第13話 マリエル・クラレス
次の日から農業が始まった。
いつもの剣の練習は、正直にいえば、覚醒者となった時に獲得したマスタリー〖剣術・超級〗のおかげなのか、これ以上練習を続けたい欲はあまりない。
どちらかというと実戦を経験したいけど、それが難しいので、今は体を動かす事を学べる農業を手伝えるのはとても助かる。
スキル〖探知〗を発動させているから見えるけど、母さんが心配そうに窓からこちらを見つめている。
まぁ、これも数日すれば治るだろうと思う。母さんもゆっくりと頭を冷やす機会になってくれたら嬉しい。
最初はマル爺さんに教わった通り農業を行う。
どれも初めての作業だったけど、マル爺さんが持ってきてくれた本と説明のおかげで、スムーズに作業を行うことができた。
午後は家に戻って美味しい昼食を食べて、午後からはマリ姉ちゃんの所の果樹園で仕事を続ける。
基本的に水の魔法でスプリンクラーのように水を降らせたり、折れそうな枝を折れないように板を当てたりする。
数時間頑張った後、いつもの場所で巨大なぶどうの一粒を持って座り込んだ。
「どう? 続けられそう?」
「うん! 凄く楽しいよ? 寧ろ、僕が邪魔になってない?」
「邪魔なんてとんでもないよ!」
マリ姉ちゃんが驚くのも珍しい。
村で一番歳が近いのはマリ姉ちゃんだ。それに僕が生まれてから知っている仲なので、村人というよりは自分の姉のように思っている。
姉ちゃんの紫のウェーブがかかった綺麗な髪が波打つ。
「マリ姉ちゃん。母さんが凄く辛そうなんだ……」
「…………クレイくんが出て行ってから毎日辛そうだもんね」
「うん。やっぱり僕では兄にはなれなかったみたい」
「そんなことは! っ…………」
母さんと父さんの事だ。僕達二人にちゃんと愛情を注いでくれたとは思う。
でも今思えば、兄には兄さんだからという理由で、より僕に愛情を注いでくれたのに気付いた。
もしかして、兄さんが僕を受け入れられなくなったのはそういう理由かも知れないね。
「でもそれでも、もう一度兄さんを連れて来て、家族で一緒にご飯を食べたいんだ。みんなで笑って、ここで一緒に」
「そうね。絶対ね」
「うん! その時、マリ姉ちゃんも一緒だと嬉しいな!」
「えっ!? 私も……? いいの?」
「もちろん。マリ姉ちゃんは僕にとって本当のお姉ちゃんと変わりないもの」
「ユウマ…………」
――【個体名、ユウマ・ウォーカーとマリエル・クラレスの絆が最大値に到達しました。それによりマリエル・クラレスが持つ全てのスキルがユウマ・ウォーカーに複写されます。尚、複写されたスキルは本人にのみ表示されます。】
「ぬあっ!?」
急に響くアナウンスに驚いてしまった。
それにしても絆が繋がるのってものすごく久しぶりというか、ほぼほぼ十年ぶりだな!?
「どうかしたの?」
「う、ううん! ――――――ねえ、マリ姉ちゃん」
「うん?」
「僕に何か隠してない?」
「えっ!? 何も隠してないよ?」
慌てるわけではないが、僕が聞いた
「…………名前」
「っ!?」
「僕は本当のお姉ちゃんだと思ってたのに……」
「ま、待って!? ど、どうしてそれを!? ――――あっ!」
自ら両手で口を塞ぐマリ姉ちゃんが可愛らしい。
そもそも絆が繋がった時点で、彼女も僕もお互いの事を信頼しているからね。ちょっと意地悪してしまった。
「そっか~マリ姉ちゃんって水魔法が超絶まで使えるんだ~凄いね~?」
「ユウマ!? どうしてそれを? ちょっと待って。私、名前もスキルも魔法も話したことないのに!?」
「えっとね。僕の――――力だよ? 母さんにも言ってないからマリ姉ちゃんだけの秘密ね!」
実はスキルの事は母さんが落ち着いたら伝えるつもりでいる。
たまたまマリ姉ちゃんと繋がってスキルを複写させてもらえたので、そのお礼的なものだ。それに名前が違うのも気になる。
「…………」
ずーっと僕を覗いてくる。
「中級鑑定でもスキルなしと表記されてるんだけどな……」
「うん。誰にも見えないスキルだからね。一応――――ほら」
マリ姉ちゃんに
果樹園で使っていた水を撒く水魔法だ。
「う、嘘…………鑑定では…………え!? じゃあ、セリアさんが落ち込んでいるのも
「そうだよ? 母さんが持っているのは〖上級鑑定〗かな? やっぱり、みんなこういうスキル持っているんだね~」
「…………ユウマ? いつからなの?」
「え? 覚醒者になってから? 一応才能はなしに見えているみたいだけどね。えっと、マリ姉ちゃん。この事は――」
「はあ、もちろん秘密にするわよ。というか、話しても誰も信じてくれないと思うし」
大きな溜息を吐くマリ姉ちゃん。
「それと――――私の名前。もう知っているみたいだからちゃんと言うけど、マリエではないわ。マリエルっていうの」
「うんうん。クラレスっていう苗字なんでしょう?」
「!? そ、そこまで…………はあ、仕方ないわね。秘密だからね? ――――私はクラレス王国の王女なの」
「ええええ!?」
「そこは知らなかったんだ。えっと、隠し子という立ち位置だから、正式な名前は貰えてないから王族の苗字ではないの。いまの私の名前は『マリエル・クラレス』ね」
まさか…………田舎でブドウの栽培をしている美女が王女様だとは思わず、開いた口が塞がらない。
「え、えっと…………マリエル様? マリ様?」
「普通でいいから! それともうマリエルって名前は口にしないで! 村でもマル爺さんとサリ婆さんしか知らないから」
「そうか……うん。約束。ちゃんと守るよ」
大きく溜息を吐いたマリ姉ちゃんが僕の頭を撫でてくれる。
「それにしてもユウマがもうこんなに大きくなるなんてね。時間が過ぎるのも速いわね…………」
僕を相手に懐かしまないで欲しいんだけど…………。
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