第73話 慌ただしい逃避

「お帰り!」


「「ただいま」」


 聖堂から学園の入口に立っているセーラちゃんが僕達を見かけてすぐに手をあげて挨拶してくれる。


「教皇様はどうだった?」


「凄く綺麗な人だったよ~」


「むぅ……綺麗な人…………」


 え!? なんでそこで膨れる!?


「どちらかというと、綺麗というより可愛らしい人だったわね。色々行動とか言動とか」


「そうだったんだ。私もいつか会えるように頑張って強くならなくちゃ……!」


「それで、今日はどこに行くの? このまま遊びに行く?」


「ん~私は遊んでもいいけど、ユウマくんは遊んでいい? それとも冒険者の依頼をこなす?」


 二人が僕に注目する。


「そうだね。せっかくなら依頼をこなしたいかな。困って依頼を出す人もいるかも知れないから」


「そうしよう!」


 何だかここ最近は落ち込んでいるセーラちゃんばかり見ていたから、元気になってくれたみたいで良かった。


 ふと昨日の夜のの事を思い出して、顔が熱くなるのを感じる。


 二人が前を歩くと、いつの間にか姿を現したステラさんが僕の隣を歩く。


「ユウ。教皇に、変なこと、されてない?」


「されてないよ? フェン先生もいたくらいだし」


「ふむ」


 ステラさんもいつもと変わらない感じだ。


 何だか色々あったけど、日常に戻ってきた雰囲気が嬉しく思う。


 道を歩き進め冒険者に入ると、普段よりも冒険者の数が多い。恐らくみなさんも同じ考えなのかも知れない。


 掲示板から近くの魔物を狩る依頼を受けて聖都を後にする。


 東の平原に向かい、依頼のFランク魔物を数匹倒して素材を持って聖都に戻る。


 子豚の姿をした魔物は食用として重宝しているらしく、定期的に依頼されているし、依頼されていなくても常に買取されるので手持ち無沙汰の冒険者にとっては良い獲物だ。


 冒険者ギルドで依頼達成で報酬をもらって、手伝ってくれたみんなに甘い物を奢るためにレストランに向かう。


 異世界らしく甘い物は通常食事よりも高いので一瞬で報酬が飛んでしまうけど、今の僕にお金はそれほど必要ではないので、みんなが笑顔になれるならいいと思う。


 前世ではあまり食べなかったデザートだけど、セーラちゃんたちと一緒に食べるとまた美味しく感じる。


 デザートを食べ終えて外に出ると、一匹の大きな鳥型魔物が聖都の上空から聖堂に向かって降りるのが見えた。


「あれ? 魔物なのに障壁を通れる?」


「あれはね。魔物じゃなくて聖獣と呼ばれている生物で、魔物と違い知恵もあって、人語まで話せる存在なんだ」


「へえ~」


「それにしても、あの聖獣って聖女様が連れているはずで、聖堂に向かったってことは、勇者様一行の連絡が届いたのかも知れないね」


 セーラちゃんの勇者様一行という言葉に、一瞬心臓がドキッとしてしまう。


 兄さんはどこで何をしているのかな? まだまだ兄さんに追いつくまでは遠すぎて気が遠くなりそうだ。


 そのまま寮に向かっていると、学園の方から凄まじい速度で走ってくる人が見えた。


「あれ? フェン先生?」


 まだ遠くからだけど、フェン先生がわりと速足で走って行くと、僕達を見つけると一目散に僕達に向かって走ってきた。


「フェン先生? どうかしたんですか?」


「全員急いでついてこい」


 たった一言だけ残すとまた走り始める。僕達もそれに置いておかれないように僕がステラさんを抱えて追いかける。ステラさんは魔法使いなので早く走るのは苦手だったりする。


 急ぎ足のフェン先生を追いかけていくと、聖都の玄関口から真っすぐ外に出た。


 どうしたのだろう?


「全員。今から平原を横切る。全力で追いついてこい」


「今から!?」


「今から。文句を言うな。とにかくついてこい」


 珍しくフェン先生が焦っているので、僕達も自然と気合が入る。


 セーラちゃん、アリスさんと顔を合わせて頷いてフェン先生を必死に追いかけた。


 急に平原を抜けるというフェン先生に従い平原を走り続ける。普段から平原を抜けるには馬車で移動するのが普通なくらいなんだけど、まさか走って超えるとは思いもしなかった。


 ただ、いくら普段から鍛えていても理由も分からず長時間の移動は疲れてしまう。


 平原が終わる頃、森の中に小さな光が一瞬だけ点滅したのが見えた。相当小さな光だったんだけど、僕達に向けられたモノなのは間違いなくて、フェン先生が向かう先がその光の下になった。


 全力で走り込んでようやく平原を抜けて森に入ると、僕達を待っていたのは――――


「教皇様?」


「みんな。急いでこの馬車に乗り込んで。話す暇はないわ。急いで」


 先程の天真爛漫な表情はどこにもなく、教皇として威厳のある表情のまま僕達を迎え入れてくれた。


 荷馬車の荷台部分に急いで乗り込むと、余裕がないのが分かるくらい急いで馬車を走らせた。


 忙しく動き出した馬車が僕達に不安を与えたのは言うまでもなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る