第四章
真っ暗闇の森の中、空には月が怪しく輝いている。真由美は目を開き、その景色を見渡した。
「あれ……?、ここたしか……」
真由美は、少しずつこの場所がどこかを思いだしていく。すると、真由美の耳に何者かがゆっくりと歩いてくる足音が響く。
「だれかいるの?」
誰も返事をしない。真由美は、足音が聞こえるほうへ歩く。やがて、人影をみつけた真由美は、バレないようにその人影をよく観察した。
しかし、そこにあったのは銀色の騎士のようななにかと、ある女性の死体が横たわっていた。その女性を見たとき、真由美は思わずそこへ走りだした。真由美にとって、その女性はとても特別な存在だったからだ。
「お母さん……!、お母さん……!!」
その亡骸に、真由美の声が届くはずもなかった。真由美は、母親の近くにいたなにかを睨みつけた。それを見たからか、その騎士のようななにかはゆっくりとその場から立ち去った。
「待って!!」
真由美が手を伸ばした直後、その夢は突然終わった……。
探偵事務所にて、ヒロキと真由美が朝食を食べていた。そんな中、真由美は先程見た夢の内容を思い出していた。
(鋭い角に、赤い瞳……、あれはなんだったんだろう……?)
朝食の手が止まっている真由美を見てか、ヒロキが声をかける。
「真由美ちゃん、どうしたの?」
「え?、どうしたって……?」
「いや、なんだかいつもより元気ないように見えて……」
「そう……?、そうかも……、ちょっと昔のこと思い出しちゃって……」
「昔のこと?」
真由美は、少し戸惑いながらもヒロキに話す。
「私のお母さんのこと……」
ヒロキはそれを聞いて、なんとなく事情を察してか真由美の話を清聴することにした。
「私ね、お母さんと一緒に生活していたの。お父さんは私が小さい頃に亡くなってて……、そのかわりお母さんが頑張って私を育ててたんだ」
「でも、たしか真由美ちゃんのお母さんは……」
「うん、お母さんもうこの世にいないんだ……」
ヒロキはそれを聞いて、一度朝食のパンを口にしてから話しだす。
「正直、俺は真由美ちゃんが羨ましいよ……」
「えっ?」
「真由美ちゃんはさ……、思い出の中でも母親に会えるけど、俺は……、俺がどこの誰と暮らしていたのかすらも分からないから、もうどうしても仕方ないんじゃないかって思うこともあるんだよね……」
「ヒロキさん……」
真由美は、ヒロキを心配そうな眼差しで見つめるが、ヒロキはそのまま話を続けた。
「でもいいんだ、今俺はここでたくさんの思い出を作ることができてる。それだけは忘れないようにしたいかな!」
真由美は、ヒロキのその会話を聞いて安心したのか、自然と肩の力が抜けてきた。
「そうだね!、ここも私やヒロキさんにとっての家みたいなものだからね!。あ、そろそろ私行かないと!。友達と予定があるんだった!、行ってきます!!」
真由美は、事務所のドアを勢いよく開けて飛び出していった。
「……さて、俺はどうしようかなぁ?」
すると、再び事務所のドアがガチャリと開いた。ヒロキは、なにかの理由で真由美が戻ってきたのだと思った。
「あれ?、忘れ物かな……?」
だが、ヒロキの前に現れたその人物は、真由美ではなかった。代わりにそこにいたのは、白い肌が美しい長髪の女性のような人物だった。
「あなたは?」
ヒロキがその人物にそう言うと、目の前の人物が話し始めた。
「生憎だけど忘れ物はないよ、ちょっと君たちに依頼を頼みたくてきたんだ……」
ヒロキはそれを聞いて少し慌てる様子を見せながらも話しだす。
「あぁ、なんだ依頼人でしたか!、ですが今、神藤さんは……」
「君でいいよ?」
と、目の前の人物が言う。
「はい?」
と、いきなりの指名にポカンとした表情になるヒロキ。目の前の人物は、そのまま話を続ける。
「人を探しててねぇ……、もう何年も行方がわからなくなっているんだ」
「人……、ですか……?」
目の前にいる人物は、少し横目にヒロキを見たあと話しだす。
「ここで長々と話すのもあれだし、ちょっと場所を変えようかな?」
ヒロキが連れていかれたのは、ヒロキが吸血鬼の事件以来よく訪れていたカフェだった。ヒロキは、いつも訪れる場所であるという安心感を得て席に座った。
「まさかここだったなんて……。ここよく来る場所なんですよ!、あなたもよくここに来てるんですか?」
と、興味本位で依頼人に聞いてみるヒロキ。それに対し依頼人は、
「いいや、今日が初めてだよ……」
と、淡々と返す。
「え?、じゃあなんでここに?」
「そんなことより、ちゃんとした自己紹介がまだだったね、私は寺水……、
ヒロキの会話を遮り、寺水はそう自分を紹介した。ヒロキは、なかなか会話がしずらい状況の中、
「よ、よろしくお願いします……」
と、ぎこちなく返す。
(なんだ……、この違和感は……)
ヒロキがそう思った時、その表情を読みとったのか、寺水がヒロキに問いかける。
「どうかしたのかい?」
「え?、いえ!、なんでもないですよ。ところで探している人はどんな人なんです?」
ヒロキがそう言うと、寺水がそれに答える。
「そうだねぇ……、私が生み出した子……、ってところかな?」
何故か遠回しな言い方に違和感を感じながらも、ヒロキはさらに質問をしていく。
「てことは……、娘さんか息子さんですか?」
寺水は、手のひらに顎を乗せ、ヒロキの質問に答える。
「ある意味息子でもあるけど……、愛人でもあったかなぁ……」
ヒロキはそれを聞いて、なんとなく変な汗をかき始める。
「愛人……、なんというか……、複雑な関係なんですね……」
ヒロキのそんな様子には目を向けないで、寺水は再び話しだす。
「私の言う事は結構聞く人だったよ、そして……」
「そして……?」
「だいぶ真面目な子だったよ……、でも、今は色々と迷子のようだけど……」
ヒロキは、寺水の遠回しな返答に、だんだんやりずらさを感じ始める。
「あ、最後にその人を見たのはいつ頃で、どの場所で見ましたか?」
寺水はそう質問されると、不敵に笑みを浮かべながら答える。
「……今、このカフェで」
ヒロキはその返答に思わず驚き、カフェの周りを見渡した。
「えっ!?、誰です……?」
ヒロキが寺水のほうに顔を向き直すと、寺水がヒロキに向かって人差し指を伸ばしていた。
「寺水さん……?、なんで俺に指をさしてるんです?」
ヒロキの質問に対し、寺水がすぐさま答える。
「君だよ」
「はい?」
「探していたのは君だ……」
「……!?」
ヒロキはそう言われ、悪寒が走った。寺水はそのまま話を続ける。
「まさか探偵の真似事なんかをやっていたなんてねぇ……、以外と似合っているじゃないか」
「真似事……、そんなことより!、恵さん、あなたは……俺の過去を知ってるんですか!?」
寺水を問い詰めるヒロキ。もう会うことはないと思っていた肉親が今目の前にいるかもしれないと思うと、さすがのヒロキもいてもたってもいられなかった。
「知っているさ……、さっき言っただろ?、私が生み出した子でもあり愛人だと……」
ヒロキは突然の告白に驚く。しばらくして、冷静になったヒロキは寺水にまた質問する。
「もし……、もし本当にあなたが俺の親だって言うなら教えてください!、俺は今まで何をやっていたのかを……!」
寺水はまた不敵に笑みを浮かべてから、
「いいよ……」
と、一言で返した……。
探偵事務所に神藤が帰ってくる。ヒロキが事務所にいると思っていた神藤だったが、扉には鍵が掛けられていたため、神藤は合鍵でその扉を開いた。
「ヒロキも出かけたのか……?、ん?」
神藤は、デスクに置かれていた一枚の書き置きを見る。そこには、
『依頼人の寺水さんと出かけています。とりあえず依頼の相談だけでもやってみますが、もしかしたら遅くなるかもしれません。』
「そういう事か……。ん?、寺水……、なんとなく聞き馴染みのあったような名前だが……」
神藤は、書き置きにあった寺水という名前が気になった。と同時に、ここ最近の出来事を思いだしていった……。
--いつまで彼を放っておくつもり?
--新人……。
--ヒロキ……、何故それを……?
神藤は再び家を飛び出す。
(間違いない……、寺水……、いや、あいつは……!)
カフェ店内にて、ヒロキと寺水は話を続けていた。
「ヒロキ……、君は本来こんなところに馴染んでいるべき存在じゃないんだ。なぜなら君は、人間じゃないんだからね……」
寺水のその一言を聞いて、動揺するヒロキ。
「俺が……、人間じゃない……?。そんな……、馬鹿みたいな冗談はやめてくださいよ!!」
寺水に向かって叫ぶヒロキ。そんなヒロキを見て、眉ひとつ変えることもなく、寺水は冷静でいた。
「そうか……、じゃあ証明してあげようか……。君がいったい何者であるかを……」
カフェの扉が勢いよく開く。その扉を開いたのは神藤だった。
「すいません、ヒロキを見かけませんでしたか!?」
「さっきまではいましたよ……、おそらくお連れの方とまた何処かへと……」
店主の言う通り、すでにヒロキと寺水はその場にはいなかった。神藤は、
「ありがとうございます……!」
と言ったあと、勢いよく扉を閉めて出ていった。
「忙しい方達だ……」
外はいつの間にか夜になっていた。街中の住宅街にヒロキは連れていかれていた。
「こんなところへ連れてきて、何をするつもりなんです?」
寺水は、今立っている道の先を見つめながら、
「もうすぐわかるよ……」
と、ヒロキに言う。ヒロキは寺水の見ている方向に顔を向けた。
「え?」
ヒロキの目線の向こうに、見知った少女の姿があった。
「ヒロキさん?」
「真由美ちゃん……?」
真由美は、何故かヒロキがその場にいることと、その隣にいる見知らぬ人物が気になり、ヒロキに問いかける。
「何してるの?、その人は?」
寺水は、真由美へと近づいていく。
「君が神藤真由美……、いや、
真由美は、見知らぬ人物が本来の自分の名前を語ったことに動揺する。
「なんで……、私のその名前を……」
「知っているさ……。私はそういう存在だからね……」
「そういう存在……?」
寺水は、ヒロキのほうへと振り返る。
「神藤ヒロキ……、いや、ギヌス《・・・》……」
「……!?、その名前……、まさかあんたは……!」
ヒロキは、かつて石垣が変貌した怪物と戦っていた時のことを思いだした。一度石垣に敗れたヒロキは、意識を失っていた中で、自身に呼びかける声を聞いていた。そして、その声はヒロキのことをギヌスと呼んでいた……。
「それが君の、本当の名前だよ……」
寺水はそう言うと、普通の人間のような姿から、本来の姿へとその姿を変えていった。その長髪は銀色に輝き、その瞳は赤く、そして、それらとは対照的に真っ暗な衣装が、寺水の身を包んでいた……。
「改めて、本当の自己紹介しよう……。我が名はテミス、君たちが言うところの神様ってやつの一人だ……」
ヒロキと真由美は、テミスのその姿や言葉を聞いて出る言葉も出なくなるほど動揺した。
テミスは、真由美のほうへと手をかざして、ヒロキに語りかける。
「ギヌス、君にみせてあげよう……、彼女の未来を……」
テミスの腕が発光し、真由美を照らしだすと、真由美の体は、一瞬の間だけ怪物の姿へと変わっていった。
「真由美ちゃんが……、怪物に……」
ヒロキは、それを見て驚く。そして真由美は、一瞬自分に起こったことが分からず混乱する。
「何……、今のは……!?」
テミスは、ヒロキを見ながら説明する。
「彼女はいずれ
「それが、なんだって言うんです……」
ヒロキがそう言うと、テミスが答える。
「彼女は何故、君を人間でないと疑ったのか……、その答えはねギヌス、彼女は吸えなかったんだよ……、君の血をね……」
「えっ……」
テミスは、畳み掛けるようにヒロキについて語り続ける。
「いや、こういうべきか……、君に血液という機能がなかった……、ということだ。何故なら君は、私が人間の外見を模倣して作った人造生命体だったからね……」
ヒロキは次々と語られる真実に混乱する。
「嘘だ……。俺は普通の人間だ……」
「あんだけ新人を処刑しておいてまだ現実を受け入れられないか……。石垣という男に何度も何度も身体を切りつけられて、それでも血も涙も出なかったはずだが?」
「でも、あの時は痛みだって感じた!、今だって……、あれ……?」
なおも否定しようとするヒロキだったが、今の自分自身に起きている違和感が、それを確固たるものとした。
「涙って……、どうやって流すんだっけ……?、血はどうしたら流れるんだっけ……?」
そんなヒロキを見て、テミスはため息を吐く。
「まさかルッシフの教育がここまで彼を人間らしくさせるとはな……。まぁいい、それよりもギヌス、彼女はいずれ新人になる存在だ……、そうなる前に、今この場で彼女を処刑しろ……」
テミスからそう言い渡されるヒロキ。
「俺が……、真由美ちゃんを……?。そんなこと出来るわけないだろ!!」
テミスは、そんなヒロキを見てまたため息を吐いた。
「悪いがヒロキ君、私は君の意見を求めてはいない……。用があるのはその体だけだ……」
そう言うと、テミスはヒロキに手をかざす。直後、ヒロキの頭にいつものあの音が響く。
「くっ……!、この音は……!?」
ヒロキの中で何かが躍動する。
「さよなら、ヒロキ君……、君の経験メモリーはこの器には邪魔なものだから、奥にしまわせてもらうよ……」
「ぐぁああああ!!!!」
ヒロキの叫びと同時に眩い光が放たれ、その姿がギヌスの姿へと変わっていく。先程のヒロキの動揺が嘘のように、ギヌスはその場で静かに佇んでいた。そんなギヌスの顔を、テミスは優しく撫で、再度ギヌスに命令する。
「おかえり、ギヌス《わがこ》……。さぁギヌス、その子を殺せ……」
ギヌスはそう言われると、静かに真由美のほうへと歩み寄った。
「……!?」
真由美は、変わり果てたヒロキの姿を見て、今朝見た夢を思いだした。
(鋭い角に、赤い瞳の怪物……!)
真由美の夢の中に出てきたそれと同じシルエットの怪物が、目の前で自分を殺そうとしている。
「ヒロキさんが、お母さんを……!?」
ギヌスは、動揺する真由美に構わず襲いかかる。
「……っ!!」
「きゃあっ!!」
真由美がギヌスに殴られ倒れる。ギヌスは赤い瞳を怪しく光らせながら、倒れる真由美へと近づく。
「いや……、来ないで……!」
遠方から足音が響く。
「あれは……!」
神藤は、真由美に襲いかかるギヌスを目撃する。それに気付かぬまま、ギヌスは真由美に向かってその拳を勢いよく伸ばした……。
「よせぇ!!」
神藤の声が、夜の道に響いた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます