ヴェルヌスの首:アーサーとマーカス①
「アーサー、これ、見てみろ」
マーカスは起きたばかりのアーサーを捕まえて、その手に新聞を押し付ける。
「……アイリーン国に、賢者降臨? なに、これ」
それは国外情報の面に掲載された記事だった。賢者が降臨したという場面だという絵も添えられており、聖女が天上から、王子に賢者を授けている様子が描かれている。
「ふうん、派手にやってるな」アーサーはため息をついて、新聞を丸める。「これ、サフィア様の趣味じゃないだろ。いったい誰がこんなことを思いつくんだ」
「そうだなあ、ヴェルヌス様は首を切られてるしな……」
マーカスはそう言うとソファに寝転び、険しい表情で目を閉じた。
自分で言い出したくせに凹むなよ、とアーサーは思ったが、それと同時に彼の心の内が手に取るようにわかったので、そのまま声をかけずに洗面所へと向かった。
二百年前。まだ、アーサーが生まれていないころ。マーカスはサフィアの騎士として共に戦争へ行ったという。アイリーン、リーラ、ティタシアの三国戦争で多くの命を失った。そしてサフィアの自由と、賢者の命、ヴェルヌスの首も。
あの時のことで、悔いのないものは誰もいないという。マーカスも未だに、彼女たちを護りきれなかったことで、夜中にうなされている。
二百年経った。もう忘れたっていい頃ではないか。
だがそう考えるのは、その時の戦争を知らないからこそだと、アーサーはわかっている。マーカスほどではないがアーサーも長く生きているので、過去を割り切ることが容易ではないことも、よくわかっている。
アーサーは濡れた顔を拭き、髪を整えるために鏡を覗き込む。白銀の髪に、青い瞳。マーカスが自分のそばに居るのは、この容姿にサフィアの影を見ているからだ。
どうすれば、彼を過去から救ってやれるのだろう。俺で、代わりになれているのだろうか。鏡を見るたびに浮かび上がる問いを呑み込み、アーサーは今日も魔法で髪の色を変えた。
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