第74話 逃げる理由

 少し暗くなりかけても僕達を乗せた馬車は止まる事なく、ずっと走り続けた。


 荷馬車の荷台の方に僕とセーラちゃん、アリサさん、ステラさんの四人がいて、馬を引いているのは教皇様とフェン先生の計六人だ。


 何も語る事なく走り続ける馬車の中には不安に染まったセーラちゃんたちがいて、僕も何が起こっているのかが分からずにただ彼女たちに笑顔を向けて少しでも心配しないようにするしかできなかった。


「さて、ここまで来れば、そろそろ大丈夫だろう。プリム。みんなに説明を」


「そうね」


 前方にいた教皇様がこちらの荷台の中に入って来る。


「二人は初めましてよね。私はプリムローズ。教皇代行よ~」


「は、初めまして! セーラと申します!」


「ステラと申します。魔法使いの頂点である教皇様にお会いできて大変光栄でございます」


 相変わらずステラさんの豹変し方が凄いな。


 やってきた教皇様にセーラちゃんとステラさんがギューッとされてその場に崩れるように倒れ込んだ。


 少しアタフタしたけど、二人が落ち着いたのでやっと話せる雰囲気になった。


「教皇様? そろそろどこに向かっているのか教えてくださいませんか?」


「私のことはこれからプリムって呼んで~呼び捨てにしてくれてもいいわよ?」


「!? ぷ、プリムさんで……」


「うふふ。ユウマくんって可愛いわね~」


 どこか母さんを思い浮かべる。


「さて、これから事情を説明するけど、ユウマくん。君に一つ指示があります。こちらにおいで」


 プリムさんに近づくと、彼女がとあることを耳打ちしてくれた。絶対に起きるから気を付けるようにと。


「分かりました。全力を尽くします」


「では、これから話すことは全て極秘だから、口外しないように。今私達が向かってるのは商業の国『ジパング』よ。元々ユウマくんたちには向かってもらう予定だったけど、それが早まってしまった。その理由をこれから話すわ」


 珍しく緊張した表情で一度深呼吸したプリムさんは近くにあった飲み水を口にしていて続けた。


「みんなも知っていると思うけど、勇者様を知っているね?」


 もちろんみんな頷いて返す。


「彼らは現在、各国から強者を集めてパーティーを組んで世界を巡って旅をしているわ。その一番の目的は――――魔神『クトゥルフ』の復活を阻止・・するため。魔神は現在大陸のどこかに封印されているのだけれど、それを解除するために目論んでいるのが、魔王『ミカエル』という存在ね。魔王ミカエルは『スティグマ』という団体を組んでいるわ。つまり、勇者様の目的はスティグマに対抗するべく、世界を歩き回って反乱分子を制圧することよ」


 その名に聞き覚えがある。


 聖都の地下で戦ったリグルードがそういう名を口にしていた気がする。


「まあ、聞くだけなら勇者様がやっていることは、正義そのものね。自分に課せられた通りに動いた。とように見えるんだけど、実は勇者が・・・やっているのは力による勢力作りなんだ」


「勢力作り!?」


「彼が学園に入学して真っ先にしたのは、力による学園の私物化なんだ。それには聖国の聖女も色々関わっているんだけれど、それに関しては今はいいわね。それで彼が今やっている勢力作りの魔の手・・・が及んだ場所は――――――」


 プリムさんの視線が予想通り、アリサさんに向いた。


「世界の中心でユグドラシルを守っているエルフが納める国ユグランド。今、勇者様が狙っているのは――――いや、言い方を変えましょう。もう既に人類と戦争状態・・・・になったユグランドよ」


「!?」


 プリムさんの言葉にアリサさんがその場で立ち上がる。


 事前に聞いていた通り、すぐにアリサさんを抑えた。様子を見てすぐに理解したセーラちゃんも手伝ってくれる。


「う、嘘よ! ユグランドがどうして勇者様に!」


「だから言ったでしょう? 勇者による勢力作りだって。ユグランドは勇者様に『聖剣』と『聖弓』とその使いを渡す・・ことを拒んだ。だから彼らを敵として認定しスティグマとしてでっち上げて人類と戦争を始めたの」


「そんな! でも戦争となって姉上の身にもしものことがあれば聖弓を使える存在は!」


「それがいるのよ。一人だけ。貴方も知っているでしょう? アリサさん」


「ま、まさか…………兄さん……アリヴェール兄上が!?」


 それにプリムさんは頷いて答えた。


「そんな……どうして兄さんが……勇者様と…………禁忌を犯した兄さんが……」


 僕も知らない過去でうずくまる彼女を見て、僕も兄さんと別れた時のことを思い出した。


 あの時感じた絶望。それに似た何かを。


「それでね。世界中のエルフに関して――――勇者様に逆らったということで捕まり始めているの。今日ここに逃げ込んだのは他でもなく、アリサさんを守るため。あのままでは間違いなく聖騎士に捕まっていたからね」


「!? 教皇様は聖国側ではないんですか!?」


「少し違うわ。私は聖国ではなく、とある一族から生まれ落ちた呪い・・。本来ならこうして外を歩くこともできない存在よ。たまたま女神様から決められたからこうしていられるだけ。だから勇者様は女神様にも反乱したんだと思う。私を教皇の座から強制的に引きずりおろすためにね」


 兄さん…………兄さんは一体何をしたいんだ? 世界を……こんなにも混乱に巻き込んで、一体勇者として何を…………。

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