第94話 始まる戦い(三人称視点)

 ユウマが試練に挑んで三日後。


 彼の彼を待つ彼女達は落ち着かない表情で紅茶を飲みながら外を眺めていた。


「まだ帰ってこないわね……」


「うん……」


 アリサ、セーラはともかく、ステラも落ち着かない表情を浮かべている。


 そんな中、遠くから大きな爆発が起きて、爆音と爆風がエルフの里を襲う。


 一斉に立ち上がった彼女達は、家から出て空の向こうを眺める。


「三日。やっぱり持たなかったわね」


「お父様が言っていた勇者軍の急な進撃。ジパング国の進撃を見て、先に全力を入れてきたわね」


「うん……やっぱり戦わないといけないかな。まだユウくんが帰ってこないから防衛に当たっていいか分からないのよね」


 セーラの質問に後ろから声をかけるのは、彼女らの先生フェンである。


「防衛はひとまず禁止だ」


「フェン先生?」


「勝手に戦うことは却ってエルフ族のためにならない。ただ、勇者パーティーが里に入ってきたら、そこは迎撃する。が、それよりも早く――――聖騎士どもが来るはずだ」


 フェンが向いているのは爆発した北側ではなく、西側だ。


「聖騎士は強い。決して油断せず、全力を出すこと。相手を侮らないこと。特に勝ったと思ったときこそ気を付けろ」


「「「はい!」」」


「プリムはこのまま族長のところで防衛だ」


「分かった。フェン。死なないでね」


「おう。任せておけ」


 プリムを見送ったフェンは、腰に掛けられた剣を握りしめた。


 北側の爆発がキノコ雲となり、やがて空に散り始める。


 森に一瞬の静寂が訪れた時――――里の北側の壁に何者かが激突する。


 その余波が里内全体に響いてくる。


「始まったな」


 フェンが言う通り、今度は怒声が響き渡り、戦う音が里中に鳴り響いた。


 エルフ族は孤高の生き物である。


 知性は高く、生まれ持った才能も高く、種族ポテンシャルも全種族の中で最も高い。さらには全エルフが精霊を使役できるという強みもあり、世界では彼らを『神に選ばれし種族』と呼ぶ者も多い。


 ただ、彼らには一つだけ弱点となるものがある。それは、生に対する無頓着さである。


 生まれながら高みにいる彼らにとって、『生』というものは、重要なものではなく、ただ流れる時の中で、いつか舞い降りる神を待つだけの退屈なものでもある。


 必然なのか、はたまた神がそうさせたのかは分からないが、彼らは子供を嫌う。


 長く悠久にも思える退屈の中、自分の子供にもそういう経験をさせたくないと思う者が多いのだ。


 彼らの出生率は種族では最低値である。


 そうなると自然と数が少なくなっていく。


 現状、大陸の中央を支配しているユグランドだが、年々力が弱まり帝国に押されていた。


 それがいま現実となり、彼らに突き刺さる。


 エルフの里北側を覆う壁は、彼らが魔法で作り上げた鋼鉄よりも頑丈な木の魔法で作った木の壁である。


 全ての攻撃を無効化し、魔法を吸い取る最強防壁。


 だがそこに体当たりをしたのは、身長二百三十の大男。全身を金色のフルメイルで包んだ彼の体当たりによって、壁から全体が揺らいだ。


「近づかせるな! 撃てええええ!」


 壁の上から無数の矢が飛んでいく。どれもスキルによって強化された超強力な矢である。


「ふん!」


 金鎧男が空気を叩き付けると、飛んできた全ての矢がその場で弾かれてその場に落ちていった。


「最強種族とか、大したことねぇな~これなら魔族の方が余程手ごわいぞ~」


「おいおい~ゴルデン。ここの連中ごときと魔族を比べるなって~可哀想だろ?」


「かっかっかっ! 間違いないな!」


 卑猥な表情を浮かべた槍を持つ男が近づいてくる。


 彼自身も高身長だが、金鎧男が大きくてそれに比べたら見劣りしてしまう。


「アイザック。穴開けてくれ!」


「ん~一撃では難しいかも知れんな。いっちょやるか~」


 槍を構えた男。降り注ぐ矢は全て金鎧男が空気を叩き付けて撃ち落とした。


「――――グランドペネトレーション!」


 槍に大きなオーラがまとい、淡い水色の突風が放たれて壁に直撃する。


 木の壁が抉られていくが、一撃では貫通しなかった。


「硬過ぎるでしょう。俺の槍で一貫通できないとか……」


「かっかっかっ! アイザックの一撃を耐えるとは、中々じゃねぇか!」


「はあ~クレイ様に怒られないといいけど」


「クレイ様がこれくらいで怒ったりするものか。それよりも――――あいつらに負けたら怒られるかもだがのぉ……」


 二人が見上げた壁の上には、大きな精霊を肩に乗せた二人の美男子エルフが睨んでいた。


「ゲスどもが……」


 エルフ二人が飛び降りて、強力な魔法を放つ。


 暴風が起きて、ゴルデンとアイザックを吹き飛ばした。


「おいおい~出会い頭にゲスとはな。そもそも貴様らがクレイ様に聖剣を渡してないのが原因だろ? そもそも神の使徒とか言っているが、勇者に聖剣を渡さない貴様らの方がゲスだろ~」


「あれは勇者ではない」


「ふっ。貴様らの言いなりにならないから勇者じゃないとか。貴様らの方がよっぽど世界に反しているゴミだぜ~!」


 アイザックが先に攻撃を仕掛けて、ゴルデンも仕掛ける。


 四人の戦いが始まったが――――意外にもあっさり決着がついた。


 数回武器を交えた両者。


 ゴルデンとアイザックの体から赤と青のオーラが溢れて、動きが以前よりも三倍程速くなる。


「な、なっ!?」


 エルフたちが反応する前にアイザックの槍が二人を貫いた。


「あちゃ~一撃で終わりかよ~」


 二人まとめて腹を貫いて、刺したまま、槍を上げたアイザック。


 槍を伝い、エルフたちの血液がゆっくりと降りる。


「エルフごときが、勇者パーティー舐めんな~! ぎゃーはははっ!」


「っ……」


 二人のエルフは悔しそうに彼らを眺めた。





 ――――その時。





「そこまでにしてください」


 一人の男がアイザックの槍をぶった切る。


 それと共にどことなく現れた精霊達がエルフ二人を壁の上に運んだ。


 アイザックとゴルデンの表情が強張る。


 二人に相対する男から放たれる圧倒的・・・な気配に。


「相手が欲しければ、僕がします」


 男は右手に長い剣を、左手に短い剣を握り、呟いた。

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