その名はレティ、若き帝王であった


最初に言っておくと

ボクのは非常に有名で

顔や名前、更には年齢までもが

人々には広く知れ渡っている。


故に


格好を変えたり

髪を短くしたところで

それは気休めにしかならない


あくまでも`やらないよりはマシ`

というだけに過ぎないのだ。


そういう訳なので

ボクらは街の中には入れない

ではなぜ街方面に向かったかと言うと


それは敵型に

こちらの逃走経路を誤認させる為だ。


`ジェイド達は刺客達を殺し

街の中へと逃げ込み、隠れている`


どの道姿を捉えられてないのであれば

完璧に行方を霧の中に隠してしまうより


別方向にコインを投げ

意識を誘導した方がこっちの利になる。


長期的に騙せはしないだろうが

そもそも、そんなに長い時間を

こうして隠れている気は無いので


全く問題は無い。


完璧に隠密に徹する事が

出来るのであれば、それはそれで

他にもプランを考えていたのだが


途中で戦闘をしてしまったので

今はこっちの作戦に切り替えている。


街へ向かう


辛うじて追えるかと言った痕跡を

意図的にではなく、自然の成り行きで残す


具体的に言えば

突破された包囲網の方角などだね。


そしてボクらは

まっすぐ街の方向へと進み、ある時

その進行方向を直角に変えて歩き出した。


先頭を行くのはグルーニアスだが

ボクはこの道の事を知っていた。


1歩踏みしめる毎に

表しようのない安心感が湧く

まるで我が家に帰ってきたような


この場所こそが

自分の居場所であるかのような


ジェイド=ヴァレンティアにとって

とても大切なモノが、この先にある。


かつてないほど高揚する気持ち

ボクの中に自分では無い誰かが居て

その人物が喜んでいるのを感じる。


しばらく荒れた道を進んだ

登ったり下ったりを繰り返して

やがてボク達は洞穴に辿り着いた。


入口は異様に狭く

ギリギリ人間が通れるかどうか

といった穴が空いているだけだ。


……しかし

ボクは分かっていた


`そこ`は入口では無いことを


もし仮にあの穴を抜けたとして

待ち構えているのは死である事を。


ボクは周囲を見渡して

目的のモノを探し、見付けた。


何の変哲もない、ただの木

立ち並んでいる2本の木の間


ボクは前へと足を進めて

その下の地面に手を触れた


そして、土を掘るようにして

地面に対して指を突き刺した。


しかし、手に返ってきた感触は

とても土のモノでは無かったのだ


例えるなら鉄の様な

冷たくて無機質な触感

ボクはしばらくその姿勢を保ち


ある時を持って

突き刺していた指を引き抜いた。


グルーニアスはそんなボクを見て

小さく頷く動作をして、先程の

非常に狭い洞穴の入口に足を進めて


草をかき分ける様にして

その穴の向こう側に姿を消した。


あの巨体が

あの狭さの入口を

いとも容易く通り抜けた。


ボクの頭は目の前で起きた事に

驚きを隠せないでいるが、体は


`もちろん知っていたとも`

と言わんばかりの落ち着きぶりだった

何処か、得意げにしている様にも感じる。


そんな自分自身に対して

妙に対抗心が湧いたというか

単純に、結構ムカついたので


ボクはその場で足を止め

およそ8秒ほど考えを巡らせた。


洞穴の向こう側にあるのは恐らく

ジェイドが保有する拠点のひとつ


入口には当然罠が仕掛けられており

許可なく通るものには死の制裁が下る


ならばそれを解除するための

一種の認識装置の様なものが

あるのでは無いだろうか?


合図のような、または証

この場合は恐らく証の方か。


さっきの動作と

この手が覚えている感触


地面の中に何らかの

機械を埋め込んでいるのだろう

生体情報を読み取るような類の


ではあの入口は

見かけ通りではあるまい


硬い岩石に見えてその実

扉の様なものであると推察する

実態が無いか、開くかどちらかだ。


どうだジェイド=ヴァレンティア

これでどうだ?参ったか?ボクの頭脳に


恐れおののいて泣き叫びながら

感嘆の声を上げるがいい……!


心の奥の奥の方で

唖然とするような感情が


消えかけた薪の火が

一瞬だけチラつくかのような

不確かな輝きを見せた様な気がした。


「ジェイド、やっぱりキミ

自我残ってるんじゃないかな」


と、ボクは

自分胸に手を当てながら

ひとり呟くのだった……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「——ジェイド様!」


洞穴の中はまさしく拠点であった

明かりが灯され、闇は綺麗に晴らされ

多くの人間が居て、設備が充実している。


「グルーニアス……!おまえ

よくやった、よく救ってくれた!」


「お嬢様の判断力に助けられました」


そんな会話を背中に聞かせつつ


ボクは思った

なるほど、コレは移動拠点だなと


拠点内部の配置を見れば分かる

有事の際、逃げ出しやすいように

間取りやらが計算されている。


この分だと中からしか通れない

一方通行の出口も備わっているだろう。


置いてある設備の殆どは

その場で破棄しても困らない物

書類の類は見当たらないので


焼いたり、隠したり、持ち運ぶ必要がない

機能性と実用性がよく考えられていて

なるほど、無駄が見当たらない。


と、その時


『凄いだろう?私の拠点は』


明らかに自分の声が聞こえた

それは何処からともなく響いた。



ああ、ついに開き直ったみたいだね

自我が残っているかもと思った途端

こいつ突然、自己主張を初めてきた。


『あっちに逝こうか迷ったんだが

どうにもお前が面白い事してるから

つい、こっち側に留まってしまったんだ


そうしたら道を塞がれた

あの世に行きそびれてしまったらしい


退屈だからちょっかいを掛けてみたんだ

そうしたらお前が反応を示したから

ひょっとしたら意思疎通出来るんじゃ?


と思って色々やってみた

結果はご覧の通り』


ボクはだいぶ前からそんな気がしていた

体に記憶が残っているから、では

説明が付かない事が多かったからだ。


前々から、なんとなくだが

そんな気はしていた


しかし確信を持ったのは、さっきだ

ボクが戦いの中で失態をやらかした時


この体は、あの一瞬だけ

主導権がボクから離れていた。


無意識下の行動

という線も確かにあるが

ボクはどうも信じれなかった。


『あの世に行くがいい、とはな

あのセリフは、正直言って痺れたぞ?


お前に何かを伝えられるかもしれない

と気が付いたのは、その時だった


繋がりを感じたんだ

道案内もしてやっただろう?』


やっぱり、アレもそうだったか

肉体に残った記憶という線よりも


元の人格が手助けをしてくれていた

という方が、納得出来るというものだ。


『なるほど、分かったぞ

話しかける気で話しかけないと

相手には声が聞こえないんだ!


だから頭で考えた事や

心の中が筒抜けじゃないんだ


いや、微妙に聞こえてくることはあるが

とにかく、確実では無いって事らしいな』


なるほど、良いことを聞いた

それにしても状況適応能力が高いね


限りなく異常事態だと思うんだけど

彼女は即座に自分が置かれた状況を理解し

の調査を行っている。


と、その時

若い女性に話しかけられた。


「ジェイド様!ご無事でしたか……!」


「今すぐ全員を集めるんだ、会議を開く」


「——!はい、迅速に!」


風と例えるのが相応しいか

彼女はすぐさま命令を遂行し

人集めに奔走し始めた。


『ところで』


なんだい?


『——


停止する、時間

全てが白黒に色褪せていく


視界の中心地から広がるように

亀裂が入って、集中力が臨界点に到達する。


それから


ボクは少しだけ考えてから



嘘だね、と言った。




『——ふっふっふ……!良いな!

うんうん、お前の事が大好きだよ』


もし裏切り者が居るなら

キミがここに連れてくるはずがない

もっと早く、合図があったはずだよ。


『さて、本当にそうかな?

お前を恨んでいるかも知れんぞ?


よくも私の体を使って

好き勝手やっているなこの野郎!とな』


もしそんなに感情的な奴なら

今の今まで黙っていたのはおかしいし


体の権利を主張する気がある奴なら

キミがこうして話しかけてくるのは

もっと、ずっと早かったはずだよ


だって話しかけようとすれば

相手に声が聞こえるんだろう?


`その体は私のだ!返せ!`

とでも叫べば聞こえるだろう?


だから裏切り者云々は

ボクを試す為の嘘だよ


『いいね、やっぱり好きだよお前』


奇遇だね、ボクも好きさ


『んっふっふっふっふ!


……おっと、この笑い方は

リッチの奴から止められていたな

いやなに、失礼したなジェイド』


そういえば名前はどうする

キミにも名前が必要だろう?


ほんの少しだけ

考える時間があって


『レティと呼んで欲しいな』


と、彼女は言った。


ジェイド=ヴァレンティア

から取ってのレティかい?


『可愛いだろう』


確かに、そうかもしれないね


それにしてもレティ、キミはどうも

ボクが聞いた話とはイメージが違う


すると彼女は肩を竦めて——もっとも竦める肩など何処にもありはしないが——言った。


『生きてた時はこんな風じゃないさ

もっと厳格で恐ろしく、冷酷だった


でもそういう役目は

今はお前が担ってくれている

憑き物が取れた、こっちのが楽だ』


まあ、任せてくれたまえよ

ボクはボクで上手くやるさ


「——ジェイド様!」


背中から声を掛けられて

クルッと振り返って見ると


そこには先程の女が立っていて

彼女の背後にはズラッと並んだ人間達

どうやら、命令通り集め終えたらしい。


「じゃあ諸君、手短に行くよ——」


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


開いた会議の中で

ボクが最初に言ったのはこうだ。


`ボクの喋り方や性格については

そういうものとして納得してくれ


異論があれば出ていくが良い

もちろんこの世から、だがね


命は預からせてもらうよ`


次に今後の事


`ボクは父親に復讐する

完膚なきまでにぶち殺す

関わった者全員を始末する


準備期間は最短を目指す

必要な物や作戦は後から伝えるが

敵の体勢が整う前にカタを付ける`


更に


`此度のグルーニアスの働きは

実に素晴らしいものであった


後に褒美を出す

有難く受け取ると良い`


最後に


`可能な限り準備をしておけ

作戦の決行は、そう遠くないぞ


そうだな、遅くても明日の夜

早ければ日が沈み始める直前に動く


どちらでも良いように

各自整えておけ、では解散!`


という事があり、その後は

医務室のベッドで傷の処置をしてもらった。


「驚くべき事に

傷は既に7割ほど塞がっております

多少の運動であれば問題ないでしょう


具体的には強い衝撃を避ける事です

この後、更に治療を行いますので

動ける範囲は更に拡大するでしょう」


「じゃあよろしく頼むよ」


「承知」



などという出来事があった後

ボクは今、自室で1人になっていた。


「……痛みはだいぶ抑えられているね」


レティ


『ふむ、どうした、何か用かね?

私の体の異常性についてなど

気になりでもしたのかな?』


キミの体ってやっぱり

普通とは違うんだね?


『生まれつき力が強くて

治癒能力が常人よりも高いんだ


他にも、まだ色々とあるが

それについては言うまでもないだろう?』


耳も目も良くて身体能力も高い

防御力はさほど高く無いようだが

無尽蔵の体力は実感している。


まだ自分でも

何処までやれるかが分からない

傷が完全に治ったらその辺も

実際に試して確認しなくてはね。


『ところで、ジェイド

聞きたい事があるんだが』


なんだい?


『私の裸をグルーニアスに見せたな』


ご褒美のつもりだったよ


『……あの時は、殺そうかと思ったぞ』


おや、お手を煩わせるのは心苦しい

今すぐ首をへし折って差し上げようかな?


『貴様、性格が悪いな』


光栄だね


『お前は良くとも私はな

私は、良くないのだぞ?


恥ずかしいのだ、当然だろう

あんな真似は二度とするなよ

マジにぶっ殺すからな』


死んだ穴あき娘の言葉など

ボクの意思には少しの影響も与えないよ

それが嫌なら、早いところ消えるんだね


『……我が強いな、思ったよりも

お前はどうやら、私並に厄介な女らしい』


だからこの身体で

キミの生きた生活圏の中で

こうして、やれているんだろうね


『本質的には近いのかも知れんな——』


コンコン


「入ってくるといい」


ノックされたドアに答えると

扉が開いて1人の男が現れた。


ひと目見て分かった

彼は酷く懐疑的な眼差しを

心の目で、ボクに向けている事を。


『あいつはダズ=ポートだ

分かりやすく言えば頭が固い


ああ、分かったぞ、アイツ

お前に言いたいことがあるんだ


多分——』


「ジェイド様、お話があって来ました

お休みの所、大変申し訳ありません


少々お時間を頂けないでしょうか」


ボクは


彼の提案からわざと時間を空け

たっぷりと緊張感と間を生み出してから


ゆっくりと、目線を上げて

彼の目を、その奥まで見据えて


よく耳に残るように

心根を震わせられるように

こう言うのだった。


「死ぬ覚悟は出来てるみたいだね?」


彼はボクに

本来の人格に成り代わった

このという人間に対して


信を置けないと

そう言いたいのだろう。


「——私はあなたの事を

ええ、受け入れられません


人が違います、中身が違います

一言でも貴方の言葉を聞けば分かります

あなたは以前のジェイドお嬢様ではない


誰であるかは問題ではありません

私は貴方の事を知りません、故に


見いだせないのです

命を賭ける価値を


故に、死にに来ました

私は脱退させて頂きます」


彼の主張は綺麗に纏まっていた

なるほど、頭が固いとはこういう事か


「そうか、ならば命を下す」


「……はい?」


「作戦時はボクの傍に居るといい

判断するのはその後でも良いだろう?」


「……お、お言葉ですが私は

貴方に信を置けないと述べま——」


「ここに来た時点でキミは死人だ

その命は全て、ボクが握っている

死んだ人間は沈黙するのみだ」


『多くの場合は、だがな』


「……命を預かるとは

そういう意味だったのですね」


「そうとも、全てがボクの裁量次第だ

死にたいのならば自殺でもするが良い


だがね、キミをのは

扱うボクである事を忘れるなよ


ボクを知らないというのなら

近くで見て、知ってからでも

遅くはないんじゃないかな」


「——」


目が泳ぐダズ=ポート

口を開いて何か言おうとするが

何を言っても無駄である事が分かるので


無意味な抵抗に踏み切る事が出来ない

彼は決して愚かではなく、また賢い。


異論があれば殺す

そう捉えて然るべき発言を聞き


それでも尚、自分に嘘は付けないと

この部屋にやってきたダズ=ポートは

既に、このボクに命を救われている。


提案を受け入れないと言うのなら

さっきも言った通り自殺しかない


「無意味に命を散らすか

益となる道を選ぶか


5秒以内に決めたまえ

答えが出ない場合は、お望み通り

この手でキミの命を奪ってあげよう」


すると彼は


「——いいえ、必要ありません」


ボクの問に対して

間髪入れず反応を示した

その目には強い意志が宿っている。


「同行させて頂きたく存じ上げます


生意気なことを、そして

失礼、大変申し訳ありませんでした


見極めさせて頂きます

それでは、失礼致しました」


扉の向こう側に

姿を消していくダズ=ポート


そして再び

部屋にひとりとなったボク


『やり方が悪どいな、貴様』


あの手のタイプの人間には

しっかり筋道を立てつつ脱線させ

話の流れで強引に納得させるのが1番いいのさ


理にかなった理屈であれば

必ず受け入れてくれるからね。


『なるほど、覚えておこう』


一つ気になったんだけど

キミだったら、どう対応した?


『全く同じ状況だったら

という場合の仮定の話だな?


前後関係は無視した

限定的な状況下での判断か


そうだな、私だったなら

奴にナイフを握らせたうえで

私の首元に当てさせ、こう言う


`私を殺してお前が成り代われ`とな

後は自分の手でナイフを押し込んでいき

奴が、僅かでも躊躇う素振りを見せたら


手加減を加えて殴り飛ばして

頭を踏み付けてから、お説教だな


`私のことを認められず

大人しく殺されに来るぐらいなら


首を取りにこい

それが出来ないのならば

お前に死ぬ資格は与えんよ`


……ふむ、こう考えると

やり方は似ているのかも知れんな』


随分と力技なんだね

そして男らしい事をする奴だ

だから恨みを買って死ぬんだよ


『立ち回りが甘かった事は認めよう

現に私は殺されているのだからな


……ハンナを使うとはな

思い出したら腹が立ってきたぞ』


そのイライラがこっちにも

微妙に伝わってくるんだよね


ボクの感情では無いと分かるのに

心がささくれ立つから妙な気分だよ。


「……ボクも準備を始めるとするか

体の調子も、確かめなくてはね……」


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


緑の丘の上

ここからは色々な物が見える


標高は高く

遥か下の地面が見える


丘というか崖の端っこだが

高台は状況を伺うのに相応しい


遠くの方に佇む屋敷

ボクの始まりの場所であり

これから向かうべき場所でもある。


「ダズ、作戦は大丈夫かい」


「……ええ、問題ありません」


部隊とは既に別行動をしている

ボクはダズ=ポートとふたりで

独自のルートを取る気でいた。


ボクは彼らにとって

お守りするべき存在であり

頼れる最大戦力でもあるのだ。


複雑な心境の者は居れど

異論を唱える者は居なかったので


『言われる前に封じてたものな?』


雑音は無視するとして

さて、復讐の鐘を鳴らそうか。


「あ、あの、ジェイド様」


「なにかな?」


「……いえ、その……」


『ちなみに言うとだな

そいつ、高いところが苦手だ』


それを聞いてボクは

急遽予定を変更させた


微細な変化ではあるが

この場では効果てきめんだろう。


「よし、ここを下っていくぞ

では着いてこい、ダズ=ポート」


「はっ……!?」


『やると思ったよ、悪女め』


何を言う、レティ

ボクがこうする事なんて

初めから分かっていたくせに


悪女は死んだ果てまでも

真っ黒なんだねえ。


「……あ、あのっ……ま、待っ——」


上の方で

情けない声を上げる彼は

実に面白い見世物であった……。

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