第六章
ヒロキの元から逃げ出した真由美は、人気のない場所をひたすらにさまよっていた。
真由美にとって、優しいお兄さんだったはずの人物が、母親を殺していたのかもしれない……、その現実から逃げるように、真由美は宛もなく逃げ続けていたのだ。
「どうして……、どうしてヒロキさんなの……!。どうして……、ヒロキさんが……!」
とうとう現実に耐えられなくなり、真由美は泣き崩れる。
確かにヒロキは記憶喪失だった。真由美とて、彼の過去に関しては多少なりとも気になっていた。だが、現実はそんな穏やかなものではなかった……。
どうして神は、こんなにも意地悪なのだろうか……。
真由美は、怪物となったヒロキが自分を殺そうとするさまを見て、終始笑顔で眺めていたテミスの顔を忘れることはなかった。
真由美の涙は止まらない、悔しさと悲しさと怒りにまみれた涙が、地面にこぼれ続け、やがて真由美の心に共鳴するかのように、空からたくさんの水の粒が降り出した。
そんなぬかるんだ地面を、グチャッ、グチャッ、と音をたてながら歩く者がいた。
その黒い影が、泣き崩れる真由美へと近づいた。
「真由美という女はお前か?」
真由美にとって、聞いたことのある声が響いた。
真由美が振り返ると、そこにはやはり知っている人物が立っていた。
「ヒロキ……、さん……?」
ヒロキのような人物は、自分をそう呼ぶ彼女に対してこう言った。
「ヒロキ?、俺はヒロキでは無い……、俺の名は、ギヌスだ……!」
ヒロキのような男は、ブラックライトのような光を放ち、その姿を黒いギヌス、ギヌスオルタナティブへと変えたた……。
一方、ヒロキ本人は、町の道路をバイクで疾走しながら、真由美を探し続けていた。
--!!
そんなヒロキの頭に、例の音が鳴り響く。
「……!?」
思わずバイクを停止させるヒロキ。
先程聞こえた音は、新人の出現をギヌスに教えるためにあるものだ。だがそれは、新人だけに反応するわけではなく、自身に近い力やそれ以上の力にも反応する場合もある。そして、その反応が何に対する反応なのかはギヌス本人にしか判別ができないのである。
「これは、アイツの反応だ……!」
ヒロキは再びバイクを走らせた……。
河川敷にて。
真由美は、黒いギヌスから逃げ続けていた。
「嫌!、誰か助けて!!」
ひたすらに助けを求める真由美。
だが、徐々にギヌスオルタナティブは真由美との距離を詰めていく。
「お前に逃げる場所などない、
そう言うと、ギヌスオルタナティブは、剣を召喚し、ゆっくりと構えた。
「確かに似てるな……、あの夜に殺した新人の女に……」
真由美はそれを聞いて思わず反応した。
「あの夜に……、殺した女……?」
「あぁ、お前の母を殺したんだよ……、俺が……」
ギヌスオルタナティブはそう言いながら、真由美のすぐそばまで近づいた。
「お前もあの夜に殺しておくんだったな……、だがこれで……、その命も終わりだ!!」
そして、その剣を真由美のほうへと振り下ろした。
真由美は、目の前の光景が突然スローモーションのように見え始めた。
(あぁ……、私死ぬんだ……、せっかく真実がわかったのに……、ごめんなさい……、ヒロキさん……)
真由美は死を覚悟した。同時に、心の中でヒロキが母親を殺した犯人だと疑ってしまったことを謝った。
だが、その必要はなかった。
突如、激しいアクセル音が響き渡り、続けて強い衝撃音が鳴った。
真由美が我に返ると、黒いギヌスは左斜め前で倒れていた。そして、目の前にはまたしても見慣れた男の後ろ姿が……。
「ヒロキ……、さん……?」
真由美のその声を聞いても何も反応しないヒロキ。
すると、倒れていたギヌスオルタナティブが体を起こした。
「まさかまたお前に会うとはな……!!」
怒りを含んだ声でギヌスオルタナティブが叫ぶ。
ヒロキは、バイクから降りて、ギヌスオルタナティブのほうへと顔を向ける。
「あぁ、随分と久しぶりだな、オルタナティブ・・・・・・・……」
ヒロキのその言葉を聞いて、静かな怒りをこみ上げるギヌスオルタナティブ。
「オルタナティブだと?、違う……、今は俺がギヌスだ!!」
「そうか……、お前がその名を語るなら、俺は神藤ヒロキとしてお前を倒す……」
それを聞いたギヌスオルタナティブは、ヒロキに向かって走りだす。
ヒロキは、自らの体を白く発光させた。そして、光がヒロキの体を包み込み、ギヌスの体へと変化させた。
ギヌスオルタナティブが、ギヌスに襲いかかる。
「ふん……っ!」
「はあっ!!」
両者の最初の一撃が、互いの顔面を直撃する。
「ぐっ……!!」
「ぐあっ……!!」
お互いが攻撃を受けたことで、進行方向とは逆向きに吹き飛ばされた両者。
ギヌスオルタナティブは先に立ち上がり、倒れるギヌスに向かって走り出す。
「っ……!!」
ギヌスオルタナティブは、ギヌスの襟元を掴み、無理やりギヌスを起き上がらせたあと、自らの拳をギヌスの顔面にぶつけていく。
だが、三発目が顔面に当たろうとしたのをギヌスは回避し、そのままギヌスオルタナティブに向かってタックルする。
今度はギヌスオルタナティブが地面に倒れ、その上に乗りながら、ギヌスはギヌスオルタナティブの顔面を殴り続けた。
だが、ギヌスオルタナティブもギヌスに殴り返し、再びギヌスは地面に倒れた。
両者はほぼ同じタイミングで起き上がり、互いの顔を睨みつけた。
「はぁ……、はぁ……、俺は証明しなければならない!、俺の存在意義を、貴様より優れたテミス様の遣いであるということを!!」
ギヌスオルタナティブは、そう叫びながら、ギヌスの顔を殴る。
攻撃を受けて一瞬体がよろけるも、ギヌスはなんとか体勢を整える。
「何故そこまでしてお前は、テミス様にこだわるんだ……!!」
ギヌスがそう叫ぶと、オルタナティブは歩きながら話しだした。
「俺は貴様の模造品として作られた存在だ……、だからこそお前とくらべられた……、そして羨ましくもあった……!、お前のほうがテミス様に愛されていたことにな!!」
ギヌスオルタナティブの拳がギヌスの顔面を狙い打つ。
「ぐあっ!!」
地面に倒れるギヌス。
ギヌスオルタナティブは、そんなギヌスを見ながら再び話しだす。
「あのお方は俺を俺としてではなく、お前の代わりとしてしか見てくれなかった!、それほどまでにお前を信頼していた!。なのに貴様は……、何故あの方を裏切った!!」
ギヌスがゆっくりと立ち上がる。
「俺は迷っていた……、自分が処刑しなければならない者たちが、本当に全て滅ぼすに値する者たちであるかと。でも、真由美ちゃんやその家族のように、平穏に……、ただ幸せに生きていた者もいることを知った……。確かに新人は、我々や旧人類にとっては悪かもしれない……、だが、新人よりも、それを処刑してきた俺たちの方が、よっぽど悪じゃないか……!!」
「俺たちが、悪だと……!、ふざけるな!!」
悪という言葉を聞き、さらに怒りが増すギヌスオルタナティブ。
ギヌスオルタナティブは、再び剣を召喚し、ギヌスに向かって振り下ろした。
対するギヌスも、同じように剣を召喚し、それを防ぐ。
激しい鍔迫り合いをしながら、互いの信念をぶつける二人。
「はぁああっ!!」
「くっ……!!」
ギヌスの剣が手元から離れた。
ギヌスオルタナティブは、その隙を見てギヌスに向かって剣を振り下ろした……。
だが、ギヌスは何もない空間から槍状の武器を召喚し、がら空きになったギヌスオルタナティブの胴体を突き刺した。
「ぐはっ!!」
槍を突き刺され、剣を振り下ろそうとする手が止まるギヌスオルタナティブ。
だが、ギヌスオルタナティブはなおも剣を力強く握りしめ、体に突き刺さった槍を剣で真っ二つに折った。
「っ……!?」
それを見て驚くギヌス。
「はぁああっ!!、……ぐっ!?」
再び走りだそうとするギヌスオルタナティブだったが、急に痛みが激しくなったのか、膝から崩れ落ちるように倒れ込んだ。
「オルタナティブ……」
ギヌスが声をかけても、起き上がる素振りを見せないギヌスオルタナティブ。
ギヌスは、倒れるギヌスオルタナティブに向かって言った。
「さよなら、オルタナティブ。俺の過去……」
ギヌスは、真由美の元へと歩いていく。
「……」
真由美は、黙って近づいてくるギヌスに問いかける。
「ヒロキさん……、なの……?」
ギヌスは強い光を放って、ヒロキの姿へと戻った……。
「ヒロキさん……、泣いてるの?」
真由美にそう言われ、思わず目元を触ってみるヒロキ。
目元は酷く濡れていた。
おそらく雨のせいだ。
でも、ヒロキは何故だか嬉しく思えた。
あぁ……、この雨は、俺の涙なんだ……、涙を流せない男の代わりに、泣いてくれているんだ……。
「真由美ちゃん……」
ヒロキは、真由美に声をかける。
「俺……、俺は……!」
真由美は、ヒロキの元に駆けだし、そのまま彼を強く抱き締めた。
「分かってる……、もう、分かってますから……!」
(ヒロキさん、もう誰かのためじゃなくて、自分のために笑っていいんだよ……)
二人は気が済むまで抱き締め合った……。
「帰ろう、俺達の家へ……」
ギヌスオルタナティブは目を覚ました。
あたりは既に暗くなっており、先程戦っていたギヌスと、真由美の姿はもうなかった。
ギヌスオルタナティブは、なんとか起き上がろうとするも、その体はもはやダメージで動けないほどボロボロだった。
そんなギヌスオルタナティブに近づく者がいた。
「随分と苦しそうじゃないか……」
ギヌスオルタナティブの目に、その人物の姿がはっきりと映った。
「テミス様……、お願いです……、私は強くなりたい……、あの男を倒せるだけの力をお与えください……!!」
テミスはそれを聞いて鼻で笑った。
「残念だけど、君一人の為だけに構っていられるほど、私は暇じゃないんでね……。それに……」
テミスの後ろから、何者かがギヌスオルタナティブへと歩み寄る。
ギヌスオルタナティブは、その姿を見て驚愕した。
「テミス様……、こいつは……、私なのか……?」
「あぁ、君は私が愛した最高傑作、ギヌスの模造品だ……。そして、君のような模造品はいくらだって作り出すことができる」
「テミス様……、何を言って……!」
もう一人のギヌスオルタナティブが、倒れていたギヌスオルタナティブの首元を掴んで、その体を起き上がらせる。
「君の代わりは、いくらだっているってことだよ……。オルタナティブ」
テミスはそう言い放ったあと、その場から立ち去る。
「テミス様……!、待ってください……!、テミスさ……」
次の瞬間、もう一人のギヌスオルタナティブが、叫ぶギヌスオルタナティブの首を切り落とした……。
ばたりと倒れるその体に目をやることもなく、もう一人のギヌスオルタナティブは、黙々とテミスの後ろをついていく……。
「さぁ、始めようギヌス。君の意思が勝つか……、私の意思が勝つか……、それを確かめるために……」
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