第8話 勇者の力

「に、兄さん!」


 禍々しいオーラを放つ巨大な猪が兄を睨む。


 黄色い眼球の鋭い黒い瞳孔からは絶望にも似た恐怖を感じる。


 化け物を目の前にするだけで全身が震えて汗が噴出する。


「大丈夫だ。クレイは強い。信じて見守ってあげよう」


 こんなにも強そうな化け物を、どうしてみんな見守るだけなの?


 疑問が尽きないが、兄が才能を開花して『勇者』という素晴らしい才能、いや、世界で最も凄い才能を開花したからだ。


 昨日の興奮が全て消えるかのように、僕は目の前の絶望に兄が、家族が飲み込まれるんじゃないかと不安に駆られる。


 次の瞬間。


 兄は見た事もないような美しい白い刀身の剣で化け物を斬りつけた。


 斬りつけられた化け物は大きな雄たけびをあげる。


 それだけで周囲の木々が吹き飛んでいく。


 マリ姉ちゃんは不思議な紫のバリアのようなモノで、飛んでくる木々から僕達を守ってくれた。


 猪にも似た化け物の口の横に空高く伸びた大きな牙が兄を襲う。


 空気が震える程の大きな音を響かせながら、兄の剣と化け物の牙が衝突する。


 十メートルはあろう化け物の攻撃を受ける兄が逞しくも、あまりの差に不安で心が崩れそうになる。


「ユウマ。しっかりみなさい。世界でモノを言わせるのは体の大きさじゃないの」


 母さんは片時も目を離さず、兄を見守りながら話した。


「そうだぞ。ユウマも才能を開花したら覚醒者となる。覚醒者となれば、レベルやステータスが覚醒する。それまでは最低値だが強い才能はそれだけで強くなれるし、レベルが上がればもっと強くなれる。さらに才能や努力によってスキルも取得できるんだ。今のクレイは今までのクレイとは比べ物にならない程に強くなってる。きっと、この戦いも勝てるだろう」


 父さんの言葉に少しずつ希望が出てきた。


 化け物と戦っている兄を見て、不安ばかりの気持ちだった。でも化け物と渡り合っている兄は凛々しくて、かっこよくて、僕が最初に見た憧れの兄のままだった。


 涙が流れる。


 頑張っている兄を見て、僕ができることは何もない。そう……何も……ない…………。










 いや、何もないわけがない。


 できることがないと諦めているだけだ。


 僕にできること。それは――――










「兄さん! 頑張れ! 負けるな! 兄さんなら絶対に勝てる!」


 気づけば全力で叫んでいた。


 すぐに父さんと母さんも村人達も兄を応援し始めた。


 戦っていた兄が小さな声で「ふふっ……本当にみんな世話焼きなんだから……」と呟いた声が聞こえて来た。


 そして、次の瞬間。


「――――――やっと終わった。僕の――――いや、の初めての獲物で十分すぎるくらい強かったぞ。お前と戦えて楽しかった。――――――光魔法『聖殿』」


 兄の声と共に、うす暗い森の中が一気に眩い光に包まれる。


 周囲に光の神殿のようなモノが現れて、大きな鐘が大きな音を鳴らし始めた。


 一度鳴って化け物の足が砕けて、二度鳴って化け物の角が折れ、三度鳴って化け物の頭が大きく凹んで、四度鳴って化け物の背中が凹んだ。


 美しい音色が終わり、兄のあっけない勝利で今回の戦いが終わりを迎えた。


 勝利した兄に村人達から称賛の声が響く。


 そんな中――――


 僕はただただ止まらない涙を流し続けた。


 どうしてなのか自分でもよく分からない。


 怖かった。不安だった。安心した。


 それでも兄が一番心配だった。


 兄がいなくなったら、僕はどうなるのだろうとずっと自問自答を繰り返して不安になった。


 だから安心して、ただただ泣いた。


 気づけば声を上げてわんわん泣いてしまった。


 泣いている僕を、父さんと母さんは優しく抱きしめてくれた。


 兄が無事で心から――――嬉しかった。
















「……………………」
















 ◆




 あれから僕の生活が一変した。


 それは必然で、兄が村人達と共に毎日のように森に入っては魔物を倒すことで、僕は一人で剣の練習を行っている。


 あ、魔物というのは化け物の事ね。


 この世界には魔物という化け物が存在しているそうだ。やはり、前世から見てファンタジーな世界だと思ったらその通りだった。


 まさか魔物があんなに強そうなモノだとは思わず驚いたけど、母さん曰く、森の中にはあの時の猪と同じくらい強い魔物が沢山住んでいると言っていた。


 異世界『アルテナ』では、十歳の誕生日を過ぎて『才能開花』をすれば覚醒者となり、十八歳になると大人と呼ぶそうだ。これは僕からしても不思議で十八なんだ……十五とかじゃないんだ……と思ったりする。


 僕が転生ギフトとして貰った特殊なスキルのおかげで、今では多くのスキルを持っているが、覚醒者になったわけではないから、ちゃんと使う事もできないし、ステータスが付与されたわけじゃないから、まだその恩恵は少ないみたいだ。


 あぁ……僕も早く十歳にならないかな…………十歳になったら兄と一緒に狩りに出かけよう。うん。そうしよう。


 僕は一人で剣を振り始めた。兄のようになりたかったから。










 しかし、僕が兄と狩りに出かける事は――――

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