死人に、生者の声は届かない。
「あははっ!なんだコレ!すごい!」
空中を飛ぶ弾丸の様に
あるいは水面を跳ねるトビウオの様に
ボクの体は跳ねて飛んで、何処までも。
ビュンビュン景色が流れて
加速も減速も思うがまま
驚くべき速度で木にも登れるし
飛ぶと随分な高さまで到達できた。
物だって
正確に遠くまで投げられるし
握力だって中々のモノだった。
何よりも優れていたのは
瞬発力と出力を維持し続ける体力だ
……ボクは、作戦開始前に少し
ウォーミングアップでもと思い
体の調子を確かめていたのだが
明らかとなっていく
その天井知らずの肉体性能が
楽しくって仕方が無かった。
何処までやれるか?という疑問の元
多少無理をしてでも確かめてやろうと
こうして飛んだり跳ねたりして
体当たり調査を行っていたボクは
改めてこの
ジェイド=ヴァレンティア
という人間の体に驚かされていた。
「……」
そして
そんなボクの様子を
物言いたげな顔で
と、いうよりも
やや引きつった表情のまま
呆然と眺めている男がひとり
その男とはもちろん
今回の作戦行動を共にする
ダズ=ポートその人であるのだが
ハナから疑いを掛けられて居るのなら
多少おかしな振る舞いを見られたとしても
大して問題にはならないだろう、と考えて
彼の視線を気にせずに、のびのびと
たっぷりと奇行を繰り返していた。
大体1分半ぐらいだろうか
遠慮ゼロの運動を終えたボクは
髪と服を整え、水分補給を行っていた。
「……ふう、良い感じに温まったね
手首の柔らかさも相当なものだ」
「……」
ボクから微妙に視線を逸らして
刃物の手入れをしているダズ
横顔が青ざめているようにも見える
『はっはっは!あいつの、あんな顔
私は初めて見たぞ?なあ、ジェイド』
愉快そうに
高らかに笑ってみせるレティ
おかしな目を向けられているのは
キミの体だと言うのにも関わらず
なんとも余裕そうなことだ。
『当たり前だが、違う人間だからなぁ
角度が違えば見える景色も変わるものだ
私はやっぱり、現世に残って良かったよ』
そうかい、それは良かった
せいぜい楽しんでくれたまえよ。
「開始時間、10分前だな」
「……はい」
「きっと上手く行くさ」
「……はい」
ふむ
「居心地が悪そうだね?」
「……はい、あぁいえ……その……」
やっぱり心ここに在らずか
返事の間隔が一定だったもんで
気になって嫌がらせをしてしまった。
まあ、いいか
気の緩みは許されざる事だ
引き締めてもらおうじゃないか。
『そういうお前は、さっきまで
散々はしゃいでた様だけどな』
作戦前の微調整さ
刃物を研ぐ事に喜びを覚え
笑う事の、一体何がいけない?
『ふっふっふ……口が上手いな
お前はきっと将来、悪者になるだろう』
今が違うとでも?
これから人を殺し親を殺し
屍の山を築きに行くんだよ
『貴様、私がこれまで何をしてきたか
知らないだろう?もし、知っていたなら
お前程度じゃあ、悪者とは呼べなくなる』
是非いつか教えて貰いたい所だね
この世界で生き抜く為の教訓としよう
『こいつめ』
と、その時
「……あの、ジェイド様」
声のした方向を見てみると
何やら決意に満ちた表情でボクに
顔を向けているダズの姿があった。
「聞いてやる、言ってみるがいい」
「……私は、始末されるのでしょうか」
重苦しい空気を背負って
喉の奥から絞り出された言葉は
思わず吹き出してしまいそうになるほど
突拍子もなく、また間の抜けた内容だった。
『言い忘れていたが、この男
少々思い込みが激しい所がある
これは、あれだな
いつもの発作だな』
助言どうもね
「キミの、頭の中は分からないがね
ボクはそこまで安易な人間では無い
何をどう勘違いしているかは
さっぱり想像にも及ばないが
安心すると良いダズ=ポート
キミが今、心配するべきなのは
任務遂行に伴うあれやこれやだ
そうだろう?……違うかい?」
ボクの言葉を、彼はまるで
真正面から殴られたみたいに
あるいは噛み締めるかの様にした後
「——そう、ですね
すみません、早とちりでした」
心の底から反省した
という様子で苦しそうに
目を伏せて、そう答えた。
ボクは彼のそんな姿を見て
ひとつ、言葉をかけてやりたくなった。
「キミ、意外と苦労性だろう?
色々なことを気に病むタイプだ
人一倍神経を使っているのだろうね」
「……いえ、それ程では」
謙遜
それは多くの場合
全く逆の意志を表す際に
使われるものだが
このダズ=ポートという男は
真の意味で紡がれる言葉であろう。
根底にあるのは罪悪感だ
思えば最初から、彼という奴は
どうにも自虐的な部分があった。
なにせ死にに来たのだから
ボクをジェイド=ヴァレンティアとは
認められないから、という理由で
真正面から
堂々と殺されに来るほどだ
彼には欲という物が欠けている。
それは然るに
低い自己肯定感、または
自棄を孕んだものであるのだろう。
「ダズ」
フッと顔をあげる彼
その瞳には迷いが浮かんでいる
色んな考えが巡っているのだろう。
だからボクはひと言だけ
言葉をかけてやる事にした。
「ボクのこと、見極めてくれよ?」
「……はい」
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
かつて通った道
そこは無様に血を流しながら
追われ、逃げて、泥にまみれたが
今回は違う
今回は逆だ
迫り、追い立て、復讐の刃を
ボクをこんな目に合わせた奴に突き立て
慈悲も掛けず、許しを乞う暇も与えず
ろうそくの火を吹き消すように
一撃の元に葬り去ってやるのだ。
必ず殺す、必ずだ
今回の件に関与している者全て
女子供であろうと容赦はしない。
皆々様はどうか
土の下にてお眠り下さい
後悔を胸に抱きながらせいぜい
あの世で苦しんでくれたなら幸いです。
最初の標的は、まず父親だ
奴を尋問して情報を聞き出す
そして仕留めるべき相手を絞り込む。
土を踏む
軽快な足運びで
跡を残さぬように歩く
今回ボクたちが取ったルートは
前回使った逃走経路そのままだった。
下手に穴を探すよりも
同じ道をあえて2度使うのだ
相手がボクを警戒すればする程
裏をかかれまいと守りを固める
だから、道を探す事はしない
それでもまさか敵も
こんなに早く報復に出るとは
思ってもみないだろうけどね。
なにせ、事件の翌日だ
ボクが行動を起こした速度
これだけは敵も予想出来まい
なんと言っても敵はボクに
致命傷を負わせたと思っているからね。
実際、ハンナが負わせた傷は
命を奪う威力を持っていたけれど
そのせいでレティは死んだけれど
今生きているのはボクで
付けた傷はこの手でやったものだ
お互いの間には、絶大な認識の差がある。
まさか、もう既に9割
傷が完治しているなど
想像もできないだろう。
……いや、それは驕りかな
特異体質であることは知られているのだ
勝ちを確信するには、少々早すぎる。
『つまらん』
木と木の間を通り抜ける
沈み始めた太陽が目に染みる
『少しは助言をさせてほしいな』
手の中で弄んだナイフは
ボクの手の形に合わせて加工され
また、非常に軽くされている。
『何でもかんでも自己学習して
私は少しばかり退屈だぞ、ジェイド』
やがて森を抜け
見渡す限りの草原にたどり着いた
ボクはこの景色に見覚えがない。
『すやすやと眠っていたものな
グルーニアスの腕の中で』
なるほど、そういう事か
どうりで知らん光景だと思った。
『おや、無視していたんじゃ無いのか
話しかけても反応がないから、てっきり』
寂しいのかい?レティ
やたら話しかけてくるけれど
『話し相手がお前しか居ないのだ
それ以外の時は、景色を眺めているか
お前を邪魔しないように
大人しく考え事をしているかだ
暇で暇でなぁ、仕方が無いぞ?』
斜陽が顔に影を作り出し
足の裏から数メートル後ろにかけて
のっぺりとした、真っ黒い人の形を
グーンと伸ばしていて
その先端を、また踏む者がいる
僅かばかり後ろから着いてきている
ダズ=ポートその人だ
彼はあれ以来、ひと言も喋らない
凄まじい集中力を保っているのが
傍目から見ても明らかであるので
ボクも特に、話しかけたり等はしない。
ところでレティ
『なんだ、どうした?』
嬉しそうに反応するね
やっぱり相当に暇なんだろう。
ボクが父親を殺す事については
何か、思ったりとかはしないのかい?
『もちろんあるぞ、当然だろう
出来るなら私の手で始末してやりたい
だが、それはあいにく叶わない
故に、たっぷり苦しませてやれ
そうさな、両手両足の五指を切り落とし
傷口をヤスリにかけて、塩水をかけてやれ
その後は——』
いや、いい、もういい
キミの拷問趣味は沢山だ
ボクはねジェイド
父親を殺される事について
嫌がりはしないかと思ったんだよ
『ないよ』
ほう?
『親というものはだな、ジェイド
利用するだけして最後は捨てる物だ
賞味期限の近い消耗品だよ
子と親は互いに利用し合う
……私が殺されてしまったのは
父親の嫉妬心を見抜けなかったからだ
利用価値以前に、父は私に恐怖したんだ
だから排除した
いずれ自分を凌駕する私に
寝首を掻かれやしないかとな
世間一般はどうか知らんが
我らにとっての親子関係とは
そういうものだったのだ』
なるほどね
キミがそんな風になったのは
環境要因もあるみたいだねぇ
『——やめろよ、それ』
うん?
『分かったような口を聞くな
貴様、身の程を弁えろよ』
そんな事言う奴じゃないだろキミ
突然に狭量になるんじゃないよ
`面白い反応を期待しています`
と言ってる様なモノじゃないか
演技力を鍛えるべきだと思うよ。
『……やっぱり、つまらんな
そうか、ようやっと分かったぞ
頭の良い人間を相手にするのは
時と場合によっては
そして、人によっては実に
つまらないモノとなるんだな』
なるほど、覚えておくよ
時には愚か者に徹するのも
大切なのだろうしね。
『……何故お前はそうやって
柔軟な考え方が出来るのだ?』
土台に何も無いからじゃないかな
ボクはこの世界で成立する以前の記憶が
なにひとつとして、備わってないんだ。
『……その割には、貴様
私の知らない単語や概念を
時折口にする事があるよなあ
それは無意識なのか?
なんとも難儀な事だよ』
思い出そうとすれば
思い出せるのかもしれないが
ボクにとっては、どうでも良いんだ。
今はキミが居るからね
キミやキミを取り巻いていた仲間たち
もちろん、ボク自身の命も然りだ。
いいさ、そんな事は
そうでもなければボクが
こうして復讐に燃えるものか。
『……人たらしめ、こいつ』
ボクに惚れたかい?
『何を今更、私がなぜこうして
現世に留まっていると思う?
お前、自分のこと刺したろ
あの時のお前の判断能力ときたら
死んだ私の体に
誰か分からん奴が入ってきて
少し観察してやろうと思ったら
まあ、なんとも面白い奴でな
そうさ、惚れたんだよ、私は
だから、今更だ』
人たらしはどっちだよ
真正面から告白する奴があるか
流石のボクも、少し照れるよ。
と、雑談に花を咲かせていると
見覚えのある景色に変わってきた
この辺の事は知っている
そろそろ意識を切り替えるべきだ
『幸運を祈るよ』
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
通路、通路、通路
既に血に濡れたナイフを片手に
壁伝いに、屋敷の通路を進む。
やがて1つの扉にたどり着いた。
『そこだ』
ボクはその扉を、やや乱雑に
手の甲でダン、ダン、と叩き
扉の反対側に背中を付けて
気配を殺して待っていた。
『あの男はこの時間
必ず書斎に居るからな
日々の記録を付けているんだ』
待つ、待つ
シーンという音が
耳の奥から聞こえてきて
それは、時折大きくなったり
小さくなったりして変化する
永遠とも想える時の中
早まる心臓の鼓動を押さえ込み
気配が漏れるからと
呼吸さえも止めて潜んでいると。
ギィ、という音を立てて
用心深そうに扉が開かれていく。
壁が起き上がってくるかの様に
扉が、ボクの鼻先まで開いてきて
扉と壁の間の蝶番
そこに生まれた数ミリの隙間から
背の高い男の姿が、チラリと覗き
真横に
1枚の木の板を隔てた
向こう側に、目標の人物が居る。
また、しばしの時が流れて
その人物は、首を傾げながら
扉のノブに手を掛けて、閉じ
再び部屋の中へ戻ろうと
そうしようとした、その瞬間
ボクは
風を切って歩み寄り
低姿勢で、しゃがみ歩きで
目標の背後を取り、そして
一気に立ち上がって——!
「——動くな、喋るな」
喉元に刃物を突き付けて
そいつを完全に拘束した。
「なっ……!?き、貴様……!」
後ろから拘束術を掛けられた男は
ボクの忠告を無視して動き、喋ったので
「ぐ……あ……ッ!」
両肩の間接を外してやった
これで、もう腕を動かす事は出来ない。
初めからそうするつもりだったが
脅しをかけてから実行した方が
その後の交渉が有利になる。
ここは書斎、そして
ボクが拘束している男は——
「お久しぶりです、父上」
「……よもや、ここまで早いとはな
オレの首を取りに来たか、ジェイド」
「用件は手短に済ませましょう
此度の一件に関わった全ての者
今、この場にて述べて下さい
そうすれば、尊厳を保ったまま
殺して差し上げます」
「……嫌だと言ったら?」
「自分が人である事すら忘れるまで
徹底的に、何もかも破壊し尽くした挙句
殺さず、海にでも浮かべて
餓死するまで放置します」
「……ふん、私が恐れるとでも?」
当然、そう来るだろう
初めから分かっていた事だ。
故に
『——やってやれ』
サクッ……!
「ぐ、あああああッ!!?」
耳をつんざく絶叫
そして、床の上に何かが落ちる音
ボト、ボト、と
確かな質量を持った何かが
綺麗な絨毯の上に落下した。
肌色の、細長い物体
真っ赤な血にまみれたそれは
5本の、右手の指だった。
「次は左手の指だよ
聞いたことのみに答えろ」
「狂っているのか……ッ!貴様……あぁっ!」
「苦しんでる振りをして
大きい声を出したって無駄だ
この屋敷には既に
ボクとお前以外の生き物は居ない」
「……なんだと」
「医者に飼い犬、使用人、愛人
お前の母親、父親、全部もう居ない」
「き……いや、そんなはずは無い
貴様は、そこまでは、出来ないはずだ」
サクッ……!
「ぐああぁぁ……ッ!ああああ!!」
「言っただろう、次は左手だと
これ以上無駄な話を続けるのなら
さっき言った拷問をするしかなくなる」
「——貴様……ッ!指を、失って
まともな、暮らしが出来るものかッ!
やりすぎたな、貴様、失敗だよ
好きにするといい、私から全て奪い
ならばもう守る物は、何も残ってない
殺りたまえよ、是非、殺してくれ
私は何も喋らん!絶対に、絶対にだ!」
「……」
呼吸は荒くとも、語調は強まる
それは、痛みと恐怖を誤魔化す為だ。
相手への威嚇と、己への鼓舞
それを同時に行っているのだ。
口先ではこう言っているが
本当に全てを諦めた人間であれば
とっくに、舌を噛み切るなりして
自ら死を選んでいるはずだ。
それが無いってことは、やはり
まだ命に執着があるという事だ。
あるいは復讐心、憎悪
奪われたものに対する怒りだ。
「言葉だけで重みが無いな
無関係な者を殺された怒りは
本当にそんなものなのか?
お前が考えているのは
自分の保身だけでは無いのか?」
「説教のつもりか……?
この死に損ないが、ふざけおって
貴様などただのガキだ、約立たずが
尻尾巻いて逃げたかと思えば
小心者め、戻ってくるとはな
そんなにオレが怖かったか?えぇ?
母親に似て、臆病者のクズだなぁ?」
『この……ッ!』
落ち着いてよ、レティ
こんな安い挑発に乗るなよ
こいつ、ボクに自分のことを
殺させようとしているんだぞ
そうまでして隠したい何かを
知っているって事じゃないか。
『……いま、ばかりは、なァ……?
お前が、私の……ッ!
代わり、に……そこに居てくれて
……よかったと、心底……ッ!
く……ッ!……はぁ……思ってるよ
悪い、落ち着いたよジェイド
母上の事は、我慢できなかった』
「じゃあ来てもらうよ、父上
楽に死ねると思うなよ?貴様」
「……く、クソッ!殺せ!
嫌だ、嫌だ、お前に拷問を教えたのは
オレなのだ!何をされるかは知っている!
言う、言う!分かったから
答える、だから、殺してくれ!
今死んだ方がマシだ!嫌だ……!
あんな、あんな目には、あいたくない!」
レティ、今すぐ体の主導権を奪え
そして、コイツに言ってやるといい。
『お前の事を、私は
ますます好きになっちまうな』
はやく
『ふん、あぁ、すぐにでもな?』
…………
……………………
…………………………
「頼む頼む頼む……嫌だ……嫌だ……!
殺してくれ、今のうちに、オレを——」
「父上」
「っ!願いを、聞いてくれるか!?」
私は言ってやった
久方ぶりに動かす自分の体で
声で、口で、この男に向かって
あらゆる感情、怨恨を込めて。
私は、こう、言ってやった。
「——死人に、生者の声は届かない」
「な……なにを……?」
ギュッ!と首を絞めて
奴の意識を断ち切ってやる
すると頭の中から
聞き慣れた自分の声が聞こえてきた。
『ああ、それが聞きたかったんだ』
クックック……と
ジェイドの奴は楽しそうに
人の悪い笑みを浮かべているのだった。
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