第9話 兄の異変
その日は太陽が眩く照らす日だった。
一人で剣の練習を終えて、村中央の噴水にやってきて、水浴びをしつつ、美味しい聖なる水を飲む。
今では僕を見守ってくれる村人達もいない。七歳にもなってるし、母さんとの約束は絶対に破らないからね。
だから最近は噴水に一人になる事が多くて、ウンディー姉と話せる時間が長くなった。
「ねえ、ユウくん~」
ウンディー姉は僕をユウくんと呼ぶ。
「ん? どうしたの?」
「最近勇者くんと一緒に練習はしてないね……」
「ん……仕方ないよ……それに最近兄さんは疲れてるみたいで、全然森の話もしてくれないからね……」
「そっか~まあ、まだ始まったばかりだからじゃない?」
「多分ね~兄さんいつも帰ったら黙々とご飯を食べて寝るだけだよ……本当に疲れてる顔だからもうちょっと休めばいいのに…………」
ブラック企業にいたからこそ分かる。この場にいたくない人の顔そのものだ。
勇者という才能を開花したばかりに、早く強くならないといけないと兄は毎日森に出かけている。
村人達も一緒だから危険はないと聞くけど、一度だけ見た巨大猪は怖かった。兄の無事を毎日祈るばかりだ。
噴水で涼んでいたら、村の外が騒がしい。
その方向はいつも兄が狩りに出かけている方向じゃ……?
少しして、兄と村人達が戻って来た。――――――ただし、今まで見た事もない人達と共に。
◆
「初めまして。私は聖女アルテナと申します」
「お会いできて嬉しいです。セリアと申します」
「こちらこそ、お会いできて大変光栄です」
深々と頭を下げる女の子は母さんに似た美しい金色の長い髪と透き通った金色の瞳をしていて、小さなウサギのような可愛らしい雰囲気を感じる。
ただ、可愛らしい彼女に対する母さんと父さんの表情はとても暗い。
「聖女様が来られたという事は、既に知っているのですね?」
「はい。――――クレイ・ウォーカー様が勇者で間違いないようですね」
彼女が父さんの隣に立つ兄に視線を移す。
兄も母譲りの美しい金色の髪と瞳だ。二人ともものすごく似合うと言っても過言ではない。
「はい。その通りです」
「女神様の導きに感謝します」
両手を合わせて感謝する彼女の姿は文字通り聖女に相応しい。
「では、勇者の
当然のような質問が飛んでくる。
それに父さんも母さんも辛そうな表情を浮かべる。
ただ、隣に立つ兄は違った。
「父さん。母さん。俺は――――――行きたい」
「なっ!? クレイ! 勇者の使命を知っていてなのか!?」
「もちろんだよ。だからこそ行くんだ。俺にしかできないから。俺だけがなれるから」
いつもの兄の雰囲気とは違う、まるで何かに取りついたかのような、傲慢な表情を浮かべる。
そして、その視線は――――僕に向いた。
「!?」
ただ一瞬で視線を外されて、僕を見たのか、それともたまたまだったのか区別がつかない。
でも…………僕が知っているいつもの兄とは、やっぱり違う。
「…………クレイ。勇者としての使命は過酷なモノだぞ?」
「覚悟の上だよ。それに俺は二人が反対しても出ていく」
「っ…………分かった。ならば、堂々と行ってこい。クレイが思う存分、勇者として力を試して来るといい」
「ああ」
そして、小さい声で、僕にしか聞こえないような声で「言われなくても」と呟いた。
それからの事はあっという間に事が進み、聖女様と一緒にやってきた聖騎士さん達と共に、兄はその日のうちに村を出る事になった。
「兄さん!」
「…………」
「じゅ、十歳になったら僕も連れて行って欲しい!」
「「ユウマ!?」」
「…………」
「ダメ……かな?」
「いいだろう。もしお前が強い才能を目覚めさせたら、連れてやってもいい」
「う、うん! 僕、ずっと頑張るから! 兄さんのようになれるように剣の練習もずっと続けるから! だから待ってて! 十歳になったら必ず――――――」
言葉を続ける事ができなかった。
兄は、僕の言葉を最後まで聞く事なく、一度も振り向く事なく、村を出て行ったのだから。
◆
兄が村を出てから一年が経過した。
僕は今でも一心不乱に剣を振っている。
脳裏に焼き付けた兄の剣術を再現するかのように、毎日毎日剣を振って練習を続けている。
「ユウマ。そろそろご飯よ」
強い才能を開花するには毎日の鍛錬が大切だと父さんも話していた。
でもそれは
才能というのは、生まれてすぐに天から授かっている。
それが鍛錬で強くなる事も弱くなる事も、ましてや変わる事もない事くらい、僕にもわかっている。
でも…………剣を離すと兄さんがどんどん離れていく気がする。
だからもっともっと剣を上達させて兄に追いつきたい。
「ユウマ!!」
「うわあ!?」
「こらっ! 無理して練習を続けてもダメよ! しっかり休む時は休むの!」
「ご、ごめん。母さん」
考え事をしていたら、いつの間にかやってきた母さんに怒られてしまった。
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