第五章

「よせぇ!!」


 真由美に手を出そうとするギヌスに向かって、神藤が叫んだ。

 神藤は、咄嗟にギヌスに向かって手を伸ばした。すると、その神藤の手がじわじわと光を放った。


「うっ……!?、あぁっ!!」


 その光のせいか、ギヌスは突然苦しみだした。テミスは神藤を見つめていた。


「ほう……、まだそれほどの力が残っていたとはね……」


 ギヌスの変身が強制的に解け、その姿がヒロキの姿へと戻る。


「……!?、俺は……、一体何をしてたんだ……?」


 真っ先に目に映ったのは、なにかに怯える真由美の姿だった。


「真由美……ちゃん……?」


「……ないで……」


「え……?」


 ヒロキが手を伸ばそうとするも、真由美は、その手を払い除けて叫ぶ。


「来ないで!!」


 涙を流しながら、その場から走り出す真由美。


「真由美ちゃん……、待っ……、てよ……」


 追いかけようとするヒロキだったが、急に視界がぼやけ、そのまま彼は意識を失った。

 テミスは真由美を追いかけようとするが、その前に神藤が立ち塞がった。


「私の家族に手は出さないでもらいたい……」


 テミスは神藤に微笑む。


「久しぶりだね、人間としての生活はどうだい?」


 神藤は、テミスを睨みつけた……。




「そろそろ目覚めてくれないか……?、ギヌス……」


 ギヌスはこの時、初めて己を起動させた。そして、周囲を見渡し始める。


「……、ここは……?」


 近くにいた誰かに声をかける。


「大した場所ではないさ……。それよりも、ここに生まれることができた気分はどうだい?」


 ギヌスは、生まれたばかりということもあってか、その人物が何を言っているのかが分からないまま答える。


「わかりません……」


「結構、最悪じゃなかっただけはるかにマシだよ……」


 ギヌスは、そう言われると、ある質問を投げかけた。


「あなたはだれです?」


「おっと、紹介するのを忘れてしまっていたね?、私はテミス、君を生んだ者だ、よろしく頼むよ?」


「そうですか……」


 ギヌスが返事をする。

 テミスは引き続き、ギヌスに向かって話す。


「さて、誕生を喜びたいのは山々だが、色々と説明しなければならないことがある。君が今後やらなければならないことについてだ……」




 テミスとギヌスは、先程とは違う場所へと移動していた。


「つい最近のことだ、新人しんとと呼ばれる人類の進化体が少しずつ確認されるようになった。本来であれば人類が進化をすること自体は喜ばしいことのように思えるのだが……」


 テミスが一瞬黙り込む、ギヌスはそれを見て、


「どうしました?」


 と、声をかける。


「私は神の一人として、人類を愛していた……。しかしこの進化は、やがて人類が我々から独立し、我々の敵となって牙を向いてくる可能性を秘めている……。私は、この人類の進化は早すぎたものだと推測してるよ」


「……」


「ギヌス、君はその新人を監視する存在として私が作り出した……」


「監視する……?」


「そうだ、君の使命は新人を監視し、もし新人が進化の果てで悪を働いた際には、君自身の手で罰を与えるということだ……」


 ギヌスは、テミスの説明を聞き、再度自らの使命を確認する。


「私の使命は……、新人を監視し、その力で悪を働く者には罰を与える……、了解です……、その使命、確実に果たしてみせます」


「あぁ……、頼むよ、ギヌス……」


 テミスは、ギヌスに期待を込めてそう言った。




 ある夜のこと、一人の男性が何者かに追われていた。


「やめろ……!、俺が何をしたって言うんだ!!」


 男を追いかけていたのはギヌスだった。


「お前はその力で、新人の力で人を殺した……。これより私が、お前に死という罰を与える……」


 ギヌスは、手にしていた剣を構える。

 男はそれを見て、狼のような怪物へと変貌し、ギヌスに襲いかかった。


「っ……!!」


 ギヌスは、爪を立てて飛びかかる怪物を剣で制止し、それを押し返した後、怪物の腹部を切りつける。


「--ッ!!」


 苦しそうに鳴く怪物。

 ギヌスはなおも怪物を剣で切りつけていく。


「ぐあっ……!!」


 地面に倒れた怪物は、その姿を人間へと変えた。


「助けて……、た、助け……!」


 ギヌスは持っていた剣を男の背中に突き刺す。

 グシャリと音が鳴り、その男は一瞬にして息絶えた……。




 ギヌスは、人のような姿となってテミスの元へと戻る。


「ただいま戻りました、テミス様」


 テミスは、ギヌスのほうへと顔を向ける。


「思いのほか、新人達が旧人類に手を出し始めるようになったな……。その数も増えてきたようだ……」


「そのようですね……。しかし、全ての新人が旧人類に手を出している訳ではないように思われます。私も引き続き、そのような者達に罰を与え……」


 そう話すギヌスの言葉を遮るように、テミスが話しだす。


「どうかな?、新人はいずれ私達のような神さえも敵にする恐れが高まったのは事実だ。それに、新人による旧人類の殺人行為も少しずつ増え始めている。やはり人類は、進化をするにはまだ早すぎたんだ……。とにかく、これまで以上の監視は必要になっていくだろう……、引き続き頼んだよ?、ギヌス……」


「わかりました、テミス様……」


 ギヌスはそう言うと、テミスの元を離れていった……。




 ある街の片隅、新人が変貌した怪物とギヌスは戦っていた。

 怪物の体は既にボロボロの状態となっており、その動きはギヌスを恐れ逃げ出そうとしているようだった。


「ふんっ……!!」


 ギヌスは、手にしていた槍を怪物の心臓に突き刺した。

 怪物は血を吐き出し、槍が引き抜かれた時には力尽きて倒れ、ただの死骸と成り果てた。

 ギヌスはその死骸をずっと見つめる。その時、ギヌスの耳に手を叩く音が聞こえた。そして、ギヌスの元に一人の男が近づいた。


「さすがだな……、新人の能力に臆することなく完全に処刑する……。まるでマシンのようだ……」


 ギヌスは、その姿を人間に近い姿へと変えた。


「誰だ、お前は……」


「おっと失礼、私はルッシフ、大天使だ」


 自分を睨みつけるギヌスの目が怖かったのか、慌てて自己紹介するルッシフ。

 そんなルッシフを見て、肩の力を抜かすギヌス。


「大天使……?、どうしてそのような者が私に……?」


 ルッシフは、ギヌスの問いかけに答える。


「新人を管理する君達の存在に興味があってね、その仕事ぶりを見させてもらった……」


「そうか……」


 ギヌスは、ルッシフにはまるで興味がないとでも言うかのように、その場を立ち去ろうとするギヌス。

 そんなギヌスを見て、ルッシフが再び話を始める。


「君にとって新人とはどんな存在だ、ギヌス……」


 ギヌスは歩む足を止め、ルッシフのほうへと顔を向ける。


「新人は人類の進化した姿だ。だがその進化は、人類にはまだ早すぎるものだった。人類が進化をするならばもっと賢くなければならなかった。争いを好み、他人の不幸を笑い、形のない正義を正義と疑わずに否定する……。そんな者達がそんな状態のまま進化すればどうなる?、新人は新人以外の人間を全て殺し尽くし、やがてその矛先は我々に向けられる……。そうなる前に……」


「そのような新人を処刑する……、というわけか。だが少なくとも、その力を悪用していない者だってまだいるわけだ。新人が完全に悪であると断定するのはまだ早すぎるんじゃないか?」


 ルッシフの話を聞いて、少し考え込むギヌス。


「だとしても、今の人類が新人を受け入れるとも思えない……。たとえ新人が手を下さなくなったとしても、その存在を恐れた旧人類が彼らを断罪しないとも限らないんだ……」


 ギヌスがそう言うと、ルッシフはやれやれといった感じで彼に言う。


「随分と悲観的だな……、そうなる可能性が必ずしもあるわけではないだろうに……」


「今の人類を見て、そうなる可能性が高いのは事実だ!」


 ルッシフにそう返すギヌス。


「可能性か……。たどり着く未来は一つとは限らない……、人間が新人に進化できたということは、人間はこれ以上に賢くなれるとも考えられる。人類は昔から前に進んでいったからこそ今日まで成長してきた存在だ。たとえ神であろうがなんであろうが、今のものさしだけで、人類の明日を簡単に決めるべきではない……!」


 ルッシフがそう言ったあと、ギヌスは拳を強く握りしめながら、完全にその場から去っていった。




「ただいま戻りました、テミス様」


 ギヌスがテミスの元へと戻る。ギヌスの声を聞いたテミスは、


「やぁ、戻ったか。ちょうど君に紹介したい者がいるんだ」


 と、誰かのほうへと顔を向ける。

 足音が響く、やがてテミスの横に立った者は、自分と瓜二つの見た目をしながら、その銀色のボディを漆黒に染め上げていた。


「君の弟だよ、ギヌス」


 ギヌスに向かってそう伝えるテミス。そして、隣の黒いギヌスも言葉を発した。


「ギヌスオルタナティブだ……」


 自らをそう紹介するギヌスオルタナティブ。


「ギヌス……、オルタナティブ……、でもなぜ彼を?」


 ギヌスがテミスに問いかける。

 それに対して、テミスは答えた。


「更に新人を処刑していくためさ、ここのところ新人の殺人行動がより増えてきたからね……。君と彼の力があれば、早いうちに全ての新人達をこの世から消しさることができるというわけさ……」


 ギヌスはそれを聞いて、テミスに意見する。


「ちょっと待ってください、新人の中には何もせず普通に生きている者だってまだいます!、全ての新人を処刑する必要は……!」


「あるさ……」


 ギヌスオルタナティブが、ギヌスの発言を遮る。


「彼らが新人だから……、それ以外の理由がどこにある……。それに、今は普通に生きている新人であっても、いつその力に溺れて暴走するかは分からない……」


 ギヌスはそれを聞いて、返す言葉が出なくなった。そして、ギヌスオルタナティブに続くように、テミスが話し始める。


「そういうことさ、別に君の思い描いている絵空事も嫌いではないが……、今の段階では彼らはその可能性を秘めていることには変わりない。悪い可能性を今のうちに排除しておくのは何もおかしくはないだろう?」


 ギヌスはそれを聞いて、拳を握りしめる。

 だが、テミスやその隣に立つギヌス・オルタナティブにその拳をぶつけたところでもはやどうしようもないと感じ、ギヌスは、その場から黙って立ち去った……。




 テミスの元から立ち去り、一人歩くギヌス。


「全く……、ろくに話も聞かないのか……、テミスというやつは……」


 ルッシフがギヌスに向かって声をかける。

 ギヌスは足を止め、ルッシフを横目に話し始める。


「しかし、テミス様の言う事も正しい……。いずれ全ての新人は力に溺れていく可能性だってないとは言い切れない。そうなる前に……」


 その後を言う前に、ルッシフがギヌスの会話を遮る。


「なぜそう後ろ向きに考えようとする……、確かに最悪な未来を考えればそうとも言える、だが時間は絶対に最悪だけを運んでくるものではないはずだ」


「それは……」


 ルッシフに何かを言おうとした時、ギヌスの頭に、新人が出現したことを告げる音が鳴り響く。


「行かないと……」


 そう言って歩き始めるギヌスに対し、ルッシフが話しかける。


「君はそうやって、ただ言われるがまま新人を殺していくのか?。その行動に、君自身の意思はあるのか?」


 ギヌスは、その場から去る。

 その後ろ姿を眺め、ルッシフは言う。


「君自身も、本当は何もかもが違うと思っているはずだ……」




 夜の森の中。

 ギヌスは、一人の女性を追いかけていた。

 彼女を追いかけている理由はもちろん、彼女が新人であるためそれを処刑するためだった。

 ギヌスに追いかけられていた女性は、真っ暗な道に溶け込んだ障害物に足をつまづかせて地面に倒れた。

 やがて、ギヌスは女性のすぐ近くにまで近づいた。


「お願い……、私を殺さないで……!」


 涙を流しながら、女性は懇願した。

 ギヌスは、少しだけ間を置いてから答える。


「……お前は新人だ、新人であるものは、たとえ罪を犯していなくとも始末しなければならない……!。もしも恨むのなら、その身で産まれた自身を恨め……!」


 ギヌスは剣を召喚し、それを力強く握りながら構える。


「……!!」


 そしてギヌスは、剣を女性の首元目掛けて振り下ろした……。


「おかあさん!!」


「……!?」


 ギヌスは、幼くも大きな声を聞いて剣を女性の首のすぐ横で止めた。

 女性は、辺りを見渡しながら言う。


真由美・・・……?」


 女性の口からでたその名前は、おそらく彼女の娘のものだろう。


「あ……、あぁっ……!!」


 握った剣を落とすギヌス。

 頭を抱え、自分が奪おうとしたものがなんだったのかを思い知る。


「できない……」


 ギヌスは混乱していた。

 自分はどうすればいいのか、もはや分からなくなっていた。


「何故私が……、お前達を殺さなければならない……、何故私は……、そんなものとして生みだされてしまったんだ……!!」


 ギヌスは、混乱のあまり本音を吐き散らす。

 そんなギヌスを苦しめるのは、テミスやギヌスオルタナティブから言われた言葉だった。


 --新人はいずれ私達のような神さえも敵にまわす恐れがある……。


 --普通に生きている新人であっても、いつその力に溺れて暴走するかは分からない……。


「私は……、俺は……、どうすれば……!!」


 ギヌスの声が、静かな森に響き渡る。

 もはや使命などどうでもよくなり、抜け殻のように立ち尽くすギヌス。

 女性はそれを見て、すぐさま逃げだそうとするが……、


「やはりこうなったか……」


 次の瞬間、逃げようとした女性の首を何者かが掴んだ。

 それは軽々と女性を持ち上げて、そのままグイッと女性の首を捻じ曲げた。

 その瞬間、先程までじたばたしていた女性の足が、急にだらんと動かなくなった。そして、何者かが女性の首を掴む手を離し、投げ捨てるかのようにギヌスの足元に放った。

 ギヌスは、足元に倒れた女性の死体を見て我に返る。


「そんな……、どうして……!!」


 叫ぶギヌスに対して、女性を殺した者は言う。


「どうしてと言いたいのはこっちのほうだ。なぜ新人を殺さなかった?、貴様の使命は新人を殺すことのはずだ……」


 ギヌスはそれを言われ、黙り込む。

 月明かりが、ギヌスの前に立つ者を照らす。その姿は、まさに黒いギヌスそのものだった。


「新人ごときに情を揺らがせるとはな!!」


 ギヌスオルタナティブの拳が顔に打ち込まれ、ギヌスは地面に倒れる。


「使命を捨てた貴様など、もはや必要ない。テミス様から与えられた使命は、私一人ででも実行させてもらう!。その前に、貴様のような裏切り者は排除させてもらう!!」


 ギヌスの頭を無理やり持ち上げ、その顔にもう一発拳をぶつけるギヌスオルタナティブ。

 それをもろに受けたギヌスは、まるでゴミのように地面に倒れ込む。


「……っ!!」


 ギヌスは立ち上がり、その場から走り去っていく。

 それを追いかけようとするギヌスオルタナティブだったが、ふと小さい足音が耳に入り後ろに振り向いた。


「ふん……」


 ギヌスオルタナティブは、すぐ前を向いて歩きだした……。




 雷雨の中、必死に追っ手から逃げるギヌス。

 激しい雨がギヌスの身体を叩きつけ、彼の肉体と精神を余計に追い詰めていく。


「私は……!、俺は……」


 やがて逃げる力も、立つ力も失い、ギヌスはその場にゆっくりと倒れた……。

 雨でぬかるんだ地面の泥にまみれ、輝かしいまでに綺麗だった銀色の体は輝きを失った。

 まるで、彼自身の魂の輝きはもうなくなったとでも言うかのように……。

 やがて、そんな抜け殻のように倒れるギヌスの前に、一人の男が走ってくる。


「オルタナティブ……、やっぱり俺は……、お前に殺されるのか……」


 力なくギヌスはそう言った。

 その男はしゃがみこみ、ギヌスの体を揺らしながら叫ぶ。


「ギヌス!、ギヌス!!、クソっ!、派手にやられたようだな……!」


 ギヌスの前に現れたのは、ギヌスオルタナティブではなくルッシフだった。

 雷雨が強く鳴り響いている中、ルッシフはギヌスを抱きしめる。


「……ギヌス、君をこのまま死なせたりはしない……、たとえ私が天使から堕ちようとも……、君の命を必ず救ってみせる!!」


 ルッシフは、雨に濡れながらギヌスに向かって手をかざす。


「私の力を少しでも多く使い……、君を……!」


 ルッシフの手が、闇の中で強く光を放った……。




 どれほどの時間がたっただろうか。

 雨は止み、人に近い姿となって倒れたギヌスと、それを見つめるルッシフがそこにいた。


「私の力ではここまでだ……。しばらく眠っているんだギヌス。君が目覚める時、必ず私が君を迎えに行く……。必ず……」


 そう言うと、ルッシフは森の中から去っていった……。


 これがすべての始まりだ。

 さあ、もう目を覚ます時だ……、ギヌス……。




 探偵事務所の中で、ヒロキが目を覚ます。


「ん……、ここは……」


 辺りを見渡すヒロキの前に、神藤が現れる。


「ヒロキ……、目が覚めたか……」


 ヒロキは神藤を見てこう呼んだ。


「ルッシフ……」


 神藤はその名前を聞き、ヒロキの今の状態を察した。


「……思い出したのか」


「はい……、全部思い出しました……。俺が新人を処刑していたことも、真由美ちゃんの母親を殺そうとしたことも、そして、自分の使命を投げ捨てたことも……」


「そうか……」


 探偵事務所に、重い空気が流れる。

 そんな空気感の中でヒロキは、神藤に話しかける。


「どうして、俺を助けたんです?」


 神藤はヒロキのほうへと顔を向けた。


「君の心を知ったからだ……。あの時君は、真由美の母親を殺すことが、本当に正しいことなのかと疑問を抱き剣を止めた。そして、オルタナティブが真由美の母親を殺したことに怒りを燃やした……。君はあの時点で、本当は間違っていると分かっていたんだろ?、今自分のしている行為そのものが……」


 ヒロキは自分の手を見つめる。


「彼女は……、確かに新人の一人です。でも、彼女はただの母親だ……、誰を殺したわけでもない、普通に真由美ちゃんと暮らしていただけの……!。それを奪うことを考えると……、俺にはどうしてもできなかった……。今まで散々、新人を殺してきたくせに……!」


 頭を抱えるヒロキ。

 それを見て、神藤が言う。


「それでいいんだギヌス。君はもう、そんな理不尽な使命を背負うことも、そんな苦しい生き方を選ぶこともしなくていい……。君はあの瞬間、本当の意味で自分をみつけることができたんだ。そして、人間に触れ、その命を奪う恐怖と責任を知った君だったから、神藤ヒロキという人間になれたんだ……」


 それを聞いて、ヒロキが少しずつ顔を上げる。


「そんな君だからこそ頼みたいことがある……。これは私からの……、神藤という人間からの頼みだ……」


 神藤のほうへと顔を向けるヒロキ。


「真由美を探しだしてくれ。私にとって、大切な家族の一人を……、救ってくれ……!」


 ヒロキはそれを聞いて立ち上がる。そして、探偵事務所の扉の前まで歩くと、神藤のほうへと振り向いて話しだす。


「その依頼、引き受けますよ。そして真由美ちゃんを連れ返してみせます……!」


「ヒロキ……」


「大丈夫です、誰かさんのせいで、道案内は得意になりましたから……!」


 ヒロキはそう言って、事務所を飛びだした。


「ははっ……、まったくだよ……」


 神藤は笑みを浮かべながらも、その瞳からは涙がこぼれていた……。


 町中の至る所でバイクを走らせるヒロキ。


「必ず救いだす……!、必ず……!」


 そう決意を燃やすヒロキの目は、真っ直ぐな目をしていた……。

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