第35話 使えるはずのない魔法

 次の日。


 いつも通り起きて、何となく裏庭に向かうとアリサさんがいた。


「遅いわよ」


「えっ!? ご、ごめん」


「…………朝練するよ」


「分かった」


 いつも通り隣に並んで前を向いて素振りを始める。何気ない日課だけど、少し幸せに思える。


「君って本当に才能なしなの?」


「そ、そうだよ?」


「…………ちょっと納得いかない」


 素振りしながら少し口を尖らせる。


「才能がないってことはスキルがないってことじゃない。なのに君はどうして魔法が使えて――――――そんなに美しい素振りができるのよ」


「え、えっと……ずっと練習していたから?」


「何歳から練習しているの?」


「五歳から」


「五歳!? 毎日!?」


「うん。兄さんに追いつきたくて毎日数時間は剣術を練習していたかな」


 素振りをやめ、驚いた表情で僕を見つめる。


「それって自分で好きでやってたの?」


「もちろんだよ。うちの両親からは結構反対されたんだけど、色々条件を出して許可を貰えたんだ」


「五歳で?」


「えっ? う、うん」


「…………はあ。君って本当に良い意味で規格外・・・ね。そう思わない? セーラちゃん」


 後ろを振り向いたアリサさんと一緒に後ろから「ひぇ!?」って可愛らしい声が聞こえた。


「ん? セーラちゃんそこで何をしているの?」


 探知をめちゃ狭くしていたから気づかなかった……。


「え、えっと~ちょっと散歩しようと思ったら……あはは~」


「散歩に木剣なんて持たないでしょう。セーラちゃんも一緒に朝練やったらいいじゃない」


「え~!? いいの? リサちゃん!」


「い、いいわよ! もしかして毎日私の顔色伺ってたからこなかったの?」


 毎日!?


 するとセーラちゃんが恥ずかしそうに小さい声で「うん……」と呟いた。


「はあ…………私に気を使いすぎよ。それに私とユウマくんとは何もないから。付き合ってるとかないから」


「そ、そっか!」


 付き合ってる!?


「なんで君が驚くのよ」


「な、何でもない! セーラちゃんも一緒にやろうよ~朝練。気持ちいいよ?」


 セーラちゃんもやってきて三人で並んで素振りを続ける。


 十分程朝練を続けた。


「はい。朝練終わり。――――――と。君」


「うん?」


「昨日のもう一回見せてよ」


「「昨日?」」


 目を細めるアリサさんが続けた。


「〖クリーン〗。使ったでしょう?」


「あ~いいよ! ――――〖クリーン〗!」


「っ!?」「多重発動…………」


 二人に〖クリーン〗を掛けてあげてから、自分にも掛ける。


 やっぱり朝練のあとの〖クリーン〗は気持ちがいいね。


「ねえ! どうしてそんな魔法が使えるの?」


 これはどう説明したらいいものか……。


 〖無魔法・上級〗のマスタリーを持っているけど、それを説明する方法がない。


「才能がなくても……スキルを持っている? そんなことがありえるの?」


「でも本当に水晶が光らなかったわ。あれは勇者様でも光ったと聞いているよ?」


「そういや、君のお兄さんって勇者様って言ってたわね? 本当?」


 ふ、二人が近い。


 〖クリーン〗を掛けた後だからか、二人の甘い体温の良い香りがふわっと広がっていた。


 マリ姉もそうだけど、女子ってどうしてか良い香りがする。


「あ、あはは…………沢山練習してたらできた……よ?」


 ちょっと違うんだけど、一応言い訳として言っておこう。


 マリ姉から絆が繋がった人以外には絶対に事情は言わないように約束させられているから……二人とも本当にごめん!


「…………練習でも使えるようになるものかしら。でも実際に君は使っているのね。私も練習してみようかしら。〖クリーン〗が凄く羨ましいから」


「ユウくん? 最初から〖クリーン〗を練習したの?」


「え、えっと、違うかな?」


 努力って、最初から上を目指すよりコツコツ基本部分を繰り返した方がいいよね。


 僕は魔法が覚えられないけど、もしかしたら覚えられるのかも知れない。本には才能がない人は魔法は絶対に使えないと書かれていたけど。


 確かに僕は才能はなくてもスキルがあるから使えるのは当然だ。


 でももしかしたら努力で何とかなるんじゃないのか?


「最初は、〖着火無魔法・下級〗から始めたらいいんじゃないかな?」


 僕は自分の右手人差し指に小さな火を灯らせた。


 これは火魔法とは異なって、燃えやすい物質に引火させる魔法だ。だから何でもかんでも燃やせたりはできないけど、無魔法の便利な魔法の中の一つでとても需要が高いと思う。


「〖着火〗ね。分かったわ。今日から練習するから」


「わ、私も!」


 何となくだけど、二人なら無魔法が使えるようになりそうな気がした。


 特に理由があるわけでも、深い考えがあったわけでもなかったけど、嘘から始まったこの行動が――――――






 ――――のちに、世界を変える出来事になろうとは、今の僕は知る由もなかった。

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