第97話 兄と聖女
「兄さん!」
突然現れた巨大な異形の魔物が最初に目標にしたのが、兄さんだった。
僕は急いで兄さんの前を塞いで、異形魔物の攻撃をギリギリ弱めて、兄さんと一緒に吹き飛ばされた。
「ギャハハハ! コレデ勇者ガ死ネバ聖剣ハ意味ヲナサナイ!」
すぐに後方から魔法攻撃が飛んでくるが、巨体には全く効かずに、周囲に向かって魔法を放ち始めた。
巨体から放たれた魔法はエルフの里を飲み込み、森全体が火の海となった。
「く、くそが…………な、なんなんだ……!?」
「兄さん!? 大丈夫!?」
「ふざけるな! 俺様を兄と呼ぶんじゃねぇ!」
僕を振り払う兄さんだが、その腕にもう力は残っていないようだ。
「マシューの野郎……まさか俺を騙したのか!?」
「グレイ様……すぐにケガを治します」
いつの間にかやってきた聖女リシニアさんがきて、回復魔法を唱えた。
「くそ……聖剣を手に入れたはずなのに、どうして俺様が負けるんだ! リシニア! 貴様が言っていた通りにならないではないか!」
「申し訳ありません……まさかああいう化け物が現れるとは思わず……それに伝承に伝う魔王とは随分と違ってて……」
その時、異型魔物マシューがこちらに視線を落とした。
「クックックッ。魔王ダト? アンナ弱ッチイ奴ハ、モウ僕ガ飲ミ込ンダサ!」
「何という……」
「魔王モイナイ! 勇者モ弱イ! 聖剣モ使イ物ニナラナイ! コレデアノオ方ガ世界ニ来ラレル!」
あのお方……? 一体何の話をしているんだ?
マシューは笑い声を上げながら周りに魔法を放ち焼き尽くし始めた。
「くそが! 邪魔だ! 退け!」
「兄さん!?」
「聖剣があればあんな化け物くらい、俺様が滅ぼしてくれる!」
地面に転がっていた聖剣を拾い上げた兄さんは再度勇者の力を放ち始める。
眩しい光の剣戟が異型魔物を斬りつける。が、今まで簡単に斬れていた他のものとは勝手が違うように、魔物は傷一つ付かなかった。
マシューの視線が再度兄さんに向く。
「クックックッ。勇者ガコノ程度トハナ!」
「ふざけるな!」
次の瞬間、異型魔物の蹴りが兄さんを襲った。
「兄さああああああああああん!」
さっきの攻撃で全身が痺れて動けなかった僕は、ただただ兄さんが蹴られるのも見ることしかできなかった。
――――その刹那。
兄さんの前を塞いだのは――――他でもない聖女リシニアさんだった。
二人が共に吹き飛ばされ、近くの樹木に激突した。
激突したところから転げ落ちた二人。兄さんはそれほど重症ではなかったが、聖女リシニアさんは腹部に大きな穴が開いていた。
「お、おい! リシニア!」
「グレイ……様……ご無事……ですか?」
「ふ、ふざけるな! お前は俺様を利用してたんじゃないのか!」
「ふふっ……そう……ですね……私はずっと貴方様を……利用していたのかも…………しれません……ですが…………私は貴方様が……心から……好きでした……何事にも真っすぐで……純粋な貴方様に…………」
「お、おい……おい! リシニア! 俺様を一人にするのは許さん! いくな! 死んだら許さないぞ!」
「グレイ……様……貴方様に会えて……嬉しかった…………」
くっ……体が……回復魔法がいまなら間に合うはず……!
ようやく痺れがとれたので、急いで兄さんのところにやってきた。
「兄さん! 回復魔法を使う! 待ってて!」
「ユウマ!?」
「兄さんの大切な人なんでしょう!? なら僕にとっても大切な人なんだ! ――――
僕の中にある魔素が一気に減るのを感じる。この魔法は回復魔法の中でも最上位で、死んでさえいなければ、どんな傷でも治せる代わりに、魔法の中でもっとも魔素を使う。
「この光は……貴方様は……?」
「僕は勇者グレイの弟です。絶対に助けますから待っててください」
「ユウマ様……はい……私は……グレイ様のためなら…………お願い……しま……」
「リシニア!?」
「大丈夫。気を失っただけ。傷は僕の魔法で何とかできても、気力までは無理だから、戦いがない場所で安静させないと……でもあの化け物を何とかしないと……」
「…………」
兄さんの頬に涙が流れ落ちた。
それにどんな声をかけていいのか分からず、僕は彼女の回復に集中する。
「ユウマ」
「ん?」
「どうして俺にそこまでする?」
「…………上手く言えないんだけど、僕にとって兄さんは光だったから。気付けば兄さんの後を追いかけてたし、僕は大切な家族だと今でも思ってるよ。家族のために頑張るのに理由なんてない。ただ家族だから。兄さんが僕の兄さんで、僕が兄さんの弟だから」
「…………」
回復魔法が終わり、リシニアさんの無事を確認した。
「うん。これなら大丈夫だね。兄さんはここで待ってて。あの化け物は僕が何とかするから」
「…………ユウマ」
「うん?」
「聖剣を。聖剣を持ってきてくれ」
「分かった」
吹き飛ばされた先の聖剣を取りにいく。
兄さんはリシニアさんを大事そうに抱えていた。
金色に輝く聖剣。
その聖剣を握りしめた。
――――その時、僕の腕に凄まじい焼ける痛みが走る。間接的ではなく物理的に握った僕の手が焼け始めた。
急いで聖剣を持っていこうとしたその時、僕の頭にとあるアナウンスが流れた。
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