第4話 薄い本

 部屋着に着替え、学校に欠席の電話を入れ終わると、私はふうっとため息をついた。パパやママが帰ってくるまで、何時間もある。かつてパパの身に何が起きたのか、下調べするには充分すぎる。私は、手始めにパパの部屋を調べることにした。


 記憶している限り、私はこの部屋に入ったことがない。なぜだろう。入るなと明確に言われたわけではないけれど、自分のことを語らないパパにとって、その人生が詰まった部屋を見られることは良い気分ではないだろうと、子供心に感じていたのかもしれない。


 木目調の扉を開けると、お香の薫りがむわっと鼻に入った。柑橘系だろうか、鼻にまとわりつく感じはなかった。


 とっくに日は昇ったというのに薄暗いパパの部屋の中は、本棚で埋め尽くされていた。特に入口から向かって奥、窓側の壁は、その一面を天井まで届く本棚が占拠していた。棚を順番に見ていくと、小さな図書館のようにあらゆる本が詰まっていた。専門書、文庫本、新書、漫画……パパはこれまでの人生でこれだけの本を読んできたのだ。


 窓側の本棚から視線を外し、私はその右側の一面を物色し始めた。


 ベッド脇の壁には、この部屋で唯一、本棚が置かれていなくて、そこだけこざっぱりしていた。その代わり、この壁には大きな油絵が掛かっていた。幼い子どもと、その子を優しく抱き抱える女性が描かれていた。その顔つきから女性のモデルは恐らくママで、とすると女の子のモデルは私だろうと想像がついた。サインはどうやらShinji.Yと書いてあるらしく、この絵は昔のパパが描いたものらしいことが分かった。パパ、絵が上手だったんだ。知らなかった。なんならパパは無趣味だとさえ思ってた。


 ベッドには、小さめの本棚が据え付けてあった。ここには文庫本がぎっしり並んでいて、寝る前に読む本としては多すぎるなと思った。


 文庫本の作者はどれも同じだった。DeCoぼこ、という、聞いたことのない名前だった。これだけの数を出版しているんだから、どうやら人気はあるらしい。だけど、その人の本に私は違和感を覚えた。何だか薄いのだ。ふつう文庫本といえば厚みが一センチぐらいはあるのに、その人の本はどれも数ミリぐらいしかないのだ。短編専門の作家さんなのかもしれないと思った。だけど手に取って背表紙を見た時、私は更におかしな点を見つけた。バーコードが付いていないのだ。


「ひょっとして……」

 その瞬間、私は一つの可能性に気がついた。これは、いわゆる同人誌なのだと。だとすると、DeCoぼこというペンネームにも、一つの解釈が生まれる。DeCoぼこというのは、たぶんパパのことだ。パパは自分で小説を書いて本にしているんだ。だったら、ここにある本を読めば何か掴めるかもしれない。私に話してくれない、パパの過去のこと、パパの家族のこと。

 二十冊はあろうかというそれらの本から一冊を取って、私は夢中になって読み始めた。

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