第26話 お誘い(アリサ視点あり)

 次の日の朝。


 まだ日が昇らないのに鳥の鳴き声が聞こえる。


 ゆっくりと体を起こして、朝の少しひんやりした部屋の空気を体に入れ込む。


 部屋から外に出て、裏庭を目掛けて歩く。


 裏庭の入口のすぐ横に練習用木剣があったので、一つ借りて裏庭にある彼女の下に向かった。


「おはよう」


「!?」


 気づかなかったようで、声にならない声で驚いた彼女の両手には――――小さくて可愛らしい小鳥が一匹こちらを見つめていた。


「お友達?」


「ちょ、ちょっとあんた何してるのよ!?」


 ゆっくりと手を伸ばして可愛らしい小鳥の頭を撫でてあげる。


 僕の人差し指に撫でられて気持ちよさそうに首を横に揺らした。


「朝練するよね? 僕も一緒にやってもいい?」


「はあ!? そ、そんなの勝手にすればいいじゃん!」


「それにしてもこの子可愛いね~名前とかあるの?」


「えっ!? ヘス鳥が逃げない!? う、嘘……人族に触られても逃げない!?」


「ヘス鳥って言うんだ? じゃあ、ヘスちゃんだね。可愛いね~」


 ポカーンとするアリサさんだったが、満足したのか小鳥が彼女の手のひらから飛び立った。


「さあ、朝練しようか!」


「え? えっ!?」


「はやくはやく~」


 彼女の手を引いて裏庭の広い場所に立ち、横に立って素振りを始める。


「はあ……わかったわよ……………………思ったよりやるわね」


「そう? 兄さんの素振りを真似てるんだ」


「ふう~ん。兄さんがいるの」


「うん。兄さんが卒業した学園に入りたくて」


「…………ふん。くだらない理由ね」


 彼女も諦めたのか、僕の隣で素振りを始めた。


 空を切る木剣の綺麗な音が隣から聞こえて来る。


 家族以外の人とこうして素振りするのは初めてだけど、とても心地良い。


「アリサさん。今日時間ある?」


「え? 時間なんてないわよ。受験の――――」


「じゃあ、朝食食べたら一緒に出かけよう?」


「いや、私は――――」


「露店街を見つけたんだけど、一人で回るのはちょっと気恥ずかしくてさ。アリサさんが一緒に行ってくれたら嬉しいな」


「!? ば、ばかにしないで! 行くわけないでしょう! 私はあんたと違って、大層な才能もないし、頑張らないといけないのよ! もう邪魔しないで!」


 そう言い放った彼女が怒って建物の中に入っていく。


「アリサさん~! 寮から少し降りたところに公園があるから、そこでずっと待っているね! 絶対だよ~!」


「い、行くわけないでしょう! ふざけないで!」


 彼女は怒ったまま寮の中に消えていった。


 久しぶりに両手に伝わる木剣の感触が懐かしく思う。アリサさんを見るとあの時の兄さんを思い出す。


 一人で思い詰めて、肩に力を抜けなくてずっと一人で抱えて…………ううん。それに気づけなかった僕が一番悪い。


 だからどうしてもアリサさんが気になる。


 素振りを終えてそのまま食堂に入る。


 アリサさんは僕の隣の席だけど、その席には食べ終わった食器が並んでいた。


 朝食を食べて、サリアさんに断って木剣を一つ借りてルリカちゃんと初めて会った公園にやってきた。


 散歩をしている人がちらほらと数人見えるが、ベンチに座っている人はいない。ひっそりした公園だから知っている人が少ないかも知れないね。


 公園の中で一番人気ひとけがない場所のベンチに座り込んだ。


 果たして来てくれるかな…………来てくれたらいいな。


 いつからだろう。こうも人と繋がりが苦手になったのは。


 いつか人と関わるより、距離を取る方が楽だと思って生きるようになっていた。


 でも異世界に転生して暖かい家族に出会えて少しずつ変わったけど、でも人の気持ちを汲むのはやっぱり苦手かも知れない。


 それでもアリサさんに声をかけたのは、マリ姉から「自分の意志をしっかり持って自分がやりたい事を忘れないでね?」という言葉がずっと耳に残っている。


 自分の意志で自分が本当にやりたいこと。


 せっかく同じ寮に暮らすというのに、いつまでも嫌われたままじゃ、また兄さんと会えないなと思うし、僕自身も変わりたい。


 だから、自分が信じた道を歩もう。


 ベンチで瞑想を繰り返したり、木剣の素振りを繰り返したりと、アリサさんが来てくれるまで僕は公園で時間を過ごした。




 ◆アリサ◆




 本当にムカつく。


 私はどうしてもセイクリッド学園に入学しなければならないというのに、あの男は遊んでばかりで余程素晴らしい才能を持っているのか余裕な表情でこちらを見つめる。


 いきなり朝練にやってきて、一緒に露店街を回りたい?


 それなら一人で回ればいいじゃない!


 他にも地味子とか、キャピ子とか、キャピ男を誘えばいいじゃない! どうして私なのよ。


 勉強のために机に座っても、あの男の事が頭に過って集中できなくて机に頭を伏せる。


 もうお昼だし、先に食事にする…………どうせあの男は一人で勝手に遊びに行ってるはずだし、こんなことで貴重な時間を使いたくない。


 昼食を食べ終えて、また勉強に集中する。


 暫く勉強に集中して、時々あの男の事が頭に過るけど、無視してまた集中する。


 はあ…………今日は全然集中できないわ。


 夕飯を食べに食堂に向かうと、残念なことにキャピ男キャピ子が一緒にいて私に挨拶をしてくれる。


「ねえ、アリサさん。ユウくん知らない?」


「ん? 知らないわよ。どうして私に?」


「ん~昨日は聖都を見回ってくるって出ていたから分かるけど、今日は何も言わなかったんだよね~いつの間にか寮にもなかったし、昼食も食べてなかったし……夕飯も食べないのかしら」


「別にいいんじゃない? 大層な才能の持ち主で余裕なんでしょう~どうせ」


 そうに決まっている。だって、セイクリッド学園を目指す人があんなに遊んでいるはずない。


「う~ん。人の才能を聞くのは失礼だから私はユウくんがどういう才能を持っているのかは分からないけど、あの子って時々悲しそうな表情をするんだよね~」


 悲しそうな表情?


「私もガイル君も――――それこそアリサさんもそれなりに覚悟があってここに来たと思う。でも彼はそれ以上の覚悟があるんじゃないかなと思う時があるの」


「………………そんなはずないわ。なんか兄が卒業したからそれを追ってきたって言ってたわよ」


「へえ~ユウくんってそういう理由なんだ~」


 朝の事を思い出す。


 あの男…………「アリサさん~! 寮から少し降りたところに公園があるから、そこでずっと待っているね! 絶対だよ~!」って言ってたけど、ずっと待ってるとか言って、本当にずっと待ってるわけないよね。


 というか勝手に決められて、私が行くわけないでしょう!


「ユウマくんってそういう理由で受験するのか…………でも理由の深さ・・を他人が計るのは愚かなことだ。彼にとっては――――――――命よりも大切なことかも知れないからな」


 キャピ男に言われて、私は衝撃を受けた。


 理由の重さは人それぞれ違う。もちろん、私も絶対入学したい理由がある。でもその重さを他人に勝手に計られたくはない。


 そう思うと彼の理由は、私が思っているような重さよりもずっとずっと重いかも知れない。


 でも…………だったら、尚更のこと。遊んでばかりいないで勉強すべきでしょう!


 少しムカムカしながら夕飯を食べて部屋に戻ってまた勉強に集中する。


 そういや…………後から来た地味子もキャピ子と話すようになっていたわね。


 ………………ううん。私は仲良しするためにここに来たわけじゃない。仲良しなんて入学してからでいいじゃない。


 今は自分の勉強に集中よ!







 今日の勉強は全然身が入らない……あの男があんな事をいうものだから…………私なんかに関わらなきゃいいのに、どうして…………。


 ふと気になって一階に降りた。


 時間はすっかり夜が深くなっていって多くは眠りについている時間だ。


「アリサちゃん?」


「サリアさん。こんばんは。夜遅くまで起きられているんですね?」


「うん…………」


「どうかしたのですか?」


「え、えっと…………こういうのをアリサちゃんに言うのはどうかと思うんだけど………………ユウマくんがまだ戻らなくて、何か事件に巻き込まれていないのか心配になって」


「えっ!? あの男、まだ戻って……っ!?」


 その時、あの男のセリフを思い出した。




 ――「アリサさん~! 寮から少し降りたところに公園があるから、そこでずっと待っているね! 絶対だよ~!」




 あのバカ!


 気づけば、私は寮を後にして走っていた。

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