第90話 会談

「僕はユウマ・ウォーカーといいます。いま、皆様と敵対しているクレイ・ウォーカー……勇者の弟です」


 僕の言葉にどよめきが起きる。それと同時に僕に対する視線の質が変わった。敵対する者に向ける視線だ。


「僕がここに来たのは、兄の暴挙を止めるためです」


「嘘をつくな! 人族はすぐに嘘をつく! 信用できるとでも思うのか!」


 後ろの若い男性が声を荒げる。すぐに族長が制止して、また会場がしんとなった。


「ここにいるユウマは信用できる者だ。確かに人族ではあるが、セーラもステラもずっと私を守ってくれて、ケガで動けなくなったフェンをずっと介護してくれたよ」


「…………」


 族長の目がゆっくりとプリムさんから僕に向く。目と目が合う。アリサさんと同じく綺麗で澄んだ金色の瞳だ。


「とても勇者を止められるとは思いませんが」


「それでも僕は止めると覚悟を決めました」


「力がないのに勇者を止めるとは、随分と自惚れ者ですね」


「お父様ッ!」


 後ろからアリサさんの怒った声が会場に響く。


 視線が一瞬アリサさんに向いて、また僕に向く。


「もし、貴殿が勇者の弟で、勇者を止めたいというのなら――――その資質と覚悟を示してもらいましょう」


「資質と覚悟?」「アルヴィン! それは私が許さないわ」


 プリムさんが珍しく声を荒げる。資質と覚悟を示すという言葉が関わっているのは間違いないそうだ。


「構いません。受けて立ちます」


「ユウマくん!?」


「プリムさん。それとアリサさんも。僕はここに“ただ兄さんを止めたい”から来てる訳ではないよ。それに兄さんと長く住んでいた僕だからこそ、若い頃の兄さんがどれだけ強かったか肌で感じているんだ。今のままでも勝てるなんて思ってない。だからできる事をやりたい。僕はそう覚悟を決めたから」


 少しして、後ろから二人の座る音が聞こえて来る。


「アルヴィンさん。その資質と覚悟を示すことができれば、僕達を信じてくださるんですね?」


「ええ。もちろんです。ですが、貴方に資質と覚悟がなかった場合――――間違いなくその命を落とすでしょう」


 うん。それくらい覚悟している。異世界に転生して、両親の暖かさに触れて生きてきた。でもその傍で兄さんは僕のせいで、もっともらうはずの愛情を奪われてしまった。


 もし異世界に生まれていなければ、兄さんは両親の深い愛情に育てられ世界を愛する勇者になったかもしれない。


 だからこそ、僕には兄さんの目を覚ます責任がある。


 僕こそ――――自分の資質を問いたい。


「分かりました。ぜひ受けさせてください」


「私も一緒に行く!」


 大声に驚いて後ろを向くと、セーラちゃんが立ちあがっていた。


「それはなりません。行けるのはたった一人です」


「セーラちゃん……」


 悔しそうに手を握り絞める。


「ありがとう。でも大丈夫。僕は絶対に帰ってくるから」


「ユウくん…………うん。待ってる。ここでアリサちゃんとステラちゃんと待ってるから」


「うん」


 僕の中にはセーラちゃんの力も、アリサさんの力も、ステラさんの力もある。


「いいでしょう。では受けて頂きましょう。――――神の試練を」


 その言葉に心臓が跳ね上がる音が僕の中に響き始める。


 僕はその言葉を……知っている? 初めて聞くはずなのに、どこかで聞いたことがありそうな……そんな感じがする。


「では明日出発します。今日はこの街でゆっくり休んでください。ただし、みなさんは隔離させて頂きますので」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 意外にもトントン拍子で話が進み、会談が一気に終わった。




 ◆




 僕達が過ごすのは大きな部屋が二つあって、男女で別れて休められそうだ。


 リビングにはエルフ族から差し入れがあって、美味しそうな料理がズラリと並んだ。


「相変わらず、アルヴィンって凄いわね」


「プリムさん。うちのお父様を知っていたんですか?」


「もちろんよ。エルフ族でアルヴィンを知らないエルフはいないんじゃないかしら? エルフ族の英雄だしね~」


 アリサさんは少し恥ずかしそうに笑う。彼女がエルフ族のお姫様だとは聞いていたけど、族長さんの雰囲気を感じた時、凄い方の娘さんだと知ることができた。


「今日の会談。変じゃなかった?」


 プリムさんの質問に、僕達は首を縦に振った。


 あの会談、異常と思えるくらい会談らしくないというか、もっと色んなことを話し合うかと思えば、僕の資質と覚悟を示せという言葉だけで終わった。


「あれはね。何を言ってもエルフ族が納得しないから。それを知っているアルヴィンだからこそ、エルフ族とユウマくんの間にある亀裂を拡げないように、それを一気に解消する方法を提示したんだ。神の試練というものを使ってね」


「だから他の会談内容は全くなかったんですね」


「そうよ。どのみち、エルフ族に私達の言葉が届かないから。あのままなら私達はただの盾として前線に送り込まれて終わるだけよ。仲間としてじゃなく、捨て駒というわけね」


 それくらい人族とエルフ族の間にある溝は大きいようだ。


「プリムさん。神の試練ってなんですか?」


「…………さあ。私にはわからないわ」


「えっ!? でもさっきは知っている風に……」


「名前は知っている。でも中身は知らない。ただ一つ。今まで帰って来た人は誰もいないわ」


「「「えっ!?」」」


「大丈夫。僕は絶対に帰って来るから」


 これは絶対に反対されそうになったから、先に言い放っておこう。


 三人は不満そうな表情を浮かべて、エルフ族が差し入れてくれた美味しい食事を堪能した。

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