第5話 第一の試練『宝探し』――②


 世界魔法学校ワールドマジックアカデミーには、これと決まった制服は存在しない。

 各国からありとあらゆる文化を持つ魔法使いが集まる国際学校であるが故に、生徒たちの恰好もまた様々だ。


 だが、そんな自由な身だしなみの中でただ一つ、守らなくてはならない、いわば校則は存在する。


 それは、各寮の紋章シンボルマークを、身体の何処でもいいから外から見えるように身に付けなければならないということだ。


 ローブが正装な者はローブの何処かに、スーツが衣装の者はスーツの何処かに。自分が果たしてどの寮の所属生徒なのか、傍目からはっきりと分かるようにしなくてはならない――らしい。


 多種多様の魔法文化を両手を広げて許容しているのに、そこだけは旧態依然とした融通の利かない伝統校の押し付けのようなものを感じるが――つまりはそれだけ、魔法学校がこの三寮システムを重視しているということなのだろう。


 単純な無作為の仕分けではない――明確な理由付けを持って、生徒たちを三つに色分けているということだろうか。


 まぁ、学校側がそこまでこだわるというのなら、無意味に逆らうこともない。新たな身体の成長に合わせてきちんと思春期を迎えている転生者な俺としては無意味に大人に逆らってみたくもあったが、そんな行為こそがガキ臭いという客観視もまた、同い年のガキよりもちょっとばかし成熟した精神を持った転生者らしく出来ている。


 故に、似合わないと自覚しながらも、大人しくド派手に黄金の鳥が羽搏はばたいているイラストが描かれた紋章を胸ポケットに貼付しているというわけだ。動き辛いので今日は普通にジーパンに黒シャツだが、陰陽師の正装たる狩衣かりぎぬとかを着る時とかどうすればええんですかね?


 そして、そんな俺と一緒で、大人の言うことに無意味に逆らいそうな悪ガキ風の雰囲気を醸し出している目の前の少年も、そこはしっかりと大人の言うことを大人しく聞いたのか、きちんと寮の紋章を身に付けていた。


 だが、俺と違ってワッペンではなく、オリジナリティ溢れる腕輪タイプだ。もしかして自分で作ったのだろうか。


 十二才にして肩口まで髪を伸ばしたロン毛スタイルの少年は、腕にブロンズを巻いていた。シルバーではなくブロンズを。精神の中にもうひとりの僕でもいるの?


 黒い竜のマークが描かれたブロンズをこれ見よがしに、心なしかドヤ顔で見せつける少年。十年後に悶絶しそうなスタイルだぜ。


 俺はそんな少年を見る視線が生暖かくならないように全力を尽くしながら、すました表情で彼と目を合わせて語り掛けた。


「……まぁ、渡すのは別にいいんだけど。いつから見てたんだ? 声を掛けてくれりゃあよかったのに」


 黒銅竜ブロンズドラゴン寮の少年は「とぼけんなよ」と、無駄にカッコよく木の根に座り込んだまま足を組み直して答える。いちいち仕草が香ばしい少年だぜ。


「少なくとも戦闘を始める時には、お前は俺が観ていたことには気づいていただろうが。だからか? 随分とお利口さんな戦い方だったが」


 彼は俺を挑発するように言う。

 俺はそんな彼の言いたいことに気付きながらも「……お利口さん? 何のことだ?」と、やっとこさ沼から足を出しながら問い返す。


 少年もまた、俺が気付いていることに気付いているのか、吐き捨てるように笑いながら、それでも律儀にちゃんと噛み砕いて説明してくれた。根はいい子なのかな?


「現代魔法は、既に細分化しきってる。本来なら学校なんかで画一的に学ぶようなもんじゃなくなっているのは、お前も分かっているだろう? 才能が全ての世界でありながら、殆ど別のあか色と言っていい程に分かれ切った『血』が齎す才能は、横一列に並べるには余りに魔法使いを生んじまう。ほとんど固有魔法と言っていい程に、それぞれの魔法使いが扱える魔法は限定的なそれになっちまっている」


 初めはオールマイティに、あらゆる事象を魔法で実現させる者を――魔法使いと、そう呼称していた筈なのに。


 いつしか、様式や手法が細分化され、更には同じ流派の中でも独自性を生む為に限定的な効果を突き付けていって。


 この分野では負けないと、こういった魔法ならばうちの専売特許だと――そんな風に棲み分けを始めて。


 それぞれの血が特化した魔法を継承していき、無数の尖った枝葉となっていったのが、現代の魔法界だ。


 ジェネラリストではなく、スペシャリスト。

 それが現代の魔法使いであるといえば、正しくその通りなのだろう。


 無論、だからといって、それしか出来ない者たちばかりというわけではない。

 あくまで、それぞれが得意とする特化魔法を持つ――必殺技、切札を持っているのだという意味に過ぎない。


 あらゆることは出来なくても、ある程度のことは出来る。


 最終的に外科医となることを義務付けられた二世医者だって、医学部時代には一通り全身のことを学ぶように――どれだけ専門的な異能を持つ魔法使いであっても、よほどの尖り方でない限りは、ある程度の基本的な魔法は扱えるだろう。


「ああ、その通りだ。だが、それは使えるだけであって、武器とするわけじゃない。誰だって、自分の得意技を磨きたいと思うだろう? 窮地に追い込まれれば、自分の一番得意な武器に頼りたくなるだろう? 何の制約もない戦闘バトルとなれば猶更だ」


 確かに、今回の試練においては、こと戦闘においては制約はそれほど課されていない。

 森で暮らす魔法生物たちを無暗矢鱈に傷つけてはいけないなどのルールはあるが、先程の魔法機械生物マジックマシンモンスターとの戦闘においては、確かに何の制約もなかった――自分の好きな魔法を、好きなように使っていい場面だったと、この少年は言っているわけだ。


 にも――関わらず。


「お前はまるで、自分で勝手に縛りプレイしてるみたいに、窮屈に戦っていたな。まるで他人の魔法スタイル戦い方模倣まねしているみたいだったぜ」


 はっ――と、今度は俺が噴き出してしまった。


 なるほど。鋭いおもしろいな、コイツ。ただの厨二病思春期じゃないらしい。


「現代魔法使いにおいて、扱う魔法ほどソイツを表すものはねぇ。だが、一通り戦闘を見学させてもらっても―—俺にはお前っていう魔法使いにんげんが全く見えてこなかった」


 てめぇ、ナニモンだ? と、牙を剥くように笑いながら言う少年に、俺は同じく笑みを返しながら。


土御門愛樹アキ・ツチミカド――ただのジャパニーズ陰陽師だよ」


 そんな風に自己紹介しながら、俺は沼から拾った黒い宝玉を彼の胸に向かって放る。彼はそれを無駄にカッコよく腕を払うようにしながらキャッチした。クソ。笑うな。まだ堪えるんだ。


 俺は表情筋に精一杯の仕事をさせながら、不敵な笑みを仮面のように被りつつ少年に向かって指をさす――正確には。


「お前こそ、一体なにを企んでいるんだ? 俺はいらないから素直に渡したけれど――もう『宝』はいっぱい持っているみたいじゃないか」


 少年が羽織っていた、無駄にサイズの大きいばっさばさとはためきそうなコートを、だ。


 俺の言葉に、今度は少年の表情が固まった――俺もまた、被った笑みの仮面を崩さない。


 上空から探知魔法を放った時に、既に複数個の宝玉が固まっている場所が近くにあったことには気付いていた。その反応の動きから、既に回収した誰かがいたのだと判断してその場所には向かわなかったが――俺が放った探知魔法をその身に受けて、逆に俺の存在に気付いたコイツが、自分から俺の方に向かってきたと、そういう経緯なのだろうと推測できる。


 それが、探知魔法を放った俺が向かう先に新たな宝玉があると踏んだ故の行動なのか――それとも。


 だが、どちらにせよ、ポイントならばともかく、宝玉を複数個、個人が収集する理由とは――。


「何だ? 実は集めら恵まれない同級生こどもたちに配ってあげる為に、せっせと代わりに集めてあげてるとか?」


 俺のそんな物言いに、再びかはっと破顔した少年は、ゆっくりと立ち上がって、そのコートをバサッと無駄にカッコよく翻して、その裏生地を晒した。


 そこにはいくつものポケットがあり、中には複数個の黒い宝玉が収納されていた。一体どこで買ったんだ、そんなコート。仮面とか暗器とか仕舞うヤツだろ、それ。やっぱり厨二病じゃないか。


「ちげぇよ。これは――残らせる価値のねぇ、雑魚共の分だ」


 俺の前言かそれとも心中か、はっきりと否定の言葉を発してから、俺から受け取った新たな宝玉をそこに追加しつつ「——なぁ。今回の試練、黄金鳥テメェらはどう見た?」と問うてきた。


黒銅竜おれらの『宝探し』に対するスタンス答えは、至ってシンプルだ。——。強い奴が、弱え奴の分まで、より多くのを食らう」


 その言葉通り、少年は――獣のように獰猛に、その牙のような闘志を剝き出しにして、笑う。


「これから先、群れを引っ張るリーダーを決める。一番強えヤツを決める。その為の選別試験なんだよ、これは」


 最初が肝心だろ、群れの序列の決めるのはよ――と、正しく獣のようなことを言いながら、少年はコートから手を離し、翼を広げるように靡かせて。


 黒い銅の竜の腕章を―—見せつけるようにして、言った。


「——俺の名は、ジーク・シュヴァルツ。竜の王となる男だ」


 

 



 ◆ ◆ ◆






迷彩熊カモフラージ・ベア撃破確認。【黄金鳥ゴールドバード】寮・レオン・ノヴァーク一年生。15ポイント獲得』


 音を立てて倒れ伏せた金属光沢を放つ巨大な熊の姿に、僕は顎の下の汗を拭いながら、思わず大きく息を吐いた。


 ……これが魔法機械生物マジックマシンモンスターか。――いや、これが、魔法学校マジックアカデミーというべきか。


 ノヴァーク家の自分の目から見ても、その挙動に全く不自然さは感じられなかった。

 その膂力も、身体能力も、挙句の果ては咆哮ブレスといった魔法生物たる異能まで再現しているとは――素直に、凄まじいといえる。あるいはもっとはっきりと――悍ましいとも。


 生命への冒涜みたいなものを、まさか魔法からも感じるとは思わなかったな。これも時代か。


 これが――現代魔法か。


 そんな風に、魔法学校の凄まじき、あるいは悍ましき科学力——否、魔法技術力に恐れに近い感嘆を覚えながらも、僕は迷彩熊が守護していた木の根本を掘り起こす。


 魔法機械生物マジックマシンモンスターが、その模倣元オリジナルの習性も再現しているのならば……恐らくはこの辺りに――。


「…………あった」


 僕の推測は正しく的中し、僕は土の中に隠されていた―—その『宝』を見つけ出した。


 果たして、その宝玉の色は――。


「——いいもの拾ってんじゃねぇか、小犬。ちょっくら、その宝を俺に寄越せ」


 唐突に全身を駆け巡った怖気に突き動かされるように、僕は振り向くことなく全力で身体を丸めた。


 瞬間、僕の頭があった位置を的確に通り過ぎた何かが、僕の目の前の大木を貫いた現象を目撃した時、僕は己の直感と反射行動が正しかったことを悟った。


 そのまま斜め左方へ飛び込むように前転し、すぐさま己を襲った脅威と相対する。


「――っ!? 人間——だと!?」


 落ち着いて考えれば、言葉を投げ掛けられている時点でそれは当然のことだった――知能の高い魔法生物の中には言語を操る存在など珍しくないことを僕は知っているが、相手は人間であることは、まず真っ先に考慮すべき可能性であることは分かっていた。


 しかし――今の攻撃には、


「…………っ!?」


 僕が攻撃を避けれたのは単なる偶然だ。


 ここが魔法生物が跋扈する森であり、そんな環境の危険性を僕はからこそ、常に周囲を最大級に警戒した上で行動していた――だからこそ反射的に取れた、間一髪の回避行動だった。


 もしこれが、学校の行事だからとレクリエーション気分で試練に臨んでいた呑気な一般生徒だったら、頭部をあっさりと潰されていたことだろう。それほどの威力は十分に込められていた攻撃だった。


 それほどの殺意が、たっぷりと込められた、容赦のない一撃だった。


「……お前——何者だ?」


 僕は腰を落としたまま、猛獣と相対しているかのように、距離を取った状態で襲撃者に問い掛ける。


 まず、そいつは――人間だ。当たり前のように人間だった。


 そして――少年だった。

 自分と同じ年頃の、同じような背格好の、人間種の雄個体しょうねん


 だが――

 線はそれほど太くない。筋骨隆々というわけじゃない。

 突き刺すような牙もなく、切り裂くような爪もなく、無論、全身を獣毛に覆われてなんかもいない。


 だが、そいつは獣だった。

 ぎらついた瞳は。涎が垂れる口は。ばきばきと鳴らす手は。地面を掴むように立つ足は。


 正しく、野生で。

 僕が良く知る――獣、そのものといえる生命だった。


「何なんだよ……お前——!?」


 服は一応は纏っている。文明人の振りはしている。

 ボロボロの、まるで何週間も生存競争サバイバルを生き抜いてきたかのような、人間が身に纏う衣服のような何かに紛れて――それは巻かれていた。


 銅製ブロンズ首輪リング――そこには、黒い竜の紋章があった。


「——黒銅竜ブロンズドラゴン……お前も、新入生なのか……っ!?」


 魔法使い――なのか? と、僕は絶句する。


 人間であることすら疑わしい、野生を全身から放出する少年に、僕はそれでも意を決して問い掛けた。


 人間同士の、言語を用いた、当たり前のコミュニケーションを取ろうとした。


「お前、俺を殺す気か?」

「何を抜かしてやがる。これは殺し合いの試練だろう?」


 言語に対して言語が返ってきたことに、少なからず胸を撫で下ろした。コイツが言葉を喋ることは分かっていたのに、意志疎通が可能なのかどうしても不安が拭いきれなかった。


 そんな、この期に及んでの牧歌的な感想は、バキバキと、大木が倒れていく音と共に崩れていく。


 首輪が巻かれた首をゴキリを音を鳴らしながら、不気味な息を吐きつつこちらを見据えてくる少年への危機感を、改めて限界まで引き上げつつ、気を引き締めて真っ向から相対する。


 僕は「……何を言ってやがるは、こっちの台詞だ」と、目の前の人間の少年に対し、言葉を返してくるだけでなく、言葉の意味が通じるようにと内心で願い続けながら発した。


「これは……この試練の主題は、『宝探し』だ。戦闘が認められているのは、魔法機械生物マジックマシンモンスターに対してだけだろう?」

「違うな。黄金鳥ゴールドバードでは、ルールをちゃんと説明されなかったのか? 禁止されているのは、現地の魔法生物マジックモンスターに対してだけだ。人間相手には、そのルールは適用されない」


 それは、そんな必要がないから明言されていないだけだろうと、僕は思わず叫びそうになった。


 戦う必要がないから。

 普通に考えて、同級生に対して魔法をぶつけたりしないから、設定するまでもない常識ルールだからだと、思わずそう言い掛けて――口を、噤む。


「…………っ!」


 違うのか? 僕が間違っていて――コイツの言葉が、正解なのか?


―—退学者を出すことを目的にする試練が、ただの『宝探し』な筈がない。


 昨夜のエヴァの言葉が脳裏を過ぎる。

 いつから僕は、


―—俺たち新入生は、致命的に危機感が足りていない。


 そもそも、この試練は、浮かれ気分が抜けない新入生に対する魔法学校への心構えを問うものだと、愛樹はそう考えていた。

 念願の魔法学校に入学できたことで、浮かれきった新入生たちの心を冷やす為のイベントだと。


 危機感を煽る為の、見せしめの退学者を出す為の――試練だと。


 だが――足りなかったのは……、なのか?


 脱落者が出ることが確定しているルール。


 早いもの勝ちではなく――奪い合い。

 生徒同士で、戦い合い。


 潰し合い――殺し合うのが。

 学校側が求める――『試練』だと。そういうのか?


「————っ!」


 それでも――僕は。

 歯噛みしながら、まっすぐに、己が回収した宝玉を目の前の少年に見せつける。


「残念だが、俺が見つけたのは――の宝玉だ! お前たちが探す黒色じゃない! だから、俺とお前が戦うのは無意味だろうが!」


 獣のような少年は、そんな僕の言葉を聞いて、震える手で持って見せつける宝玉を見て――ニヤリと、ケダモノのように、笑って。


「ああ、そうだな。——


 そう――再び、勢い良く、その拳を振り上げながら飛び掛かって来た。


 僕は必死にそれを躱しながら、背後で新たな樹が再び、殴り倒される音を聞いて――引いた。


 心も、身体も、全身全霊で、目の前の少年から距離を取った。


「——っ! 何故だ!! お前ら『黒銅竜』が、この金色の宝玉を手にした所で、試練のクリアとはならないだろう!?」


 無様に転げ回るようにして、恥も外聞もかなぐり捨てながら、俺は少年へ叫んだ。もはやそれは懇願に近い。


 言葉よ通じてくれと、獣に願うような、愚かな叫びだった。


 大樹から腕を引き抜きながら、獣のような少年はそんな僕の願い虚しく、「ああ、知っている。その上で、俺はお前を攻撃しているんだ」と、舌なめずりをするように笑って言う。


「俺ら『黒銅竜』はな、今回の試練でリーダーを決めることになってるのさ。より多くの宝玉たからを集めた第一位の生徒が、晴れてクラスの『王』になるってわけだ」


 宝探しではなく――王位争奪戦。


 椅子に座れない誰かを決める蹴落とし合いサバイバルではなく、積極的に他者を椅子から蹴り落とすように奪い合う――殺し合いデスゲーム


 ……なんだ……それは?


「…………何なんだよ、それは――っ!?」


 ぎちっ、と。拳を握り、歯を食い縛る。


 そんな俺に、獣のような少年は、ひらひらと樹を殴り倒した右手を振りながら、へらへらと笑った。


「ありがたいことに、俺らみんなで決めたその独自クラスルールなら、宝玉の色は関係ねぇんだ。黒色だろうと金色だろうと銀色だろうと問題なく一個としてカウントされる。だからさっさとそれを寄越しやがれ」

「ふざけんな……ただでさえ、ひとりは確定で出てしまう退学者を——生じる傷口を、黒銅竜おまえらは自分から積極的に広げようってのか……っ!?」


 理解出来ないと、そう吐き捨てる僕に対して。


 やれやれと、そう言わんばかりに首を振る少年は言う。

 まるで言葉が通じない獣を相手にするかのように。


「そうか? シュヴァルツの野郎は言ってたぜ。これは競争者ライバルを自らの手で減らす貴重なチャンスだと。俺らはこれから一年掛けて、たった一つしかない『首席』の座を争うことになるんだからな、ってよ」


 僕はその言葉に、思わずハッと目を見開く。


 確かに、昨日のガイダンスでの担当教師の話を聞けば、大概の生徒の目標は既に――『首席生徒』へ贈られるという『アーサー・クロウリーの工房への招待券』を手に入れることになっているだろう。


 そう考えれば、退学者を増やすということはつまり――首席を争う同級生ライバルを減らすことが出来ると、つまりはそういうことになるのか?


「…………」


 ……いや、そんなのダメだろ。

 だが、確かに――現時点での新入生同士の互いの認識は、名前も知らずに顔も覚えていない、何の関係も構築されていない見ず知らずの少年少女たちだ。


 僕など、エヴァの他にはジャパニーズ陰陽師姉弟のふたりしか未だ会話も交わしていない。


 なのに、そんな彼らが退学するとなって――果たして、僕の心は痛むのか?

 僕という人間に、一体、どんな不利益が生じるんだ?


 それ、ならば。

 黒銅竜コイツらのように、ライバルを減らす為に潰し合うという選択肢を、自分たちの意志で以て選択して試練に臨むスタンスを―—そこまでムキになって責める必要があるのか?


 そんな資格があるのか? 僕という人間に。


「——まぁ、俺はそんなことはどうでもいいんだがな」


 しかし、そんな僕の懊悩を――獣のような少年は自ら一蹴した。


「そもそも、俺はシュヴァルツが決めたそんなルールはどうでもいいのさ。あくまでこれは、俺がゲームを楽しむ為の縛りルールに過ぎねぇ。ルールのねぇゲームなんざつまらねぇからな。勝利クリア条件があってこそ、滾る戦いゲームを楽しめるってもんだ」

「……ゲーム、だと……?」


 ああ、そうさと。獣のような少年は――ドンっと、己の胸を叩いて、笑う。


「俺様は、ただ戦いてぇのさ。やっと辿り着いたんだ。俺の魔法ちからを、思う存分に振るえる環境フィールドに。だったら戦わなければ損ってもんだろう? なぜなら俺は、もう――我慢なんざ、しなくてもいいんだから」


 戦ってあそんで戦ってあそんで、思う存分に――戦いあそび尽くして。


「——そのついでに、俺は王になんのさ」


 王ってのは、一番強え奴がなるって相場は決まってんだろう? ——と、獣のような少年は、野生を放出しながら笑う。


 笑って、笑って。

 満面の笑顔で――殺意を、向ける。


獲物おまえを殺して、そして奪う。そんで次の獲物を探す。これは、そういう生存競争ゲームなんだよ」


 獣のような少年は、その両手に装着した腕輪を、十指に嵌め込まれた指輪を、それぞれ眩く発光させる。


 禍々しき血のような緋色の光を放つのは、それぞれの黒銅ブロンズに刻み込まれた――刻印ルーンの紋章。


 刻印ルーン魔法。

 今や、刻印を使って汎用的な魔法を使えるものは極一部だという、歴史ある伝統の魔法技術。


 特に道具に刻印を刻み込んだ刻印魔道具ルーンアイテムは、現代ではその殆どが単一の効果のみを保持する代物とされる。


 奴の戦闘スタイルから考えて、その効果とは、十中八九——。


「…………」


 身体能力の増強——ただ、それだけ。

 ただ、己の肉体を持って敵を屠るだけ。


 その獰猛にして原初の欲求に基づき、何の躊躇いもなく――振るわれる、野生。


「さあ、殺し合おうぜゲームスタートだ――ッ!!」


 獣の咆哮と共に――野生の少年は飛び出してきた。


 これまでとは比較にならない、正しく狩りを行う獣が如き、強烈な突進。


「———っ!」


 それを、僕は何とか躱した。

 予め最大級に警戒していたが攻撃だったが故に、少年の拳が届くまでに、背後に一歩、避けることが出来た。


 だが、代わりに拳を受けたのは――大地。

 そして、雄大なる大地は、少年の拳に―—勝てなかった。


「な―――—っ!!」


 地が、割れる。

 少年のたった一発の拳で大地は割られ――途轍もない衝撃が、飛び退く途中で両足が地から離れていた僕を容赦なく襲った。


「ぐ――っ、は――ッッ!?」


 成す術なく吹き飛ばされ、そのまま背後の大樹に叩き付けられる。


 背中から肺を貫く衝撃に呼吸を奪われて、僕は。

 今更ながらに、はっきりと――痛感する。


 コイツは――正しく、獣だ。


 己の暴力を振るうことに躊躇がない。

 命の奪い合いをするのに葛藤がない。


 欲求に忠実で、本能に全身全霊を委ねている――人の皮を被りしモノ。


「……………」


 野生。

 獣。

 森。


 そして――生存競争。


―—戦え。


 強く打った頭の中に――故郷の森の光景が蘇る。


 見上げるほどに大きな父の背中は、幼い僕へ、ただひたすらに、たった一つの真理を刻み込んでいた。


―—戦わなければ、生き残ることは出来ない。


「なんだ、もう終わりか。まあいい。全員の歯応えがいいとは俺も思っちゃいねぇ」


 もっと食いでのある獲物を探すまでのことだと、大樹に身を預けてピクリとも動かない僕の元へ歩み寄ろうとしていた少年は――ピタッと、その足を止める。


 もう動けないと思っていた、歯応えのない雑魚キャラが。

 未だ往生際悪く、死に損ないのように、頭から無様に血を流しながら。


 ゆっくりと――その右手を、上げようとしていたからだろう。


「……そんなに望みなら、受けて立ってやるさ――獣」


 ニヤリと、少年の口角が上がる。


 僕はそんな愉しそうな獣に――右の人差し指に装着した指輪、その刻印ルーンを光り輝かせる。


 目には目を。歯には歯を。


 刻印ルーンには刻印ルーンを。


 そして、獣には――狩人を。


獣共おまえらが大好きな——野生の生存競争ってヤツを」


 そして僕は、魔法を発動する。


 ノヴァーク家に伝わる――己の中に流れる血脈たる伝統の魔法を。


「来い―—『白獅子』」


 僕の刻印ルーンが刻み込まれた指輪が、闇を喰らうように発光する。

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