第27話 想い(クレイ視点あり)

 や、やっぱり無茶だったかな…………アリサさんに迷惑かけちゃったのかな…………。


 お腹が空きすぎないようにちょっとだけ食事は食べていたけど、やっぱり満腹にならないのは辛いな。


 そういや、異世界に来て空腹を感じるのは赤ちゃんの時以来かも知れない。


 如何に村の生活が安定していて、両親が僕のために頑張ってくれたのかが分かる。


 兄さんは暖かいご飯食べているのだろうか……。


 アリサさんを待ってすっかり日が落ちて、外は真っ暗な夜に支配される時間となった。


 聖都には魔道具が発展していて、夜でも所々には街路灯が明るく照らしている。


 まるで前世にいる感覚に陥るくらい、ここは村とはまるで違う。


 空には無数の星々が輝いていて、明かりがなくても明るいのに、街路灯まであるととても明るいね。


 そろそろ帰った方がいいかな……? でもずっと待ってるって言ってしまったし……アリサさんはもう忘れてしまったかも知れないから、明日どんな顔をして会ったらいいのかな?


 そんな事を考えながら明るい市街に背を向けて夜空を見上げる。


 昔、星々を司る女神様は、魔王によって侵略された人類を守るために、人々に才能を授けたという。


 それが人々に才能が宿るきっかけとなった。


 やがて『勇者』となる者が現れ、多くの仲間を連れて魔王から人類を救う。


 それが初代勇者のアメル様。


 彼の偉業は今でも称えられていて、多くの人の希望となる勇者になりたいと願っている。


 それを叶えた兄さんは、今どんな気分なのだろうか…………。




 ◆クレイ・ウォーカー◆




 ふと目が覚めて、テラスに通じているカーテンを開く。


「ん……勇者様?」


「起こしたか。すまん」


「いいえ。何か気になることでも?」


「…………弟の夢を見た」


「あぁ……あの無能・・ですね」


 ベッドの上から布団だけで身を隠すこの女は、聖女という才能を得て、俺に近づいて来た初めての女だ。


 いや、そもそもこの女俺を人としてではなく、『勇者』としか見てない。


 世界の人々が憧れる勇者の才。それは世界でたった一人だけが手に入る才で、俺だけのための才だ。


 だが、それでも俺をまともに見てくれる人間なんてどこにもいない。


 久しぶりにテラスから夜空を見上げると、無数の星々が流れている。


 女神様はどうして俺に勇者という才を与えてくださったんだ。


 どうして弟ではなく俺に…………。


 弟。ユウマ・ウォーカー。俺が世界で最も――――――――憎んでいる存在だ。


 生まれてから嫌いだった。


 目が覚めたら自分を見下ろしていた両親が、目が覚めたら違う存在を見下ろしているのを覚えている。


 その視線の先にはいつも弟がいた。


 俺の方が早く生まれたという理由だけで、全てが弟優先の生活に変わっていった。


 剣の稽古にしてもそうだ。


 俺が二年も苦労して覚えた剣術を、たった一目見ただけで真似てしまう程に才に溢れていた弟。


 なのに、天は弟には微笑まなかった。


 勇者である俺に対して、才能なしの落ちこぼれとなった弟。


 いまでも俺に蹴り飛ばされて泣き出しそうなあの顔が忘れられない…………くっくっくっ。


 いつからだろう。弟を越えた今が素晴らしいと感じたのは!


 勇者である俺は望めば何でも手に入る!


 世界最強の力も! 聖剣も! 最強の仲間も! 最高の女ですら抱く事ができる! 世界最高峰の学園ですら俺に勝てるやつは誰一人いなかった。


 後輩にはシェラハという生意気な女がいたが、何度も訓練をお願いされてその度にボコボコにしてやった。


 服をボロボロにして恥ずかしい格好にさせてやった。でもあの女だけは最後まで屈することなく俺に立ち向かってきた。だがそれも今では過去。今の俺にはどうでも良い事だ。


「勇者様? 風邪を引いてしまいますわ」


 ゆっくりとやってきた聖女は、羽織っていた布団を広げて俺の体を包む。


 全身に彼女の暖かい体温が伝わってくる。


「さあ、ベッドに戻りましょう。明日は大事な会議がございますから」


「ああ」


 彼女に引かれるままベッドに戻る。


 この女は俺を勇者という道具としか見ていない。


 それくらい知っている。だがそれはどうした。


 俺も勇者という才で、お前らを利用してやるよ。――――あいつのようにな。




 ◆ユウマ・ウォーカー◆




 そろそろ帰るか……みんなもう寝ているだろうし、サリアさんが心配してたら悪いしな…………。


 その時、一人の影が見えて息をあげながら周囲を眺めた。


 咄嗟に僕は茂みの中に隠れてしまった。


「はあはあ………………や、やっぱりいないじゃない…………あのバカ………………そうよ。待つはずないもの……私なんか…………」


 夜空でも分かる程に美しい金髪。


 サラサラした髪から少し尖った耳が存在を主張していて、大きくパッチリした目は見る者誰でも守りたくなるような可憐さを感じさせる。


 彼女の名前はアリサ。


 そう。僕がここで待っていた人だ。


 ええええ!? もう真っ暗になったのに、わざわざ来てくれたの!?


 急いで来たのが分かるくらい息を上げている。


 もしかして、心配をかけすぎてしまって急いで来てくれたのかな…………。


 ずっと待っていたはずなのに、来ないとばかり思っていたから隠れてしまったけど、このまま隠れていていいのかな? いや、いいはずがない。


 変わると覚悟したんだ。


 だから、僕は茂みからゆっくり歩いて、彼女に向かって歩いた。


 後ろ姿でも彼女がアリサさんであるのが分かる。


「こんばんは~」


「うわあっ!? えっ!? ど、どこにいたのよ!」


「えっ!?」


「ば、バカ! まさか昼前からずっと待っていたの!?」


「え~えっと…………うん。ずっと待ってた」


「ば、バカじゃないの! 私。来ないって言ったよね!? なんでずっと待ってたのよ!」


「…………何となく、ここでアリサさんを待たないといけないと思ってさ。それより、来てくれてありがとう」


「も、もう……! こんなに遅くなって……ありがとうって…………」


「えっ!? ご、ごめん!」


 急いで胸ポケットに入れていたハンカチを取り出す。


「なんでよ……なんで私なんかのためにこんなことするの?」


「アリサさんなんかじゃない。だって、アリサさんがずっと悲しそうな表情でいるから。アリサさんがどういう理由で受験するのかは僕には分からない。でもここに来るまで沢山努力したのは分かる。素振り一つでその人がどんなに努力してきたのかくらい、僕も長年素振りを続けたから分かるんだ。だからアリサさんはちゃんと頑張ってる。頑張り過ぎて受験の時に本気を発揮できないかも知れないと思って」


「なによそれ……私が頑張りすぎって…………何も知らないくせに……………………でも貴方の素振りも……本当に……沢山練習した人の……綺麗だった……」


 自分の努力が誰かに認められる。


 それが目的で頑張ったつもりはないけれど、こうして誰かに認められるって凄く嬉しいんだね。


「なんであんたまで泣くのよ!」


「あ! ご、ごめん……なんか、誰かに認められるって嬉しくて……」


「村の人達が褒めてくれたんじゃないの!?」


「それはそうだけど、みんな家族みたいなものだったからさ。こうして一緒に頑張ってる仲間に認められるってさ。凄く嬉しいんだね。僕、初めて知ったよ」


「っ………………、はい」


 彼女は自分のハンカチを僕に渡してくれた。


「ごめんなさいは言わないからね! 私は来ないって言ったんだからね!」


「うん。もちろん僕の勝手なのは分かってるから」


「でも……待たせたのは事実だから………………明日、一緒に出かけてあげてもいいのよ……」


「本当!? やった~!」


「んも! 恥ずかしいからそういうのやめてよね!?」


 思わず両手をあげてしまった。


 そして、アリサさんと一緒に夜空の下で笑顔に染まった。

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