第33話 無能の試験

 人の噂って僕が思っているよりも回るのが早い。


 たった一瞬のはずなのに、会場にいる多くの人達から「勇者の弟は無能」という声が聞こえてくる。


 小さなブロックの中でだるそうに見ている男性が、「そこに立ちな」と言ってくれて、指定した場所に立つ。


 すると木剣を一つ投げてくれた。


「はあ……だる…………どうせ合格なんてするはずもないのに無才・・で挑戦するなんて、お前も物好きだな」


「あはは……中々難しいみたいですね。これで力を証明したらいいんですか?」


「…………いんや。そこから素振りでもしてな」


「!?」


「はあ……だる…………」


 他のブロックは土魔法で壁に囲まれている。が、こちらのブロックは壁が低くて中が外から簡単に覗ける作りになっている。


 試験官と僕の姿を簡単に覗けるようになっているのだ。


 眠そうな試験官は僕に視線を向けることなく、そっぽを向いた。


 …………正直に言えば、ちゃんと見て欲しい。だって、まだ落ちたと決まったわけじゃないはずだ。


 才能がなくても僕にはちゃんとスキルと今まで培った経験がある。だからそれをしっかり見せられたら合格できると思う。


 だから僕は――――言われた通り、木剣で素振りを始めた。


 一分。二分。五分。十分。


 段々時間が過ぎるにつれ試験を終えた受験生達がブロックから出て来ては、僕を一目見て嘲笑う。


 優しい両親のもとに生まれて、優しい村人達に囲まれて、でも兄さんとはまだ上手くいかないけど、兄さんは優しくてまだちゃんと本音を言い合えなかったからこそ、怒っていると思う。


 だから僕は追いかけると決意した。


 シャローム寮は今まで全員が合格できたという。特別な力はなくても、女将さんのサリアさんとその娘さんのルリカちゃんは、先見の目を持っていると先輩たちは話していた。


 だから自信を持とう。


 短い間だったけど、ここに来るまでに一緒に頑張ってくれたアリサさん、セーラちゃん、ガイルくん、ステラさん。みんなの期待を裏切らないように。


 僕を嘲笑う声が聞こえる中、ずっと木剣を振り続けた。


 ずっとだるそうに、時には眠ったりする試験官だったけど、これが僕に与えられて現状なら、それに答えるしかない。


「あのさ」


 その時、テーブルにうつ伏せになって眠っていると思っていた試験官が声をかけてきた。


「はいっ」


「無才ってさ。お前が思っている以上に生きるのは辛いぞ~? 特に世界最高峰の学園に無才で入りたいわけ?」


「はい。入りたいです」


「ここに集まった世界の金の卵達がお前を嘲笑ってるんだよ? どうして入りたいんだ?」


「兄を追いたいんです。今の僕では兄には追いつけません。今の僕は弱すぎます。だからセイクリッド学園に入学して、兄さんが歩んだ道を辿って僕も強くなります」


「お前の兄ってあれだろ? 勇者様」


「はい」


 会話しながらも素振りは決してやめない。


 外からは相変わらず僕を馬鹿にする声が聞こえてくる。


「はあ……めんどくせぇ…………若ぇのに、随分とクールな生き方をしているんだな」


「優しさに甘えていたから。それでも期待してくれた多くの人達を裏切りたくないんです。だから自分でできることをできる限り頑張ります。後悔しないように」


「はあ…………好きにやってろ」


「はい。指示された素振りを続けます」


「めんどくせぇ…………」


 そして、また素振りを続けていく。


 すっかり額から汗が沢山流れ始めた。


 全身が熱くほてっていく。


 挫けそうにならないと言えば嘘になるけど、これまで僕を支えてくれた人達と繋がった絆の分だけ勇気が湧き出て来る。


 ――――その時、






「寮で待ってるから!」





 アリサさんの大きな声が聞こえてきた。


 続いてセーラちゃん、ガイルくんの声も聞こえて来た。


 気配からステラさんもいたと思うけど、きっと親指を立ててくれた気がする。


 僕が才能なしだと知ってもみんなはちゃんと僕を見てくれる。


 やっぱり…………仲間っていいな。


 ずっと素振りを続けた。


 他のブロックでの受験が殆ど終わったようで、「あいつまだ素振りしてるよ~」って声が聞こえる。


 もう一時間以上素振りを続けている。


 こうも長時間素振りを続けたのも久しぶりだね。毎朝アリサさんとは十分くらいだから。


「…………なあ。一つだけ道をやる」


「はいっ」


「セイクリッド学園の入学には大きく分けて三つある。一つは全ての国の王様が毎年一人だけ推薦して入る推薦枠。一つは普通に試験に合格して入学する合格枠。最後の一つは――――――『無能枠』だ」


 無能枠……?


「学園それぞれやり方があるが、セイクリッド学園を最高峰に維持するためにいくつかの作戦を行っている。その中でも最も効果が高い作戦は――――無能を入れることだ。たった一人だけ」


「一人……だけ?」


「ああ。よくあるだろ? 一人だけ無能がいることで、みんなが『あいつよりは俺が強い』と言える。セイクリッド学園に入る天才たちは学生の心を簡単に折るくらい沢山いる。壁にぶつかって心が折れる弱いやつが多いんだよ。だからその対策として、弱い事が確定している無能を一人入れることによって、彼らの自尊心を守れるという戦法さ」


 試験官が言っていることも分かる気がする。


 自分が一番弱いんじゃないかという不安を付きまとわせるくらいなら、確定している最弱を用意することで彼らを守る。


 嫌いだけど、効果は確かなものだろうな…………。


「お前はその役に耐えられるか?」


 仮に入学しても僕は『無能』として、みんなから蔑まれ続けるということ。


 それに耐えられるかどうか…………そんな答えなんて簡単だ。


「はい。僕は入学したいです」


「…………めんどくせぇ。わーったよ。ただお前の入学はあくまで『無能枠』だからな」


「ありがとうございます!」


「は……二時間も素振りして感謝するとは、お前も大馬鹿者だな」


「自分の夢は自分で掴み取ります」


「…………ふん。せいぜい頑張れ」


「はいっ! ありがとうございました」


 不本意…………ではある。


 でもチャンスが掴めたなら、僕は精一杯頑張っていきたい。それが――――――泥の中だったとしても。


 試験が終わり、誰もいなくなった試験場を後にした。











「くっくっくっ……あいつ……まじかよ…………俺様の威圧を二時間も浴び続けて、普通に素振りだと!? がーはははっ! 面白れぇ! ユウマ・ウォーカー。勇者の弟か。くっくっくっ。どっち・・・が勇者なんだかな」


 ユウマが後にして一人残された試験官は拳を握り、彼が立っていた場所を見つめ続けており、その瞳には強烈な感情がこもっていた。

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