第60話 得体の知れない恐怖との邂逅
月を十週にして一週九日のうち七日を学園、連休二日を冒険者として周囲の魔物を倒したり採取の依頼をこなして数週間が経過した。
一月から二月に月が入れ替わった。そして今日から僕はAクラスにやってきた。
残念ながらセシルくんはAクラスに上がれなかったらしくて、僕とルミさんともう一人のBクラスの貴族が入ることになった。
AクラスはBクラスやCクラスとは違って、全員が目を光らせていた。
「前回来た時もそうだったけど、Aクラスってなんだか殺伐としているね」
「フェン先生曰く、Aクラスは昇進が
「Sクラスには先生の満場一致じゃないと入れないもんね。仕方ないね」
空いた席三つは離れていたので、ルミさんと離れた席になってしまった。
周りの生徒たちも興味ありげに僕を見つめるけど、すぐに興味を失ったように視線を外した。
ただルミさんだけはみんなが警戒しているのが分かる。ルミさんはBクラスの時も最強だったから当然なのかも知れない。
Aクラスの座学授業はというと、Bクラスよりも随分と先に進んだ授業だった。それでも数年間マリ姉が教えてくれた勉強の復習のような内容だった。
Aクラスは午前中は全て座学で午後からは実技授業が連続するようだ。
昼食後、初めての実技授業にはいつものセーラちゃん、アリサさん、ステラさんが遊びに来てくれて、それにAクラスの生徒たちは驚いていた。
BクラスとAクラスで明らかな壁のような実力差があって、ルミさんでさえもAクラスの生徒相手には大変苦労していた。やはりAクラスともなると一つ上の世界に住んでいる印象だ。
その時、とある男子生徒がやって来た。
「失礼。私はリグルードと申します。帝国グランドのテリエノラ子爵家の長男でございます。Sクラスのセーラさんとお見受けします」
「はい。Sクラスのセーラです。初めまして」
「もしよろしければ、お手合わせをお願いできないでしょうか」
深々と頭を下げる彼だが、その瞳はSクラスへの挑戦に燃えているのが分かる。
「え、えっと……ユウくん? お手合わせしてきていいかな?」
そこでどうして僕に聞くのか分からないけど、本来の授業を飛び出して、こちらの授業に参加したのが僕のせいなら僕が選択すべき問題なのかも知れない。
「いいんじゃない? 僕もセーラちゃんの戦いを見て勉強したいし」
「うん! リグルードさん。よろしくお願いします」
一瞬冷たい目で僕を睨んでいた彼が笑顔に変わる。
「ありがとうございます。ではこちらに」
二人がフェン先生の許可を取りに向かう間、アリサさんとステラさんと二人を見守る。
「それにしても普通の生徒とは違うね。彼。凄く強そう」
「うんうん! どんな戦いをするのかな! ものすごく楽しみ!」
そして二人が手合わせが始まった。
周りの生徒たちも一目見ようと手合わせを中断してセーラちゃんたちの手合わせを見守った。
「では、参ります」
意外と先に仕掛けるのはセーラちゃん。
一歩の動きが凄まじく速い上に進む距離も遠い。小さな体から信じられない速さで剣を振るう。
相手は慌てることなく受け止めるが木剣同士のぶつかり合いだとは思えないくらいの大きな音が周囲に響く。
二人とも綺麗なオーラを武器に纏わせており、オーラ同士がぶつかり合う戦いが始まった。
息を呑むことすら忘れて二人の連撃に見入ってしまう。
手数だけならセーラちゃんの方が多いが、相手も冷静に跳ね返しながら要所要所で攻撃を入れる。
二人の圧倒的な次元の手合わせに僕だけでなく、その場にいる全ての生徒たちが夢中になっている。
それくらい二人の美しい剣捌きは見応えのあるものだった。
ひと際大きな音が響いて二人が同時に後方に大きく吹き飛んで着地する。
「剣聖の力というのは凄まじいものですね」
「貴方こそ、あれをそんなに喰らってまだ剣を握っていられるなんて、ユウくん以来です」
「…………あの無能がそんなに強いと?」
「ユウくんは無能ではありません」
無能という言葉にセーラちゃんの表情が険しく変わる。
彼が一瞬僕を見つめる。冷たい、どこまでも冷たい目だ。
その目に見覚えがある。
それは――――――兄さんの目だ。最後に僕を見下ろしたどこまでも冷たい目。
「ユウくんは本当に素晴らしい人です。才能がないかも知れない。でも彼は決して無能ではない。私が証明して見せます」
次の瞬間、セーラちゃんの体から凄まじい風圧が周囲に放たれていく。
普段の彼女の天真爛漫な笑顔とは裏腹の頼もしいとさえ思える凛々しさが感じられる。
「ふっ。あんな無能を慕っているなんて、今期のSクラスは大したことありませんね」
「っ!」
セーラちゃんの顔が怒りに染まる。
その場から消えたセーラちゃんが一瞬で彼の後方に現れて剣戟を振り下ろす。
それを見切っているかのように軽々と受け止めると、さっきよりも数倍は速い連撃をぶつけ合う。
本来なら今すぐ二人を止めるべきかも知れない。でもあまりの美しい戦いと、セーラちゃんの気迫に呑まれて見守るしかできない。
セーラちゃんの体を覆うオーラがどんどん赤く光り輝く。
「ちっ!」
リグルードが少しずつ圧され始めて、セーラちゃんの剣戟が彼の体に当たる直前に寸止めする。
それだけの風圧で彼の体が大きく吹き飛んだ。
地面に何回かバウンドしながらも木剣は離すことなく握ったまま吹き飛んで転がった。
最後の一瞬で冷静に寸止めできたセーラちゃんの凄さが伝わってくる。
「クソが!」
吹き飛んだ先でリグルードが怒りに染まった顔でセーラちゃんを睨む。
これだけで彼が負けたわけではない。でもそこには確かな力の差があった。
その時、彼の後ろに一瞬だけ
それを一目見ただけで僕の中に恐怖が溢れる。
あれに触れてはならない。あれには今のセーラちゃんでも決して対抗できない。
そう思った瞬間、僕は全力で走り出した。スキル〖炎帝〗を使用してまで。
「ゆ、ユウ……くん?」
後ろからセーラちゃんの驚く声が聞こえたが、僕の全神経は彼が浮かべた黒い物に集中する。
僕と彼の目が合った瞬間、彼の後ろの黒い物が消え去った。
「…………失礼。俺の負けだ。セーラさん。本日のお手合わせは感謝します」
え……? 戦いを辞めた?
「ゆ、ユウくん!? 体が燃えてるよ! だ、大丈夫!?」
「へ!? あ、あ~こ、これはね。大丈夫。ほら!」
急いでスキル〖炎帝〗を消すと、僕の体を覆っていた炎が消えた。
それから周りから「あいつ、いま炎に包まれていたよな」なんて小さな声が聞こえてきた。
ただ、いまはそれよりもリグルードから感じた黒い物が気になって彼から視線を外せなかったが、彼はケガを見てもらうと保健室に向かった。
訓練場から彼の姿が消えるまで僕は視線を外せられずにいたが、やがて彼が出ていくとセーラちゃんやアリサさん、ステラさんに説明を求められた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます