第4話 第一の試練『宝探し』――①


 巨大な蜥蜴とかげが、その大きなアギトをかっ開きながら、こちらに向かって突っ込んで来る。


 いや、蜥蜴というか、もう恐竜だろ、こんなもん。


「――――っと!」


 俺はその大きなお口を躱しつつ、右腰に装着したカードホルダーから六芒星が描かれた術符を一枚抜き取る。

 右手の人差し指と中指で挟むようにしたそれに――俺は一瞬で魔力を流した。


 すると、術符に描かれた六芒星が禍々しく光り出し――そこから黒い糸を咥えた三羽のカラスが飛び出す。


 再び大口を開けながら突っ込んできた恐竜風蜥蜴のかみくだく攻撃が繰り出されるよりも速く、俺は三羽の烏が咥える三本の黒糸を掴み――烏たちに空へと運んでもらう。


 この烏たちは、俺が初めて創作うみだしたお気に入りの式神だ。

 それぞれが非常に使い勝手がいい能力を持っていて、こんな風に空を飛ばせてもらうことも出来る。


 そう――魔法使いは、空を飛べる。常識だね。


 蜥蜴くんの悔しそうな雄叫びを背後に聞きながら、俺は真上から、この『魔法生物の森マジカルフォレスト』の全体図を把握すべく見渡した。


 にしても、巨大な森だな。

 樹木の一本一本の背も高くて、森というか、正しく樹海ジャングルって感じだ。


「……ん? いやまぁ……そりゃあ、そうか」


 ふと辺りを見てみると、俺と同じように次々と魔法少年、魔法少女たちが空へと飛び出してくる。


 箒に跨っているオールドスタイルな者や、俺と同じように鳥を使っている者。近代的なジェット噴射式の翼を広げている者もいれば、超能力のように何も用いずにその身一つで浮いている者もいる。


 そう。魔法使いは飛べるのだ。

 空を飛べる者が、こんな視界の悪いジャングルの中を、馬鹿正直に草木を搔き分けながら探検する筈もない。


 しかし、そんなことを学校側が想定していないとも思えないので、俺は名も知らぬ同級生たちに声を掛けることもせずに――さっさと探知魔法を発動すべく、六芒星が描かれた術符を再び取り出し、先程と同じポーズで魔力を流す。


 俺の探知魔法は、いわば漁船のレーダーみたいなもんだ。

 術符を発信源に薄く魔力を三百六十度に飛ばして、設定した目標物ターゲットを探るというもの。


 他にも様々な方式の探知魔法も使えることは使えるが、こういった広いフィールドの中をざっくりと探すなら、この方法が一番手っ取り早い。


 だが、肝心の『宝』である宝玉は、怪崎先生が手に持っている所を遠目から見ただけで、実際に触ったわけでもないから、魔力反応なんかも分からねぇしな。あくまで形と大きさだけを手掛かりにそれっぽいものを探すしかないが――。


「…………ですよねー」


 案の定、うじゃうじゃと凄まじい量の反応がヒットする。

 この中から正解を探すのはかったるいが――本物を一つでも探し当てて実際に触れることが出来れば、次の探知レーダーはもっと正確性の高いそれが放てる。


 取りあえずはこんなもんで満足しとくべきだろう。

 何故なら――。


「ちょ――っ! なんだよこれ――!?」

「うわぁっ!? いやっ!! 嘘でしょっ!!」


 俺と同じく空に逃げてきた同級生たちが悲鳴を上げる。


 見ると、そこでは――空を狩場とする魔法生物たちが、空飛ぶ魔法使いたちに襲い掛かっていた。


 そう。魔法使いは空を飛べるが――なにも空を飛べるのが、魔法使いたちだけとは限らない。


 魔法使いが空を飛べるなら、魔法生物もそりゃあ――空を飛べるだろう。


 大きな翼に嘴を持つ翼竜みたいなヤツもいれば、鷹や隼なんかよりも遥かに巨大な猛禽類らしきモノもいるし、全身骨だけのスケルトンなアンデットっぽいのもいれば、獣に翼が生えたキメラのようなそれもいる。


 どいつもこいつも、この魔法生物の森マジカルフォレストにおいて、空の覇者となるべく勢力争いを繰り広げてきた猛者たちなのだろう。

 ただ空を飛べるだけの新入生たちは、彼らの獰猛な殺気に当てられるだけでパニックになってしまっている。


 普段なら俺の自慢の烏たちが火を噴く場面だが、ところがどっこい今は試練中、魔法生物は非殺傷がルールだ。今日はこんな所で勘弁してやるべく、俺は大人しく着陸することを選択する。

 試練会場たる森の全容の把握、それと障害物のない空からの効率的な探知魔法の放射――ひとまずの目的は果たすことが出来た。


 俺がそんな風にさっさと見切りをつけて逃亡しようとした―—その時。


「ぎゃぁぁぁああああああああああ!!!」


 一際大きな悲鳴が轟き、全員の注目が集まる。

 俺も思わずそれにつられて顔を向けて――言葉を、失った。


「…………は?」


 魔法生物の森の空の覇者を決める為の勢力争い? ――アホかよ。

 そんなもんはとっくに済んでいた。あれはただのおこぼれを求めた、敗者たちの消化試合に過ぎなかったのだ。


 本物の、空の主が現れるまでの、残飯争いタイムだった。


 この森の、空の王は――とうの昔に、決まっていたんだ。


「…………ドラ、ゴン?」


 誰かが呟く。

 その怪物モンスターがやってきた方向から逃げてきた魔法使いが猛スピードで俺たちの横を通り過ぎる中、俺を含めた他の新入生たちは身動きすら出来なかった。


 彼らを襲っていた他の飛行魔法生物たちも一目散に逃走を選んでいる。


 そして、その咆哮が耳に届いた瞬間、遅ればせながら、俺たちも蜂の巣をつついたように逃げ出した。


「グォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」


 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!!


「————っ! やっ……べぇ……っ!!」


 すげぇ!!! 本物のドラゴンだ!!!!


 俺は怯えて殆ど直滑降に森の中へ突っ込んでいく三羽の烏に引っ張られながら、内心テンション爆上げであった。


 うわぁ! 初めて見た!! 本場のドラゴンだよ!!!

 いや、魔法世界がドラゴンの本場かどうかは知らんけど! でもマジもんのドラゴンだ! やっべぇ!! マジかっけぇ!!


 心臓がバクバクしているのを必死で押さえながら、俺は大きな木の幹に背中を預けて隠れる。息はめっちゃ上がっているので潜めることは出来ないが、上空のドラゴン様には人間のちっぽけな息遣いなど耳に届いていないようで、そのまま俺の上空を何食わぬ顔で通り過ぎていった。


「……………っ!」


 デカい。なんていう巨体。

 さっきの恐竜風蜥蜴なんて比較にすらならない。


 巨大な躰に、巨大な翼。

 大きな角に、小さな手、長い尾。


 そして、何より――その圧倒的なオーラ。

 一目で生物としての位の違いを分からせられる。


 ドラゴン―—神と呼ばれた上位種。

 神話の世界の――ファンタジーの怪物。


 まさか、魔法学校があんなものまで森に放っていたとは。

 そりゃあヴァーグナーくんもビビり散らかすわ。新入生オリエンテーションの会場なんかに選んでいい場所じゃないっしょ。サファリパークに幼稚園児を放り投げるようなもんだろ。


「……さすがに、甘くないか。魔法学校」


 空を飛んでズルをせず、しっかり自分の足で歩いて探せと。

 了解、了解。分かりましたよ――っと。


「――楽しくなってきたじゃねぇの」


 初っ端からドラゴンまで観れたんだ。次は何が飛び出してくるか、期待値爆上げってもんだ。


 ここがサファリパークなら、楽しまなきゃ損だろ。

 前世でも行ったことないんだから。


 俺は立ち上がり、そのまま森の中へと歩き出した。






 ◆ ◆ ◆






 空を飛ぶことを封じられたとはいえ、何も闇雲にノープランでこの深い森の中を歩き回ろうってわけじゃない。


 碌に候補を絞れなかったとはいえ、探知魔法を森全体に放つことには成功しているのだ。


 だからこそ、ほぼ直滑降の緊急着陸であったとはいえ、その着陸地点から一番近い宝玉それっぽい反応があったポイントは把握している。


 何度か魔法生物とのニアミスを無難にやり過ごしつつ――件のポイントに辿り着くのに、それほど時間は掛からなかった。


「…………うわぁ」


 感嘆の息が思わず漏れる。

 それほどまでに――そこは美しい水園のような場所だった。


 分類上は、一応は沼地ということになるのだろう。

 だが、溜まっている水は翡翠ひすい色に透き通っていて、水面には煌びやかに輝く虫や、くすくすと笑う小さな妖精のような生物が飛び交っている。


 水の中を覗き込むと、正しく宝石のように輝く魚が、まるで水の中に絵画を描くかのように優雅に泳いでいて。


「…………綺麗だ」


 俺は思わず見蕩れてしまった。

 自分が試練の最中であることも忘れて、まるで有名な観光地を見学しに来たかのように満喫してしまった。ちょっとした湖くらい広いし、この沼地。


 気が付いたら、探知魔法で反応を拾った、一番奥の沼に辿り着いていた。

 そこはこれまでの沼のように水が透き通ってはおらず、深い所まで覗き込むことは出来ない。


 だからこそ、当たりかもしれないと、俺は腰を落としつつカードホルダーから術符を取り出す――それと同時に、翡翠色の沼の中から何かが飛び出してきた。


 それは蛇のよう何かだった。

 全長10メートルは下らない巨大な水蛇。モンスターと称するに相応しいおどろおどろしさだが――この蛇は、ここまでに遭遇したどんな魔法生物とも異なっていた。


 その大蛇の全身は――メタリックな光沢を放つ部品で構成されていたからだ。


 カードホルダーとは反対側、左腰に吊るされた転送水晶が反応を示す。


 間違いない。機械っぽい見た目の魔法生物とかでもないわけだ。


 コイツはボーナスポイントたる試練のお邪魔虫。


「会いたかったぜ。魔法機械生物マジックマシンモンスター


 俺の魔法学校生活マジックスクールライフ――その初陣だと、俺は術符に魔力を流した。






 ◆ ◆ ◆





 果たして、この翡翠の水蛇がどれほどの強さのモンスターなのか。


 初遭遇にして初戦闘の為に予測もつかないが――関係ないね。


 コイツが実は雑魚だろうが、はたまたこの辺り一帯の主だろうが、実は隠れドラゴンだろうが、もっと言えばポイントが1だろうが100だろうが関係ない。


 結局――やることは一つだ。


 これは――俺の初陣。

 俺が、この世界で通用するか――この世界に、俺という存在がどこまで通用するか、それを確かめる為の試金石の一戦だ。


「ギシャァァァァアアアアアアアアアアア!!!」


 水蛇がその鋭い牙をアピるように口を大きく開けながら、こちらに向かって突っ込んで来る。

 あの恐竜風蜥蜴と比べると迫力は劣るが、その分、突進のスピードは速く、そして鋭い。


 しかし、俺もまた、あの時とは違い戦闘モードだ。

 迎撃コマンドを既に脳内で選択し終えている。


 故に、俺はその突撃を回避せず――人差し指と中指で挟んだ術符に魔力を通し、その術符を放ることで攻撃を放った。


 俺の手を離れた術符は、すぐさま火球弾となり、水蛇の大きく開けられていた口の中にクリーンヒットする。


「ギィヤァァアアアアアアア―———ァァァァアアアアアアア!! シャァァアアアアアアアアアアアアア!!!」


 水蛇の頭部は大きく仰け反るが、そのままぐるんと頭を戻し、怒りという感情を再現したかのように嘶きながら、再度こちらに突っ込んで来る。


 ちっ――やはり、『無言術式』だと効果は薄いか。


「——【円盾防げ】! 喼急如律令!」


 俺は新たな術符に魔力を通して放り――短い呪文を唱える。


 すると、その術符は虚空に不可視の円盾を創り出し、水蛇の突進を受け止めた。


「…………さて、どうするかね」


 この世界のジャパニーズ陰陽師の中で、『世界魔法学校ワールドマジックアカデミー』を卒業できた偉人は、千年以上の歴史の中で――たった二人だけしか存在しない。


 ひとりは、言わずと知れたレジェンド陰陽師。

 千年以上経った今でも、日ノ本史上最強の魔法使いと言われる大天才。


 安倍晴明あべのせいめい

 彼の偉業を数え出したらキリがないが、最も大きなそれを一つ挙げろと言われたら――日ノ本の魔法を一つに纏め上げたという功績を置いて他にないだろう。


 かの天才陰陽師は、魔法学校に通った六年間で、魔法世界で過ごした六年間で、己が極めた陰陽道の他にも、世界には多種多様な魔法があるということを知った。思い知った。


 そして卒業後、妖怪変化最盛期の当時の日ノ本に舞い戻った安倍晴明は、その土地土地とちどちで様々な形で根付いていた呪術や占術、密教や神道——日ノ本全土のあらゆる魔法を、一つの術式体系として纏め上げた。


 それこそ、ジャパニーズ魔法使いとはつまり――陰陽師であると、そう分類してしまえる程に。


 日ノ本の魔法とはつまり、安倍晴明以前、安倍晴明以後であると、そう称されてしまうほどに。


 たったひとりの卒業生レジェンドが、その国の魔法の全てを変えたのだ。


「————ちっ!」


 その鋭い牙を俺に突き刺そうと、半身を沼地に沈めたままで突進を繰り返す水蛇。


 俺はそれを躱し、防ぎながら、『無言術式』の攻撃をぶつけるが――それらは全て、あの翡翠色の鱗に防がれてしまう。


 やはり、あの鱗は厄介だ。

 どこまで元ネタオリジナルを忠実に再現しているのかは知らないが、あのメタリックな鱗でも十分に、あの水蛇の凄まじさは伝わってくる。


 魔力が散らされているのか?

 竜の鱗は正しく天然の魔法障壁だと聞いたことはある。竜に近い蛇もまた、それに近い性質を持つ鱗を備えているということか?


 この水蛇は、少なくともその鱗だけは、蛇よりも竜に近いと――?


 ならば鱗に覆われていない口腔内を狙うのがセオリーだと思ったんだが、俺の術じゃあ弱点部位を突いても大したダメージを与えることは出来なかった。へこむぜ。


 いやまぁ、正確には――俺の『無言術式』では、だが。


「…………っ」


 そして――かの安倍晴明の他にも。


 日本という国の歴史上、日本魔法の歴史上、魔法学校を卒業できた偉人が、もうひとりだけ存在する。


 土御門つちみかど信葉のぶは

 安倍晴明の系譜を受け継ぐ日ノ本魔法の総本山——偉大なる土御門家の現当主様たる女傑である。


 百年前――かの安倍晴明以来となる魔法学校の卒業を成し遂げてみせた御当主様は、ある意味で、日ノ本の魔法を一つに纏めた安倍晴明以上の大改革を成し遂げる。


 日ノ本魔法の集大成であった『陰陽術』に、世界中の現代魔法のノウハウを取り入れ、新たに生まれ変わらせたのだ。


 御当主様はそれを―—『現代陰陽術』と名付けた。

 

 発案当初はそれはもう批判を浴びたものだ。

 日本において安倍晴明は、千年以上が経った今でも日本魔法の第一人者であり、その偉業と天才性からもはや信仰の対象でもあった。


 文字通りの『神』魔法使いというわけだ。


 そんな伝説の魔法使いが『完成』させた『陰陽術』に、あろうことか外国魔法のエキスを取り入れて作り直すなどというものだから、そんなものは言語道断だと、未だに男尊女卑の思想を色濃く受け継いでいた各名家の長老たちが顔を真っ赤にして主張したそうだが――御当主様は、それを鼻で笑って吐き捨てながら一蹴した。


―—『時代遅れなダセェんだよ。今の陰陽術は』


 御当主様は、世界中の魔法使いが集結する魔法学校での六年間で、日本の『陰陽術まほう』の限界を痛感したという。


 確かに千年前では革新的だったかもしれないが、スマホやタブレットなどの電子機器すら魔法具デバイスとして用いられる現代魔法において、陰陽術は余りにのだと。


 術式の発動までに時間が掛かり、その手順も条件も煩雑すぎる。

 このままだと陰陽術は――日本魔法は滅びると、そう断言した御当主様は、かの安倍晴明以来の日本魔法改革を強行した。


 そうして生み出されたのが、この『術符箱カードホルダー』と――『無言術式』、そして『簡易術式』だ。


 あらかじめ紋様を描いた術符を大量に用意し、実戦においては呪文を唱えながらそれに魔力を流すだけで術式を発動させることが出来るという新方式を発明した。


 これにより、『儀式』という工程を省いた現代陰陽術は、旧式陰陽術の最大の弱点だった術式発動速度を大幅に改善した。


 さらにそれを発展させた形が、『無言術式』と『簡易術式』だ。


 無言術式は、その名の通り、儀式だけでなく呪文を唱えるという工程すら省いた最速の術式。

 本来であれば呪文を唱えながら発動する術式を想像イメージしつつ術を編み上げるのだが、その工程を省く代わりに、より繊細緻密な魔力操作と発動する術式を形付けるより詳細な想像力が求められる高度な術式だ。

 発動速度は別格に速く、そして呪文を失くすことで発動前に術式が露見することがないというメリットもあるが――術式に魔力を巡らせる工程が省かれる為、発動される術式の威力クオリティは格段に落ちてしまう。あくまでスピード重視の方式だ。


 簡易術式は、その無言術式に、簡略化された呪文を唱える工程を加えたものだ。

 発動する術式効果をざっくりと表す短文呪文を、『喼急如律令』によって無理矢理に発動させる。術式難易度は無言術式よりも簡単で、その上で術式の威力クオリティは無言術式よりも担保されるため、殆どの現代陰陽師はこの簡易術式を主力として磨き上げている。


 無言術式と簡易術式——土御門信葉が発明したこれらによって、陰陽術は全く新しい魔法に生まれ変わったといっても過言ではない。


 だが、それでも、古き良き、昔ながらの陰陽術が完全に廃れたわけではないのだ。


 大仰な儀式、長ったらしい呪文、煩雑な手順が必要だけれど――その分、スケールが格段に大きく、複雑に積み上げる構成によって桁違いの魔力を込めることが出来る、オールドスタイルの陰陽術。


 それが――『詠唱術式』。

 効果は絶大だが難易度が桁違いなそれを、今でも実戦で振るうことが出来る陰陽師は、確かに現代でも存在している。


 天才は、今も、この世界には存在している。


「…………使うか?」


 水蛇の攻撃は決して避けられなくも防げなくもないものだが、俺の無言術式があの鱗に弾かれる以上、簡易術式を叩き込むしかない―—が。


 いっそのこと、詠唱術式に挑んでみたくもある。


 俺の力を――土御門愛樹つちみかどあきというキャラクターを試すという意味ならば、この試練で派手に力を見せつけるのもあり、という気がする。


 俺という転生者いぶつが、どこまでこの世界に受け入れられるのか――試すのもありなのでは、という気がしてくる。


 そして、何より――俺は、辿


 確かめてみたいという気持ちがないといえば、嘘になる。


 だが――。


―—魔法学校を舐めているわけじゃないけど、これはあくまでオリエンテーションみたいなものだと思うから。


 きっと、あの天才は、愛すべき主人公様は、こんなところで、こんなオープニングアクトで――その内側を、垣間見せることすらせずに。


 へらへらと、真骨頂を温存しながら、鼻歌混じりに試練を突破してみせるのだろうよ。


 なら――。


「——俺が先に、日和るわけにはいかねぇよなぁ!」


 死んでも食らいつくと、主人公の物語に付いていって見せると誓ったのだから。


 俺も笑って、この試練を攻略してみせる。


「行くぞ、蛇野郎!」


 俺は水蛇の突撃に合わせて、ホルダーから六芒星が描かれた術符を取り出すと。


 それを俺自身の体に押し付けて、魔力を流しながら、気合を入れるように鋭く短文呪文を唱える。


「【強化漲れ】! 喼急如律令!!」


 簡易術式の発動と同時に、俺の体を淡い黒色の光が包み込む。


 身体能力の単純強化という術式の恩恵を得た俺は、これまでのように後ろに下がるわけでも、盾で防ぐでもなく。


 突撃してくる水蛇と交差するように、その長い体の下をスライディングで通過しながら――がら空きの胴体に術符を貼り付ける。


 そして、すれ違った後に――その術符に込めていた『無言術式』を発動。


 水蛇の体に貼り付けられた術符から電撃が迸り、その長い体を駆け巡る。


「ギィヤァァアアアアアアアアアアア!!!」


 再び仰け反る翡翠の大蛇。

 だが俺は、今度はその様を観察することなく、剥き出しになった腹を狙う。


 簡易術式も使いようだ。

 術式を簡略化したことで威力クオリティが落ちるというのなら――その簡略化した術式を、より完成度クオリティを高めて発動させればいい。


 どんなものも腕次第だ。

 調理の難しい高レベルの卵料理にも、達人が作るオムレツが勝るように。


 単純で、簡略化されているからこそ――その術者の腕前クオリティがモノを言うのだ。


「【電撃迸れ】。喼急如律令」


 俺は術符を挟んだ二指を――まるで拳銃のように構えて、水蛇のどてっ腹に電撃を撃ち込んだ。


 簡易的に放たれた電撃の槍は、見事に緑色の大蛇の鱗を貫いてみせた――が。


「ギャ―—ギィヤ―—グォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオ!!!」


 翡翠の大蛇は、まるで息を詰まらせたような呻き声を上げると、その瞳を真っ赤に染め上げて、その全身の鱗を輝かし始める。


「何、キレたの?」


 俺は警戒を解かずに新たな術符を手に取る。

 すると、翡翠色の大蛇は、大きく息を吸い込んで――その口から紫色の煙を猛烈な勢いで吐き出し始めた。


 クソっ! 見るからに毒っぽいな!


「ここまではっきり殺しにくるのかよ!」


 どうなっているんだ、魔法教育機関め! と内心で吐き散らかしながら――教育機関というワードから、俺はとある一人の教師を思い起こさせる。


 そして、そのイメージのままに、俺は地面に魔力を流した術符を落した。


「【旋風巻き起これ】! 喼急如律令!」


 俺は周囲三百六十度に向けて旋風を発生させ、毒霧を吹き飛ばす。


 だが、紫色の煙が晴れたそこには――何も、いなかった。


 大きな蛇も、光る虫も、微笑む妖精も――何もいない。


 ただの静かな、沼地だけが広がっていた。


「…………」


 戦闘に巻き込まないように、魔法生物たちは何らかの手段で避難させたのだとして――水蛇は? もしかして逃げたのか? さっきのが致命傷になって倒れたのなら、転送水晶から何らかのアナウンスがあってもいい筈だし。


 俺は術符を構えながら、その場から動かないままに注意を巡らせる。


 そして、その時——先程まで水蛇がいた、、蛇の頭が勢いよく飛び出してきた。


 沼は底で繋がっていたのか? それとも無理矢理に繋げたのか? ―—だが、反応は出来た。口腔内に紫の煙を溜め込んでいやがるが、不意打ちに反応出来た時点でこっちの――。


 いや――不意打ち?


 俺がその可能性に気付くのと、ほぼ同時に――の。


 先程まで、翡翠の大蛇の頭部が飛び出していた沼地から、が飛び出してきた。


「————っ!!」


 くっ、そうだよな、蛇なんだから当然として尾も武器だわな!

 ここまで頑なに頭部だけを沼から出していたから無意識の内に可能性を排除していた!


 頭部と絶妙な時間差で襲い掛かって来るところも全く厭らしいぜ。正しく蛇のように狡猾な一手だ。


 重心と意識を左右に振られた。

 身体が硬直している。このままじゃあ避け切れない。簡易術式を発動する暇もない。


 俺は――思わず、笑ってしまう。


 くそ。情けないデビュー戦だ。

 この一戦だけは俺の力だけで勝ちたかったが。


 仕方がない。これが俺の現在位置だ。

 分相応に、意地を無駄に張らず。ピンチの時は、頼りになる仲間に助けてもらうとしよう。


 禍々しい毒霧と鋭い機械の尾が迫る中――俺は、


「ギャァッ!?」


 残念だったな、狡猾な蛇よ。魔法使いは空を飛べるんだぜ。


 一羽のカラスが、黒い魔力の糸を咥えて俺を上へと引っ張り上げてくれた。宙に留まらず、ただ一瞬だけ空に逃げるくらいの逆バンジーならば、頼りになる俺の式神は一羽だけでも俺を空に連れていってくれる。


 そして、俺の可愛い烏は――『三羽烏さんばがらす』だ。


 残る二羽は、既に照準を定めている。


「俺のカラスは、――魔法生物おまえらよりも、ずっと強い」


 薄暗い森の空から、美しい翡翠色の沼に向けて、漆黒の流星が降り注ぐ。


 黒い弾丸は、翡翠の蛇の頭部と尾を貫き、盛大に水飛沫を上げた。


「ギ―—ァ―—」


 瞳の赤い光が、鱗の翡翠の輝きが、ゆっくりと失われていく。


 その巨大な図体が沼地の中へと沈んでいく中――俺の左腰の転送水晶が、機械的な音声を発した。


翡水蛇エメラルド・サーペント撃破確認。【黄金鳥ゴールドバード】寮・土御門つちみかど愛樹あき一年生。30ポイント獲得』



 



 ◆ ◆ ◆ 






 俺は転送水晶からの撃破コールを確認すると、そのまま翡水蛇エメラルド・サーペントの尾が沈んでいった、初めに機械の大蛇の頭部が飛び出してきた最初の沼地の中へと足を突っ込んでいった。


 この試練は――『宝探し』。

 念願の魔法戦闘を経験し、ポイントを獲得できたのは僥倖だが、それだけじゃあこの試練はクリアにはならない。

 

制限時間タイムリミットは日没まで。

・日没と同時に水晶は自動的に発動し、所有者を転送させる。

・その時点で宝玉を手にしていなければ、試練失敗と見做され、退学となる。

 

 つまり、いくら魔法機械生物マジックマシンモンスターを撃破してポイントを稼ごうと、肝心の『宝玉』を見つけられなければ意味がない。


 日没までにはまだ時間に余裕はあるだろうが、早めに合格条件を満たしておくに越したことはないからな。


 まぁ、宝玉を手に入れた所で、まだロビーに帰るつもりはないが。


 滅多にない機会だ。まだまだやりたいこと、試したいこと、探りたいことはたくさんある。


「——あ」


 そんな邪念がいけなかったのだろうか。


 せっかく翡水蛇を倒して獲得した、このエメラルドの沼地に隠されていた宝玉は――外れだった。


 記念すべき初めての宝は、眩い光を放つ黄金ではなく――見る者を吸い込む闇のような、深い黒色。


「………………」


 俺の瞳と同じ――漆黒だった。


「——残念だったな。せっかくの激闘虚しく外れとは」


 無表情でその黒い宝玉を見詰めていた俺の背中に、そんな声が聞こえた。


 振り返ると、そこにはひとりの少年がいる。


 彼は太い樹の根に座り込み、こちらに向かって拍手を贈っていた。


 そして――ニヤリと、不敵に笑って、俺に言う。


「——いらねぇなら、それ、俺にくれよ」


 俺は『黒銅竜ブロンズドラゴン』なんだと、その謎の少年は、俺に向かって真っ直ぐに、その右手を差し出してきた。

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