第45話 紅白戦-前編

 初戦はルミさんと彼女に文句を言っていた男子生徒だった。


「おいおい。俺はだからって手加減できないからよ~」


「ふう~ん。手加減か…………ユウマく~ん。実力の一割くらい出してもいいかしら?」


 どうして僕に聞く!?


 男子生徒の顔が真っ赤に染まっていく。


「い、いいんじゃないかな? というかちゃんと全力で戦わないと危ないよ?」


「そうだったわね。弱すぎて怪我させるとこだったわ。ユウマくんありがとう」


 貴族組からの殺気めいた視線が痛い……。


 と、理由はともかく二人の手合わせには興味がある。


 才能によって差はあるけど基本的に平民より貴族の方が強いのは仕方のない事実だ。


 二人はお互いに木剣を構える。男子生徒は普通の長剣だが、ルミさんは刀身が細い剣となっていた。細剣さいけんという武器の使い手だ。


 ただ木剣として分が悪いのは細剣の方だ。細剣は元々突きを主体とした戦いになるから、彼女の素振りの場合上から下に振り下ろすのではなく、手元から前方に剣を突き刺すのが素振りになっている。


「では――――始め!」


 フェン先生の号令とともに二人が動き出す。


「がーはは! 細剣くらい一発で吹き飛ばしてやるよ!」


 男子生徒が木剣を大きく上に構える。そのまま振り下ろすつもりなのだろう。


「…………はぁ」


 ルミさんの溜息の音が聞こえたと思った次の瞬間、走り出してから数倍は速い動きで突いた細剣が男子生徒の腹部に直撃する。


 目に見えるくらいの空気を叩きつける音が響いて、男子生徒の体は投げられた折れた枝のように後ろに吹き飛んでいく。


 こちらにふわりと風が吹いてきて、それがどれくらい強い打撃なのかが分かる。


「ふん。本気なら腹に穴を開けてやるところだったけど、今日はユウマくんの顔に免じてこれくらいにしておくわ」


「勝者、ルミ」


 平民組から大きな拍手が沸き上がる。


 帰って来た彼女はみんなから褒められて少し嬉しそうだ。


「次は――――」


 フェン先生の容赦のない人選による手合わせが続いた。


 貴族組が弱い訳ではないんだろうけど、誰一人平民組に勝てず、全員が数分を持たずして武器を取られたり、吹き飛ばされたりと驚くくらい勝負にならなかった。


「今期の生徒には既に格差・・があるみたいだな」


 全員が負けた貴族組が悔しそうにうなだれる。


 その時、貴族組から一人の男子生徒が立ち上がる。


「先生。俺がまだ残っています。――――――あいつと戦わせてください」


「え!? 僕!?」


「そうだ。貴様もまだ戦っていない。我々に今期昇進はなくとも俺が貴様に勝って我々の方が強いことを証明しよう」


「いいだろう。ユウマとオリヴァー。最後はお前達だ」


 フェン先生の口元がちょっとだけ緩んでいる。絶対楽しんでるよね!?


「ユウマくん! ぶっ飛ばしてきて!」


「頑張れ!」


 クラスメイトたちに応援されながら自分の木剣を持って前に出る。


「一つだけ特別な処置をしてやろう。もしオリヴァーが勝った場合、今期昇進は君達・・から五人選んであげよう」


「ほ、本当ですか!」


 水を得た魚のようにフェン先生に顔を向ける。


「嘘は付かん。ではユウマが勝った場合だが――――――そうだな。君達はこれからユウマくんをユウマと呼ぶように」


「ええええ!? フェン先生!?」


「いいでしょう。なあ! みんな! 俺は負けない! 信じてくれるか!」


 オリヴァーくんは乗り気のようで、他の貴族組の生徒に振り向く。


 彼らも「絶対オリヴァーくんが勝てるから俺は信じてる!」とか「やってやれ!」とか全員が承諾した。


 それくらい彼がみんなから信頼されているのが分かる。というのも、彼の実力はかなり高いモノだと分かる。


 このクラスではルミさんが頭一つ抜けて強そうなんだけど、そんな彼女でも相手になるかどうかだと思う。


 オリヴァーくんが振り向きざまに僕に木剣を突きつける。


「勝負を受けろ! ユウマ!」


「え、えっと…………じゃあ、もし僕が勝ったらもなしでいいよ。みんなには申し訳ないけど、僕ら側が勝っても何もなしでいいかな」


「…………どこまでも俺を愚弄する気か!」


「えっ!? ち、違――」


「俺に余裕で勝てるというその姿勢が気に食わない! フェン先生! 早く始めてください!」


「くっくっくっ。いいぞ。では――――――始め!」


 笑いを我慢するフェン先生は絶対に面白がってるだけだと思う。


 それに反してオリヴァーくんの表情は怒りに――――と思っていたけど、意外と冷静な表情を浮かべる。


 獅子搏兎ししはくとという言葉がある。獅子はうさぎを狩るにも全力を尽くすという意味で、優れた人は何事にも手を抜くことなく、油断せず全力で取り組むことを指す。


 普段から自信に満ち溢れているオリヴァーくんだが、それに頷けるくらい冷静さを見せる。


 瞳の奥には怒りの感情が見え隠れするが、それをぐっと堪えて冷静に僕の動きを見抜こうとしていた。

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