・アルヴ・ライトヘイムは天才だ。

 魔力、術式センス、血統、そのどれもに世界トップクラスに恵まれていたけれど――それでも、兄の一番の才能とは何かと問われれば、私はその頭脳こそを上げる。


 その卓越した脳細胞でもって、兄はありとあらゆる魔法を『理解』した。


 私たちの一族の故郷――『里』に存在する、世界中の魔法知識が詰め込まれた『魔法図書館』。

 無論、魔法の全てが存在するとされる魔法学校のそれとは比べ物にならないだろうけれど――それでも。

 世界で最も多くの『卒業生』を輩出している私たちの一族から誕生した十人もの卒業生たちが、件の魔法学校から持ち帰って来た知識も惜しげもなく所蔵されているその図書館ばしょは、表の世界において最も豊富な魔法知識が得られる場所といっていい。


 そんな場所に、兄は幼少の頃から通い詰めていた。

 古今東西のあらゆる魔法知識が記された無数の書物を読み続け――その全てを『理解』してみせた。


 世界で最も魔法に選ばれた一族に生まれた、歴代最高の天才児。

 それが私の義兄——セル・アルヴ・ライトヘイム。


 私も、そんな兄の背中を追い掛けるように、隠れて図書館に通い詰めた。

 兄が読んだ本を図書館に返すと、こっそり自分も同じ本を借りた。私なんかじゃ、その半分も理解することは出来なかったけれど――極東の島国で最もポピュラーな魔法術式『現代陰陽術』についての大まかな知識くらいは持ち合わせている。


 だけど――『でしょ……ッ。


「現代陰陽術は、『無言術式』、『簡易術式』、『詠唱術式』の大きく三つに分かれるが、そのいずれにせよ、術式発動前に術符に魔力を流し込む工程が必要だ。しかし、お前は術符に魔力の糸を常に繋げていることで、その工程を省略している」


 術符に魔力の糸を常に繋げる……。

 それで術符を浮かしているのだとしても、それってつまり――ってことじゃない……ッ!?


「確かに、そのやり方なら術式に魔力を巡らせる工程が省かれることで、魔力を込め辛くなるという『無言術式』のデメリットは解消される――が、頭のいいやり方とはいえないな。魔力を余りに無駄に消費し続ける愚策だ」


 そう吐き捨てながらも、兄の楽しそうな笑みは消えていない。

 兄も――理解しているのだ。デメリットを解消する為に生じる筈の更なる致命的なデメリットが、彼女には当て嵌まらないということに。


「はは。お父さんにもお母さんにもそう言われたんだけど。御当主おばあさま様と愛樹アキは褒めてくれたんだよ。これは私にピッタリの方法だって」


 私は愛樹みたいに色んな術式を切り替えて使うのが苦手だったから、の―—と、土御門さんは言う。


「魔力だけは、人よりも多く持って生まれたみたいだから」


 そう、彼女の魔力量は――凄まじいの、その一言に尽きた。


 だって――分かる。

 魔法使いの才能とはつまり、魔力を感知する才能を指すけれど、それにしたって、その人の内臓魔力量まで感知できるわけじゃない。魔法を使う為に術式に込める魔力を手掛かりに、その人の保有魔力量の多寡を判断するのが普通だ。


 だけど――土御門さんのそれは、はっきりと視認出来る。

 ずっと魔力を垂れ流しているからか、まるで土御門さんの小柄な体を包み込むように広がる、白く輝く魔力のが視える。


 そして、それは全く減らない。

 小さくならない。ずっと、大きく、凄まじいままだ。


 その光は――神々しくさえあった。

 まるで人の形をした魔力の塊が喋っているかのようで――彼女がまるで、人でない何かのようにすら感じられた。


 私は、思わず恐ろしさすら感じて、彼女から距離を取るように地べたに座り込んだまま後ずさってしまうけれど。


 兄は――神に選ばれたとさえ言われた、一族始まって以来の天才児は。


 ずっと傍にいた私ですら、見たことのないような――輝く瞳を、彼女に向け続けていて。


「…………面白いッ!」


 魔法の杖を振るい、翡翠の雷を集めて宙に狼を創り出すと。


「…………やるねっ!」


 土御門さんもまた、宙に浮かせる術符を増やして、そこから白炎の大鳥を生み出す。


 そして、雷狼と炎鳥がぶつかり合い、炎と雷が混ざり込んで衝撃を轟かせる中で。


 私は――そんな光景を見て、あぁ――と、思う。


「…………」


 土御門陽菜。彼女もまた、天才なんだ。


 兄と同じ世界の人。私とは違う、世界の人。


 白光と翠雷が。炎鳥と雷狼が。


 行き交い、ぶつかり合う――超常の世界の只中で、私はそれを、痛感させられる。


「…………いいなぁ」


 私がずっと手を伸ばした場所で。

 私が阻まれ続けた壁を、あっさりと乗り越えて。


 ずっと、ずっと――夢見た、世界で。


 あんなにも、楽しそうな兄と――いっしょに遊ぶ、彼女を見て。


 ただただ、そんな――無様な感情に、打ちのめされる私に。


「危ないよっ!」

「————ッ!?」


 いつの間にか、目の前に迫っていた翡翠の雷撃。

 私を狙ったという意図すら込められていない――魔力衝突による、ただの流れ弾。


 それでも、こんな矮小な私を絶命させるには、十分すぎる威力が籠ったそれに。


「あ――ッ!」


 何の備えもしていなかった私は。

 逃走の準備も、闘争の心構えも――参戦するか、停戦させるか、何の行動指針も定めていなかった私は。


 魔道具デバイスを取り出すことから始めなくちゃいけなくて。そんなことすら、慌てて、もたついて、出来なくて。


 恐怖なのか、情けなさなのか、思わず溢れた涙を拭うことすら出来なくて。


 そんなちっぽけな私を、翡翠の雷が襲う前に――白い閃光が攫った。


「———っ!?」


 私のローブの首裏を何かが引っ張って、魔法が荒れ狂う戦場から遠ざけて。


「大丈夫?」


 土御門さんの背後へと、彼女の白い光が守る安全地帯へと運んでくれた。


「あ――」


 くるりと、彼女の周りを一羽の白いつばめが舞う。


 あの燕が、つまりは彼女が、ぼおとへたり込んでいた私を助けてくれたことは明白で。


 そんな彼女に――あろうことか、私は。


「——――っ!」


 余計なことをしないでと、助けてくれなんて頼んでないと――そんなことを、叫びそうになった。


 そんな、恥知らずなことを、口走りそうになってしまった。


 意地でも、プライドでも、何でもない――ただの、嫉妬で。


 なんて――弱い。なんて――――醜い。


「…………ッッ!!」


 心配してくれる彼女に、助けてくれている恩人に、何も言えなくて。


 兄にも、同級生にすらも――合わせる顔も、返せる言葉も、何もない私に。


「―――?」


 首を傾げる土御門さんに向かって――兄は尚も楽しそうに魔法を放つ。


「余所見をするな、土御門」


 再び放たれる雷狼。

 こんな規模の魔法を無詠唱で、何の予備動作も無しに放てるのは、『卒業生』を除けば私たちの一族にすら誰ひとりとして存在しない。


 しかし、そんな大魔法を、彼女もまたあっさりと返して見せる。


 雷狼に全く見劣りしない炎鳥。

 それを彼女もまた『無言術式』で、何の充填時間チャージもなく生み出し、真っ直ぐにぶつけて相殺する。


 炎と雷が生み出す爆発のような衝撃の中で――土御門さんは「ちょっと聞きたいんだけど」と、まるで世間話を振るような気軽さで問い掛ける。


「どうしてそこまでしてこの子を狙うの?」

「お前には関係のないことだ」


 さっきの様子見のそれとは違う。

 明確に攻撃意思を込められた無数の雷矢が前後左右あらゆる角度から撃ち込まれる。


 それを半球状にばら撒かれた無数の術符が、縦横無尽に飛び回る白燕が、次々と一射残らず叩き落していく。


 世界の違い過ぎる戦いに、私が小さく蹲ることしが出来ない中で、二人の天才は、無言で魔法を放ちながら会話を続けている。


「――ここに来るまでに、何人か白銀狼シルバーウルフの人たちを見たんだ」


 土御門さんは、荒れ狂う戦場の中でぽつりと呟いた。


 その表情は、その小柄な背中を見上げるだけの私には、何も見えない。


「みんな、宝玉を探すよりも標的ターゲットを倒すことに必死だった。もちろんポイントを稼ぐことも大事だけど、だからといって宝玉を手に入れられなきゃ退学なんだから、少なくともまずは宝玉そっちに手を伸ばすよね」


 でも、明らかに優先順位が違うように見えた――と、雷の槍を白い光の盾で受け止めながら、土御門さんは続ける。


「中には銀色の宝玉を手に入れてた子もいたけど――


 翡翠の巨大な雷槍を受け切った土御門さんは、その余韻たる煙の向こうへ言葉を投げ掛ける。


「その動き辛そうな外套の中身。見せてくれないかな? ライトヘイムくん」


 土御門さんと同じく、戦闘が始まってから一歩も動いていない兄は。


 にやりと笑うと、ゆっくりと――その外套の中身を晒した。


「…………え?」


 その外套の裏地には無数のポケットがあり――そこにはポケット一つに一個ずつ、


 理解出来ないその光景に絶句するしかない私と違って、「…………流行ってるのかなぁ、それ。私はあんまりカッコいいとは思わないんだけど」と、そんな風に呟く声が聞こえた。


「本当に面白い女だ。よく気付いたな?」

「本当に面白いのはあなたのファッションセンスだよ。……それが白銀狼シルバーウルフの――今回の試練に対するスタンスなの?」


 ああ――と、外套から手を離した兄は、あっさりとそう肯定する。


「これから一年間を過ごす『群れ』の実力を把握したいと考えるのは、『長』として当然のことだろう?」


 兄は語る。


 白銀狼の新入生が獲得した宝玉は――その全てが兄の元へと自動転送される。

 そういう術式を、他でもない兄自身が、白銀狼の新入生全員に施したと。


 今回の試練でより多くのポイントを集めた者から順に、兄から直接、群れの一員として認められた証である宝玉を手渡され――試練をクリアすることが出来る。


 そういうルールを、白銀狼の生徒たちに、兄自身が、認めさせたと、そう語る。


 より群れに貢献することが出来る個体を把握し――そして、最も群れに貢献できない劣等種を炙り出して。


 退学させ――群れから、追い出す。


「これが白銀狼われわれの、此度の試練の使い方だ」


 誰が退学にか、ですらない。


 誰を退学にか。ひとりの『長』が、一方的に、独裁的に取捨選択を行う、その余りに傲慢で、余りに恐ろしい計画に――私は、震える。


 でも――同時に納得もした。


 この人ならば、やりかねない。


 セル・アルヴ・ライトヘイムは、そういうことをする――人でなしだ。


「……なるほどね。そういう感じかなぁとは、思ってたけど」


 土御門さんは、これまでの彼女からは想像も出来ないような――乾いた、棒読みのような口調で言った。


「クラス運営の方針に、他寮の私が口を出すのもおかしな話だし。個人的にはどうなんだろうとか思わなくもないんだけど――うん。でも何よりも先に、ちょっと気になる点があるかな」


 翡翠の雷弾が、白光の炎弾が、両者の中間地点で衝突する。


 土御門さんは強烈な爆風の中でまるで揺るがず――真っ直ぐに、白い狼の長に向かて問い詰めた。


「入学間もないこんな時期に、クラス全員の宝玉を自分に集めさせるなんて強権が振るえる立場を、あなたはどうやって手に入れたの?」


 土御門さんは言う。


 黒銅竜ブロンズドラゴンは、今回の試練を『王』の選抜に使っている。

 最も多くの宝玉を集めた者が、これから三年間のクラスを率いる立場を手に入れることになると。


 彼女がどうしてそんな黒銅竜ブロンズドラゴンの内部事情を把握しているかも気になったけれど、口には出さず、私は土御門さんの言葉に耳を傾ける。


 土御門さんは問うた。

 どうして白銀狼シルバーウルフと。


 王の選抜を終えて、民の選別を行っているのかと、そんな疑問を――兄に向かって、問い詰める。


「まだ入学して二日目だよ。あなたはどうやって、?」


 確かに、普通ならば考えられないことだ。


 世界魔法学校ワールドマジックアカデミーに集まるのは、世界中でたった三百人の魔法使いの卵たち。


 究極に厳選された、世界でたった三百個の椅子に座ることを許されたスーパーエリートたちだ。

 そんな少年少女たちが、出会ってたった一日で、自分の魔法使い生命いのちを他者に預けるようなことを、そんな理不尽極まりない横暴を受け入れるなど有り得ないと――そう彼女は唱えてる。


 確かに、普通ならば有り得ない。――普通ならば。


 だけど、兄は――セル・アルヴ・ライトヘイムは普通ではない。


 普通の生まれでは――普通の血統ではない。


「…………ぁ」


 私が勇気を振り絞って口を開き、それを伝えようと――するよりも、前に。


 土御門さんは「それは――もしかして」と、その細く綺麗な指を、己の艶やかな黒髪に――否。


 その艶めく黒髪の中を、指差して言うのだ。


「――あなたの素敵なそれに、何か関係があるのかな?」


 彼女が指し示したのは、己のそれではない。


 あなたの――つまりは兄の。


 セル・アルヴ・ライトヘイムの、特徴的な耳を指したのだ。


 まるで御伽噺の妖精――を。


「ふっ――」


 尖った耳に、白い肌。

 翡翠の瞳に、宝石のような金髪の少年は。


 私の血の繋がらない義兄、世界で最も貴き血脈を継ぐ――セル・アルヴ・ライトヘイムは、笑いながら両手を広げて。


「もういいだろう? おしゃべりは終わりだ。無粋な大人が近付いてきている。お前との魔法比べは、久しぶりに楽しかったが―—」


 次で最後にしよう――と、その己の身長よりも長い杖に装飾されている翡翠の宝玉エメラルドに、己の翡翠の魔力を集めていく。


「その愚かな劣等種いもうとを、守れるものなら守ってみせろ」


 兄の言葉に傷つく間もなく、土御門さんはしゃがみ込んで、私を腕の中に抱き寄せる。


「え――ぁ」


 私がその突然の彼女の行動に戸惑っている間に――天才たちは最後の魔法比べを始めようとしていた。


 この戦いを――終わらせようとしていた。


「翡翠の雷よ――」


 この戦いで初めて、兄は詠唱を唱えた。


 それは決して長い詠唱文ではなかった。

 だが、短いながらもこれまでの無言で放たれた魔法とは、比べ物にならない威力の雷が放たれようとしている。


 土御門さんは広範囲にばら撒いていた術符群を私たちのすぐそばまで集めて、細い円柱状の結界を私たちを囲むように形成する――そして、兄はそんな私たちに構わずに。


 ぐるりと、大きく、その長い杖で円を描くように回して。


 コン――と、先端を、打ち鳴らすように地へと突いた。


「―――――全てを塗り潰せ。『翡翠雷塗ラジアボルト・ジェイド』」


 瞬間――詠唱通り、まるで世界を塗り潰すかのように強烈に放たれる翡翠の雷波に。


「――――ッ!」


 土御門さんの結界が軋み、初めて彼女が表情を険しく歪めた。


 そして、まるで何かを決意したかのように、やはり初めて、彼女が術符を直接その手に取って。


「――――」


 兄がそうしたように、彼女も呪文を口にしようとする――――が、その呪文が唱えられる前に。



「――やりすぎですね」



 パチン、と。

 指が鳴らされる音と共に――世界が静寂に包まれた。


 あれだけの翡翠の雷の波が、まるで更に上から元の色で無理矢理に塗り潰されたかのように、綺麗さっぱり消失している。


「え……? あれ……?」


 私が現実というものをまるで見失っている中で、土御門さんと兄は、共にある一点を見詰めている。いや、見上げていた。


「試練のルールを忘れたのですか? セル君。森の魔法生物を無闇に傷つけるのは禁止です。それはつまり――こういった森そのものを傷つけるような大規模な術式の使用は控えるようにという意味です。それが理解出来ない貴方ではないと思いましたが」


 私の買い被りでしたか? ――と、そんな声が、空から聞こえた。


 否――空ではなかった。

 この辺りで最も背の高い樹――その先端に、その女性は直立していた。


「無論、理解していましたよ、マルタ先生。アナタが近くで見ていることを確信した上で、アナタがフォローしてくれると信頼した上での行使です」


 滅多に聞けない兄の敬語。

 魔法学校入学直前では、もはや一族の長老たちや父母にすら上から目線で、偶に里に帰ってくる『卒業生』の十名にしか敬語を使わなくなっていた兄が、態度はともかく言葉としては敬語を使うということは、一応は尊敬しているらしい。一応は。


 教師のフォローを前提に行動しないでください。私たちの救助を受ければ試練はそこで強制終了ですよ、と女性が言うと。

 それはあくまで命を危機を助けてもらった場合でしょう? 最悪、先生がフォローに入らなくても、魔法生物に当たらないように調整してましたよ。魔法の範囲内の魔法生物はし――と、兄は悪びれることもなく言う。


 そんな兄の態度に露骨に溜息を吐いた女性は、スッと、10メートル以上は確実にある大樹のてっぺんから降りて、というか落ちて、それでも当たり前のように音もなく着地する。


 そんな謎の女性に向かって、兄は「それにしても――先生もタイミングが悪いですね」と、肩を竦めながら。


「後、一瞬だけでも待ってくれれば――」


 彼女の、隠し玉が暴けたかもしれないのに――と。


 それはもう楽しそうな笑顔を、土御門さんに向けながら言った。


 謎の女性は再びこれ見よがしに溜息を大きく吐きながら「本当に……その白い肌に見合わず、お腹の中は真っ黒な子ですね」と呟くと、私と土御門さんの前に歩み寄って言った。


「初めまして。私は今年度の白銀狼シルバーウルフ寮の新入生を担当しています。マルタ・ローゼンクロイツです。此度はうちの生徒が大変ご迷惑をお掛けしました」


 そう、謎の美女は――マルタ先生は、恭しく腰を折って頭を下げた。


 この人が白銀狼シルバーウルフの担当教師。

 黄金鳥うちの怪崎先生とはえらい違いだなんて呆然としていたら、私の前に立つ土御門さんが「こちらこそ初めまして。今年度から黄金鳥ゴールドバード寮にてお世話になってます、土御門陽菜つちみかどひなです。よろしくお願いします」と丁寧に頭を下げたので、慌てて私も頭を下げた。未だ腰を抜かしたままで、名乗ることすらも出来なかったけれど。


 そんな私たちに、「よろしくお願いします。土御門さん。ライトヘイムさん」と、名乗ってもいない私の名前も口にしながら無表情に言うと、くるりと兄へと振り返って、「セル君。子供らしくはしゃぐのも結構ですけれど、我々教師も忙しいのです。あんまり直接介入しなければならないような状況を意図的に作って、仕事を増やさないでくださいね」と、その言葉通り、本当に子供に対してそうするように言う。


 あの兄を――子供扱いしている。

 いや、教師と生徒という立場なのだから、ある意味で当然なのだけれど――歴代でも屈指の天才児として、十二才にして一族でも抜きん出た実力を誇る兄を子供扱いできるのは、『里』にすらもう殆どいなかった。

 ある意味では、この魔法世界マジックワールド以上に、魔法の実力が全てだった『里』では、実の父母ですら兄に敬語を使っていたくらいだ。


 なのに、そんな慣習が身に沁み込んでいる筈の兄が、むしろマルタ先生のそんな態度に「ははは。全く、敵いませんね、先生には」と、ちょっと嬉しそうだった。


「………………」


 ちょっと嬉しそうだった! あの兄が!


 こういう大人の女性がタイプだったのだろうかと、本人に気取られたら間違いなく殺されるであろう思考を震えながら巡らせる私を他所に、マルタ先生と兄は会話を続ける。


「それとセル君。そろそろ『解放』を始めたらいかがです? 今年の新入生は、皆さん思いの外元気がよくて、標的ターゲットの数も想定以上の早さで減ってきていますから。そろそろポイントも頭打ちになってきてます。このままでは黒銅竜ブロンズドラゴンのように身内で潰し合いが起きますよ。貴方としてもそれは本意ではないでしょう」

「……先生。他寮の人間がいる前で、あまり我々の戦略を明かさないでいただきたいのですが」

「既に彼女には看破されているでしょう」


 意図的に私の仕事を増やして時間を奪ったことに対するお仕置きです。それに、こういうことを進言してくれる同級生クラスメイトを作った上で試練に臨まなかった貴方の失策ですよ――と、マルタ先生はあの兄に説教をした。


 そんなマルタ先生にやっぱり兄は肩を竦めるだけで気分を害した様子を見せずに「……そうですね。先生の仰る通りです」と、素直に己の非を認めるではないか。本当にこの人は本物の兄なのだろうかと、いよいよ私がそんなことを疑い始める中、兄は己の思考を纏めるように呟き出す。


「確かに、『群れ』における個体別のスペックを把握するのは重要ですが、今の時期は個体数マンパワーも重要です。黒銅竜ブロンズドラゴンのやり方は愚策だ。我らが白銀狼シルバーウルフとしては、捨てるのはまだ、一体ひとりでいい」


 そう言いながら、兄は――私を冷たく見据えた。

 すわ私の不敬な思考をやはり看破されたかと身構えたが――そうではないだろう。


 あの瞳は、言外に――わたしならばおまえを切り捨てると、そう告げている。


 未だ何も出来ていない。

 立ち上がることすら出来ず、一歩も前に進めていない――救いようのない愚か者は、切り捨て、見捨てるのが正解だと。


「…………ッ」


 そんな瞳に、私は――やっぱり、俯き、目を逸らし、逃げることしか、出来なくて。


「…………」


 兄は、そんな私を視界に入れる価値すらないと断じたのか――私から彼女へ。


 己と同じ世界に生きる、己と同じ高さに立つ――天に選ばれた才能へと、目を向けて。


「お前はどう思う? ――土御門陽菜つちみかどひな


 土御門さんは、スッと自然に、当たり前のように、私を――守るように立ちながら。


「私は、誰かの可能性を捨てるような、そんな勿体無いことはしたくないな」


 ビシッと、真っ直ぐに――兄に向かって人差し指を立てながら言う。


「目指すはハッピーエンド一択! 私は、楽しい学校生活を送る為に、魔法学校に入学したんだから!」


 それは、答えになっていないような答え。


 少なくとも私には、そう感じた彼女の言葉に――それでも兄は、やはり、私には見せたことのないような、同胞の誰にも見せたことのないような、楽しそうな、笑みを浮かべた。


「――本当に、面白い女だ」


 そして、兄は、私たちに背を向けて。


「また会おう。今度は余計な奴は抜きでな」


 振り返らずに、私なんかを――見遣りもせずに、そのまま森の中へと消えて行った。


「…………ぁ」


 私は、声を出すことも、手を伸ばすことも出来ずに――ただ、その背中を見詰めることしか出来なくて。


「――それでは、私もまだまだ仕事がありますのでこれで。あ。せっかく地上に降りたので、これは回収していきます。こういう後始末も我々の仕事なんですよ。本当に教師を何だと思っているのかしら。苦労するのはいつだって現場なんだから。あのクソ校長ジジイは何を言ってもただ微笑むだけで何もしてくれないから、やっぱりこういう意見陳情は副校長先生に――」


 などとぶつぶつ黒いブラックなことを呟きながら、兄が倒した黒灰熊ブラック・グリズリーを、すらっとした長身だけれど女性である自身の体よりも遥かに大きいその巨体をあっさりと担ぎ上げながら、マルタ先生はそのまま飛び上がるように跳躍する。


 きっとまた大樹の天辺へと舞い戻ったであろうマルタ先生は、あっという間に私の視界からは見えない場所に行ってしまった。


「うわぁ。マルタ先生、見た目によらず力持ちなんだねぇ。それともあの身体能力も魔法なのかな?」


 土御門さんはそんな風に笑いながら、未だへたりこむ私を見下ろして。


「――ねぇ、ライトヘイムさん。あ、フィアちゃんって呼んでもいいかな?」


 スッと、両膝を抱えるようにしゃがんで、私と目線を合わせながら言った。


 その余りに無邪気な笑顔が、先程まで兄と次元違いの魔法戦を繰り広げていた子と同じ人には見えなくて、私は言葉の意味も大して咀嚼せずに反射的に「え、ええ……」と頷いてしまう。


 土御門さんは「ありがとう。私のことも陽菜でいいよ!」と笑うと。


「フィアちゃん。フィアちゃんはまだ宝玉を見つけてないよね?」


 そう、私に問い掛けて来る。

 私は何と返したらいいか一瞬だけ迷った。

 一応は限りあるリソースを奪い合うライバルのような立場だけれど、彼女との力量差は明白だったし、助けてもらった上にここまで散々に情けない姿を見せている相手だ。無駄な見栄を張る意味もないし、何よりそんな元気も最早なかった私は、素直に「……ええ」と肯定する。

 

 土御門さんは――陽菜さんは、そんな私の言葉に頷くと、腰を浮かせて――立ち上がることすら出来ない私に、その白くて綺麗な手を差し伸べる。


「それなら急ごう。マルタ先生が言ってた通りに、標的ターゲットが残り少なくなってるなら――宝玉の残りも少ないってことだと思うから」


 確かに、宝玉探しよりも標的ターゲット撃破によるポイント集めを優先しているのが白銀狼シルバーウルフの新入生だけだとしても――標的ターゲットの残数自体が減っているのならば、黒銅竜ブロンズドラゴンも、そして私たち以外の黄金鳥ゴールドバードの生徒たちも、必然的に宝玉集めしかやることがなくなる。


 そうなれば、宝玉の残数もみるみる内に減っていくだろう。

 もたもたしている時間がない、というのは分かる。けど――。


「――何で、私に構うの? あなたはもう宝玉を確保しているんでしょう? だったら、あなただけで、残り少ない標的ターゲットを探すなり、さっさと転送クリアするなり……すればいいじゃない」


 そう、そもそもの話だ。

 どうして――彼女は、私に構うのだろう。


 きょうだいを仲直りさせるのが趣味みたいなものだとか言っていたけれど、その戯言みたいな言葉も、そもそも意味が分からない。


 彼女に何のメリットがあって、どんな思惑があって、この天才少女は――こんな何もない凡人に手を差し伸べているのだ。


 あんな危険な兄と、あれほどの異次元の魔法戦を繰り広げてまで――私なんかを助ける意味が、まったく分からない。


 だから震える。怖くて、意味不明で――掴むことが出来ない。


「――言ったでしょ。私はハッピーエンド至上主義なの」


 そんな、この期に及んで往生際悪く、宙空で迷子のように行き場を失っていた私の手を――その少女はあっさりと掴み取る。


 そして、主人公ヒーローのように――光そのものといった、眩しい笑顔で、ピカピカに輝く言葉を放つ。


「全てを救うなんて烏滸がましい言葉は言えないけれど、この手が届く限り、この目の届く範囲の平和は守りたいの。せっかく同じ寮になったんだから、仲良くなる前に誰かがいなくなるなんて――私は絶対に嫌なんだ」


 だから、諦めないで――そう言って、彼女は私を見詰めて。


「だから――立ち上がって!」


 その小さな体で、グイッと、もう二度と立ち上がれないと思っていた、私の体と心を引っ張り上げた。


「あなたの青春ものがたりは、まだまだこれからなんだから!」


 不思議だった。

 出会ったのは昨日が初めて。言葉を交わしたのは今日が初めて。目を合わせたのは――今が、初めてなのに。


 お互いのことなど、殆ど何も知らない少女なのに――。


 その目に、その声に、その言葉に、その笑顔に。


 魅入られてしまいそうな――私がいる。


「…………」


 気が付いたら、立ち上がっていた。

 気が付いたら――手を握っていて。


「……ありがとう」


 そんな風に、受け入れてしまっていた。


 こんな人間を。こんな魔法使いを。


 私は――彼女の他に、たったひとりしか知らない。


「…………」


 土御門陽菜。


 彼女といれば、分かるのだろうか。


 私の夢に――――辿り着けるのだろうか。


 そんな風に彼女を見つめていると、ふと、上空で翼が羽搏はばたく音が聞こえる。


 またドラゴンでも通りすがったのかと天を仰いだ私を見下ろしていたのは――竜とはまた違う、けれど同じくらい世界的に有名な、御伽噺フィクションの住人。


「――ペガサスっ!?」


 たまたま通りすがったわけではないことは、まるでホバリングするヘリコプターのように、胴体に生やした翼を羽搏せながら、同じ場所に留まってこちらを見下ろしている様子からも明らかだった。


 完全に私たちを認識している。そして、観察している。


 まさか――この森にはペガサスまでいたの!?

 いや、魔法学校が管理する、魔法生物の森とまで銘打たれた異境だ。それこそありとあらゆる魔法生物が現存されていると考えても何もおかしくはないけれど――ッ。


 どうする――ペガサスはドラゴンと違って、そこまで好戦的な印象はないけれど、それはあくまで魔法書や御伽噺から感じる勝手なイメージに過ぎない。

 そもそも表世界の、魔法に無縁な一般人すら誰もが知っているビッグネーム――つまりはが、単純に弱い筈がない。


「ひ、陽菜さん! ペガサスが!? どうする――っ? ペガサスって言ったら、その敏捷性スピードだけならドラゴン以上だって魔法書で読んだことが――」

「――大丈夫」


 おたおたと狼狽える私が思わず陽菜さんのローブを掴むと――陽菜さんはそんな私の手を優しく包み込んで、その太陽みたいな笑顔を向けて。


「大丈夫だよ」


 すっと――真っ直ぐに、私たちを見下ろすペガサスを見据える。


 私も、その鋭い視線につられるように、再び天を仰ぐ――――あれ?


 その時、ふと気付く。

 私たちを――じゃ、ない……?


 ペガサスが飛んでいるのはかなりの上空で、はっきりと確信を持って断定できるわけじゃないけれど、ただの卑屈な私の妄想なのかもしれないけれど。


 その神聖なる翼を持つ白馬は、遥かなる高みから、真っ直ぐに、私などには目もくれず――陽菜さんだけを、見詰めているように、見えて。


「――――」


 そして、ペガサスは、そのまま私たちに背を向けるように、何処かへと飛び去っていった。


「――行ったみたいだね」


 陽菜さんのその言葉を、私は呆然と聞き流していた。


 何だったのだろうか。

 まるで神様と遭遇したかのように現実感のない数秒だった。


 余りにも神々しく、この世のものとは思えない程に美しい生物が。


 何かを確認するように、私たちに――土御門陽菜という魔法使いに、会いに来たかのような――。


 そんな思考に囚われそうになった、自分よりも小柄な少女に縋りついていた情けない私の手を、再び取って、指と指を絡め合わせるように握り直した陽菜さんは、ハッと目線を彼女に戻した私に、ニコッと可愛く微笑んだ。


「――行こっ!」


 


 


 ◆ ◆ ◆






 静かな森の中を、のんびりと歩く。


 獣とか虫とか恐竜とか妖精とか、悲鳴とか悲鳴とか悲鳴とか悲鳴とか、色んなものがアクセントになって中々カオスなことになっているけれど、こんな刺激的な森林浴もたまには悪くない。


 あれからそこそこの時間が経ち、それなりにポイントも集まり――おおよそ、この『宝探し』試練の構図も掴めてきた。


 その進行は――概ね順調といえる。


「――だから、俺のことは心配しないで、他の困っている生徒の所に行ってあげればどうですか? 怪崎先生」


 俺が顔を向けずにそう言うと、近くの木陰からぬっと、不吉な顔のおっさんが闇の中から登場する。うわ、自分で呼んだんだけどホラー過ぎる映像だな。子供泣くぞ。


「――土御門新入生。お前は何を考えている?」


 怪崎先生は、どうして俺が近くにいると分かった、などという愚問を口にしなかった。


 俺がこの人に見られていることに気付いていたのと同じように、この人もまた、見ていることに気付かれていることに気付いていただろう。


 中々接触してこないなーと思ったからこっちから切り出してしまったが――さて、


「何を、とは? 質問の意図が分かりかねますね」


 俺は怪崎先生の方を向きすらせずに、まるでキノコを探しに来た山岳者のように辺りの散策を続ける。まぁ、実際にそういう不思議な茸とかあったら是非とも食してみたい。魔法生物に危害を加えることはルールで禁止されているが、森の自然に触れるなとは言われてないからな。茸をつまみ食いするくらいは許されるだろう。


 俺のそんな態度に声を荒げることもなく、怪崎先生は淡々と――真っ直ぐに、回り道することなく更に奥まで追及する。


土御門愛樹つちみかどあき。お前、さっきジーク・シュヴァルツとどんな取引を交わした?」


 お前は、あんな風に誰かと爽やかな握手を交わすタイプとは思えないんだが――怪崎先生はそう言った。


 あの場面を怪崎先生に目撃されていたことには気付いていた。

 だが、その際にアイツと交わした言葉までは聞こえなかった筈だ。そういう細工はきちんと施した。


 魔法学校の教師に通用するかは半信半疑だったが――いや、聞こえた上で、俺の反応を見る為に直接問い質しているのかもしれないな。


 まぁ、どちらにせよ、この問いに馬鹿正直に答える義務はない。

 俺たちは試練のルールには何も違反していないし――何より、使


 故に、俺は、この問いを無視してもいい。

 だけど、それじゃあ――つまんないよな。


 あなたが俺に興味を抱いているように、俺もあなたに興味が湧いてるんだよ――怪崎奇壱かいざききいち先生。


 だから、今日の所は――少しだけヒントを上げますよ。


「俺は――自分の幸福の為だけにしか行動しません。これだけは、絶対の『ルール』です」


 ここで初めて、俺は怪崎先生の方を向いて言う。


 顔を合わせて、目を合わせて、心をチラ見せしながら宣う。

 

 自分の口元に、きっと気色悪い笑みが浮かんでいるであろうことを自覚しながら。


「…………」


 怪崎先生は何も言わず、無表情のまま、じっとりとした視線だけを残して再び姿を消す。……風がなくても瞬間移動できるのか、はたまた姿を見えなくしただけで未だそこにいるのか。


 まぁ、どっちでもいい。

 どっちにしろ――この試練における、これからの俺の動きは変わらない。


「――――ビンゴ」


 俺は先程倒した魔法機械生物マジックマシンモンスターの残骸を退けて、摩訶不思議な色の茸に隠れるようにそこにあった――金色の宝玉を手に取ると。


 それを懐に仕舞って、意味わかんないカラーリングの茸を頬張りながら天を仰ぐ。


 背の高い樹木の間から僅かに覗ける太陽は――だいぶ傾き始めていた。


 もうすぐ――日が暮れようとしている。


「さて――そろそろクライマックスかな」


 嫌な感じにぎゅるぎゅるとし始めた腹の音と共に、俺はそんなことを呟いた。


 ……食うんじゃなかった。こんなドスグロ茸。

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