第95話 勇者

 試練が終わって、僕が立っていた世界が光の粒子に変わっていく。


 幻想的な景色に周りを見回して目を奪われていると、世界がどんどん真っ白になる。


 何もない世界に一人の女性が優しい笑みを浮かべて僕を見つめた。


 声は何も聞こえないし、僕の声も届かない。


 だから僕は笑みで返した。




 目の前が光の輝きに包まれた後、どこか戦いの音が聞こえてきた。


 方向は二方向。


 近くは街の中、遠くは街の外だ。


 どっちに向かうべきか一瞬悩んだけど、遠い方を選んだ。


 だって……近くの方は――――フェン先生がいらっしゃるから。


 一気にギアを上げて走り、街の城壁の上に立った。


 丁度エルフの二人が長い槍に貫かれたのが見えた。


 あのままでは無駄死になってしまう。


 急いで降りて槍をぶった切る。


 精霊達にお願いして、エルフ二人を城壁上に逃がした。


 そして、僕は目の前の二人の男と対峙する。


 金色の鎧を着た大男と、僕が折ってしまったが槍使いの男。


「そこまでにしてください。相手が欲しければ、僕がします」


 二人の表情が一気に険しいものに変わる。


 ん? この槍使いの男も大男もどこかで…………。


「っ!? 兄さんの仲間!?」


「兄さん……? その黒髪! あの時・・・のか! ――――勇者様の弟!」


 忘れもしない。


 僕が『才能開花』した日にやってきた兄さんとその仲間達。


 その中に彼らの姿もあった。確かさらに女性二人も一緒にいたはず。


 いまは彼らだけのようだ。


「まさか弟君がこんなところに現れるとはな」


 二人の表情が緊張から蔑むそれに変わる。そして、手に持っていた武器を僕に向ける。


「安心しな~殺したりはしない。勇者様のところに連れてってやる――――但し、手一本くらいはここで落とすがな!」


 いつのまにか新しい槍を取り出した男が超高速突きで僕の右肩を狙う。


 けれど、その動きは全て把握できる。


 槍が僕の肩に当たる直前。左手に持った短いフランベルジュで槍の棒の部分を一刀両断する。


「なっ!?」


 次の動きをされる前に、彼の腹部に膝蹴りを叩き込む。


 ドガーンと爆音と共に周囲に衝撃波が広がり、彼の体は数十メートル先まで真っすぐ吹き飛んだ。


 一部始終を見ていた大男が真剣な表情で僕を睨む。


 さっきの彼みたいに油断はしていないようだ。


 でもそれならそれでいいと思う。


 試練で妖精のティクルくんが僕にくれたものは力ではない。それは――――自信だ。


 力という自信を持ったからこそ、誰かを守るために戦えると教えてくれた。


 大男に向かって飛び込む。


 大きな槌を振り下ろされるが、それに飛び乗ることで地面を叩かれても一切の衝撃波を感じなかった。


 槌の裏側から大男の顔面に向かって飛び込んで、短いフランベルジュの柄の部分を叩き込んだ。


 槍男同様に、大男も遠くに吹き飛んだ。




 その時、




 パチパチと拍手の音が聞こえてくる。


 そこに視線を向けると、美しい金色の髪をなびかせた若い男と、女性二人が見えた。




「兄さん……」




 忘れるはずもない。ずっと追いかけていた――――兄さんだ。紛れもない。


「まさかお前がここまで強くなっているとはな。ユウマ」


「久しぶり。兄さん」


「くっくっ。少し見ないうちに成長したな。まさかアイザックとゴルデンまで一撃とは。俺様でも一撃は厳しいんだがな~」


 雰囲気があまりに違う。


 才能開花式での兄さんよりも、もっともっと――――暗い。


 その顔には自信と狂気に支配されている。


「なあ。ユウマ。元家族・・・のよしみで忠告する。一度しか言わん。そこを退け」


 憎悪に染まった瞳が僕に向く。


「…………エルフを攻めるというなら、僕が相手になるよ。兄さん」


「ちっ……てめぇはいつも、一々俺様の癇に障る言い方をするな!」


 次の瞬間、剣を抜いた兄さんが一瞬で間合いを詰めて僕に斬り掛かってきた。


 ただ、その速度に僕も付いていけるので、簡単に防ぐことができた。


 剣と剣がぶつかる音が周囲に空しく響いていく。


「兄さん。僕は今でも家族だよ。元ではなくてね」


「くっくっくっ。あーはははは! てめぇなんか――――弟だと思ったことは人生一度もねぇよ!」


 今度は格闘術。


 剣術と織り交ぜながら凄まじい攻撃が僕を襲うが、それをギリギリに防いでいく。


 一撃を止める度に周りに広範囲に衝撃波が広がって木々が倒れ、壁が凹んでいく。


 兄さんの強さがより伝わってくる。これでもまだほんの一割くらいしか力を出してない。


「はあ……めんどくせぇな。おいユウマ」


「うん?」


「てめぇ。俺様をここで止めるっていうことがどういうことが分かってるのか?」


「エルフを救えることだと思うけど?」


「はん! これだから何も知らないガキは……てめぇがここで俺様を止めると、それが却ってエルフや人類を滅ぼすことになるけど、いいのか?」


「ごめん。兄さん。何故そうなるのか僕には分からないよ」


「くっくっくっ。まあいい。この茶番もこれで終わりだからな」


 そう言った兄さんの見え見えの蹴り飛ばしで大きく吹き飛ばされた。


 特段強い攻撃ではなく、ただ距離を取るための攻撃。


 兄さんが次に何をするのか注意していると、後ろから人の気配を感じた。


「クレイ様よ~終わったぜ」


 そう言いながら正面玄関から出てくる美しいエルフの男性。


 どこか――――アリサさんに似ている気がする。


 ただ、その人の右手には傷だらけの族長が、左手には白い大きな剣が握られていた。ただし、握っている手が焼け続けている。持つこともできず、引きずっていた。


「アリヴェール。よくやった」


「ふっ。大したことないぜ」


 助けに入る僕を兄さんが割り込んで、僕と族長を一緒に吹き飛ばした。


 剣を地面に突き刺したエルフの男を、兄さんの隣にいた綺麗な女性が回復してあげる。


 地面に突き刺さった剣を見て、兄さんが高笑いをした。


「あーはははは! 遂に聖剣も手に入れた! これで――――世界の全ては俺のものだ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る