第10話 才能なし

 兄が村を出てから三年が経過した。


 そして、本日。遂に僕が待ち望んだ日がやって来た。


 才能の中に光魔法を覚えられる才能なら誰でも使える魔法がある。


 『女神ノ祝福』という名の魔法で光魔法の中でも唯一全員が使えるモノだ。


 文字通り人々を祝福するかのように、誰にも分け隔てなく才能を開花させるその魔法は、多くの人々の希望の光となっている。


 うちの村で光魔法を使えるのは何人かいるらしいけど、とりわけ母さんはその中でも光魔法の一番の使い手だとの事だ。


 それに自らの手で子供の才能を開花させる祝福を与えるのが夢だとも言っていた。


 三年前。


 この祭壇で兄は最高の才能を手に入れた。だから僕も兄の後を追えるように毎日剣を握りしめてこの日を待った。


 祭壇の上にはいつもとは少し違って、眩い光を受けて輝いている母さんがいた。


 神々しい――――まるで女神様のように。


「汝、ユウマ・ウォーカーに女神ノ祝福があらんことを」


 心地よい声と共に眩い光が僕に降り注ぐ。


 ふと、転生した時の事を思い出す。あの時も今に似た祝福を受けたような気がする。


 二度目の祝福。そう言ってもいい。


 ずるいと言われてもいい。どうか――――兄を追いかけられる才能を――――。













「っ!? そ、そんな!」













 母さんの驚いた声に、僕だけでなくみんなが不安な顔を浮かべる。


「も、もう一回…………!」


 そう話した母さんは僕に二度目の祝福を与えてくれた。そして三度目。


 大粒の涙を目に浮かべた母さんが見える。


「母さん。もう大丈夫だよ。ちゃんと教えて欲しい」


「ユウマ……っ……………………













 才能――――――なし」













 誰もが信じてくれた僕の才能は、予想通り『なし』という事だ。


 転生した際に転生ギフトを手に入れてから、異世界では才能を授かれると知った時に胸騒ぎがしていた。

 

 まさかこういうところで予想通りだとは思いもしなかった。


 最近は兄を追いかけるために必死になって木剣を振り回す毎日だった。これからはちゃんと親孝行しないとな。




 その時、




 森の方から音が聞こえる。


 どこか懐かしい気配を感じて顔を向けると――――三人の男性と二人の女性がこちらを見つめていた。その中の二人にはとても見覚えがある。


「…………そうか。才能なしだったか」


「兄さん……」


「俺の弟なのに才能なしか。くだらん。帰るぞ」


「ま、待ってよ! 兄さん!」


 僕の呼びかけに答えることなく、兄は帰って来たばかりだというのに、村を後にする。


 話を聞いてもらいたい。だから追いかけた。


「に、兄さん!」


「ちっ…………お前達は先に向かってろ」


「あいよ~」


 イケメン男性がそう答えると、ちらっと僕を見つめて興味を失ったかのように森の奥に歩き進めた。


「あ~勇者様の弟というからどんな凄いやつかと思ったら、まさか才能なしかよ~」


「ぷふっ。やめてあげなよ。可哀想でしょう」


 すぐに彼らは消えて兄と二人だけとなった。


「兄さん! 僕も……僕も覚醒者となったから兄さんの仲間になれると思うんだ!」


「ふん。才能もない弟なんて、誰が連れていくか」


「待って! 僕、本当はちゃんとスキルがあるんだ! 見て! 〖炎帝〗とか使えるよ!」


「ふざけるな!」


 一瞬で兄さんの剣が抜かれ、僕の左頬に薄い切傷が付けられ、後ろに爆風が吹き荒れる。


「兄さん……どうして…………」


「貴様のような無能・・が俺の弟とは恥ずかしい限りだ。これから田舎の村にでも籠って生きてろ」


「ま、待って……ちゃんとスキル……あるから……本当に……」


 使わなきゃ。ちゃんと兄さんにスキルを見せれば信じて――――


 その瞬間、腹部に強烈な痛みを感じて、景色が兄さんから真っ青な空に切り替わった。


 何が起きたのか――――今なら分かる。恐らくスキルがちゃんと発動するようになって、ステータスが覚醒したからだと思う。


 兄に…………蹴り飛ばされたんだ…………。


 僕から離れていく足音が聞こえる。


 強烈な痛みなんかよりも…………心が痛い。どうしてだろう。僕はずっと兄を追いかけていたはずだ。どこで間違ったのだろう? 僕の何が気に食わなかったのだろう? 僕なんかが異世界に転生したことがダメだったのかな……?


 ただただ涙が流れる。


 悔しくて、情けなくて、でもここまで僕を愛してくれた母さんと父さんを裏切りたくない。それに僕をずっと見守ってくれた村人達にもちゃんと答えたい。


 才能なしだけど、僕には両親から複写・・されたスキルがある。


 これからしっかり前を向いて歩こう。


 その時、近くから禍々しい気配を感じる。


 ゆっくり立ち上がって音がする方に目を向ける。



 ――【スキル〖遠見〗発動。スキル〖暗視〗発動。】



 視界が森の木々を抜けて奥にある――――禍々しい大きな猪が見えた。


 そうか…………兄が最初に倒した猪か。


 初めてあの猪に会った時は、不安しかなかった。なのに、今はワクワクすら覚える。


 あの時の兄の背中は今でも覚えているし、やっぱり僕にとっては憧れだ。


 だからか、気づけば僕は猪の前に立っていた。


 あの時の兄と僕自身が重なる。




「兄さん。覚悟しておいて。僕は必ず兄さんを追いかける。だって家族じゃないか。僕にとって夢はやっぱり兄さんの背中だよ。だから諦めない。ちょっと蹴られたからって僕を――――この佐藤さとう悠真ゆうまを振り切れると思わないでよな」




 久々に前世の名前を思い出した。


 そうだ。僕は泥臭い戦いを繰り返すことで有名なプレイヤーだった。諦めが悪いのが僕の長所だったからな。


 覚醒者になってから何となくスキルを使う方法が分かる。


 僕の中に無数のスキルを感じる。


「『ステータス』」


 僕の声に応えるように目の前に画面が現れる。



---------------------

 名 前:ユウマ・ウォーカー

 才 能:なし

 レベル:1/10


 体 力HP:F   魔 素MP:F


 筋 力:F-  耐 久:F-

 速 度:F-  器 用:F-

 魔 力:F-  知 力:F-

 耐 性:F-  運  :F-


 スキル:

---------------------



 通常表記には才能なしとスキルなしが映っている。しかし、そこにうっすらと赤い色で上書き・・・された文字が浮かびあがる。



---------------------

 名 前:ユウマ・ウォーカー

 才 能:絆を紡ぐ者

 レベル:1/10


 体 力HP:E+  魔 素MP:E+


 筋 力:E   耐 久:E

 速 度:E   器 用:E

 魔 力:E   知 力:E

 耐 性:E   運  :E+


 レジェンドスキル:

〖炎帝〗〖天使降臨〗〖精霊眼〗

〖経験値獲得率上昇・上級〗〖上級鑑定〗


 スキル:

〖身体能力上昇・超級〗〖運気上昇・極級〗

〖魔力能力上昇・超級〗〖反応力上昇・超級〗

〖魔素消費軽減・超級〗〖二重詠唱〗

〖詠唱速度上昇・超級〗〖高速詠唱〗

〖全属性耐性・中級〗〖光属性耐性・超級〗

〖闇属性耐性・極級〗〖能力低下耐性〗

〖毒耐性〗〖麻痺耐性〗〖石化耐性〗

〖睡眠耐性〗〖沈黙耐性〗〖減速耐性〗

〖魅了耐性〗〖恐怖耐性〗〖幻惑耐性〗

〖即死耐性〗〖遠見〗〖暗視〗〖探知〗

〖隠密〗〖聞き耳〗


 マスタリー:

〖剣術・超級〗〖武術・超級〗

〖武器・超級〗〖鎧・超級〗

〖聖物・超級〗〖料理・上級〗

〖火魔法・上級〗〖光魔法極級〗

〖無魔法・上級〗

---------------------



 転生ギフトで貰った才能『絆を紡ぐ者』のおかげで、母さんと父さんから無数のスキルをもらえた。


 これだけスキルがあってもステータスは低い。でも僕が猪に対峙する理由。それは――――


「〖炎帝〗発動」


 僕の全身から爆炎が溢れる。


 自分の体から真っ赤な炎が燃え上がるなんて不思議な感覚だ。それに炎一つ一つに感触があって、手足のように操作できる。


 これは多分父さんが持っているスキルだと思う。


 父さん……ありがとう。


 炎帝モードとなった僕のステータスは全てが最上位のS+に上昇した。


 その場を蹴り上げて、一気に猪と距離を縮める。


 右手の拳に集まった爆炎を叩き込むと、光りの線が現れ、大きな猪の全身を追う日の柱が立ち上った。



 ――【経験値を獲得しました。レベルが上昇しました。】


 ――【『才能なし』の魔王種討伐を確認。報酬としてレジェンドスキル『限界突破・下級』を獲得しました。尚、このスキルは自身にのみ表記され、レベルの限界を超えた分も自分にのみ表記されます。】



 猪を倒してレベルアップと共に、新しいスキルを獲得した。ある意味僕自身が直接手に入れた初めてのスキルでもある。


 それでも表記されない以上、僕は才能なし、スキルなしだね。


 でも少し清々しい気分のまま、村に戻った。


 村ではみんな悲しそうな表情を浮かべて僕を待っていてくれた。


「みんな! 今日はせっかく僕が覚醒者になった日なのに、祝ってくれないの?」


 母さん、父さん、マリ姉ちゃんがやってきて、僕を抱きしめてくれて、村では久しぶりのお祭りが開かれて、村人達から覚醒者になった事を祝ってもらえた。

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